川村渇真の「知性の泉」

知識以外の教材は実習できる形に


知識以外の教科では、実際に試して習得する

 価値のある教育を目指すと、教育内容として知識以外のものも多く含まなければならない。知識中心の教科なら、知識を詳しく説明することで、読むだけで理解させるような教材が作れる。しかし、知識以外の教育内容では、中身を説明するだけの方法が使えないため、別な方法での教材作りが求められる。
 例として、作文技術を教えるための教材を考えよう。文章をある程度のレベルで書けるようになるためには、いくつもの作文ルール(作文での注意点も含む)を理解して実際に生かせなければならない。ルールを知るだけなら、それに関する説明を読めばよいだろう。しかし、それで使えるようになるのは、ごく一部の人だけに限られる。本当にマスターするには、実際に何度も書いてみて練習するのが一番だ。
 ただ練習するだけでは、残念ながら上達しない。どんな点が悪いのか、きちんと書ける人に指摘してもらい、どのように直したら良くなるのかを知る必要がある。そんな練習を繰り返すことで、作文技術が上達していく。
 作文以外でも、実際に試さないと上達できない教育内容は多い。自分の意見を述べたり、誰かと議論したり、何かを調べたり、誰かにインタビューしたり、原因を検討したり、解決方法を提案したりなど、いくつも挙げられる。
 この種の教育内容は、知識よりも重要なので、より力を入れて教えなければならない。本当に役立つ内容を導きだし、その内容に最適な教え方を求め、その内容と教え方に適した教材を作成する。このような検討を重ねないと、教える内容が難しいだけに、教育の効果は高まらないだろう。難しいことだが、優秀な人材を割り当てれば十分に可能である。

論理的な作成ルールを集め、利用可能な内容として体系化する

 まず最初は、教育内容を求めなければならない。作文技術なら、作文の際に考慮すべき細かなルールや注意点が対象となる。
 誰もが使えるためには、論理的な作成ルールでなければならない。作文の単行本にありがちな、雰囲気だけで説明している内容は不合格。もっと具体的に、分かりやすく説明するときの注意点を洗い出す。細かな文に関してなら、修飾句をどのような順番で並べるとか、句読点の付け方などが挙げられる。主語と述語の整合性を確認するために、主語と述語以外を取り除いて確かめるといった、具体的な検査方法も教える。文章全体に関してなら、説明すべき要素をどんな順番で並べたら分かりやすいのか、何種類かのパターンを紹介する。他にもいろいろあるだろう。
 この種の作成ルールで大切なのは、そうしたほうが良い理由をきちんと説明することだ。それが欠けていれば、実際に応用できないし、教えたときの説得力もない。逆に言うなら、なぜ良いのかを論理的に説明できない内容は、作成ルールとは呼べないし、採用してはならない。
 集まった作成ルールは、体系化して整理する。もっとも細かいのは、個々の言葉に関わるものだろう。その次に、1つの文に関わるもの、文と文の関係を表すもの、段落に関するもの、全体の構成に関わるものなどだ。このような範囲による分け方以外に、要約、中見出し、箇条書き、添付資料など、特定の役割を持つ部品でも分類する。

段階的に学習できる細かなカリキュラムが必要

 教育内容の次は、教える順序だ。具体的な教育内容を設計する際には、学習のしやすさを十分に考慮しなければならず、最終的に細かなカリキュラムとして仕上げる。その出発点となるのが、得られた作成ルールを体系化した資料だ。作文技術なら、細かな言葉や個々の文に関するものから、文章全体の構成に関する注意点に分かれている。このように、小さな部品から全体像へと進むのが、勉強しやすい流れと一致する。
 学習の最初は、細かな言葉から始める。文よりも小さい句を作る勉強だ。名詞に複数の形容詞を付けたり、動詞に副詞を付けることで、表現する内容がどのように変わるのか試す。また、複数の形容詞を付ける場合には、どの順序にしたら分かりやすいかも学習する。形容詞を形容句の変えるなど、少しずつ複雑なものへと進むのが基本だ。個々の言葉についても、似た意味を辞書で調べるとか、書くときに行うべき行為も教育内容に含める。次は、1つの文に移る。主語と述語を明確に決めることを学ぶ。続けて、いくつかの修飾句を追加して、伝えたい内容を細かく絞り込む方法へと移る。主語を入れ替えて、同じ内容を言い表す方法も試す。ただ試すだけでなく、主語の入れ替えは、意味が同じながら強調したい要素が変わることも学ばなければならない。
 文の書き方が終わったら、複数の文の連結だ。接続詞を使い、適切な流れを形作ることを勉強する。2つの文から始まり、3つの文、4つの文へと進む。複数の文を続けたとき、文末の言葉が一緒にならないようにするとか、主語の移り変わりを意識するとか、注意すべき点を学ぶ。これらがマスターできたなら、段落全体での説明文の組み合わせ方を学習する。どんな内容の文を、どの順序で並べたら分かりやすいかを理解するわけだ。
 次は、文章全体での構成に移る。説明すべき要素を洗い出し、どのような順序に並べたら良いのか、考える視点を勉強する。できるだけベストな構成を、何種類かのパターンを紹介する形で教えるとよいだろう。また、要旨を整理したり、読み手を想定することも一緒に覚える。基本的なパターンが使えるようになったら、代表的なアレンジ方法へと移る。このような中心部分の書き方だけでなく、最初の部分に話題の簡単な説明を入れるとか、最後に結論を繰り返すとか、全体を分かりやすくするために工夫も学ぶ。タイトルや中見出しの付け方も必要だろう。
 最後に、箇条書き、表、図などの利用目的と使い方を取り上げる。説得力を高めるためには、文章だけでは不十分で、情報を整理してみせる方法が求められる。そんな視点で、箇条書きや表の使い方を勉強する。ここまで達すれば、かなり書けるようになっているはずだ。
 以上の例のように、小さな部品である言葉から始め、段階的に大きな要素へと移っていく。それぞれの段階では、どのような点に注目し、どのような作成ルールを用いるのか、具体的で細かな内容を学ぶ。このような形で勉強が進むと、作文技術をきちんとマスターできる。明確な方針もなしで何度も書かせただけでは、ほとんど習得できないことに、そろそろ気付くべきだ。

