川村渇真の「知性の泉」

おまけ:能力教科の教育内容の設計方法


用意した重要視点を考慮して設計

 能力教科の教育内容を設計する際には、設計結果が少しでも良くなるように、あらかじめ用意した重要な視点を満たすように心掛けている。その主なものを挙げて整理すると、以下のとおり。

能力教科の教育内容を設計する際に考慮する点
・未来社会で重要となる視点
  ・作成物は、第三者によるレビューが可能に
  ・関係者の公平性を、可能な限り高める
・能力教科の技術内容を求める際の視点
  ・汎用的に使える形で、教育内容の基本をまとめる
  ・質の高い作業結果に必要な要素を洗い出す
  ・実作業で発生する問題点への対処も盛り込む
  ・可能なら、応用やアレンジの方法も含める
・能力教科の技術内容を良く仕上げる視点
  ・実用的な作成手順を用意する
  ・作業工程ごとの作成物を用意する
  ・各作成物で、構成要素(項目など)と形式を規定する
  ・必要なら、各作業での注意点や検査方法なども加える
・教育内容を修得しやすくする視点
  ・簡単な内容から始めて、本格的な内容へと移る
  ・教えた後で実際に試させ、体験によって修得度を上げる
  ・説明付きの実例を数多く見せ、体験不足を補う

 これらの視点は、能力教科のような教育内容を自分で設計したい人にとって、かなり重要であろう。そんな人が少しでも多く現れるのを願いつつ、各視点の中身を簡単にまとめてみた。

未来社会で重要となる視点

 現在の社会では、物事の検討方法や議論方法を知らないため、優秀な政策を選べなかったり、感覚で支持された内容に決まったりする。とても論理的とは言えない社会だ。しかし、社会が進歩すると、いろいろな面で変わってくる。中心となるのは、今よりも正しい評価や意思決定、関係者に公平な判断が求められる点だ。そのため、未来社会で常識となる能力教科を設計する際には、正しさの確認や公平性を深く考慮しなければならない。
 正しさの確保の方は、「作成物は、第三者によるレビューが可能に」の前に、論理的な教育内容に仕上げることが基礎となる。それは当然として、実際に使われる場面では、それだけだと不十分だ。作成した本人だけが納得したのでは、決められた規定どおりに作ったのか、確かめようがない。その防止には、作成した内容を第三者にレビューしてもらう方法が極めて有効なので、各教科での作成物には、第三者がレビューできる形式を採用する。
 こうすると、別なメリットもある。第三者がレビューできるということは、作成者自身が途中で内容を見るときも、正しいか確認しやすくなる点だ。その結果、作成者が自分で確認しやすい形式に仕上がる。
 「関係者の公平性を、可能な限り高める」は、意見調整技術、説得技術、発表技術、公表技術など、特定の教科で重要となる。これらの教科が扱う能力だが、現在の世の中を見る限り、「いかに自分が得をするか」という視点で作られている。たとえば、意見調整技術なら、「できるだけ自分が得するように意見を調整する方法」が中心となり、相手が大きく損をしても気にしない。
 しかし、未来社会では、人間的な成長を目指すので、自分の利益だけを重視する方法は高く評価されない。そうではなく、関係者の全員に公平な形で、意見調整や説得などが行われることを目指す。それを実現するために、能力教科の教育内容では、公平性を確保できる作業方法や作成物の形式を規定する。また、作成物を見た関係者が、適切に評価し、どこが悪いのか指摘する方法も含める。こうした工夫によって、実際に利用したときの公平性を確保する。
 どちらの視点も、未来社会での人々の活動内容が、少しでも良くなることを支援する。非常に大切な点だ。

