川村渇真の「知性の泉」

考える能力を各種技術の形で身に付けさせる


考える作業には、ヒラメキ以外の部分がかなり多い

 多くの仕事や勉強では、いろいろな部分で考える能力が求められる。ただ考えるのではなく、論理的で科学的な思考をだ。ところが不思議なことに、既存の教育では、この部分を教えていない。困ったものだ。こんな状況を改善し、価値の高い教育を実現するためには、考える能力も含めなければならないし、それを教育の中心に置くことも重要となる。
 では、考える能力を教えるとしたら、どのように実現すればよいのだろうか。かなり漠然としたテーマなので、考える能力が使われる作業(ここでは考える作業と表現しよう)をもう少し細かく検討し、具体的な教育内容を導き出してみよう。
 考える作業では、もっとも重要なのはヒラメキであり、その良し悪しで結果が決まる。しかし、作業の全体に渡って、ヒラメキばかり求めるわけではない。状況を調べるとか、過去の検討を評価するとか、本来の目的を洗い直すとか、集めた事実を整理したり体系化するとか、大切なヒラメキを導くために多くのことが行われる。全体から見た時間や負荷の比率で言えば、ヒラメキのほうが圧倒的に少ない。もう1つ、評価や整理などの細かな作業でも、小さなヒラメキが必要なこともある。その場合でも、ヒラメキの価値は大きいが、時間や負荷の比率は小さい。
 ヒラメキとそれ以外の作業には、重要な関係がある。良いヒラメキを出すためには、他の作業の質が大きく影響する。きちんと調査するとか、適切に評価するとか、細かな作業の質が良くないと、問題を的確に把握できなくて、良いヒラメキが生まれにくい。その意味で、ヒラメキ以外の作業の質を高めることが非常に重要である。
 ヒラメキと他の作業とは、完全に分離できない特徴を持つ。整理している最中とか、誰かに質問している中でヒラメキが出たりするからだ。ヒラメキ以外の作業が様々なトリガーとして作用し、ヒラメキが生み出しやすい環境を形成する。うなって考え続けるだけでは、良いヒラメキは出にくい。

考える作業では、実社会で役立つ能力を用いる

 続けて、ヒラメキ以外の作業を洗い出してみよう。問題の中身を把握するためには、いろいろな情報を集めなければならない。すでに資料があれば、整理したり評価したりする。逆に資料がないとか、疑問な点が含まれていれば、関係する人に質問したりする。
 こういった作業を通して、本来の目的を達成する。考える目的は様々で、新しい商品のアイデアを求めるとか、問題の解決方法を見付けるとか、新しい評価方法を考えるとか、試験問題を作るなどが挙げられる。日常生活でなら、夕飯の献立を決めるなども目的の1である。
 このように目的を広い視野で見てみると、考えるのに必要な作業が幅広いことに気付く。その項目は、以下のような実社会で役立つ代表的な能力に、ほぼ等しい。

実社会で役立つ代表的な能力
・考察する、分析する、比較する、評価する
・調べる、確認する、記録する、整理する、検査する
・体系化する、まとめる、提案する
・意見を述べる、説明する、発表する、説得する
・協議する、意見を調整する、教える
・管理する、計画を立てる、実施する
・的確に質問する、回答する、話を聞く
・間違いを認める、訂正する、改善する
・公表する、配布する、連絡する、報告する

 良いヒラメキを生み出すには、これらの作業の質を高めなければならない。また、これらの作業の中でも、小さなヒラメキが必要とされる。
 では、以上のような内容を教えることができるのであろうか。この質問こそ、非常に重要な点である。ヒラメキの生み出し方を教えるのは難しいが、それ以外の作業を適切に行う方法は教えられる。たとえば、評価する方法なら評価技術としてまとめ、論理的で科学的に実施できる形に仕上げる。他の能力に関しても同様で、技術や手法の形でまとめられる。
 ヒラメキの生み出し方も教えられないことはないが、評価技術などを習得するほうが先だ。ヒラメキの基礎となる作業が適切でないと良い成果は得られないし、より簡単なほうから習得するのが一般的な順序といえる。

