川村渇真の「知性の泉」

ノウハウ構築の得意な人にきちんと設計させる


教育内容も教材も適正のある人に作らせる

 価値の高い教育を実現するためには、教育内容はもちろん、教材の具体的な中身が重要となる。この話の対象となるのは、作文技術、調査方法、情報整理、議論手法といった、実社会で役立つ能力を扱う教科だ。以下のような内容が含まれる。

実社会で役立つ代表的な能力
・考察する、分析する、比較する、評価する
・調べる、確認する、記録する、整理する、検査する
・体系化する、まとめる、提案する
・意見を述べる、説明する、発表する、説得する
・協議する、意見を調整する、教える
・管理する、計画を立てる、実施する
・的確に質問する、回答する、話を聞く
・間違いを認める、訂正する、改善する
・公表する、配布する、連絡する、報告する

これらをまとめたり分割したりして、新しい教科に仕上げる。良い呼び方をまだ決めていないので、ここでは仮に「社会能力教科」と呼ぼう。
 教材の中身は、教育内容に大きく関係する。社会能力教科がほとんど扱われていない現状では、まず教育内容から検討しなければならない。簡単に言うなら、社会能力教科では、教育内容自体がいろいろなノウハウになる。作文技術であれば、どんな点を考慮するとか、どのような作業の流れで書き進むとか、数多くのノウハウが集められる。それを体系化して、教育内容として仕上げるのが最初の作業だ。
 教育内容が体系化できたら、それを習得するための教材を作成する。体系化された細かな要素を分解し、習得しやすい順序に並べる。細かな要素だけを教えるのではなく、各要素の全体での位置付けも理解させ、体系的に能力が身に付くように考慮しなければならない。
 社会能力教科の教育内容は、ノウハウの集まりである。ノウハウとは、何かの作業(作文など)を成功させるためのルールや注意点などだ。それを身に付けるには、ルールや注意点を最初に理解し、その後で実際に試す手順がよい。試す部分での教師の負荷を軽減するために、パソコン上の対話式システムで勉強する教材も用意する。それを済ませてから、教師が見ている前で試し、改善点を指摘してもらう。
 社会能力教科の教育内容は、誰もが作れるわけではない。その分野での能力が高いだけでなく、自分でノウハウを導き出す能力も同時に求められる。この種の人材は非常に少ないが、実際に存在する。まずは、人材を見付けることが先決だ。
 社会能力教科の教材の作成では、教育内容を理解し、習得するための教育方法を決めなければならない。それに合わせた教材を作成するのだが、こちらの作業でも、教育内容を求めるのとは異なるノウハウが必要とされる。この種のノウハウを持った人が、教育内容を導き出した人と一緒になって、教材を作ることになるだろう。

きちんと設計して教育内容と教材を作る

 社会能力教科では、実社会で役立つ内容を、生徒が実際に習得するのが目標だ。その意味で、教育内容も教材も作成が難しい。何となく作っていたのでは、本来の目標を達成できない。きちんと設計して、できるだけ多くの人が習得できるようにする。繰り返すが、きちんと“設計する”ことが大切だ。もう少し詳しく説明しよう。
 個々のノウハウの内容は、具体的で実際に試せるものでなければならない。世の中に出回っている多くの作文本のように、内容が抽象的で雰囲気だけを紹介している内容では不合格だ。どの部分がどうなったら良いのか、そのためにはどんな手順で作業を進めるのか、個々の作業で何を考えるのかなどを、可能な限り具体的に説明する。それを読んで実際に作れなければ価値はない。
 教育可能なノウハウとは、目的を達成するまでに行ったり考えたりする行為を、汎用的に使える形にルール化したものである。また、行為を数個の工程に分割して、適正の低い人でも利用できるように、かみ砕くことも重要である。この2点を満たすように、すべてのノウハウを見直さなければならない。
 ノウハウが集まったら、全体を整理して体系化する。わざわざ体系化するのは、その分野の全体像を理解しやすくするためだ。全体像を理解できれば、注意すべき点などが頭の中で整理でき、実際に利用した結果が良くなる。使えるようになることに意味があるので、使った結果が良くなることは、修得度が高まったことに等しい。
 ノウハウの教育順序を決める際には、理解のしやすさを十分に考慮する。作文技術なら、句の作り方から始めて、短い文、長い文、数個の文の組み合わせ、段落、短い文章、目的別の短い文章と段階的に大きくしていく。修飾関係、主語と述語の整合性、文と文のつながり、内容の流れ、個々の段落の役割など、細かな注意点は最適な箇所に含める。また、箇条書きや表などを用いて、伝えたい内容を整理してみせる方法も入れる。このように全体での流れを考慮し、もっとも良い形を作り出す。教育内容全体を1つのシステムと見なして設計するわけだ。
 実際の教育では、どの教科でもある程度の細かさに分割し、それに集中して学習する方法で修得度を高める。それに適合するように、教科の内容を区切らなければならない。この作業は、教える順序を決めたあとで行う。分割で注意すべき点は、区切ったどの内容にも、達成感を満たせるような目立った項目を含める点だ。それが含まれていない区分があれば、最後に入れ替えて調整する。

