川村渇真の「知性の泉」

議論の能力は体験学習で身に付けさせる


マトモな議論に必要な条件を参加者に知ってもらう

 質の高い議論をしようと思っても、きちんとした議論を知らない人が多いだけに、そう簡単には実現しない。最初のうちは、マトモな議論の前提条件を公開して、守ってもらうしかないだろう。
 マトモな議論を実現するためには、いくつもの条件を満たさなければならないが、その中でも重要なのは次の2点だ。

マトモな議論に必要な2大条件
・良い議論方法を知っていて、適切に議論を導ける議長
・参加者全員が議長の役割を理解し、議長に逆らわずに協力する

他の項目は、この2点さえ実現できれば、あとは何とでもなる。知らないことは議長が教え、その場で覚えればよいからだ。それを実現する意味でも、参加者の全員が議長に協力することが必須となる。もし議長に逆らう人が出ると、その議論は失敗に終わりやすい。逆らう人の多くは、最初から不利な状況にあり、論理的に議論が進むことで期待した結論にはならず、面白くないから反発する。これを許すと、議論の基礎である「論理的な検討」という大前提が崩れてしまう。その意味で、2つの条件が非常に重要なわけだ。
 上記の2点以外にも重要度の高い条件があるので、代表的なものを以下に何個か挙げておこう。

マトモな議論に求められる代表的な条件
・出された資料や報告が正しいのか、きちんと確認したうえで評価する
・参加者は、どんな意見でも論理的に発言する
・特定の組織や人物が得するようなエゴを出さない
・検討テーマを総合的に分析し、最良の結論を導き出す
・問題解決などの適切な検討手法を採用し、それに沿って議論を進める
・議論途中の要所で、全体が把握できるように議論内容を整理して見せる
・議論の過程まで含めて、レビュー可能な形で関係者に公開する
・検討テーマが難しい場合、参加者以外の適任者にレビューを受ける

これらの細かな内容は他のページで説明しているので、ここでは省略する。大切なのは、全体としての最良の結果を求めることと、そのために適切な検討手法を採用することだ。たいていの人は、検討手法を用いなければ、好き嫌いや気分で結論を導き出しやすい。それを防ぐ意味でも、適切な検討手法の採用は必須である。良い検討手法は論理的な思考を大前提としているので、論理的に検討することも一緒に実現できる。

参加者全員に対する事前の議論体験学習は非常に有効

 マトモな議論に必要な前提条件を公開したり、現場で議長が注意しても、守らない人は必ず出てくる。最終的には怒りだして、「この会議は正常じゃない」とか「みんなで仕組んだものだ」などと言い出す。自分にとって都合の悪い結論が出ると、何か別なものに原因を押しつけ、認めない態度をとってしまいがちだ。
 このように低レベルな人を出さないためには、きちんとした議論方法を体験学習するしかない。議論の前提条件を伝えるだけでは不十分なので、良い議論を実際に体験してもらい、体で覚えてもらおうという発想だ。
 議論方法の体験学習では、まず基礎的な議論に参加しながら、正しい議論手順を知ってもらう。しかし、本当の狙いは手順の理解ではない。議論をダメにするような行為を、体験して理解させることにある。そのため、相当に不利な立場で議論に参加させる。与えられる架空のテーマで、論理的に評価して絶対に不利なほうの立場を、すべての人に経験してもらう。すると、負けたくない気持ちが大きくなり、非論理的な発言や、感情をモロに出した発言が飛び出す。その際に教官は、悪い発言の1つ1つについて悪い理由を説明し、その場で良い発言に直させる。このような体験学習を繰り返せば、どんな発言が悪いのかイヤでも知ってしまう。
 議論の参加者の全員が体験学習を受けると、誰かが悪い発言をしたときでも、それが悪いとすぐに判断できる。議長に注意されるだけでなく、他の参加者から冷たい視線が注がれるだけに、そのまま押し通すことは不可能になる。結果として、レベルの低い発言が減り、議論の質が向上する。
 余談だが、不利な立場を体験して注意される方法は、学習内容の設計術の1つである。他の分野でも同様の形で設計すれば、実際に役立つ体験学習が構築できる。

議長の能力はさらに難しい体験学習で身に付ける

 マトモな議論を実現するための最大の問題は、議長の能力を持った人の確保だ。議論が成功するかどうかは、議長の能力に依存するため、誰でもよいわけではない。
 議長の能力を身に付けるのにも、きちんと設計された体験学習を用いる。もちろん、通常の参加者よりも高い能力が求められるので、より難しい体験学習になる。まず最初は、通常の参加者の体験学習を受け、実際の議論を何回も経験してもらう。その後で、議長用の体験学習を受けることになる。
 議長の体験学習でも、議論を規定の手順どおり進めることより、議論を邪魔する人の対処が中心になる。議長の場合は、議論の準備段階から終了処理まで関わるので、準備段階での対処、議論の場での対処、議論終了後の対処の3つが含まれる。段階ごとに議論を邪魔する人が登場し、どのように対処するかを実際に練習する。対処の仕方が悪いと、その場で教官に注意され、正しい対処をやり直す。考えられる何種類もの邪魔が含まれ、その全部に対処できるようにする。また、議論が崩壊したような最悪の場合の対処方法も、最後に学ぶ。
 このようにして議長としての能力を身に付けるのだが、マトモな議論ができない現状では、非常に貴重な存在となる。その能力を最大限に活用する意味で、大きな組織なら、議論支援事務局を作り、議長として社内に派遣したほうがよい。優秀な議長は、参加者に議論方法を教える教師の役目も併せ持つのだから。
 大部分の人がマトモな議論方法を知るようになったら、議長が少しぐらい悪くても、邪魔する人が出たときに対処できるので何とかなる。そこに達するのが、多くの組織にとっての目標といえる。それが達成できなければ、議論とは呼べない低レベルの話し合いで、多くの意思決定がされ続けるだろう。

(1999年1月12日)


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