川村渇真の「知性の泉」

教科内容を数十段階に分けて段階的な習得が可能に


どの教育内容も、習得しやすい順序の数十段階に分割する

 作文技術や評価技術といった重要な能力は、基礎的な内容から始め、だんだんと難しい内容に進むことで、多くの人が習得できるようになる。段階的に習得できるように工夫して、教育内容を設計するわけだ。その際には、分割方法と分割数が重要である。
 学習効率を考えると、1つの教科を短期間に集中して学習した方がよい。ただし、集中する教育内容があまり多いと、その全部を終えるのに時間がかかり、途中で挫折する人が出やすい。ある程度の量に限定し、確実に習得できるように分割するのがベストだ。その結果、作文技術や評価技術といった教科の内容は、数十の段階で分割したほうがよい。実際の分割数は、教科によって異なるし、教育内容を充実すると増えていく。
 教育内容の分割では、習得の容易さを一番重視して決定することが大切だ。どの教科でも、簡単な内容から始め、だんだんと難しい内容に移ることで、多くの人が習得できるように配慮する。
 まず最初は、初歩的な基礎だけを含める。作文技術なら、形容詞と名詞の接続、主語と述語の接続といった、2つの言葉の組み合わせが該当する。評価技術なら、評価結果の裏には評価基準が隠れていること、評価基準が異なると同じ対象物でも正反対の評価結果になることなどを教える。初歩的な段階では、他の要素にはまったく触れない。
 こういった基本的な内容から始め、だんだんと要素を増やしていく。また、個々の要素の内容も段階的に深くなる。例として取り上げる内容も、最初は単純なものを選ぶが、次第に判断が難しい内容へと移る。教育内容も順番に高度になり、判断が難しい場合の対処方法を盛り込む。

数多くの例を用意し、考えさせる機会も提供する

 習得度を向上させるには、数多くの例を見せることも欠かせない。教える段階に適した例をたくさん用意して、論理的な解説付きで提供する。良い例と悪い例の両方を含み、「なぜ良いのか」と「なぜ悪いのか」を丁寧かつ論理的に説明する。こうした解説付きの具体例を数多く見ることで、教育内容の理解がかなり深まるからだ。また、理屈を説明しただけでは理解できない人でも、習得できる可能性が大きく増す。
 用意する例の中には、少し凝ったものも含める。たとえば、作文技術の初歩の「形容詞と名詞の組み合わせ」を教える段階で、「白い黒板」という例を挙げてみる。普通に考えると、黒いから黒板なので、「白い黒板」というのは間違いのように思える。黒板の表面が白かったら、「ホワイトボード」などと呼ぶのではないかと。しかし、黒板の表面全体を白いチョークで塗りつぶしたとしたら、「白い黒板」と表現しても良いのではないだろうか。そう考えると、「白い黒板」でも間違ってはいないだろう。
 ここで終わらず、さらに解説は続く。では、「白い黒板」という表現は、本当に良いのだろうかと。「後で塗りつぶしたのではなく、最初から白い黒板」だと解釈される心配がある点を示す。そして、「白く塗りつぶされた黒板」のほうが、もっと正確に表現しているのではないかと続ける。この後、別な表現も考えさせ、最後に「チョークで白く塗りつぶされた黒板」といった表現例を示す。単純に正しい表現かどうかだけではなく、より正確で誤解の少ない表現を考えさせる例を用意すれば、生徒の考える力を伸ばせるはずだ。
 同じ「形容詞と名詞の組み合わせ」で、もう1つの例を挙げておこう。「大きな単三電池」というのも、電池のサイズが大きくなってしまえば「単三電池」ではなくなるので、間違った表現といえる。しかし、市販の単三電池を真似て、紙で大きな単三電池を作った場合はどうだろう。この場合も、「大きな単三電池」は間違った表現とは言えないが、良い表現ではない。紙で作った単三電池は、「単三電池」ではなく「単三電池の模型」だからだ。より良い表現の1つは「単三電池の大きな模型」となる。
 前者の例は「形容詞」の部分を直し、後者の例では「名詞」の部分を直した。どちらも「形容詞と名詞の組み合わせ」という単純な形ではなくなったが、言葉は日頃使っているので、この程度の範囲超えは許して構わないだろう。また、後者の例では、形容詞「大きな」の挿入位置も変えてしまった。このような工夫もあり、後で勉強すると紹介する程度にしておく。
 以上のように、いろいろな例を示して理解させるとともに、考えさせる機会も同時に提供する。いろいろと考えるだけでなく、より適切な表現を求める癖を付けさせ、結果として表現能力を伸ばす。
 ただし、こうした考えさせる例を最初から与えてはいけない。前半に見せる例は単純なものだけにして、該当する教育内容を十分に理解させることが大切だ。こうした改良の例を山ほど見せれば、改良する意識が身に付くとともに、改良の仕方も分かってくる。こうした例は、すべての段階で数多く用意し、習得度の向上を手助けする。

