川村渇真の「知性の泉」

よく考えて設計された訓練を繰り返す


現在の教育は体験をほとんど生かしていない

 現在の教育は、思考よりも暗記が中心なので、教育方法を工夫する必要性が低い。もちろん、授業以外の面ではいろいろな体験をする機会はある。しかし、そこでも工夫がほとんどないので、せっかくの体験を十分に生かしていない。話が抽象的すぎるので、より具体的な例で紹介しよう。
 工夫していない悪い例は、現在の教育でいくつも見られる。その代表が団体活動だ。学級や部活動グループに分かれて、一緒に勉強したり運動したりする。また、委員などの役割を決めて活動するとか、学級内の小さなグループに分かれて実験する機会もある。ところが、団体活動を上手にこなすポイントに関しては、どの時点でも教えない。単に、団体として活動するだけなのだ。これでは、体験しないよりはマシだが、体験しない状態に極めて近い。つまり、貴重な体験を生かしてないに等しいのだ。
 では、どうしたら良いのだろうか。それを求めるには、団体活動に必要な要素を調べなければならない。難しいことではなく、一般社会のいろいろな団体の様子を見てみればよい。特に注目すべきは、トラブルが発生している団体だ。マンションの建て替えで賛成派と反対派に別れるとか、管理者が資金を着服したとか、リーダーがワンマンで下の人の意見が無視されるとか、いくらでも見付かる。このような問題が発生しにくい仕組みとか、問題を解決する方法こそ、団体活動のルールになる。
 団体で活動すると、メンバーの意見が違う状況は必ず発生する。それを1つにまとめるとき、どのような手順を踏んだらよいのかを、教育内容に含める。その際には、少数意見をできるだけ吸収する工夫も必要となる。また、団体の代表を選んだり、団体独自の活動ルールを決めたり、いろいろな提案を受け付ける仕組みを用意したりと、いろいろな点で工夫が必要となる。さらには、団体活動でやってはいけない行動もきちんと知ってもらう。せっかく団体活動するのだから、その機会を通じ、団体を上手に運営するための工夫などを覚えさせたほうがよい。

体験の質を高めるために工夫が必要

 せっかくの体験を生かすためには、いろいろな能力が身に付くための工夫を組み込んだ形で、教育内容を設計すべきである。これまでの教育内容は何となく決めてきたが、これからは、できるだけ身に付くような形で、きちんと設計すべき時期に来ている。
 団体活動を例に挙げるなら、次のようにする。小さなグループで実験をするときでも、実験結果のまとめ役となるリーダーを指名する。その人には、リーダーとしてすべき作業や、メンバーをうまく使う方法などを教える。その他のメンバーには、リーダーとの関係の保ち方や、メンバーとしての行動規範などを教える。実際には、リーダーとメンバーを分けて教育するのではなく、全員を集めてリーダーとメンバーの役割や行動方法を勉強させる。そうすれば、リーダーでもメンバーでも、グループの正常な活動を保つための基本をマスターできる。
 最初の段階では、教師がリーダーを決め、全員にリーダーを体験させる。全員がリーダーを体験することは、リーダーの苦労を知る良い機会になり、無茶な要求や行動をしなくなるからだ。次の段階では、グループ内でリーダーを決める方法を教える。何種類かの方法があり、それぞれにどんな長所や短所があるのか、できるだけ論理的に説明する。その後で、いろいろな選出方法を体験させる。
 団体を良い形で維持するための独自ルール作りも、知っておくべき内容だ。提案を受け付ける方法とか、善し悪しを評価する方法とか、採否を決める方法などが含まれる。これに関しても、世の中で使われている方法を何種類か紹介し、それぞれの長所や短所を説明する。もちろん、すべての方法を体験させ、単なる知識で終わらせないようにする。
 以上のような教育内容だと、ただ体験させるだけでは済まない。悪い方向に動いたとき、きちんと軌道修正して、より良い方法を教える必要がある。どんな状況でどんな助言をするのかも、教育内容の重要な一部となる。

能力が段々と向上するように教育内容を設計する

 体験の質を高めるような教育内容は、もっといろいろな視点で考えて設計しなければならない。その視点をいくつか挙げておこう。
 団体活動でも何でも、きちんと行えるようになるのは容易でない。たった1回の教育と体験では、本当に身に付いたといえるレベルには達しないのが普通だ。それに、マスターする速度には個人差がある。それらを総合的に考えると、1つのテーマに関して、何度か試す機会を与えるのが賢い方法といえる。
 何度も体験するので、簡単なものから始めて、段々と難しい内容へと進むように設計する。団体活動の例なら、最初は3人程度のグループを作り、リーダーをやってみる。メンバーが少ないので、プレッシャーや難易度は小さいはずだ。それに慣れてきたら、もっと人数の多いグループで体験するとか、より難しいテーマを与えるとか、段階的にレベルを上げて能力を高めさせる。
 体験による教育では、途中でつまずくこともある。その際に適切なアドバイスをするのは、教育者の重要な役割となる。最終的な答えを最初から教えるのではなく、ヒントを与えて考えさせる方法で、本人の能力を伸ばすように心掛ける。このような助言方法も、教育内容を設計する際に考慮して含める。
 新しい教育内容の一部としてでも、団体活動という独立した教科にするのは適さない。何か別な教科の中に、団体活動の教育を組み込むことになる。そうすれば、他の教科を勉強しながら、団体活動のポイントを何度も体験できる。なお、別な教科の内容は、現在の教科とは大きく異なり、団体活動を組み込みやすいものに変わる。
 以上のような点を考慮しながら、新しい教育内容を設計する。重要なのは、せっかくの体験を生かしながら、社会生活に必要な能力を身に付けてもらう点だ。当然のことだが、暗記中心の教育内容と違って、設計する側には高い能力が求められる。
 ハッキリと言うなら、今までは深く考えずに教育内容を決めていて、設計というレベルには達していなかっただけに過ぎない。今後は、教育内容を決めている人の総入れ替えが必要となるだろう。

いろいろな教育内容が総合して能力の向上に役立つ

 ここまで、団体活動の教育を中心に説明したが、実際には、議論方法や意見の述べ方など、いろいろな教育内容を並行して教えることになる。それらは単独で用いるのではなく、すべてが大きく関係している。団体活動でも、メンバーの意見をまとめる際に適切な議論方法が必要である。また、団体の活動ルールを提案するなら、自分の意見を述べる能力も求められる。それらが総合的に身に付くことで、各人の能力はかなり向上するはずだ。
 もちろん、リーダー役が向かない人もいる。何回もの体験でそれを知れれば、本人にとっては貴重な情報である。今後の人生を設計する際に、自分の得手不得手を考慮することが可能だからだ。もし運悪くリーダーをやらなければならない状況になっても、何度か体験しているので、一度も試していないときよりは上手にこなせるだろう。
 以上のように設計されて体験する教育は、単なる体験でなく、体験を通じた訓練へとレベルが向上する。体験を利用した訓練なので、机の前での勉強に比べて、身に付く度合いがかなり高い。
 良く設計された団体活動などの教育は、社会全体を良くする効果もある。グループの全員がリーダーもメンバーも体験するので、たとえメンバーとして参加したとしても、リーダーの苦労を理解できる。また、やってはいけない行動も知っている。社会全体にそんな人が増えれば、勝手なワガママを通そうとする人は減るし、そんな行動を他のメンバーが許さなくなる。この点での社会的な価値は非常に大きく、社会を良い方向に変える原動力にもなり得る。

(1998年7月8日)


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