課題をいくつも与えて修得度を高める教材に

 教育内容が決まったら、それに合わせた教材を設計する。どの教材も、区切った教育内容ごとに分けて作成し、区切りごとで完結できる形に仕上げる。
 学習の最初には、ルールや注意点を知識として教える。この段階の教材では、そうする理由を丁寧に解説する。多くの例を挙げて、そうしない場合と比較すると効果的だろう。
 実際に試す初期段階では、対話型の練習教材を利用する。ルールや注意点を知っていれば正解を選べるような、選択式の問題を数多く用意する。正解しても不正解でも、その理由をきちんと説明して、ルールや注意点を理解してもらう。この段階の教材は、理解の早い人は少な目に、遅い人は多めに試す。個人の修得度に応じて、試す量を調整する。
 正解や不正解での理由の解説では、簡単な説明だけでなく、少し丁寧な説明や、かなり丁寧な説明も用意する。個人ごとに試した量と連動し、最初のうちは簡単な説明を出す。何回か試しても理解しない人には、説明の内容が段階的に詳しく丁寧にすると、個人の修得度に応じた説明が可能となる。
 対話型の練習教材を勉強し終わったら、他の生徒や教師と一緒に試す段階に入る。その際に用いる教材も、きちんと設計したものを用意する。最初は容易な課題から始めて、段階的に難しい課題へと進む。どの課題でも、習得すべき項目を明確に定めて設計する。課題ごとに習得項目が定めてあるので、課題を出す際にも生徒に習得項目を伝える。生徒が課題を作り終わったら、課題に定められた習得項目だけを評価し、最初から全体を評価することはしない。このような方法で、段階的に課題を難しくしていく。後のほうの課題では、前の課題の習得項目も含まれるので、評価すべき習得項目はだんだんと増える。教師は、評価した結果によって、適切な助言を与えるとともに、次の課題を選ぶ。課題の選び方も教材に含まれ、ガイドラインのような形で提供する。
 現在の教育のように試験で評価する方法は、ほとんど用いない。多くの課題を与え、それをこなす過程で習得する方法が中心だ。大切なのは、実際に役立つ形で習得することであり、そうなるように助言や実習などで対応する。

一般の設計と同じ工程で質を高める

 教育内容や教材の制作では、設計と呼べるレベルを目指すので、一般の設計と同じような工程を導入する。この分野に詳しくない人のために、簡単に説明しよう。
 まともな設計では、設計の目的や目標を明確にして、それを出発点とする。作文技術でも他の教科でも、何のために必要な能力なのか、どのような能力を身に付けさせるのかを、まず明確に規定する。これが教育内容を設計する出発点だ。
 教育内容の設計では、規定した目標を満たす具体的なノウハウを集める。集まったノウハウを全体的に見ながら、教育する内容を10以上の段階に区切り、それぞれの目標の達成に役立つものを残し、そうでないものは除外する。設計なので、区切った教育内容ごとに、習得すべき項目、前後の区切りとの関連、習得したと判断する条件などを、可能な限り規定する。
 教育内容が決まったら、それが教材設計の出発点となる。教育内容の規定を満たすように、教材を細かく設計していく。習得すべき項目の特徴に合わせて、教材の種類や方法を選び、具体的な教育内容を埋め込む。題材を数多く作るので、題材を広範囲に集めるとともに、特定の種類に偏らないように、種類を把握しながら採用する題材を選ぶ。
 設計した教育内容や教材を実際に試してみて、期待した修得度が達成できたか調べるのも重要な作業だ。設計者とは別な人が、調べる前に評価基準を作り、それに合わせて検査する。検査した結果は設計者へ伝えて、教育内容や教材の改善に役立てる。
 大まかな流れは以上のようになるが、各段階でのレビューも忘れてはならない。目標に適した教育内容なのか、教育内容に適した教材なのかを、設計者とは別な専門家が評価して、必要とあれば改善を求める。また、教育内容作りや教材作りの設計条件も別に規定し、これらを満たしているかも一緒に評価する。このようなレビューを受ければ、教育内容や教材の質は確実に向上する。
 全体を見て分かるように、個人の勝手な解釈や好き嫌いが入り込みにくい方式だ。それは、まともな設計の特徴であり、だからこそ良い設計が実現できる。このような設計の工程を導入することで、教育内容や教材の質が高まるだけでなく、実際の修得度も向上させられる。

 以上の内容を、文部省による教育内容や教材の決定過程と比べてみよう。現在の教育内容や教材は、設計した呼べるレベルにほど遠い。教育の目標すら明確でなく、教育の効果を考えてもいないようだ。本当に価値のある教育を目指すなら、教育内容も教材もきちんと設計し、専門家のレビューを受け、実際の効果を測定するぐらいでなければならない。

(1999年8月8日)


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