対話型教材を多用して、教える側の手間を軽減する

 作文技術のような学習内容は、与えられたテーマで書いてみて、よく知っている人に添削してもらう方法が適する。ただし、この方法だと相当な手間がかかり、かなりの添削者を確保しなければならない。コスト高になるだけでなく、添削者の教育も大変だ。
 そんな状況を改善するために、対話型の教材を用意する。添削にはかなわないが、添削の前に利用することで、添削の回数を減らす効果はある。ネットワーク経由で提供すれば、コストがさほどかからない点もメリットだ。
 対話側の教材には、選択式の問題を採用する。たとえば、修飾句の並び順の決め方が教える内容なら、修飾句を並べた例をいくつか提示して、学習者に選んでもらう。その後で正解を見せ、なぜ正しいのかを詳しく説明する。他の教育内容でも同様だ。句点の挿入位置なら、どこへ入れるかを選ぶ方法が使える。中見出しの付け方では、段落全体を読ませた後で、中見出しの候補を10個ほど見せて選ばせるとよい。主語と述語の整合性の検査なら、サンプルの文章をいくつか見せて、善し悪しを個々に付けさせる。正解を説明する際には、文中の主語と述語だけを取り出す部分を視覚的に見せ、どの部分を見て判断するかも教える。文章全体の構成では、10個ほどの要素を提示して、良いと思う並び順を作らせる。
 このような教材があれば、教える側の手間を増やさないで、かなりの内容が勉強できる。細かな教育内容(=作成ルール)ごとに数多くの教材を用意することが大切だ。相当な数のサンプルを見ることになり、いろいろなケースが頭の中に入る。考えながら見るので、単に例を読むよりは学習効果が大きい点もメリットである。
 個々の作成ルールの対話型教材が終わったら、今度は本当に文章を書いてみる。このときの課題も、よく考えて設計しなければならない。対象となる作成ルールが試せる課題でないと、やらせる意味はない。課題の出し方としては、一緒に資料を付け、その資料を見ながら文章を書く方法も良いだろう。学習者が書いた文章は専門家が添削して、直すべき箇所を指摘する。
 教育カリキュラムの後のほうになると、この種の教材は作りにくい。その部分に関しては、専門家の添削で対応するしかないだろう。ただし、教材作りに様々なアイデアを出して、少しでも広い範囲を教材でサポートできるようにしたい。
 対話型の教材はネットワークを通じて公開し、いつでも見れる形にする。そうすることで、好きな時間に好きな文だけ勉強できる。また、社会人も作文技術を身に付けられ、社会全体としてコミュニケーション効率が大きく向上する。

ノウハウを作れる人の確保が最重要

 以上のように教材を作るためには、上手に設計するノウハウが必要だ。教材の制作者には、最初に勉強してもらう必要がある。逆に、既存の試験問題の作成では、暗記した知識を整理して書くだけなので、設計ノウハウはいらない。ここが大きく異なる点だ。
 設計ノウハウ以上に重要なのは、作文技術のような教育内容ごとに、論理的な作成ルールを作れる人の確保である。それが集まらなければ、この種の教育は成功しない。既存の教育内容や教材を作っている人々は、残念ながら論外で使いものにならないだろう。それよりも、もっと創造的でアイデアが出せる人を集める。具体的なアイデアを出してもらう形で、公募する方法が効果的だと思う。応募者の中から、優れた作成ルールを作れる人を選ぶと、かなりの人材を確保できるだろう。
 教材の作成や改善では、添削の結果も反映させなければならない。多くの人が同じ間違いを繰り返すなら、それを学習できるような教材を追加し、少しでも早目に理解するように改善する。このように追加し続ければ、教材の段階で多くのことが学べる。結果として添削の負荷が減り、より上位の教育内容をカリキュラムへ追加することも可能となるだろう。
 ここでは作文技術の教育を例として取り上げたが、議論方法の教育など、もっと難しい教育内容も演習できる教材を作る必要がある。議論方法の場合は、一人か二人の教官が付き、複数の人がグループで演習する形になる。作文技術の学習とは異なるので、教材作りにはいろいろな工夫が求められる。
 本当に役立つ教育では、知識以外の教育内容を多く盛り込み、それらを効率的かつ効果的に教える必要がある。その実現には、アイデアを持った優秀な人材を発掘し、どれだけ活用できるかにかかっている。

(1999年6月2日)


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