教科の各段階に階層的なIDを付けて識別する

 各教科を数十の段階に分けると、特定の段階を示す方法が必要となる。単純に連番を付ける方法もあるが、どの程度の段階まで進んだのか、連番からは判断しにくい。それよりも、全体を数個の段階に分け、教育内容の大まかな区切りを明確に示した方がよい。それ以上の細かな段階は、より下位の番号で示し、2つか3つの階層で表す。こうすると、途中に段階を追加するときも、他のIDの変更が最小限で済ませられる。
 大まかな段階分けには、いろいろな考え方がある。1つの例として、次のような分け方も考えられる。ここでは、最初の英字が大まかな段階分けで、続く数字が分類内の連番になっている。

各教科の大まかな段階分けの一例(A1などが段階のID)
・初歩:A1, A2, A3...
・基礎:B1, B2, B3...
・中級:C1, C2, C3...
・上級A:DA1, DA2, DA3...
・上級B:DB1, DB2, DB3...
・最上級A:EA1, EA2, EA3...
・最上級B:EB1, EB2, EB3...

 教育内容が上級になるほど、複数の方向へ分かれる可能性が高い。それらの区別も必要なら、並列を意味するような付け方を採用する。ここでは「上級」と「最上級」が該当している。
 挙げた例では分類を2階層にしてあるが、全体または部分的に3階層にする方法もある。たとえば、「A1-1」や「A1-2」のような付け方になるだろう。
 教科ごとに段階IDを付けるときは、「基礎」や「中級」などと一般的に考えずに、より具体的な内容の区切りで大まかに分けた方がよい。基本的な付け方は統一すべきだが、区切りの分け方は教科ごとに最適化しなければならない。
 段階IDは教科ごとに異なるので、教科名と一緒に表現する。「作文技術B3」なら、作文技術のB3段階を意味する。途中で段階が挿入されることもあり得るので、教育内容の決定年数を含めた表現(たとえば「作文技術B3-2004」とか)も規定しておく。

具体的に何ができるようになるのかを明確に示す

 習得する生徒側からすると、数十の段階に分けただけでは、教科の内容を分割しただけにしか見えない。学習したいと少しでも感じさせるためには、習得によって何ができるようになるのか、その効果を明確に示さなければならない。
 段階を細かく分けるので、全部の段階で具体的な効果を示すのは難しい。しかし、数段階ごとであれば、習得の効果を言葉で説明することは可能だ。具体的な例を示した方が分かりやすいだろう。作文技術の教科なら、次のような内容になる。

作文技術の各段階の習得で達成できること(例)
・1つの句をキチンと書ける(ようになる:以下略)
・1つの文をキチンと書ける
・複数の連続文をキチンと書ける
・1つの段落をキチンと書けるようになる
・テーマを決め、短い文章で仕上げられるようになる
・他人の作成した短い文章を読み、明らかに悪い点を修正できる
・テーマを決め、少し長めの文章でまとめられるようになる
(以降は省略)

 別な教科の例も示した方が理解しやすいので、もう1つの例も挙げておこう。以下は、評価技術の習得で可能になる内容である。

評価技術の各段階の習得で達成できること(例)
・評価基準の存在と役割を理解できる(ようになる:以下略)
・評価目的から評価結果までの流れを理解できる
・簡単な評価目的を作れる
・簡単な評価基準を作れる
・簡単な評価方法を作れる
・簡単な評価方法を用いて、評価結果を得る
・評価目的〜評価結果を簡単な報告書にまとめられる
・評価工程間の明らかな矛盾を検査できる
・他人が作成した評価報告書を大まかにレビューできる
・少し難しい内容の評価目的を作れる
・少し難しい内容の評価基準を作れる
・少し難しい内容の評価方法を作れる
(以降は省略)

