川村渇真の「知性の泉」

自分の将来目標が見付けられる機会を提供する


多くの職業の中身を知らないから将来像を描けない

 生徒に「将来何になりたいか」と尋ねたら、何と答えるだろうか。「まだ見付かっていない」と回答する人が、かなり多いと思う。大学生はもちろん社会人になっても、まだ見付けてない人がいる。それどころか、見付けられた人のほうが少ない。
 では、自分が将来なりたいものを、なぜ見付けられないのだろうか。実は非常に簡単である。多くの職業をよく知らないからだ。どんな職業や仕事があるのか、名前ぐらいは何種類も知っているだろう。しかし、仕事の中身については知らないことばかりだ。
 見付けられた人は、その人の人生の中で、気に入った職業や仕事と巡り会えた場合が多い。しかし、普通に生活するだけでは、何種類もの職業の中身を知る機会は少ない。当然、気に入った職業に巡り会える確率が低い。
 こんな状況が改善され、多くの職業の中身を知れる環境が整ったらどうなるだろうか。その中から、自分が気に入りそうな職業がいくつか見付けられる可能性が高い。絶対に選ぶまで達しなくても、その道に進んでみようと思う職業は見付けられるはずだ。
 気に入った職業を見付けるためには、数多くの職業を紹介する必要がある。昔と比べると、現代は多くの職業が存在するし、時間の経過とともに種類が増している。それらのほとんどを簡単に見せられることが大切だ。華やかな職業だけでなく、裏方の地味な仕事も多く含める。どんな分野でも、たくさんの人のサポートがあって成り立っている。いろいろな職業を紹介することは、社会の仕組みを知る良い機会にもなるだろう。
 もう1つ、情報を提供するコストも重視しなければならない。幸いなことに、ネットワークの発達によって、動画を含んだ情報も低コストで提供できるようになってきた。インターネットのような技術を利用すれば、実現は容易だ。一番の課題は作成の手間だが、これは時間をかけて地道に作業するしかない。
 ネットワーク経由だと、見る側にもメリットが生まれる。出向かなくても良いので、限られた時間で多くの職業を調べられる。また、場所を借りて説明会を開催しなくて済むし、数多くの人が同時に見れる点も魅力である。

各職業のやりがいと仕事内容を見せる

 職業の中身を知らせる機能では、どんな情報を提供するかが最大のポイントとなる。代表的な項目を挙げてみよう。もっとも大切なのは、やりがいを伝えることだ。苦労が多くても、やりがいがあるから続けられる。それがどんなものなのか、その職業の人に語ってもらう。テキストにすると伝わりにくいので、ビデオに録画して再生する方法がベストだ。やりがいは人によって異なるので、何人もの人に話してもらうようにする。
 何かを作る仕事なら、作ったものを見せながら語ってもらうのがよい。環境を整えたり整備したりする仕事では、現場を紹介しながら話す手もある。誰かにサービスする仕事では、良いサービスを提供された相手の感激をインタビューして入れたい。このように工夫することで、やりがいが上手に伝わるだろう。
 次に、具体的にどんな作業が含まれるのか、明らかにしなければならない。仕事の現場を撮影して、実際に行う代表的な作業をすべて見せる。表に見える華やかな部分だけでなく、苦労の多い裏側の作業が、多くの職業にあるはずだ。徹夜して納期に間に合わせるとか、実際の現場での様子を紹介する。ビデオで見せるだけでも、大まかな様子は理解できるだろう。どんな作業が含まれるかは、職場や人によって異なるので、代表的な何人かを見せたほうがよい。
 実際に作業している場面などは、ドキュメンタリーのようにナレーションを入れて説明したい。それが大変なら、テキストデータの文章で説明すればよい。テレビ番組のような完成度を求める必要はなく、情報がきちんと伝わる程度で構わない。
 興味を持った職業では、実際に働いている人に会う機会も提供する。学校に来て話してもらう方法と、何人かの生徒が職場を訪問する方法の両方を用いる。実際に会れば、いろいろと質問できるので、たいていの疑問点は解消できる。質問された内容を整理して、ネットワークで提供する情報に加えればベストだ。
 以上の内容で、どんな仕事が含まれるのか、どんなものを作ったり提供したりするのか、どんなやりがいがあるのかが、大まかに理解できる。やりがいを伝えることが一番重要で、その職業を選ぶポイントになるはずだ。

職業のマイナス面も一緒に紹介する

 希望した職業に、誰もがなれるわけではない。途中で挫折する人のほうが多い職業もある。職業が持つマイナス面も、一緒に紹介すべきだ。
 途中で挫折した人の声も、ビデオで見られるように用意する。あきらめるまでどんな風だったのか、途中の経過を具体的に語ってもらう。これも何人か紹介すれば、成功するための大変さを知ることができる。もし甘くない世界なら、成功する割合などを数値で示し、厳しさを明らかにしなければならない。
 一人前になるまでの期間も、できるだけ明らかにしたい。平均で何年ぐらいかかるのかに加え、早い人と遅い人の例も紹介する。だいたいの目安だけでも示されれば、甘く考える人を減らせ、将来の計画が立てやすい。
 どんな職業でも、向き不向きがある。求められる能力や知識を、可能な限り明らかにしたほうがよい。「飛行機のエンジンを設計したかったけど、理系の才能がなくて断念した」などと、挫折した人に語ってもらうのに加え、必要な能力をテキストで整理して明確に示す。絶対に必要なもの、できれば持ちたいものと、何段階かに区分けする。人によって意見が異なる場合は、両方の見解を併記して、いろいろな考えがあることも知らせる。
 成功した人も、途中で苦労してないわけではない。たとえば、役者として一人前になるまで、狭い安アパートに共同で住むとか、お米だけの食事で何日も耐えたとか、相当に辛い話が出てくるだろう。このような話も、本人が語ったビデオで見せておきたい。
 以上のようなマイナス面を知らされても、やりがいと一緒に見るので、本当になりたいと思えば選ぶはずだ。現実を知ったうえで、なりたいと思う職業を見付けることが大切である。

