川村渇真の「知性の泉」

価値の高い教育方法の全体像


役立つ学習に求められる条件を満たす方法に

 現在の学校で実施している学習方法は、世の中で役立つとか、本当に身に付けるといった視点がほとんど欠けている。しかし、価値の高い教育を実現するのなら、役に立つ内容を身に付けてもらえるように、教育方法を(当然だが教育内容も)きちんと“設計”しなければならない。
 教育方法を求める場合も、最初に検討すべきなのは満たすべき条件である。それを明らかにしないと、適切な教育方法が設計できないからだ。条件をざっと挙げ、主な対処を加えると以下のようになる。

教育方法が満たすべき代表的な条件とその対処
・テクノロジーを徹底的に活用する
  ・ネットワーク経由で自由に教材にアクセス
  ・細かな説明や充実したQ&Aを含んだ教材を用意
  ・課題の作成物の評価や質問も、可能な限りネット経由で
・学習した内容が本当に身に付く
  ・課題を与えて何かを作る形式で、何度も繰り返す
  ・作成物を評価して、改善点を生徒に伝える
・無駄な労力や苦労をさせない(無意味な競争も)
  ・無駄な暗記を強制する現在の試験は廃止
  ・本人にとって将来役立つ可能性の高い教科を優先する
・学習効率をできるだけ高める
  ・理解度の異なる生徒を一緒に学ばせる愚行は廃止
  ・自分の習得度に合わせて、学習を進める
  ・基本的に、1つの学習内容を集中して勉強する
  ・苦手な学習内容に、より多くの時間を割り当てる
  ・目標に合わせた教科選びで、ヤル気や集中度を向上
・各人の人生目標に、学習内容を適合させる
  ・人生目標を決める部分から手助けする
  ・選んだ目標や方向性に適した教科を学習する
  ・誰にでも重要な教科は、目標に関係なく含める
・幅広い視野を持たせる(注:学習内容の説明も参照)
  ・概要だけで構わないので、様々な知識の存在を知らせる
  ・いろいろな境遇や考え方の人と触れる機会を増やす
  ・社会に存在する問題を広く知る機会を作る
・教える側の労力もできるだけ無駄にしない
  ・教材を読んで習得できる人には、それで済ませる
  ・理解や習得の遅い人に、教える労力を多く割り当てる
・その他の主な考慮点
  ・自分で打開するための方法を教える
  ・何事でも最後までやり遂げる意識を持たせる
  ・自分の適性を知れる機会も提供する

 細かな内容に関しては、本コーナーの別なページを読めば分かるだろう。補足が必要な箇所だけ、簡単に説明する。「本人にとって将来役立つ可能性の高い教科を優先する」というのは、各人の目標に合わせて教科を選ぶ方法が該当する。対象外の教科は勉強しないが、誰にでも役立つ内容だけは含める。
 既存の教科が減ると心配なのが知識の不足で、それを補うために「概要だけで構わないので、様々な知識の存在を知らせる」を入れてある。数多くの知識の概要だけ知っておけば、必要なときに調べることができるからだ。単に並べて説明しても忘れてしまって無駄になるで、「〜を作る(行う)のに必要なのは」という切り口で、数多くの題材を挙げながら紹介する。
 人間として成長するためには、環境保護や人権尊重の意識も大切だ。これらは単に教えるだけでは理解しづらいので、差別される境遇にある人の状況や苦しい思いを、映像を通じて見たり、実際に話したりして知ってもらう。環境破壊のように社会に存在する問題も、科学的なデータに基づきながら、可能な限り論理的に説明する。これらの問題では、差別する人や環境を破壊する人に共通した醜い行動も一緒に見せて、そうならないように考えさせるのも良い方法だ。
 最後の「その他の考慮点」は、教科として教えるのが難しい部分である。最初に概要だけ教科のように教えるが、その後は、一般の教科を学習する過程で、身に付けるように指導する。誰かに聞く前に自分で資料を調べるとか、最後まで責任持ってやり遂げる意識は、普段から注意したり応援することで身に付く可能性を高められるからだ。このような手助けは教師の役割となる。また、実際に何種類もの課題をこなすと、自分の適性の方向が少しは見えてくるだろう。その結果を冷静に評価して、将来の目標や方向性の決定に役立てる。

生徒ごとに選んだ選択教科を次第に増やす

 以上のような条件を満たすように、価値の高い教育内容に適した教育方法を設計しなければならない。前述のように個々の対処方法を挙げたので、それを統合して仕上げればよい。まず全体像だが、大まかには次のようになる。なお、ここで教科と表現しているのは、現在の教科と同じ区分けではなく、1つの教科を細かな学習単位に分けたものだ。その単位で生徒ごとに必要性を判断し、習得していくことになる。

