川村渇真の「知性の泉」

全体像から新しい教育内容と方法を理解する


社会に出て役立つ知識や能力を幅広く提供すべき

 これまでに存在しない、まったく新しい内容を提案する場合、その意義や中身を理解してもらうのは簡単ではない。発想などが根本的に異なるため、かなり詳しく説明したとしても、本当の狙いまで理解してくれる人はかなり少ない。少しでも多くの人に理解してもらうには、その全体像を示すのが最も有効だと思う。というわけで、教育の目的、教える内容、教え方の3つを総合的に整理してみた。
 まず教育の目的だが、既存の教育ではほとんど検討されていない。本来なら、どんな教科を教えるべきなのか、学問以外の分野も含めて検討し、教育内容を設計すべきである。しかし、そんなことなどせず、過去からの惰性で同じ教科を教え続けている。結果として、狭い意味の学問しか扱わず、これだけ複雑になった社会に対応できていない。根本的な原因は、教育の目的を検討していない点にある。
 本当に価値のある教育では、社会全体と各個人が幸福になることを大きな目的とする。それを実現するために何が必要なのか、段階的に掘り下げて具体化していく。簡単に表現すると以下のとおりだ。

価値の高い教育:教育の目的
・根本的な目的
  ・社会全体と各個人が幸福になる
・より掘り下げた目的
  ・社会で生きる際に役立つ知識と能力を与える
  ・上記の内容を、誰もが受けられるようにする
  ・各人の能力の向上により、社会でマトモな話が通じやすくなる
  ・結果として政策や企業活動などが改善され、社会が良くなる

 現在の社会では、いろいろな部分で不具合が発生している。それらを詳しく見ると、情けないとかセコイ内容が目立ち、あまりにも低レベルな原因の失敗が多い。きちんと議論するとか、論理的で科学的に検討するとか、当たり前のことができていない組織や人が多すぎる。
 このような情けない現状を解消し、社会が進歩するためには、それを構成する人々のレベルアップが欠かせない。その基礎となるのが教育だが、既存の教育内容はそれを満たしていない。だから、教育にいくら力を入れても、本当に優秀な人材は育たない。教育の内容や方法を根本的に改良すべきで、そのためには教育の目的から考え直す必要がある。

社会人として役立つ情報や能力開発も教育内容に含める

 既存の教育では、狭い意味の学問だけを教え、それ以外の内容を扱っていない。ところが実社会では、もっと幅広い知識や能力が求められる。自分の考えを発表したり、提案などを書いて示したり、求める情報を調査したり、集団内で異なる意見を集約したりだ。このような知識や能力は、既存の教育には含まれていない。つまり、既存の教育で不足している部分が非常に多い。
 このような欠点を解消するために、もっと幅広い視点で教育内容を設計する。どのような内容にするかは、前述の教育目的から導き出す。いろいろと検討すると、以下のような項目が導き出せる。

価値の高い教育:教育の内容
・基礎的な学問の知識(既存の教育内容)
・思考や判断に関わる個人的な能力
・集団の一員として必要な能力
・社会生活に役立つ様々な知識
・人生で役立つ体験
・自分の将来を決めるための対話や経験

 各項目を簡単に説明しよう。「基礎的な学問の知識」は、既存の教育内容と基本的には同じだ。「思考や判断に関わる個人的な能力」とは、自分の考えの発表、思考方法、物事の評価、きちんとした調査方法など、幅広い能力が含まれる。「集団の一員として必要な能力」とは、リーダーの役割、メンバーとしての役割、建設的な議論手法、集団のルール作りや運営などを含む。「社会生活で役立つ様々な知識」とは、悪徳商法にだまされない知識、きちんとした契約の必要性と方法、ケガなどの応急処置、役所や弁護士の活用などが考えられる。生きていく中で役立ち、世の中を理解するための知識なら何でも構わない。
 最後の2項目は、各生徒の人生に関わるものだ。「人生で役立つ体験」には、人のために奉仕する、挫折を味わう、小集団の面倒を見る、責任を持って作業するといった、人間としての成長に必要なものを含める。「自分の将来を決めるための対話や経験」は、いろいろな職種や業界の実状、職種ごとのやりがい、成功した人の体験談、希望する職種の人との対話などを通じて、自分の目標探しを手助けする。間接的には、いろいろな業界を知る機会にもなるだろう。
 どの教育内容でも、上手に実施するためのコツや注意点がある。それらを体系的に教えるとともに、実際に試しながら修得できるようにしなければならない。既存の教育のように、ただやってみさせるだけでは身に付かないのだ。たとえば、いくら多くの文章を書かせてもダメで、上手に書く方法を教えなければ、作文技術が上達する人は非常に少ない。この点は非常に重要だ。各教科ごとに教育内容を設計し、質を高める必要がある。そのためには、適性のある人に設計してもらうしかない。
 挙げた項目のうち、既存の教育内容に含まれるのは最初の項目だけで、他の項目は含まれない。重要度をあえて比べるなら、既存の教育内容に含まれない項目のほうが、社会生活においては重要である。このように教育内容を求めていくと、既存の教育で不足する多くの点が見えてくる。
 以上のような教育が整っていれば、どんな家庭に生まれたとしても、最低限の社会知識や能力を得られる。ただし、勉強を強制はできないので、勉強する機会が与えられるという表現のほうが正確だ。だとしても、既存の教育と比べて、格段に価値の高い教育内容になる。