選んだ職業や方向性から生徒ごとの学習プランを設計する

 個々の生徒が自分で興味のある職業だけを調べると、特定の分野に偏る心配もある。それを少しでも解消するために、他の教科を勉強しながら、興味のない職業が知れる機会を提供する。
 たとえば、次のような方法が考えられる。物事の調査方法を学ぶ教科で、「自分の興味ある職業」を調査対象に設定する。そして、意見を発表する教科で、調べた内容を他の生徒の前で発表する。聞く側の生徒には、発表を評価しながら聞かせると、発表内容に注目するので、別な生徒が調べた職業の中身を知る機会にもなる。調査する職業が重複しないように調整すれば、何種類もの職業を簡単に知れる。別な教科でも、同様の工夫ができるだろう。
 いろいろな職業を知った後で、ある程度の学年になると、生徒ごとに学習プランを設計する。全員に共通の教科は同じだが、残りの教科は、自分で選択した職業に関係するものが選ばれる。最初の頃は、具体的な職業を選べない人が多いだろう。その場合は、大まかな方向性だけを選ぶ。何かを設計する職業とか、他人にサービスする職業とか、スポーツに関係する職業とか、芸術作品を作る職業とか、おおまかな方向を選ぶ。もちろん、2つか3つの方向を選び、組み合わせても構わない。
 職業の説明は見続けるので、職業や方向性を途中で変えたくなる人もいるだろう。1年また半年ごとに専門家と面談し、学習プランの見直しを行う。また、選んだ職業への適性も評価し、あまりにも向いてないときは助言する。最終的な選ぶ権利は生徒本人にあるが、適正などの事実は正直に知らせたほうがよい。
 以上のような過程を経て、なりたい職業に必要な能力を身に付ける。共通の教科を除くと、将来に関係する強化を集中して学べるので、既存の教育よりは高い能力が身に付きやすい。学生時代は時間がかなりあるので、何度か選び直しても大丈夫だ。
 余談だが、共通の教科の中には、既存の教育内容とは異なり、基本的な能力が数多く含める。人前で話す、文章を書いて説明する、きちんと議論する、物事を調査する、調査結果を発表する能力などだ。これらの基本能力は、どんな職業でも必要だし、社会の中で生きていくための重要な基礎にもなる。
 学習プランでは、これら基本能力に含まれていない教科を加える。狭い意味の専門知識だけでなく、ノウハウに近い科目も入れることが重要だ。設計であれば、設計の品質を確保するポイントとか、仕様としてまとめる方法とか、設計内容をレビューする方法などが含まれる。

職業紹介情報は一般にも公開する

 職業の中身を説明する情報では、生徒のいろいろな使い勝手も考慮する。たとえば、飛行機が大好きな人は、パイロットと飛行機設計者がダメでも、飛行機に関わる仕事がしたいと思うだろう。その要望を満たす職業が探せるように、職業情報を入れたサーバーの検索機能を充実させる。全体をデータベースにすれば分類や検索は容易なので、要望を受け付けて順番に実現すればよい。
 もっとも大変なのは、説明の中身を作る作業だ。製作の一部を、その業界に手伝ってもらう方法が有効だろう。マイナス面の情報は提供してくれないだろうから、説明の材料となる映像や解説文をもらうようにする。これだけでもかなり助かるはずだ。最初の段階では多くの職業を作るので大変だが、1回作れば5年ぐらいは使えるため、揃った後はラクになる。
 職業の漏れを防ぐために、掲載している職業の一覧を公開して、載ってない職業を知らせてもらう。自分の職業が入ってなければ掲載してほしいと思うので、通常は知らせてくれるだろう。遠い将来も考慮すると、まだ存在しない職業の情報も提供したい。未来に登場しそうな職業を予測したり、独自の職業を作り出すアイデアなども加える。
 この種の情報は、一般の社会人にも公開する。それを見て、自分が気に入る職業を探せばよい。一人でも多くの人が生き甲斐を持つことは、社会を良い方向に向かわせる。

 現在の学校では、狭い意味の学問ばかりを教えている。将来像を描かないまま勉強を強制しても、ヤル気を高く保つことは難しい。受験をプレッシャーに利用しているが、誉められた方法ではない。
 逆に、将来の目標となる職業や方向性を生徒自身に選ばせ、それに合った学習内容を提供するなら、真剣さが違うので勉強にも身が入る。その職業の人と定期的に交流するなど、勉強の途中でヤル気を保つ工夫と組み合わせることで、学習の効果は格段に向上する。勉強は仕方なくやるものではなく、何かの目標を実現するためにやるものだ。現在の学校教育は、そんな原点をまったく忘れている。

(1999年5月4日)


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