能力教科の技術内容を求める際の視点

 能力教科の技術内容は、机上の空論ではなく、実際に使えるものでなければならない。もちろん、難しい課題の作業でも実用になることが必須だ。それを確保するために、以下のような視点で設計する。
 「汎用的に使える形で、教育内容の基本をまとめる」は、技術内容を作る際の基本方針といえる。できるだけ多くの対象に利用できなくては、実用的とは言えない。そうなるように、利用対象に依存しない要素を抜き出し、作業手順や構成要素として仕上げる。
 能力教科の対象となる技術内容は、それぞれ目的が明確なため、利用対象に依存しない要素を抜き出すのは難しくない。複数の利用例を挙げてみて、共通する部分を見付ければよい。ただし、汎用性を高めるためには、タイプの異なる利用例を数多く用意して、抜き出す必要がある。
 「質の高い作業結果に必要な要素を洗い出す」は、普通に利用しても作業結果の質が高くなることだけでなく、かなり難しい利用対象でも本格的に使える点まで考慮すること。そのため、難しい対象に利用した場合を想定し、技術内容の構成要素を洗い出す。
 このような方法で洗い出すと、構成要素の数がどうしても増えてしまい、簡単な利用対象の場合には多すぎる。そこで、絶対に含むべき構成要素をいくつかに限定し、必須要素として定める。こうすれば、簡単に利用する場合と、本格的に利用する場合の両方に対応できる。
 「実作業で発生する問題点への対処も盛り込む」は、実用度を高めるのに重要な視点。実際に利用すると、いろいろな問題が生じる。その中から、影響度の大きなものや、発生頻度の高いものを選び、利用する際に対処できる仕組みを組み込む。こうしておくと、失敗の確率が減るし、作業結果の質も高まる。
 具体的には、いろいろな方法を用いる。失敗しないための構成要素を追加する、作業手順んほ途中に検査を入れる、作成物の全体像が俯瞰できる形式を採用する、作業の注意点を示すなどだ。これらを、それぞれ適した場所に組み込む。
 「可能なら、応用やアレンジの方法も含める」も、実用度をより高めるための視点だ。汎用的に使える形で設計するので、共通部分しか含んでいない。すると、変わった対象へ利用するのが大変になる。その手助けやヒントも提供するというわけだ。これによって、利用対象が大きく広がり、より高い技術内容の修得に役立つ。
 以上の4つの視点を重視すれば、能力教科の技術内容は、実用的で利用範囲の広いものに仕上がる。当然、修得したときの効果も大きい。

能力教科の技術内容を良く仕上げる視点

 能力教科の技術内容は、多くの人が実際に使える点も重要である。使える人を増やすためには、何となく教えるのではなく、明確な手順や要素を示さなければならない。そうなるように、以下のような視点で設計する。
 「実用的な作成手順を用意する」は、多くの人が使えるレベルに達するために、作業手順の形で仕上げることを意味する。この作業手順は、作業のやりやすさではなく、作業の質を確保できる形に作る。つまり、理想に近い作業手順を目指す。こうした作業手順が明確であれば、最初はそれを覚えながら、修得が進められる。だんだんと慣れてきた時点で、意味や応用を考えればよい。質を目指した作業手順自なので、理解が深まるほど、作成物の質も向上する。
 作業手順が複雑になる場合は、できるだけ複数に分割する。前半と後半に分けるのではなく、作業の目的が明確な一連の作業を外に出す。目的ごとに分割した方が、修得しやすいだけでなく、応用も容易になる。
 「作業工程ごとの作成物を用意する」は、各工程の作業を確実に実施できるようにするためのもの。せっかく作業工程に分割しても、各工程での作成物が明確でないと、作業の質が向上しない。そうではなく、工程ごとに作成物を規定すれば、それを仕上げるという明確な工程目標ができ、やるべきことが明らかになる
 作業工程の中には、考えるのが中心の工程もある。それでも、考えた結果をメモ形式で残し、それを作成物として規定する。実際、メモしながら考える方が、間違いが起こりにくいし、考える効率も向上するので、規定する価値は高い。
 「各作成物で、構成要素(項目など)と形式を規定する」は、作成物の質を高めるための必要な視点。各工程での作成物の構成要素と形式を規定し、一低レベル以上の質を確保する。書類であれば、作成物にどんな項目が含まれ、どのような形式でまとめるかを示す。また、各項目にどんな内容を記述するかも定義する。
 こうした形で規定すれば、作業の内容を理解していなくても、そこそこの作成物を作れる。また、形式が良いため、理解が深まるほど、作成物の質が高まる。また、どちらの場合でも、作成物を見る側(レビューする側)にとっては、規定がない状態に比べ、作成内容が格段に理解しやすく仕上がる。
 「必要なら、各作業での注意点や検査方法なども加える」は、技術内容の利用者の失敗を減らすために役立つ工夫だ。検査方法があれば、作成中の内容が適切かどうか確認でき、間違いを早目に発見できる。注意点も同様で、作る際に気を付ける点を教える。どちらも、作る側だけでなく、レビューする側にも役立つ。これらは、何でもかんでも付けるわけではなく、本当に重要な点に関してだけ追加する。
 以上のような視点で技術内容を作ると、標準化された作業書のような形になる。そのおかげで、多くの人が修得できるわけだ。ただし、個々の要素を作る祭には、単に調べるだけでなく、作業者に考えることを求める。もちろん、どのように考えるかや、考えた結果の例を示しながら。こうした点こそ、通常の作業書とは異なる、能力教科ならではの特徴だ。

