川村渇真の「知性の泉」

読んで分かる教材に幅広い視点で仕上げる


知識の教育は、読んで分かる教材に任せる

 本当に役立つ新しい教育では、個人ごとに学習プランを用意すると述べた。その結果、同じ内容をみんなが一斉に受講する方法は適さない。また、教師の役割も変化し、知識を教える以外の作業が中心となる。知識に関する教育は、教師に手間をかけさせないことが求められる。
 もっとも有効な方法は、教材を読んで分かるように作ることだ。現状の教材でも、一部の生徒は読むだけで理解できる。また、良い参考書を一緒に使うことで、読んで理解できる人は増す。これをもっと進めて、徹底的に理解しやすく作ったらどうだろうか。
 その実現に大きく貢献するのが、コンピュータとネットワークの技術だ。教科書を紙で提供しているうちは、印刷などのコストを押さえないとダメなので、説明の分量を自由には増やせない。しかし、ネットワーク経由でアクセスするなら、説明の分量は好きなだけ増やせる。分量の限界を決めるのは、印刷や配布のコストではなく、中身を製作する手間になる。
 分量を気にしなくて良ければ、1つの内容を説明する際に、いろいろな角度から見た解説を用意できる。1つの説明で分からない生徒は、別な説明をいくつも読めばよい。異なる角度からの説明を読むことで、理解できる可能性は高まるはずだ。
 コンピュータとネットワークを活用するので、図や動画などを多用しても構わない。作成の手間が大変なので、凝ったものは難しい。しかし、テキストと図形だけで描いた単純なアニメーションを入れるだけでも、対象となる内容によっては、分かりやすさを向上できる。見栄えを気にせず作って、量を増やすことが最初は重要だ。
 対話型の作り方も、理解を手助けする効果がある。たとえば、登場する用語の意味を忘れたら、その場で調べられるように作る。辞書とリンクさせればよいだけなので、さほど面倒ではない。疑問に思ったときに調べられると学習効率が上がるので、教材作りでは非常に重要な点である。
 暗記を強制しないので、一度読んだ内容を後で参照する機会も増える。再び同じ内容を読むのは非効率的なので、後から参照するのに適した教材も用意する。主な内容を要約して記述し、全体像が素早く思い出せる形で作るだけだ。より細かい説明は、最初に読んだ教材に任せ、素早く呼び出すためのリンクを付けておく。
 説明の作り方も重要。説明の量が多い場合は、上手な整理が求められる。最初は荒い説明から始まり、分からない箇所だけ詳しい説明を読む。全体を階層的に整理して、読みたい説明がどこにあるのか把握できるようにする。段階的に詳しく説明するだけでは不十分だ。もっと違う種類の資料も可能な限り加える。たとえば、説明した内容の具体的な例を見せると、よりイメージがわきやすいだろう。情報の種類が多いほど、理解できる可能性を高められる。
 教材を読んで学習する教育方法は、すべての教育内容が対象となるわけではない。専門分野も含む知識の理解が主な対象だ。残念なことに、現在の学校で教えている内容がほぼ含まれる。繰り返すが、暗記する必要はないので、読みながら理解することを基本に置く。どうしても理解できない人だけ、教師に尋ねればよい。