各種技術を教育可能な形でまとめる

 実社会で役立つ能力を身に付けさせるためには、実際に教えられる形でまとめる必要がある。また、教えた内容が、いろいろな現場で実際に使えるものでなければ価値がない。
 それを実現するために、教育する技術や手法のすべてで、以下の条件を満たすように作る。ごく一部の技術では全条件を満たせないかも知れないが、多くの技術では満たせるはずだ。

各技術が満たすべき条件
・全体が論理的で科学的な内容になっている
・作業全体を複数の工程に分けて、それに沿って作業する
・工程ごとに、成果物や作り方を明らかにする
・工程間の整合性が確認できる形にする
・最終的な成果物をレビュー可能な形でまとめる
・作業工程の分け方と成果物の中身とが一致する

 作業の中身を複数の工程に分割する点は非常に重要だ。複数の工程に分けると、作業の単位が小さくなって習得しやすい。また、工程ごとに成果物とその作り方を明らかにして、具体的な作業内容を示せる。成果物の出来を調べられるように、工程間の整合性を確認できる形にして、作業のミスを発見しやすくする。
 作業の結果を評価することも大切である。他の人からの評価を可能にするために、最終的な成果物をレビューできるように規定する。成果物と一緒に、その説明書を作る方法もあるだろう。レビュー用の資料を別に作らなくて済むように、作業工程で作成した資料などが、最終的な成果物として利用できる形にする。
 以上の内容を評価技術に当てはめると、次のようになる。作業工程としては、評価目的の明確化、評価項目の設定、評価基準の作成、評価の実施、評価結果の分析に分ける。各工程ごとに、作成すべき成果物の中身と作り方を明らかにして、最終的な成果物が最終工程に入る。このような工程に分けることで、きちんと評価する方法を教えられる。
 他の例として、作文技術も挙げておこう。まとまった書類の場合には、最初に作文の目的を明らかにして、伝えたい結論をハッキリさせる。結論の説得力を増すために、全体を論理的に構成しなければならない。結論を導くための要素を洗い出して、スムーズに理解できる流れを決める。それを整え直して構成に仕上げ、最後に内容を書く。なお、伝えたい内容の結論が最後とは限らない。小さな段落でも基本的には同様だ。段落の役割を明らかにして、段落内の結論をハッキリさせる。含める要素を洗い出してから、段落内の流れを決定し、最後に文章を書いて仕上げればよい。
 少し変わった例として、質問技術も簡単に紹介しよう。質問するのは何か知りたいことがあるからで、それを最初にハッキリさせる。単純なイエス・ノーの場合だけでなく、きちんとした説明を得たい場合もあるだろう。どの程度まで知りたいのか、条件の形でまとめる。次に、得たい内容を尋ねるための質問を作る。その質問で、期待した回答が得られない場合もある。真意が伝わらなかったり、相手がわざとはぐらかすときだ。そんな状況も考慮して、続く質問も用意しておく。
 以上のように、どんな作業であっても、きちんと作るための手順や注意点を、技術や手法の形でまとめる。本来の目的や意味を問い直し、そこから最適な成果物が得られるように、作業工程を作るのが基本だ。こうして技術や手法を用意すれば、どの能力も教えるのが可能となる。

各種技術を習得しやすく工夫して作る

 教育可能に作っただけでは、まだまだ不十分。多くの人に習得してもらうことが最終的な目的なので、可能な限り習得しやすく作らなければならない。この点でも、各種技術に共通の条件がある。主なものは、以下のとおり。