教育方法の全体像
・学習する教科の大まかな流れ
  ・最初は、全員に共通の必須教科を学ぶ
  ・次第に、各人が選んだ教科の比率を高める
  ・注:現在の教科よりかなり小さな学習単位を採用する
・生徒ごとの学習教科の選び方
  ・数多くの職業でのやりがいが知れる機会を、定期的に持つ
  ・将来の目標または方向性を決める(複数選択や途中変更も可)
  ・目標や方向性に適した教科を選び、学習プランを設計する
  ・過去の学習プランと実績を保存し、無駄な重複を防止する
・学習プランに含まれる内容
  ・共通の必須教科も一緒に入れる
  ・生徒ごとの教科には、能力向上や経験の教科も含める
  ・知識教科は、できるだけ他の教科の題材として組み込む
  ・適切な学習順序を指定して、習得度を向上させる
  ・どの教科も、課題作りを必ず盛り込む
・学習プランに沿った学習方法
  ・基本的に、1つの教科を集中して学ぶ
  ・1教科への集中が適さないなら、少数の教科を並行して学習する
  ・各人の習得度に合わせて学習を進める
  ・進み具合の遅い生徒に、教師が集中して教えて手助けする
  ・習得が困難な場合は、学習プランを根本的に見直す
・学習する教科の大まかな分類(詳しくは学習内容を参照)
  ・個人で学習可能な教科
  ・グループでの学習が必要な教科

 基本的には、全員共通の必須教科から始めて、生徒ごとに選んだ教科の比率を次第に増やす流れだ。必須教科には、基礎的な学問だけでなく、社会生活に役立つ知識や能力の習得も含まれる。
 選択教科が各生徒の目標なり方向性に合うことが非常に重要なので、目標や方向性の選択を支援する。数多くの職業のやりがいを説明した映像を見たり、その中で興味のある仕事場を見学に行ったり、社会の様々な職業に触れる機会を増やす。目標は途中で何度か変えられるため、仮に選んでおいても構わない。また、何かの設計をやってみたいとか、大まかな方向を選ぶことも可能だ。設計と芸術を一緒にというように、目標や方向性を複数選ぶのも許される。選択した目標や方向性に適した教科が、学習プランに組み込まれる。
 学習プランは、半年ぐらいで定期的に見直すし、自分の選択が絶対に間違っていると思えば、決められた期間前に見直すことも許される。ただし、頻繁に変更するのだけは禁止し、じっくりと話し合って決めなければならない。
 個々の教科の学習では、実社会での勉強する場合と同じように、できるだけ1つの教科に集中する。それが終わってから次の教科に移るので、基本的に各生徒のペースで学習する。得意な教科は短時間で済ませ、苦手な教科には多くの時間を割くため、学習効率は確実に向上する。ペースが遅い生徒には、教師が集中的に教えて習得を手助けするので、教師の効率や役立つ度合いも増す。
 含まれる教科には、既存の学問のように個人で学習可能なものと、議論手法や意見集約技術のようにグループで学習しなければならないものがある。この違いによって学習方法が異なるため、別々に解説しよう。

個人で学習可能な教科は、課題の作成に重点を置く

 個人で学習可能な教科は、自分のペースで学べるため、基本的に他の生徒を気にしなくてよい。ただし、学習時期が一緒なら、気の合う生徒と一緒に勉強しても構わない。学習方法は、次のようになる。

個人で学習可能な教科の学習方法
・学習の基本的なスタイル
  ・基本的に、1つの学習内容を集中して勉強する
  ・学習時期の同じ生徒なら、一緒に勉強しても構わない
・学習の基本的な手順
  ・学習内容の概要に関する説明を、最初に見る
  ・教材を見ながら、学習内容の重要点(コツなど)を学ぶ
  ・簡単な課題を与え、それに沿った何かを作る
  ・作成物を教師が評価し、良い点や改善点を知らせる
  ・もし必要なら、同じ作成物を作り直す
  ・作成物が完成したら、他の生徒の前で紹介(発表)する
  ・他の生徒の紹介(発表)を聞くことでも学ぶ
・作成する課題と評価
  ・学習内容の範囲が狭いので、作成物は基本的に1つ
  ・一部の学習内容では、段階的に難しくした複数課題も
  ・作成物の評価では、学習内容に関する部分に限定する
・作成する課題で扱う対象分野(=知識の分野)
  ・幅広い知識に触れるように、似たような対象分野を避けて与える
  ・それまでに扱った対象分野を全部保存し、重複しないものを選ぶ
  ・対象分野の中での細かな選択は、生徒自身が選んでも構わない
・生徒の疑問点への対応
  ・ネット経由でなら、いつでも質問を受け付ける
  ・学校でなら、教師に直接質問する
  ・質問への回答では、自分で調べることも求める
  ・調べられる資料をネット上に用意しておく

