川村渇真の「知性の泉」

質の高い議論を実現するための枠組み


質の高い議論の実現には多くの要素が必要

 本コーナーの各ページで解説しているように、きちんと議論するためには、いろいろな条件を満たさなければならない。その全体像を整理してみよう。それによって、質の高い議論に必要な要素が分かるはずだ。
 主な要素をざっと挙げただけでも、以下のようになる。各要素の詳しい内容に関しては、別なページの説明と重複するので、ここでは省略する。このページの内容を強く意識しながら、本コーナーの全部のページを読むと、内容は理解できるだろう。

質の高い議論を実現するために大切な要素
・議長人選:議長としての能力と良識を持った人に、議長を任せる
・議長権限:議論を成功させるために、責任と権限を議長に与える
・目的設定:議論の目的を適切に設定する
・結論形式:結論として得たい内容の形式を最初に規定する
・評価方法:マトモな人が納得できるレベルの評価方法を採用する
・資料評価:基礎となる資料が正しいかを評価する
・検討手法:対象テーマに適した検討手法を採用する
・論理統合:論理的でない部分も、論理的な枠組みの中に組み込む
・発言改善:教育や言い直しによって、発言内容の質を高める
・内容表現:適した表現術を用いて、議論内容の全体像を整えて見せる
・設計手法:良質な解決案を得るために各種設計手法を活用する
・論理検査:議論の流れが論理的かどうか、議論の工程間で検査する
・邪魔排除:議論を邪魔する悪質な行動を排除して、質を維持する
・過程公表:結論だけでなく、途中の検討経過まで含めて公表する
・実施確認:結論が適切に実施されたか、担当者が確認して報告する

 挙げた要素の数がかなり多いので、驚く人もいると思う。実際、これだけの条件を満たさなければ、質の高い議論を実現できないのである。つまり、質の高い議論の実現は難しいのだ。同時に、世の中の多くの場面で適切に議論できてない理由も、理解できるだろう。
 以上のような要素が有効に機能するのは、参加者の意見が対立する場合だ。また、議論を邪魔するような人が参加した場合も、議論の質を低下させないように働く。そして、このような議論を実現するのは、優秀な議長である。
 議論の要素を理解する人が増えると、マトモな議論がやりやすい。優秀な議長が強権を発動しなくても、議論の質は低下しないで済む。その意味で大切なのは、できるだけ多くの人が議論の要素を理解することだ。

検討手法は、議論の流れと質を維持する道具

 挙げた議論の要素の中でも、検討手法は大きな役割を持っている。採用した検討手法に沿って、議論を進めるからだ。
 しかし、実は逆なのである。“議論が適切に進められる”ように“検討手法を設計してある”から、というのが正しい認識といえる。こうした検討手法には満たすべき条件があり、それが検討手法の特徴にもなっている。ざっと挙げると以下のとおり。

検討手法が持っている代表的な特徴
・論理工程:論理的な検討が維持できる形で、複数の工程に分割する
・論理検査:工程間の検討内容が論理的に正しいかを検査できる形に
・成果規定:各工程で作るべき成果物を規定して、議論の質を確保する
・内容確認:各工程の最後で、検討内容の全体像を見て確認させる形に
・設計強制:設計工程を強制的に入れて、解決方法をきちんと設計させる
・複数比較:複数の候補を比較して結論を選ぶ工程に仕上げる
・適切評価:資料などの評価を組み込んで、検討材料の質を高める
・記録規定:議事録に掲載するために、記録方法も規定する

 全体を見ると、きちんとした設計によって結論の候補を導き、それらを評価しながら比べ、最良の結論を得ようとする。また、検討の過程が途中で評価できるようにもなっている。このような特徴を持つため、議論の最初から最後まで、全体が論理的で科学的に進められるし、意図的な偏向を入れにくい。それが検討手法を用いる最大の理由である。
 採用した検討手法に合わせて議論を進めるのはもちろんだが、議論で得られた内容を工程ごとに記録するのも忘れてはならない。そのために、記録規定も加えたほうがよい。こうした記録は、最終的に議事録として公表し、議論に参加しなかった人のレビューを可能とする。
 検討テーマの性格ごとに適した検討手法が必要なので、複数の検討手法を用意する。実際に試しながら細部を改良すれば、検討手法の質もだんだんと良くなる。良質の設計手法を用いることも、議論の質を高める重要な要素である。

良質な議論は議長が作り上げる

 実際の議論では、議長の役割が重要となる。議論の流れから細部までを、議長がコントロールして、議論の質を維持する。質の高い議論に必要な要素を理解していない人ばかりの現状では、議論の質は議長によって左右される。そんな議長の主な役割を挙げてみよう。なお、準備段階の作業は省略してある。

議論の質を高めるための議長の役割
・進行管理:検討手法に沿って、議論の進行を適切に管理する
・発言改善:発言内容を良くするために、言い直しや確認を求める
・内容整理:議論内容を総合的に整理し、全体像を定期的に見せる
・内容確認:各工程の最後で検討内容を整理し、参加者に確認する
・論理評価:工程間の内容が論理的か評価し、ダメな箇所から議論をやり直す
・邪魔排除:議論を邪魔する悪質な行動を排除し、後で公表する
・結果報告:議論の過程と結論を議事録にまとめ、関係者に公表する

 議長は、議論の質を維持するだけでなく、参加者の不適切な発言内容を直させたり、より正確な内容として確認を求めたりしながら、参加者を教育していく。仕方のないことだが、そんな努力によって、参加者のレベルを向上させるしかない。その意味で、議長は教育係でもある。
 現実社会の対処としては、議長をできるだけ多く養成して、きちんとした議論手法を広めることが大切だ。それが、世の中の議論の質を高めるための、現実的で良い方法だろう。

 以上の説明で、質の高い議論を実現するための枠組み、つまり全体像が見えてきたと思う。このように全体像を理解することは、議論に関してだけでなく、物事を考える際にも重要である。

(1999年12月3日)


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