教材の分かりやすさが向上する環境に整える

 教材の分かりやすさを向上させるには、いったん製作しただけでは済まない。改良が継続するような仕組みを用意して、多くの人の良いアイデアをどんどんと取り入れる。
 おそらく最初に作られる教材は、人手、時間、費用などが限られるので、満足できるレベルには達しない。すると教材を読んだ生徒は、不明な点を誰かに尋ねたくなる。そんな質問を受け付ける組織を、ネットワーク上に用意する。ただし、回答を単に返すだけの組織にはしない。受け付けた全部の質問は、解答と一緒に専用Q&Aデータベースに入れ、ネットワーク上で公開する。つまり、教材を補足するための公開データベースを用意するわけだ。不明な点が多い箇所ほど質問が増し、データベース上の補足情報が増えるので、教材の弱点を効果的に補える。
 教材自体の改良を担当している人は、データベースに登録されたQ&Aを見て、教材の改良を定期的に行う。分からない箇所をQ&Aで調べてもらうよりは、教材自体を直して質問が出なくなったほうがよいからだ。当然、教材を改良した分のQ&Aは、データベースから削除する。
 これ以外に、教材の改良案もネットワーク経由で受け付ける。上手に説明するアイデアを、教師はもちろん、一般の人だけでなく、生徒からも広く募集する。何でも受け付けるとレベルが低下するので、一定の審査を通過したアイデアだけを教材に反映させる。認められた改良案の多くは、以前の説明と入れ替えるのではなく、新しい別な説明として追加する。ネットワーク経由で提供するから可能な方法だ。
 この仕組みで重要なのは、できるだけコストをかけないこと。採用されたアイデアにお金は出さないが、提供者の名前を公開し、説明の最後に入れる。一種の名誉となるので、無償でも多くのアイデアを提供する人がいる出るだろう。この種のアイデアは、物事を上手に説明できる能力が関係するので、それを持っている人から集中して出てきやすい。名前が残るので、燃えて数多く出す人がいるはずだ。教え方を工夫している教師にはどんどんと提案してもらい、全国的に有名になってもらおう。
 以上のような仕組みを用意するだけでも、教材の分かりやすさは確実に向上していく。どの内容でも説明の種類が増えるので、利用する人が自分に適した説明を選べばよい。
 実現に向けては、1つだけ注意点がある。このような仕組みは、役人が担当すると、使いにくく内容が乏しいままで終わりかねない。一般に公募して複数の民間組織を選び、互いに競争させながら運用する方法がベストだろう。

分かりやすい説明を研究して設計方法を求める

 いろいろな技術がこれだけ発達したのに、あまり研究されてない分野もある。その1つが、物事を分かりやすく説明する技術だ。徹底的に分かりやすい教材を製作するに当たって、説明技術の分野を深く研究したほうがよい。
 研究の最大の目的は、分かりやすい説明の方法や条件を求め、教材を作る人が“実際に活用できるレベル”にまとめる点だ。理解しやすい説明の条件を、抽象的な特徴として示すだけでは不十分。どのような手順で、どんな点に注意し、どのような方法で作ればよいのか、具体的に改良できる方法を示さなければならない。今までは、試行錯誤しながら何となく製作するやり方だったが、今後は、きちんと設計して製作するやり方へと進歩させることが大切だ。
 この種の研究は、誰にやらせるかで成果の質が決まる。適した人材に任せないと、レベルの高い成果は得られない。適さない人材に任せた場合は、目立った成果がほとんど出せなくて、研究自体が無駄に終わる。優秀な人材を見付けることが、研究を成功させる一番重要な点である。もちろん、完全に任せて邪魔しないことは必須だ。
 研究で得られた成果も、広く一般へ公開する。それを読んだ人の中から、上手な説明を提供する人が出てくるだろう。また、教材以外にも活用でき、世の中の多くの資料を分かりやすく改良する基礎となる。こちらの成果のほうが、世の中にとって大きい。
 分かりやすい説明の実現も、以上のように全体をシステムとして捉えて、解決方法を実施しなければならない。教育問題への現状の対処のように、一部の問題だけを局所的に解決しても、投入した資源の多くが無駄になり、状況はほとんど変わらないからだ。問題が複雑で大きいほど、システムとしての対処が重要となる。

 教材の分かりやすさが向上すると、読んで分かるだけでなく、理解するのに必要な時間が減少する。それにより、知識は必要になったら勉強すればよいという環境へ近づく。知識の量が増え続ける未来ほど、必要な知識を暗記するのは難しくなり、読んで分かる教材の重要度が増す。

(1999年3月22日)


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