 学習の基本的な手順だが、まず最初に学習内容の概要を知る。用意された書類か映像を用いて、習得すべき内容や目標の大枠を理解する。次に、指定された教材を使って、教育内容の重要な点を勉強する。何か作るのであれば、作る際のコツが説明してある教材だ。これを事前に知ることで、次に行う課題を上手に達成できやすい。
 学習の中心となるのは、与えられた課題で何かを作る作業だ。作文技術なら文章であり、評価技術なら評価結果となる。実際には教科が細かく分かれているので、作文技術では1つの文だけとか、評価技術で評価目的だけ作るような形になる。どの教科でも、学習内容に適した作成物が課題として与えられる。
 試しに作っただけでは、きちんと習得とはいえない。作成物を教師が評価し、良い点は誉め、改善すべき点は指摘する。こうした添削を繰り返すことで、本当の力が身に付く。評価すべき点は、基本的に学習内容の範囲内に限定するのが基本だ。しかし、素早く習得して余裕のある生徒に限っては、本人の了解を得た上で、他の要素も指摘して構わない。こうすると、得意分野が急速に伸ばせる。
 課題の作成中には、疑問などがどうしても生じる。だが、それに素早く対応すれば、生徒の能力が伸びやすい。ネット経由と学校の教師の2種類で受け付け、疑問点をできるだけ早目に解消してもらう。ただし、何でもすぐに教えるとダメなので、自分で調べることも求めるべきだ。
 以上のような方法なので、与えられた課題でいろいろなものを作り、その作成物の改善点指摘されながら能力が身に付く。知識に関しては、知識以外の教科の課題として含まれるとともに、他人の発表からも知る機会がある。これを何度も繰り返すので、幅広い知識に触れる機会は多く、現在の教育よりも広い分野の知識が得られるだろう。

グループ学習の教科は、役割を決めて実習に参加する

 議論手法、協議方法、意見集約技術といった教科は、何人か集まったグループで学習しないと身に付かない。これらのグループ学習教科は、個人で学習可能な教科とは異なる方法で学習する。その内容は以下のとおり。

グループでの学習が必要な教科の学習方法
・学習の基本的なスタイル
  ・学習時期の同じ生徒を集めて、一緒に学習する
  ・1つの教科でも、異なる役割を順番に経験する
  ・団体活動の教科では、別な教科の課題と一緒に行う
  ・課題の実習中は、教師が必ず付いていて助言する
・学習の基本的な手順
  ・学習内容の概要に関する説明を、最初に見る
  ・教材を見ながら、学習内容の重要点(コツなど)を学ぶ
  ・課題を実習する前に、自分で練習してみる
  ・役割を与えられる形で、課題の実習に参加する
  ・活動している最中に教師が評価し、その場で助言を与える
  ・実習終了後に、参加メンバーと教師で反省会を開く
・実習参加での役割に関して
  ・役割の例:議論手法の学習なら、議長、記録係、一般メンバーなど
  ・1回分の学習では役割は1つだけで、同じ教科を何回か繰り返す
  ・学習プランには、教科と一緒に役割も明示する
・実習への参加時期の調整
  ・参加する役割が矛盾しないメンバー構成で生徒を選ぶ
  ・そのため、参加時期の調整が必要になる
  ・参加まで待つ場合は、個人で学習可能な教科を学ぶ