習得しやすくするための条件
・基礎レベルからの習得過程を用意する
  ・基礎の習得過程では、何も知らない状態から始める
  ・習得過程を何段階かに分割し、だんだんと難しくする
・基礎の習得過程が終わったら、最終的な工程を学ぶ
・数多くの成果物を例として提示する
  ・成果物ごとに作成注意点を詳しく説明する
  ・対話機能を用い、説明は後で見れる形にする
・理解を深めるために、対話型クイズなどを用意する

 もっとも重要なのは、何も知らない基礎レベルから学習を始められるように、教育方法や教材を用意する点だ。非常に簡単な部分から始めて、少しずつ難しくしていく。このように段階的に進むことで、対象となる能力を無理なく身に付けられる。
 作文技術を例に説明しよう。最初は、言葉と言葉の組み合わせから教える。形容詞と名詞、副詞と動詞など2つの組み合わせから始め、3つや4つに増やす。続けて、1つの句を作ってみる。言葉の順番で分かりやすさが異なるので、どの順番が最適かを教える。次は、句の組み合わせや1つの文を作ってみる。ここでも、句の組み合わせ順によって、読みやすさや理解しやすさが変わることを分からせる。場合によっては、一部の句で言葉を変更しなければならない。こういった方法も一緒に教える。次に続くのは、2つの文の組み合わせ方法で、流れと接続詞の関係も対象となる。その次は1つの段落の作り方で、最後は複数の段落の組み合わせで終わる。
 このほかに、数値の適切な表現や、固有名詞を正確に記述するなど、個別の注意点も含まれる。主な流れ以外に必要な説明内容を洗い出し、それぞれ適切な段階に含めて、重要な項目の漏れがないように全体を整えなければならない。ここまでの内容が、基礎の習得過程となる。
 このように何段階かに分割することで、習得しやすく作れる。ある段階が終わってから次の段階へ進むので、学習者の習得ペースに合わせて勉強しやすい。基礎の習得過程が終わったら、本格的な作業工程の学習に移る。こちらでは、各技術に定められた工程を、最初のほうから順番に教える。つまり、大きく分けて2段階の教育課程になる。
 習得度を高めるための別な工夫として、数多くの成果物の例を用意する。実際の例が多いほど、正しく理解できるからだ。また、習うより慣れろが得意な人には、何種類もの例を見るほうが習得しやすい。成果物の例で大切なのは、どのように考えて作ったのかを詳しく説明することだ。きちんとした説明を数多く読むと、作る際の考慮点が理解できる。
 コンピュータを活用するので、対話型の説明ソフトも積極的に利用する。成果物を見せて考えさせ、後から作成上の注意点を表示する方法がよい。この機能をクイズとしても作り、学習者に試させる。クイズ形式のほうがヤル気が出る人もいるので、そんな人は習得度が高まるはずだ。
 より多くの人が習得できる工夫なら、他の方法でも積極的に採用したい。用意した方法で習得できなかった人を対象に、何が難しかったのか調べれば、新しい工夫が見付かるだろう。

