川村渇真の「知性の泉」

モノ作りの喜びが体験できる機会を与える


コンピュータ化で経験が減った分を意識的に用意する

 コンピュータやネットワークの技術が進歩すると、教育方法自体もコンピュータを中心とした形に移行する。すると、以前には何も工夫せずに経験できたことが、今度は経験できなくなったり、経験する機会が減ったりする。このような点に関しては、経験する機会を意識的に増やすように、教育内容を設計しなければならない。
 その1つが、実際に何かを製作するモノ作りだ。コンピュータ化する前は、ちょっとした発表でも、紙を切り裂いて発表用の資料を作るなど、形あるものを製作する機会は意外に多かった。しかし、コンピュータを利用することで、そうした機会は減ってしまう。
 形あるものを作る行為には、完成したときの喜びがある。製作の際は、いろいろな道具を使い、苦労しながら作業を進める。途中で失敗したら、最初からやり直さなければならないこともある。それだけに、完成したときの喜びは大きい。実際に手にとって見れるモノなので、それを見ると製作時の苦労を思い出すため、喜びを増すのかもしれない。
 実際の道具を使う点も見逃せない。材料として紙を用いる製作でも、ハサミや定規といった道具を用いる。手を動かして作るので、作っていることが手から体で感じられる。この点が、コンピュータの中で何かを作るのと、大きく異なる部分だ。また、こうした道具を使うことで、手先の器用さの向上にも役立つ。手を使うことは脳にも刺激を与えるようなので、知的能力の向上にも少しは意味があるだろう。

製作するモノを生徒に選ばせる

 せっかく体験するのだから、その体験をできるだけ有意義なものにしたい。作る喜びを感じさせることが重要なので、それを感じられる対象を制作物に選ぶ。もっとも良いのは、作った後で遊べるモノだろう。昔ながらの竹とんぼとか、タコでも構わない。材料が入手しやすく、費用が安く済む点も重要なので、ブーメランのように厚紙で作れるモノも最適だ。
 いろいろなモノを製作したほうがよいため、これでもかというぐらい多数の候補を用意しておく。必要な材料、制作に用いる道具、設計図、作業手順、完成時の写真、製作途中の写真などがあれば、あとは見るだけで作れるはずだ。必要に応じて、道具の使い方の資料も追加する。これは共通の資料となるので、道具ごとに用意する。
 作る順序だが、最初は遊べるモノから始め、だんだんと役立つモノ、意味がないけど製作が面白いモノなど、いろいろな種類を試す。いくつか作ると、生徒ごとに気に入った種類が出てくるだろう。好きな種類を選び、その中から作るモノを決める。自分が作りたいと思ったモノを製作した方が、より大きな喜びを感じられるからだ。
 製作の手順も工夫したい。最初は、簡単な作り方だけ教えて、試しに製作させる。できたものが、あまり良くない可能性が高いだろう。次に、上手に作るための工夫を教えてから、同じもの製作してみる。すると、前よりは良い仕上りになり、生徒はうまくできたことに感激する。こうして感激する機会を用意するとともに、工夫する喜びも感じてもらう。こうした配慮は最初のうちだけ必要で、後の方では特別な演出をしない。

製作したモノの発表する場を増やす

 せっかく製作したら、それを人に見てもらいたいだろう。そうした機会を何種類かの形で用意することも、製作する喜びを増すために有効だ。
 決められた形のモノを作るのではなく、自由にデザインしたり、機能を工夫できるモノであれば、コンテストとして成立させられる。良いまたはユニークなデザインを表彰したり、機能の良さや新しさを表彰することができる。
 実際に動くような製作物なら、どれだけ良くできたのか競い合う場があれば、さらに面白い。現在でもすでに、ロボコンのように全国規模で展開しているコンテストがある。毎回異なる課題を定め、それに沿った製作物で完成度を争う。ゲーム感覚で参加でき、よく考えられたコンテストといえる。毛色の異なる製作物で、この種のイベントをもっと用意し、いろいろな人が参加できる機会を増やすとよい。
 コンテストの終了時には、優勝や準優勝の製作物を作成した人に、どんな点を工夫したのかや、どんな点を重視したのかなどインタビューする。それを公開すれば、モノ作りの楽しさを間接的に伝えられるからだ。
 以上のような発表の機会が多いほど、本気で作る生徒がどんどん増える。本気で作ると、その分だけ改正したときの喜びは大きい。たとえ優勝できなかったとしても。

最高のモノを製作している人の意識も知る

 モノ作りの喜びは、実際に体験して得られる以外の部分もある。それは、世の中で最高ランクに位置づけられるモノを作っている人たちの意識だ。その道で一流と言われる人が、何を考えて製作しているのか、どんな点が面白いのか、どんな風に工夫しているのか、どんな点にこだわっているのか、などである。一流のモノ作りの意識を知ることは、自分で何か良いモノを作りたいと思ったとき、貴重な参考意見になるはずだ。
 対象は、どんなモノでも構わない。椅子や机といった木工製品、建築物、庭、オモチャ、日用品などでもよい。家電製品、各種測定器、顕微鏡、カメラ、自動車のように、工業製品も面白い。衣服、帽子、靴、鞄のようにデザインが重視されるモノも、また別な視点を提供してくれる。とにかく、様々な種類のモノを集めるほど、いろいろな考え方が聞けて全体の価値が増す。
 一流の製作者が考えている内容は、語ってもらう方法で紹介する。自分の製作したモノを見ながら、具体的な箇所を指差して説明してもらう。これを映像作品に収め、いつでも見れるように提供すればよい。いろいろな人の考え方を聞きたいので、同じ種類の製品で複数の人に語ってもらう方式を採用する。
 自分の製作したモノを紹介するだけでなく、そのレベルまで到達するのにどんな苦労があったのか、それを克服するためにどうしたのか、努力する気持ちを支えたのは何なのかも、できるだけ語ってもらう。こうした話は、一流の人が相当に努力し、苦労しながら到達したことを教えてくれる。本当に好きならば、多少の苦労をものともせず、良いモノを作ろうと必死で努力し続ける意識を、生徒に持たせてくれる可能性が高い。その意味で、人生にとって価値のある教育といえる。

(2001年1月29日)


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