 グループ学習の教科では、実際に行う際に異なる役割がある。議論手法の学習なら、議長、記録係、一般メンバー、外部の参考人などだ。これらの役割ごとで適した行動が異なるため、すべての役割を経験する必要がある。役割まで含めた学習プランを作り、その役割で学習に参加する。このような方式なので、役割の構成が揃うように、一緒に学習する生徒を集める。同じ教科ながら、毎回違う人と学習することもあるだろう。
 効率的に習得するためには、役割を経験する順番も大切だ。もっとも基本的な役割から始め、一番難しい役割を最後に経験する。議論手法の学習であれば、一般メンバー、外部の参考人、記録係、議長の順が最適となる。こういった役割は、教科ごとに経験する順番を決めておき、それに合わせて学習プランを作ればよい。
 グループ学習での課題は、実習という形で経験する。実習の効果を高める目的で、実習への参加前にコンピュータ相手に練習できる道具を用意する。議論での発言であれば、自分で発言内容を入力してみて、理想的な発言内容との違いを比べればよい。こうして練習した後で実習に参加すると、少ない回数でも効率的に習得できる。
 実習には教師が必ず参加し、良い点を誉めるとともに、改善すべき箇所を指摘する。指摘された本人だけでなく、指摘を聞いている他の生徒も勉強になるはずだ。最初はいろいろと指摘されるだろうが、繰り返し指摘されることで、ほとんどの人が正しくできるようになるだろう。
 グループ学習では、気のあった友人と一緒に参加したいとの要望も出される。学習時期が同じなら一緒に参加しても構わないが、いつも同じメンバーだと学習の効果が低下しやすいので、一定割合(おそらく3割程度)以下に制限する。
 ネット経由での実習も可能だが、顔を合わせることがより重要なので、特別な理由がない限り、一カ所に集まって実施するように規定する。開始前や後の雑談も含め、いろいろな人と知り合う機会を提供するのも、学習の大きな役割だからだ。

団体生活に必要な能力もきちんと教える

 以上の内容を読んで、既存の学校のように何でも集団で学ぶ方法とは、大きく異なるのに気付くと思う。すると、次のような疑問が生じるかも知れない。こんな形で団体生活の基礎が身に付くのだろうかと。
 その結論を出す前に、既存の学校が与える効果を考えてみよう。確かに団体生活ではあるが、団体を上手に運用する能力を教えてはいない。きちんと議論する方法、問題点を協議して決める方法、団体の制度やルールを設計する方法、団体のために何かを提案する方法など、非常に重要なことであるにもかかわらず、どれ1つとして教えてくれない。何も経験しないよりはマシという程度でしかない。
 価値の高い教育内容では、この点を大幅に改善する。議論手法、協議方法、制度やルール設計、提案方法など、教科としてきちんと教える。単に教えるだけでなく、生徒全員が、一般メンバーだけでなく、外部の参考人、記録係、議長などの役割と行動を、学習しながら体験する。そんな教育を受けたメンバーが揃うと、とんでもない行動は許されず、団体をきちんと運営できやすい。
 これ以外のことでも同じだが、適切な方法を教育することが大切で、そうしないと身に付かないのだ。団体生活を体験すれば団体生活に必要な能力が身に付くと思うのは、大きな勘違いでしかない。

友人を作る機会も積極的に用意する

 既存の教育法法と比べて、このままだと劣る点が少しある。誰かと一緒に勉強する時間が短いので、友人を作る可能性が減るかも知れない点だ。気のあった友人は人生の中で貴重な存在なので、この欠点は絶対に改善しなければならない。
 そういう目的から、友人と知り合う機会を多く用意する。まず、個人で学習可能な教科でも、学校で誰かと一緒に学べるようにする。当然、同じ時期に学習する人しか一緒になれない。しかし、自分が選択した教科であれば、興味の方向が同じなので、意気投合する可能性は高い。その意味で、一緒に学習する教科を上手に選ぶと、気の合う仲間と出会える機会は、既存の学校よりも増えるはずだ。
 別な機会として、興味のある職場への見学でも、できるだけ参加メンバーを増やす。その際には、見学する前に自己紹介し合うなど、友人になりやすい状況を作る。職場見学も同じ興味を持つ人が集まるので、気が合う可能性は高い。他にも、クラブ活動など、通常の勉強以外でも知り合う機会を積極的に用意する。
 ネットワークを十分に活用するため、ネットワーク経由で知り合う機会も用意する。顔合わせとは違った方法なので、別なタイプの友人(メール友達だから本音で話せるとか)ができる機会になる。友人を作る方法はいろいろあったほうがよいので、できるだけ種類の異なる方法を提供する。
 以上のような友人作りの方法では、同じ学年という制限がまったくない。年齢の異なる人と知り合う機会が多いため、現実の社会に近い。そもそも、生徒ごとに学習プランを作る方法なので、学年という概念自体が意味を持たなくなる。その意味で、消えゆく運命の概念といえるだろう。

 ここで紹介した教育方法が目指しているのは、最初に条件として挙げたとおり、実社会で本当に役立つ能力や知識を、きちんと習得させる点である。また、習得したほうがよい内容は多いので、無駄なことをできるだけやらず、効率的に学習できるようにも考慮している。
 こうした教育を受けた人が増えると、適切に評価したり、マトモに議論したり、最良の解決案が選ばれたりとか、きちんとした活動が当たり前になる。また、環境保全や人権が尊重され、世の中が確実に進歩する。そのためにも、良い教育内容を選ぶとともに、それに適した教育方法を採用しなければならない。

(2000年6月10日)


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