各生徒の修得度を向上させる教育方法に

 良い教育内容を用意しても、教え方が悪ければ修得度は向上しない。これからの教育では、役立つ内容をどれだけ修得したかで評価すべきだろう。修得度を上げるためには、既存の教え方とは異なる、もっと効果的な方法を用いなければならない。
 既存の教育内容では、根本的な矛盾点を持っている。たとえば、いずれ忘れてしまうことを知りながら、試験のためだけ暗記させる無駄もその1つだ。また、修得度に差がある人を集め、同じペースで勉強される方法も適切ではない。新しい教育方法では、このような欠点を解消する方式に変える。基本的なポイントは、以下のとおり。

価値の高い教育:教育の方法
・テクノロジーを徹底的に活用する
・無駄な暗記など、本来不要なことはさせない
・分からない人には徹底的に詳しい説明を提供する
・各生徒の適性を考慮した日程で学習する
・不得意な科目に多くの時間を割り当てる
・小さな学習単位に区切り、集中して勉強する
・実際に何かを作らせる機会を増やす
・詳しい人に質問できる機会を提供する
・集団に関する教科は、何人か集まって学習する
・各生徒の将来像を探す機会も定期的に与える

 教育の質を高めるためには、テクノロジー(コンピュータとネットワーク)が不可欠である。いろいろな部分で徹底的に利用して、最大限の利点を引き出すのは当然だ。ネットワークを通じていつでも調べられるため、暗記の必要性は最小限で済む。暗記を前提とした試験はなくなり、実際に試す方法で修得させるとか、課題を製作するなどの方法で試験する方式に変わる。
 ネットワークを利用すれば、いくらでも詳しい説明が用意できる。最初の大まかな説明で理解できなければ、段階的に詳しい説明へと進み、分かる段階まで読めばよい。図や動画も多用できるし、例を数多く示すことも可能なので、現在の教科書よりも分かりやすさは向上する。
 新しい教育方法でもっとも重要なのは、各生徒の将来の希望に合わせて教科を選ぶ点だ。生徒が自分の将来の方向を定めるために、多くの職業の中身ややりがいを見せ、希望する職種や業界を選んでもらう。何かの設計士とか、芸術関係とか、大まかな区分けでも構わない。それに合わせて、必要となる科目を生徒ごとに選択し、教育の日程を決める。方向を何度も変えるのは認められないが、半年に1回ぐらいは変更を可能にする。こうして勉強すれば、無駄な勉強はしなくて済むし、そもそも真剣に勉強する気になりやすい。もちろん、全員に絶対必要な科目だけは学ぶ必要がある。
 もう1つ重要なのは、適性に合わせた時間配分だ。既存の多くの授業では、各生徒の理解の早さを考慮せず、一緒に教えている。これも多くの無駄を生む。理想的には、得意な教科の学習を手早く切り上げ、不得意な教科に多くの時間を割くべきだ。そうすれば修得度が向上できる。既存の学習はネットワークを利用するので、自分のペースに合わせて進められる。不得意な教科に関しては、教師が直接教えたり、ネットワーク経由で質問したりできる。
 集団に関する教科は、何人かでチームを作って学習する。チームのメンバーもときどき入れ替え、いろいろなメンバーと知り合える機会も提供する。チームでの学習には必ず教師が付いて、コツや注意点を細かく教える。
 全体としては、自分の将来に合わせた学習内容を、自分の適性によって時間配分しながら、勉強を進める形に変わる。教師の多くは、担当する教科が不得意な生徒に集中して教える。いろいろな面で、既存の教育方法とは大きく異なる。

自分の目指す姿へ近づくのが本来の勉強

 そもそも勉強とは、他人との競争ではなく、自分の能力を高めるための手段である。また、自分の目指す姿へ近づくのが目的であり、その姿は人によって異なる。だからこそ、統一した試験の点数によって順序を付けても意味がないばかりか、点数の悪い人のヤル気を失わせるという大きな副作用を生じさせる。これは賢い方法とは言えない教育で、非常に残念なことだが、現在の教育現場では広く行われている。できるだけ早い時期に改善しなければならない。
 新しい教育では、本人が目指したい将来像を見付ける部分から手助けする。それが求まらなければ、適切な教育を実施できないからだ。もちろん、若いうちに将来像を見付けることは難しいだろう。だとしても、本人の適性を考慮して、大まかな方向だけは決めたほうがよい。適性のある職種を選んだほうが、成功しやすいし、本人も面白く感じる可能性が高いからだ。
 後からの変更も可能なので、それほど心配する必要はない。基礎的な能力だけは必須教科になるので、後から変更したとしても遅くはない。大人になってから変更する人も結構いるので、それに比べたらずいぶんと早い変更になる。
 目的を明確にする大きな理由は、本人のヤル気を高めることにある。現在の教育のように、実質的に試験の成績だけが目標では、ほとんどの人は真剣に勉強するはずがない。自分の将来像を思い浮かべながら、それに向かって自分のために勉強させる。こういった環境作りも、価値の高い教育では必須である。

 価値の高い教育内容を理解してもらうためには、もっと詳しい説明が必要となる。教育内容に関してなら、具体的にどんな教科が含まれるのか、どの教科が必須学習になるのか、どんな考え方で学習科目を選ぶのかなどだ。また、教育方法に関しては、教師や学校の役割はどうなるのか、どのような専門家が必要になるのか、どのような組織で運営するのかなど、説明しなければならない点は多い。教育内容と教育方法に分け、続くページで解説しよう。

(1999年9月10日)


下の飾り