川村渇真の「知性の泉」

いろいろな経験をさせて能力を向上


3つの点を重視して経験すべき内容を選ぶ

 どんな教育内容でも、教科書を読んだり講義をただ聞いただけでは、本当に身に付けるのは難しい。教育の質を向上させるためには、いろいろな形で経験させることが非常に重要だ。
 より良い経験には、別なメリットもある。より多い分野の経験は、幅広い対象や考え方を知る機会になる。また、経験する場所には、経験をサポートする人がいて、様々な生き方や価値観に接することもできる。
 教育には時間と費用が限られているので、何でも経験させられるわけではない。重要度の高いものに絞る必要がある。簡単に述べるなら、次の3点を重視して選ぶべきである。

経験すべき内容を選ぶ際に重視する点
・個人の能力を向上させる
・生きていくのに必要な知恵を増やす
・視野を広めるためのトリガーを与える

この分け方が絶対ということではなく、1つの考え方である。ともあれ、重要な点は含まれているので、これに沿って経験すべき内容を挙げてみよう。

個人の能力を向上させる経験

 既存の教育では、知識を詰め込むことに重点が置かれている。表向きは勉強と言いつつも、学習する方法は教えていない。現に、学習方法に関する教科すらない。非常に不思議な状況だ。これを改善するために、新しい教育内容には、学習方法に加え、作文、意見発表などを含める。
 学習の方法では、いろいろな内容が考えられる。たとえば、何かテーマを与え、それについて調べさせる。どのような調べ方があるのかや、それぞれが適しているテーマなども教える。すべての調べ方を経験できるようにテーマを設定すれば、より良い教育内容に仕上がる。調べるのが失敗することもあるので、きちんとフォローするとともに、1つの調べ方を何度か経験できるようなカリキュラムを用意する。
 実際には、調べただけでは終わらない。調べた結果を検討し、問題点を明らかにするといった作業へとつながる。場合によっては、自分の意見を加えたり、報告書にまとめることもあるだろう。それらもすべて教育内容に含める。
 作文や意見発表の学習では、何度も繰り返しての経験が不可欠である。たとえば作文なら、数多く書くのはもちろん、書いたものを直してもらうことで、ある程度まで書けるようになる。もちろん、きちんとした書き方を最初に教えるのは当然だ。意見発表でも、繰り返すことで度胸が付き、物怖じしなくなる。また、失敗を経験したり、適切なアドバイスを受けることで、だんだんと上手になる。
 他の教育内容としては、他人に意見を尋ねる、意見を集約する、善し悪しを判断する、上手に質問する、報告書を書くといったものが考えられる。

生きていくための知恵を増やす経験

 生きていくのに大切な知恵も、これからの時代には重要な教育内容である。それには、社会の構成員として心得、現実の社会で発生する問題への対処などが含まれる。
 どんな人でも、職場や地域の組織と関係せずにはいられない。団体活動の教育では、組織を上手に運営するための知識を、経験によって身に付けさせる。誰もがリーダーを経験することで、組織をまとめることの大変さを知れる。リーダーとしての経験は、一般のメンバーとして参加したときでも、リーダー役への理解として役立つ。そんなメンバーが増えると、好き勝手なことを言う人は減るだろう。
 社会で発生する問題への対処では、本当に重要な内容に絞り、役割演習などで擬似的に経験させる。たとえば、きちんとした契約方法を勉強した後で、契約書を作ってみる。正しい契約内容だけでなく、相手をだまそうとする契約も含め、代表的な手口での契約を経験させる。見分けるポイントはもちろん、上手な断り方を教え、その場で試してみれば、実際に遭遇したときも役立てられる。
 実社会では、テクノロジーの進歩や法律の変更により、新手の詐欺が登場する。最近では、カルト教団の悪質な手口が明るみに出ている。新しい手口にも対応できるように、教育内容を随時更新するような仕組みも必要となる。

視野を広めるためのトリガーを与える経験

 経験が一番重要となるのは、各人の視野を広げる目的かも知れない。もっとも知られているボランティア活動だけでなく、いろいろな話を聞くとか、社会へ参加する行動で幅広い経験が可能だ。
 ボランティア活動では、ホスピスや老人ホームの手伝いや、災害地での援助活動などが考えられる。ただし、単に経験すればよいというわけではない。相手の気持ちを察して行動することが求められるので、それを得るための方法を教え、そのうえで経験してもらう。その分野に詳しい人に教えてもらうとよいだろう。
 成功した人の話を聞くだけでなく、米国でよく行われている、犯罪者の話を聞く活動も意味がある。犯罪を犯した後でどのように思っているのかを知れば、犯罪の防止だけでなく、各人の生き方自体にも影響を与える。実際に会うのは難しいだろうが、ネットワーク経由で話を聞くとか、テクノロジーを利用することで多くの人が参加できる。
 社会活動への参加意識を高める経験も貴重である。環境を破壊している企業へ抗議したり、困っている人を救うための署名運動を展開したり、自分たちでネットワーク新聞を発行するなど、いろいろな活動が考えられる。その多くは、期待した結果を得られないであろう。それが現実であり、それを知ることこそ経験の価値といえる。この種の経験では、参加者が腐らないようなフォローが大切なので、それを確実に実施する。こんな活動を経験した人が増えれば、社会が良い方向へと変わり、期待した結果が得られないケースは減ると予想する。その意味でも、大切な経験といえる。

外部の力を活用して経験を支援する

 以上の経験は、学校だけでは無理だ。外部の組織を利用するとか、共通で利用できる場所を作るといった方法で、何とか実現すべきである。どのような方法を採用するにしろ、最小限の費用で経験できるように工夫する。コンピュータとネットワークを活用すれば難しくはない。
 もっとも良いのは、外部の組織を利用する方法だ。既存の企業や個人に、できるだけ低コストで協力してもらう。社会的に意味のある活動なので、協力者は現れるだろう。金銭的な報酬だけでなく、名誉を与える形を取りたい。
 とはいうものの、分野によっては適任者が見付からないことも考えられる。また、片手間に教える方法では、質の高い教育が難しい分野もある。その場合は、共通で利用できる組織を作り、各学校で利用してもらうしかない。効率的に運営することも大切なので、役人には任せず、民間から募集して運営させる。

 以上のように、講義に経験を組み合わせることで、教育の質や効率を高められる。限られた時間で実施し、公的な費用を使っている以上、本当に役立つ教育内容や方法に改善すべきである。本当に身に付かなければ、教育が成功したとは言えない。学校の試験がいくらできても、あまり意味はないのだ。

(1998年5月30日)


下の飾り