教育内容を修得しやすくする視点

 能力教科の技術内容をもとにして、教育内容を作る際には、修得のしやすさを重視しなければならない。少しでも修得しやすく仕上がるように、以下の視点を考慮する。
 「簡単な内容から始めて、本格的な内容へと移る」は、段階的に難しくすることで、修得しやすくする工夫だ。本格的な内容の中から、基本的な内容を抜き出し、それを最初に教える。次の段階では、本格的な内容との中間ぐらいの内容を用意して教える。このように、本格的な技術内容を数段階の複雑さに分割し、順番に教えることで難しさを減らし、修得しやすく仕上げる。
 分割する段階数だが、通常は3段階、難しい内容なら4段階程度にするが理想だ。しかし、上手に3段階で分けるのは、かなり難しい。そのため、3段階が困難だと判断したときは、無理をせずに2段階で妥協する。また、単純に3段階で分けるのではなく、依頼側や引受側といった立場の違いによる分割も併用すると、2段階で構わない場合も増える。
 「教えた後で実際に試させ、体験によって修得度を上げる」は、教えた内容を実際に作らせる方法で、修得度を向上させる工夫だ。作らせる機会は、数多く設ける。ある書類を作る場合なら、含まれる項目ごとに、1つの項目の作り方を説明した後で、実際に作らせてみる。全部の項目で説明と作成を経験してから、書類全体を作らせてみる。さらに、個々の書類を経験した後で、全体の工程を通して作らせる。このように何度も作る機会を用意することで、作れる力がスムーズに身に付く。
 試す内容の中には、単純に作るだけで済まないものがある。依頼や発表のように、相手がある作業だ。そんなときは、まず一人で試させ、全体の流れややり方を理解する。この段階では、何も見ずにやれるようになるのが目標だ。その後で、用意された相手で試させ、実際に近い状態を経験する。やり方自体は身に付いているので、その点で迷うことはなく、それ以外の内容を身に付けることに集中できる。このように2つ以上の段階に分けて経験させれば、実用的な能力が効率的に身に付く。
 「説明付きの実例を数多く見せ、体験不足を補う」は、実際に試した経験の少なさを補う有効な方法だ。学習の時間が無限にあるわけではないので、それぞれの教科ごとに試す回数は限られる。限定された時間内で数多く試すよりも、その一部の時間を使って、詳しい説明が付いた実例を数多く見せる方が、能力の向上には役立つ。ただし、経験する前だと実感が湧かないので、数回経験した後で見せることが必須だ。
 こうした実例で重要なのは、詳しい説明である。何をしているのかだけでなく、なぜそうするのかも解説する。また、悪い例も示し、なぜ悪いのかに加えて、どうすれば良くなるのかも説明する。悪い例を数多く見せると、失敗する可能性を減らせる。
 以上のように、教育内容を修得しやすくする工夫によって、少しでも多くの人が身に付けられるように仕上がる。さらなる工夫を加えるとすれば、それぞれの作業での非常に詳しい説明と、同じように詳しく説明した作成物の例をいくつも用意することだろう。これによって、修得できる人がさらに増える。

数多くの教科を設計するなら、設計方針が重要

 ここまで解説したような視点は、設計結果の質を維持するためには必須である。数多くの能力教科を設計しなければならないので、こうした視点を用意しないと、設計結果の質を高く保てない。何種類も設計する場合に、設計方針を決めるのと同じ考え方だ。今回は、設計方針を視点として作ってみた。
 それに比べると、今まで教育内容の作成方法はどうだろうか。過去からの惰性などに従いながら、何となく決めていたに等しい。だからこそ、あまり役に立たなかったり、教育効率が悪くても、ほとんど改善されないまま続いている。しかし、今後は根本的に改善し、きちんと設計して決めなければならない。教育内容の質を、大幅に向上させたいのであれば。

(2002年2月4日)


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