川村渇真の「知性の泉」

議論を始める前の準備


議論の責任者を最初に決める

 ほとんどの議論は、何かの目的があって行う。問題の解決方法や対処方法を決めるとか、ある役目の担当者を選ぶとか、何かを承認するとか、基準を設定するとか、いろいろなものがある。一般的に、議論の対象が重要なほど、きちんとした議論の行程と、質の高い結論が求められる。では、そうなるためにはどうすればよいのだろうか。もっとも有効な方法は、議論の責任者を決めることである。責任を持たせることで真剣さが増すし、良い結論を導き出そうとする。
 日本の組織ありがちなのは、責任だけ持たせて権限を与えないことだ。これだと、ヤル気があっても高い成果を生み出せない。また、責任者が優秀であるほど、状況を知ってやる気が失せてしまう。任命する人は、責任と権限は一体のものだと理解しなければならない。
 責任者に任命する場合、本人だけに伝えるのは悪いやり方だ。関係する全組織に伝わるように、広く公表する必要がある。そうすれば、誰が責任者なのか関係者に理解させられる。また、できるだけ地位の高い人が公表することで、本気で結論を出そうとしている意志を伝えられる。
 任命された責任者は、まず議論の準備を始める。最初に決めなければならないのは、誰を議長にするかだ。もっとも理想的なのは、責任者自身が議長を務め、議論の準備から終了まで責任を持って管理するやり方。しかし、それが無理な場合もよくある。
 まず、議長は、議論へ直接参加してはいけない。議論の質を確保するために、あくまで第三者的に議論を見て、議論全体を上手に進めるのが議長の大きな役割だ。これを守らないと、意見が対立した場合に、議論の質を保てない。だから、議論テーマに関して深い知識を持った人が責任者に任命されると、その人は必ず議論へ参加するので、議長にはなれない。
 もう1つ、議長になるためには、議長に必要なスキルが求められる。その条件を満たす人は少ないので、責任者がそうでない可能性は高い。議長のスキルを持っている人が他にいれば、その人のお願いするのが懸命な判断だ。もし誰もいなくて責任者が自分でやるときは、必死で勉強してスキルを向上させる必要がある。ただし、短期間で簡単に身に付けるのは無理なので、本当に必死で勉強しなければならない。
 責任者とは別な人が議長をやる場合は、責任者の持っている知識を引き出しながら、議長が議論全体を運営する。つまり、責任者は、自分の専門知識で議長を補佐する役目となる。もちろん、議長にならないことで、議論にも積極的に参加できる。
 では、責任者が議長でないとき、“本当に責任を持てる”のだろう。実は、これが一番難しい問題である。やはり、議長になる人が責任者になったほうがよいのではないだろうか。ある面では、おそらくそれが良い方法であろう。ただし、対象テーマに関する知識が非常に少ない議長だと、議論を管理することができない。そのため、議長は誰もよいという訳でもない。正直なところ、どんなに深く考えてもベストな方法は得られない。
 仕方がないので、一番良さそうな方法を選ぶ。議長を担当する人に大切なのは、議長としてのスキルである。対象テーマに関する知識がなくても、スキルがあれば任命する。責任者は、議長の仕事を任せ、後ろ盾として全面的にバックアップするのがよい。
 以上のことから、別なことも見えてくる。組織の中で一定以上の地位に就く人は、議長としてのスキルを身に付けるのが必須だという点だ。このことを理解している組織は非常に少なく、そのために組織内で質の低い議論が繰り広げられる。当然のことながら、質の低い議論ばかりしていたのでは、質の高い意思決定を得るのは難しい。

議論の目的や範囲などを明確に示す

 議論の質を高めるためには、事前の準備が大切である。せっかく集まって議論するのだから、できるだけ時間を有効に使いたい。議論の最中に無駄な話をしなくて済むように、議論が始まるまでに万全の準備をする。
 議論の準備も、議長の重要な作業だ。準備としてどのような作業があるか、簡単にまとめてみた。一般的な作業順に並べてあるが、順序は多少入れ替わっても構わない。

議論の準備段階での主な作業
1. 議論の目的を明確にする
2. 最終的な成果物の形式や条件を明確にする
3. 議論の範囲を明確にする
4. 議論で用いる検討手法を選ぶ
5. 必要な参加者を選ぶ(参加者ごとの役割を明確に)
6. 議論の日程を決める(参加者への予備通知で)
7. 会場を正式に確保する
8. 必要な資料を集める
9. 参加者へ正式な開催通知を出す

 どんな議論でも、何が大切かを明確に伝えなければならない。そのためには、議論の目的と範囲をハッキリさせる。範囲を設定するのは、議論で取り上げるべきことと取り上げないことを明らかにするためだ。きちんと理解してもらうために、取り上げる項目だけでなく、取り上げない項目も一緒に列挙する。
 最終的な成果物として何を期待しているのか、明確に示すことも大切。方針、解決案、運営ルール、基準値など、議論テーマや目的によって異なる。明確にするとは、最終的に何を得るかだけでなく、どの程度まで細かく規定するのか、どんな項目を含めるべきか、どんな形式でまとめるかなど、可能な限り具体的に提示する。そうすることで何を検討すべきかが理解され、より深い検討が可能になるし、成果物の質も向上する。
 議論で用いる検討手法の選択も、非常に重要だ。論理的で科学的な検討が可能になるように、テーマに適した手法を選ばなければならない。検討手法を知らない人が参加する可能性もあるので、具体的な検討行程を別紙で説明したほうがよい。
 参加者の選択では、テーマに関連する人を集めるのは当然。それ以外に、検討に役立つ知識やノウハウを持っている人も、可能なら参加してもらう。参加する人に関しては、全員の役割を明確にする。議長、議長補佐、記録係、議論者、各種解説者、見物者などだ。役割が分かる範囲で、自由な名前を付けて構わない。
 残りの項目だが、常識で考えて分かると思うので、細かくは解説しない。また、どの作業も自分でやりやすいようにアレンジして実行する。