早い時期から始めて、習得できるまで繰り返す

 以上のような内容の各種技術は、知識よりも重要なだけに、できるだけ多くの人が習得できるように配慮しなければならない。習得の早さは個人差が大きいので、遅い人でも身に付けられるようにする。早い時期から始めて、何度も繰り返せたるのがよいだろう。
 つまり、ごく一部の内容は、小学校の低学年に相当する年齢から始める。自分の意見を述べるとか、知りたいことを得るための質問とか、比較的簡単な内容を対象とする。さらに、小さな子供でも学習できるように、教え方を工夫する必要もある。意見や質問文なら、代表的な用途で数種類にパターン化し、それを暗記させる方法も有効だろう。それよりも詳しい使い方は、より上のレベルで学習すればよい。
 もう1つ大切なのは、実際に試してみることだ。それも、きちんと作るための方法や注意点を知った後でなければ意味がない。作文でも質問文でも、良い作り方を説明してから、生徒にテーマを与えて作らせる。ただ作るだけだと十分には習得できないので、作ったものを評価して改善すべき点を指摘し、本人に修正させることも重要である。このように直接添削されることで、意識の中に強く残り、次から注意して作るようになる。
 きちんとできるまで何度も繰り返し、多くの人が習得できるようにする。繰り返す回数は、本人の習得度によって決まり、遅い人は繰り返し回数が多い。特定の技術に時間が取られる場合は、重要でない教育内容を削り、重要な技術に多く割り当てる。身に付けることが大切なので、回数の個人差は仕方がないだろう。
 既存の教育でも、作文のように実際に試させる方法は用いられている。しかし、どんな点に注意したらよいのか説明せず、ただ書かせるだけだ。また、書いた内容を添削して直させることもしない。こんな方法では、作文能力が身に付くはずはない。何もしないよりはマシといえるが、その効果はゼロに近い。こんなダメ方法は早目に廃止して、より効果的な教育方法に切り替える必要がある。

習得した際のメリットは数多い

 考える能力を直接教えるのは難しいが、ここで紹介した方法なら、より多くの人に役立つ能力を習得させられる。そのメリットを、最後に整理してみよう。

各種技術として教える方法のメリット
・いろいろな場面で実際に利用できる
・汎用的な思考方法より、ずっと習得しやすい
・ヒラメキ以外の作業の質を向上させる
・論理的に整理する方法が主なので、対象テーマを深く理解できる
・良いヒラメキを生み出すためにも役立つ
・成果物を別な人がレビューできる
・このような学習を繰り返すことで、考えることに慣れる

 評価や整理といった実際の作業に直結する技術なので、いろいろな場面でそのまま使えるメリットは大きい。決められた手順で作業するため、どうすればよいのか迷う部分が少なく、その分だけ対象テーマ自体に集中できる。結果として、ヒラメキ以外の作業の質を向上させる。
 きちんと評価や整理できたり、的確な文章で記述できると、対象テーマの理解も深まる。そうなれば、良いヒラメキを生み出すのにも役立つ。逆に、きちんと評価や整理できていないと、適切でないヒラメキが生まれる。こんな状態は最悪だ。
 最終的な成果物の質を高めるのには、別な人によるレビューが欠かせない。きちんとレビューするには、レビューしやすいように作られている必要がある。その点も考慮してあるため、きちんとレビューできて、良い成果物に仕上がりやすい。
 各種技術を学習する過程でのメリットもある。各技術の工程に含まれる作業では、考えることを含んでいる。対象の目的を明らかにしたり、目的から各種項目を導き出したりする作業でだ。これらを何度も繰り返すので、考えることに慣れてくる。その結果、いろいろな対象に疑問を持ったり、自分なりに考え直す癖が付く。ただ考え直すのではない。評価技術などを身に付けているため、それらを用いながら考えることが可能で、より適切な思考が実現できる。
 全体として、メリットが非常に多い教育内容だと分かっただろう。ただ多いだけでなく、その価値もかなり大きい。

 ここまでの説明で、各種技術の教育内容とメリットが理解できたと思う。物事を適切に評価したり、分かりやすく説明できる人が増えると、社会の中で不適切な行動が取りにくくなる。社会の進歩に大きく貢献するわけだ。それだけに、この種の教育内容は、一刻も早く採用しなければならない。もちろん、採用する前に、教育内容を作る必要がある。
 以上の内容を知ることで、既存の教育内容の欠点も見えたとだろう。大切な能力の習得をほとんど含んでいないため、いくら時間をかけても状況は改善しない。たとえば、国会やテレビ討論でまともに議論できないのは、議論方法を知らないからである。きちんと教えれば、マトモに議論できるように変わる。このように重要な点に気付き、できるだけ早急に教育内容を改善しないと、質の低い行動が世の中の至る所で繰り返される。

(1999年11月9日)


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