川村渇真の「知性の泉」

実際の社会生活で役立つ知識を


実社会できちんと生きるために必要な知識を

 公共教育の大きな役割の1つに、実社会へ出る前に必要な知識を与えることがある。一般の家庭では教えるのが難しい内容を、社会として提供しようとの考え方に基づいている。
 ところが、現在の教育では、その役割の大部分を放棄している。既存の教育内容を見る限り、多くの人にとって役に立つかどうかを、気にしている気配すら感じられない。深く考えようともせず、昔と同じ内容を続けているだけだ。時代は確実に変わりつつあり、それに応じて、必要な能力は段々と増えているのに..。
 新しい教育内容を決める際には、実社会で役立つかどうかを考慮すべきである。可能な限り幅広い分野から、教えるべき内容の候補を集める。範囲を限定せず、とりあえず何でも挙げてみると良いだろう。その中から、以下の点を考慮して絞り込む。

教育内容を求める際の重要な考慮点
・幸せに生きるために役立つ度合いが大きい
・できるだけ多くの人に関係する
・一般の家庭で教えるのは難しい

この条件を満たす内容を集めると、かなり役立つ教育内容に仕上がる。
 選択では、分野の幅広さも考慮する。どんな教育内容でも、その周辺の分野へと興味が発展するため、広い範囲を取り上げるほど、より幅広い知識への入り口としても役立つ。

団体活動の維持や運営方法も重要な候補

 このような条件を満たす教育内容は、数多く存在する。重要度が高いと思われる候補をいくつか挙げてみよう。
 まず最初は、複数の人が集まって行動する団体活動だ。社会に出ると、就職した会社だけでなく、地元の自治会、趣味のグループなどいろいろな組織に属して活動することが多い。これらのメンバーとして上手に活動できるように、団体活動に必要な知識や経験を与える。
 ここで重要なのは、教育する内容だ。団体をより良い状態に維持できるような、考え方や手法を教えなければならない。どんな団体でも、メンバー自身が集まって方向や規則を決定する。また、団体の代表者や責任者を選び、上手に運営する必要もある。どのような規則を採用し、どのように決定したらよいのか、いろいろな考え方や方法を紹介する。全体の意見を集約するためにどんな手順を踏むかとか、意見が分かれたときに調整する方法とか、問題が発生したときの対処方法とか、幅広い内容を含められる。良い例だけでなく、失敗した例や原因なども教えるとよいだろう。
 現在の教育でも、団体活動を経験できる。ただし、団体として単に行動しただけであって、必要な知識は何も教えてくれない。経験しないよりはマシだが、経験した価値は非常に低い。せっかく経験するなら、団体活動に必要な知識を得られる形にすべきである。

悪い人にだまされないための知識も加える

 現実の世の中には、他人をだまして儲けようとする人もいる。だまされる可能性を少しでも減らすための知識も、教育に含めるべきだ。いくつかの例を挙げてみよう。
 現代社会では、仕事や生活のいろいろな場面で、きちんと契約することが求められる。企業への就職、仕事の依頼や引き受け、住宅や資金を借用、金融商品の購入、生命や損害などの保険というように、人生の重要な場面で発生する。それなのに、契約の決まり事や注意点などを自分で勉強する人は少ない。知識が不足するほど、悪い人にだまされる危険性が高まる。長い人生を生きていくためには、契約に関する知識を持っていて損はない。契約の必要性、契約に含まれる項目、関連する法律、契約での注意点などが役立つ。
 カルト教団やマルチ商法などの悪徳団体にだまされない知識も重要だ。どんな手口に勧誘するのか、代表的な例を紹介する。カルト教団や悪徳商法の見分け方も、できるだけ詳しく教える。チェックリストなど、実際に使える方法を含めるとよい。
 このように教育しても、だまされる人はいる。続くフォローとして、困ったときの対処方法も教えて、泣き寝入りせずに済むようにしたい。弁護士、消費者センター、いろいろな救済団体など、世の中に存在する全部の方法を紹介する。それぞれにどんな特徴があり、どのように利用すればよいのか、実例を交えながら教えると良いだろう。さらには、救済団体の作り方を含めても良い。
 自分がだまされないだけでなく、他の人もだまされないようにするのも重要だ。悪徳団体を見付けたら、社会としてどのように対処すべきかも、教育内容に加えたい。

社会のいろいろな面を知る機会にもなる

 ここで挙げた例は、ごく一部にしか過ぎない。範囲を限定せずに考えれば、もっと数多くの候補が挙がるはずだ。
 以上のような教育内容は、実際に役立つ効果のほかに、社会のいろいろな面を知る機会も提供する。他人をだまして儲けようとする人の存在、組織内での意見の対立など、現実の社会で出会う問題を事前に知ることで、世の中の理解が深まる。
 もう1つの特徴は、細かな内容を暗記しなくてもよい点だ。必要になったとき、調べて利用すればよい。そんな考え方が知識の存在を知ることで、困ったときに何とか対処できる。概略の知識だけは頭の隅に残すことを、最低限の教育目標とする。
 この種の知識は、義務教育の中で教えることに価値がある。義務教育ならば、誰もが教えてもらう機会を持てるからだ。知らないために損する可能性を大きく減らせる。義務教育の期間は何年もあるので、その間に何回かに分けて登場させれば、まったく知らない人はほとんどいなくなる。
 現代社会は複雑さを増しているので、社会生活で役立つ知識もだんだんと多くなる。その傾向は今後も続くだろう。その意味から、この種の教育内容は、社会の変化に応じて改良し続けることも重要である。

(1998年5月4日)


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