開催日程や場所の候補を参加者に選んでもらう

 上記の準備作業を進める中で、参加者への連絡が生じる。大きく分けて、日程などを決めるために連絡する予備通知と、日程や場所が確定した段階で知らせる正式通知がある。予備通知のほうは、必要に応じて何回か出す。
 予備通知では、日程や場所の候補をいくつか提示し、都合の良いものを参加者に選んでもらう。また、どんなテーマで議論するのか、どんな人が議論に参加するのか、誰が責任者なのかなどを一緒に伝える。

予備通知の主な内容
・議論の責任者:議長、補佐役
・テーマに関する基本事項:議論の目的、成果物、範囲
・予定している参加者(組織名や部門名のこともある)
・開催日の候補、開催場所の候補(可能なものを全部選んでもらう)

 きちんとした回答をもらいたいなら、回答の形式を決めて、漏れがないように配慮したほうがよい。回答欄を用意して、記入してもらうのが一番だ。複数の候補が参加可能なとき、どれが一番かを指定できる方法が望ましい。たとえば、ベストに「◎」を付け、参加可能なもの全部に「○」を付けてもらう方法もよい。
 議論の目的や範囲を見て、欠けている点に気付く人もいるだろう。それを指摘できるように、意見を述べる欄も用意する。ただし、どんな意見でも受け入れるのは良くない。議論のテーマが自分にとって都合が悪いとき、少しでも条件を良くしようと、文句を言う人もいるからだ。議論の本来の目的に照らし合わせて、納得できる意見だけを考慮し、議論の範囲や成果物の形式を修正する。
 回答が遅くなると困るので、回答期限を明示する必要がある。気付かない人もいるので、最初のほうに目立つように付ける。一カ所でなく、複数の箇所に書いておくと気付きやすいだろう。
 開催の日程が相当に先だとか、参加できる人だけ出ればよいような会議では、参加者に候補を示す必要はない。正式な開催通知だけ送れば十分だ。

議論の正式な開催通知を参加者に出す

 得られた回答をもとに、正式な日程や場所を決める。決まった日程とともに、より詳しい内容を明記した正式な開催通知を参加者に送る。含まれる項目の内容は、必要に応じて予備通知よりも詳しく書く。

正式な開催通知の主な内容
・議論の責任者:議長、補佐役
・テーマに関する基本事項:議論の目的、成果物、範囲
・議論の進め方:検討手法、議論行程の概略
・開催に関する事項:日程、場所、参加者
・事前に読んでほしい資料

 この通知は、正式な決定として公表したことを意味する。特別な理由がない限り、基本的に変更しない。もし参加できなくなった人が出たら、代わりの人を出してもらう。議論のテーマの重要度が高ければ、他の予定をキャンセルしてでも、権限のある人に出てもらうしかない。
 参加者から見た場合、正式な日程が知らされないうちは、参加可能と回答した日に別な予定を入れられない。正式な日程だけは、速やかに回答すべきである。正式な開催通知が遅れそうな場合は、日程だけを先行して知らせたほうがよい。このように、参加者が困らないように細かく配慮することも、議長の重要な心得だ。

事前に読んでほしい資料を明示する

 正式な開催通知で重要なのは、事前に読んでほしい資料。テーマに関する正確な知識を理解するために、必要な資料を用意する。開催通知と一緒に配布しない資料は、所在場所を知らせる。最近ではネットワークが発達しているので、ウェブ上で公開して読んでもらう方法もある。ただし、重要な資料だけはローカルで読めたほうがよいので、開催通知に添付したほうがよい。
 職務範囲が明確でない日本では、能力が高い人ほど忙しい。大量の資料を読んでいる暇などないはずだ。その点を考慮し、大量の資料を提供するのは失礼といえる。重要度の高い資料に絞り、要点をまとめた書類を添付するのが望ましい。もし多くの資料を提示する場合は、何の資料なのかを個々に短く説明し、重要度の数値を示す。そうすれば、参加者は必要な資料だけを読むことができる。
 議論を始める前に資料を読んでいると、状況を的確に把握できる。また、議論の目的や範囲、最終的に得たい成果物の形式も明示してあるので、何を検討すればよいのか理解している。結果として、質の高い議論が可能になる。
 事前に資料を読む行為は、参加者が好きな時間を選べし、自分が知らない部分だけ読めばよいので、無駄が生じない。逆に、議論の最中に読むと、既に理解している人は待っているだけなので、全体として大きな無駄になる。議論の前に必要な知識を得ておくのは、ごく基本的なことである。
 地位の高い人が事前に資料を読んでおらず、議論の最初のほうで誰かに説明させることもある。このような行為は、議論の基本を理解しておらず、自分のレベルの低さを宣伝しているのに等しい。非常に恥ずかしいことだと理解しよう。そうならないように、最低限の資料は事前に読んでおきたい。また、こんな状況が起こらないためにも、議長はきちんと準備しなければならない。

(1999年3月2日)


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