 こうした習得の効果が明らかになると、どの段階まで学習したほうがよいかの目安も設定できる。作文技術なら、第1段階は1つの文を書けるレベルだ。しかし、実際に役立つためには、短くてもまとまった文章を書ける必要がある。そうなると、テーマを決めて短い文章に仕上げるレベルが、最低限の到達点となる。このように、推奨する到達点を何個か設定し、そこまでは達せられるように学習プランを設計する。1つの到達点に達したら、次の到達点を目指す形で、段階的に習得すればよい。
 どんな教科の教育内容の段階を設計する際にでも、このような到達点を強く意識することが大切だ。そうすることで、生徒の学習意欲も高まるし、習得した内容を実際に生かせるようにもなる。本当に役立つ教育を目指すなら、必要な考慮点である。

教科の段階IDを、職種ごとの採用条件などに利用する

 こうして標準化すると、段階IDによって教育内容を特定できる。前から順番に習得するので、最後に習得した段階IDが、その人の習得レベルを意味する。作文技術のC4まで終わっていれば、「作文技術C4」が習得レベルになる。
 能力を身に付ける教科なので、習得レベルが実際の能力に等しい。そのため、実社会の職種ごとの必要条件としても利用可能だ。職種に必要な能力教科を選び、教科ごとの最低限の段階を定めれば、それが必要能力の条件となる。たとえば、「作文技術はC7以上、報告技術はD6以上、質問技術はC9以上、議論技術はFA8以上とFB6以上の両方、評価技術はB5以上、……」という具合に、具体的な能力レベルとして表現できる。
 こうした条件を明確に示されると、希望する仕事をするためには、どんな教科を学ばなければならないのか明らかになる。自分が目指す職種を決めたら、それに必要な能力を順番に習得して、条件を満たすように努力すればよい。本当に必要な能力が明示されているので、真剣に勉強するだろう。
 職種が決まってなくても、多くの職種の条件を比べると、どんな能力が共通で必要かを知れる。希望する職種が定まるまでは、共通で必要な能力教科を学習すればよい。該当する教科は、汎用性が高い能力になるはずなので、仕事以外でも広く役立つ。希望職種がない状態でも、時間をかけてキチンと学ぶことで、重要な能力が身に付くわけだ。
 ここまでは、重要な能力の強化を中心に述べたが、知識中心の教科でも、同じように段階で分けて設計できる。ただし、知識で大切なのは、暗記ではなく理解なので、教育内容を理解中心で作成しなければならない。また、現在は専門教科の一部のように組み込まれている実験方法なども、実験技術といった教科として独立させるべきだ。適切に実験したり、測定の精度を向上させたり、実験結果を上手に集計したり、誤解しにくい形で結果を公開するなど、実践的で汎用的な方法を体系化し、単独で教えられるように変える。この種の教科も、能力教科の一種といえるだろう。

本当に習得できたかを確かめる方法も必要

 教科の学習段階が求人条件にまで採用されると、資格のような役割を持ってしまう。学習した段階を自己申告する方法もあるが、ある程度の信頼度を確保するためには、本人以外の誰かが保証する仕組みも必要となる。完全な保証は無理だが、一定以上の習得が確認できたというレベルでの保証はほしい。
 現実的に考えるとは、何らかの試験を実施するしかない。試験で大切なのは、本当に習得できたかどうかである。習得を確認するためには、実際に何かを作ってみて、出来上がった内容の質で判断するのが一番だ。合格の判定条件は、各段階の教育内容を習得しているかどうかなので、それを調べられる判定基準を用意する。また、それ以前に習得しているはずの前段階の教育内容も、判定基準として加える。
 このような方式なので、既存の資格試験のように、合格率を一定に保つような方式は採用しない。判定基準を満たしていれば何人でも合格するし、満たしてなければ全員が合格しないこともあり得る。こうした方式だと、習得しているかどうかが重要になるので、生徒は能力の習得に集中できる。
 試験内容の作り方で重要なのは、不必要な暗記を求めない点だ。そのため、学習用の教科書を試験中に見ても構わないルールとする。当然、試験内容は、特定の課題を与えて、何かを作らせる方式になる。こうして作ったものを判定基準に照らし合わせ、合格が決まるわけだ。
 すべての段階を学習するたびに試験を受けるのは大変なので、正式な試験は主な段階だけに限定するのが現実的だろう。その他の段階では、学校内で教師が実施する試験と、生徒自身が自分で採点する自己試験を用いる。前者は比較的重要な段階で実施し、それ以外の段階では後者で済ます。
 正式試験が定着すれば、求人条件などに安心して利用できる。そうなると、真剣に習得しようとする生徒が増えるし、より高い段階まで習得しようとする。とくに能力教科は、実際に役立つ能力が中心なので、多くの人の能力を高める結果となる。

(2000年11月27日)


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