川村渇真の「知性の泉」

決定権を持つ人が出席する


決定権を持たない人が出ると議論が停止する

 たいていの議論は、何らかの結論を得るために行う。結論を出す過程では、関連する事柄について決断を求められる。しかし、関連する事項の決定権を参加者が持ってないとしたらどうだろうか。議論は途中で停止し、先へ進まなくなる。せっかく集まって議論しているのに、それを台無しにしてしまう。言われてみれば当たり前のことだが、それすら実現できていない会議が意外に多い。
 日本の会議でよく耳にするのは、「持ち帰って上司と相談します」といった発言だ。議論の参加者には最終的な決定権がなく、決めなければならない事柄は何でも、参加してない上司へお伺いを立てなければならない。このような状況では、その場で結論を出せないので、議論が止まってしまう。
 決定権を持たない人が出席する大きな原因は、決定権を持っている人にある。ハッキリ言って、会議を何のために開くのか、まったく理解していない。会議とは、問題を解決するとか方針を立てるために、関係する人々が集まって結論を出すためのものだ。決定権を持たない人を出させたのでは、その場で結論を出せず、会議を開いた意味が激減する。そんなことも分かっていない人物だと公表しているのに等しい。
 決定権を持つ人の代わりに出席する人にも、ある程度の問題はある。本当なら断るべきで、決定権を持つ人に何とかして出席してもらうようにと努力しなければならない。とはいうものの、日本企業では正論が通りづらく、実力で評価することも少ないので、上司に逆らうのはかなり難しい。会社なんて辞めても構わないと思っている、ごく一部の人しかできないだろう。

決定権を持つ人の参加には権限の委譲が必要

 決定権を持つ人が、会議に出る必要性を認識していれば良いのかというと、実はそう単純ではない。その人が属する組織内で、権限の委譲が幅広く実施されている必要もある。
 権限を委譲していない組織では、上位にいる人に権限が集中する。その結果、出なければならない会議が非常に多くなり、時間的に出る余裕がなくなる。権限を集中させることは、決定権のない人の出席を生じやすい。
 さらに重要なのは、きちんと検討してから会議に出席する時間が確保できない点だ。会議で深く検討するためには、調査や分析を事前に済ませる必要がある。この種の作業にはある程度の時間がかかり、会議で消費する時間よりも多いのが普通だ。関連する全部の会議に出る時間すらない人が、きちんと調査や分析する時間を確保できるであろうか。ほとんど不可能に近い。
 以上のように、決定権を持つ人が出席する状況を作るには、権限の委譲が必須なのである。権限の委譲を実施するかどうかは、上司の能力や考え方にも関係するが、組織の体質に関わる部分が大きい。組織の体質は、上司の考え方に大きな影響を及ぼすからだ。
 旧態依然とした体質の日本企業にとって、権限の委譲はもっとも難しいことの1つ。そんな組織では、決定権を持たない人が多く参加する会議を開き、非効率的な意思決定を繰り返し、だんだんと競争力を低下させる。保護されている業界なら何とかなるが、そうでない業界だと生き残るのは難しい。
 組織の体質とは別に、権限を委譲したがらない人も存在する。そんな人の多くは、仕事に関する能力が低い。権限を委譲したら自分の存在価値がなくなると分かっているので、委譲したがらないのだ。また、部下に対して、レベルの低い文句を言う傾向も強い。このような人物を見付けて、重要な役職から外すことも、良い組織にとって必要な機能である。

権限を委譲した仕事では報告方法が重要

 議論の話から外れるが、権限の委譲はどんな風に行うのかと、委譲した場合の仕事の進め方についても簡単に述べておこう。
 まず、権限の委譲とは、何でもかんでも好きなようにやらせることではない。目標となる方向性や重点項目を示し、それを実現するために行動してもらうのが基本だ。本来の目的さえ達成できるなら、実現する方法は自由に選べるし、資金の使い方なども任せる。
 このような方法なので、誰にでも委譲できるわけではない。ある程度の実力がないと、安心して任せられないからだ。もし委譲する人材がいない場合は、委譲をあきらめるのではなく、委譲できるような人材に育てる努力をすべきだ。
 仕事の進め方では、きちんとした報告が基本となる。通常は毎週1回のペースで、どのような状況なのかを上司(委譲した人)に知らせる。報告する内容には、目標を達成するためにどんな実現方法を選んだのか、その進み具合はどの程度か、問題点や懸案事項はないか、といったことを含める。
 また、実現方法を選ぶなどの重要な部分に関しては、意思決定の過程を明らかにしなければならない。どんな点を考慮し、どのような選択枝が存在して、どのように評価して選択したかを、理路整然とした形で示す必要がある。このように報告してもらわなければ、上司は状況を把握できないし、正しい実現方法が選ばれたのかを評価できない。権限を委譲したので、適切に進めているかを管理する責任がある。
 報告書の中身で大切なのは、全体の状況を把握してもらうことと、重要な部分での詳しい過程を知ってもらうことの2つだ。それさえ満たしていれば、上司との適切な対話が実現できる。また、含むべき2点が正確に伝わるなら、報告書を自由な形式で書いて構わない。といっても、たいていは似たような形式になるが。
 このように、「権限の委譲」と「適切な報告」は対になるものだ。報告を受けた側では、基本的に、細かなやり方に注文を付けてはならない。目標の達成に支障のある部分だけに、文句を言ってよい。それが権限の委譲であり、委譲を成功させる重要なポイントでもある。

(1998年9月3日)


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