川村渇真の「知性の泉」

電子会議室ではマトモな議論が非常に難しい


電子会議室での議論は、良い議論の条件を満たしにくい

 インターネットを代表とするネットワークの普及によって、議論の場として電子会議室を用いる機会が増えてきた。自宅にいても参加できるとか、好きな時間に発言できるなど、顔合わせ会議にはないメリットがある。
 しかし、電子会議室を用いた議論は、顔合わせ会議に比べると、建設的な議論が難しいという欠点を持つ。理由は簡単で、質の高い議論に必要な要素を満たすのが非常に難しいからだ。どのような欠点があるのか、代表的なものをいくつか挙げてみよう。
 最大の欠点は、検討対象の全体像が見えない点だ。通常の顔合わせ会議なら、重要な発言をホワイトボードに書きながら、検討対象の全体像を明らかにしようとする。しかし、電子会議室では、個々の発言だけが飛び交い、全発言から得られた内容を整理しないことが多い。もし整理したとしても、整理した結果も1つの発言と同じ形で投稿され、全員が常に見ながら発言できるわけではない。
 全体像が見えないと、質の高い議論を邪魔する行為がいくつも発生しやすい。たとえば、さほど重要でない話題を大きく取り上げたり、問題点や解決案を挙げる際に重要な要素を見逃すとかだ。テーマ全体の見通しが悪いので、どうしても一部だけを見てしまう。また、総合的な評価も難しくなって、誤った結論を出しやすい。
 全体像が見えない欠点を解消するには、電子会議室にホワイトボードのような機能を付けるのが一番だ。しかし、それだと特別なソフトが必要で、既存のソフトでは参加できなくなる。顔合わせ会議と同じ条件にするのは、現実的にはかなり難しい。

議長によるコントロールが難しい

 2番目の欠点は、議長による議論のコントロールが難しい点だ。議長に従わない人が出たとき、簡単には対処できないことが多い。
 顔合わせ会議であれば、まず手を挙げて発言の意志を議長に示す。すると議長は、発言者を指名して意見を述べさせる。手を挙げないで発言するときも、議長が指名する場合が多い。もし指名されずに発言すると、議長や周囲の人が制止するように圧力をかける。このように議長が厳密にコントロールしていない会議でも、分別のある参加者によって制止される。こうした形なので、好き勝手に発言し続けるのは難しい。
 ところが電子会議室では、誰もが好きなとき自由に発言できる仕組みのため、議長の指示に従わなくても発言できてしまう。議長の注意を無視して発言するとか、発言内容の悪い点を指摘されても直さず言いたいことだけ発言し続けるとか、あまり重要でない点に固執して話し続けるなど、レベルの低い行為が容易にやれる。このような発言は、質の高い議論を邪魔してしまう。
 ただし、自由に発言できる特徴は、全面的に悪いわけではない。たとえば、公正でない議長だと、きちんとした意見を発言させないで無視しようとする。電子会議室だと発言を止めることができないため、重要な意見が参加者全員に伝えられる。しかし、こうした状況は議長が悪いのであって、電子会議室の特徴を利用した対処は良い方法とはいえない。そうではなく、まともな議長を採用することが根本的な対処である。
 この欠点を解消するには、議長がマトモだという前提での話だが、議論をコントロールできる仕組みが必要となる。レベルの低い人の発言を一時的に禁止するとか、議長としての役割が発揮できる機能をソフトに組み込むしかないだろう。発言の禁止ぐらいは、電子会議室ソフトの設定で何とか実現できる。
 現実の電子会議室では、議長がいないことも、議長がいるのに議長として働いていないケースもかなり多い。こうなると、参加者の質によって議論できるかどうかが決まる。実際には、極端に質の低い人が一人でもいれば、その人が動き回って会議室をケンカ状態に変貌させ、議論をボロボロにしてしまいがちだ。議長なしでの質の高い議論は、実際にはかなり難しい。
 発言する内容にも、顔合わせ会議とは異なる特徴がある。顔合わせ会議で発言するときは、明らかに間違っている内容を発言すると、発言の途中で間違いを指摘され、そのままの内容では発言を続けにくい。指摘された点を修正した内容で発言し続けるか、発言を止めるのが一般的だ。
 ところが、電子会議室では、1つの発言が途中で切られることはなく、発言全体がそのまま投稿されてしまう。間違った内容を発言すると、一気に反論が出される。発言内容が保存されて消えないだけに、きちんと訂正するまで反論が続く。これら一連の発言は、対象テーマにとってあまり重要でないことが多く、無駄な行為となりやすい。気軽に発言するのも大切だが、質の高い議論を求めるなら、十分に検討して発言するように注意すべきだ。

姑息な行為が簡単にできてしまう

 電子会議ならではの欠点は、他にもある。総じて、建設的な議論を邪魔するための姑息な行為に利用される。代表的なものを挙げてみよう。
 すべての発言が保存されるため、相手の発言を引用した反論が簡単にできる。適切な反論なら良いのだが、そうでない場合もかなり多い。引用する側の姿勢も悪いのだが、もう1つの根本的な原因は、多くの発言者の意見を述べる能力にある。言いたいことを上手に表現できないため、欠点を含んだ発言内容になりやすい。すると、そこを引用して突っ込む反論が出てくる。反論されたほうは、そういう意味で言ったのではないと思うだろう。俗に言う曲解である。
 このような形での反論は、劣勢になった人が行いやすい。どんな意味で言ったかなど気にせず、攻撃できる部分を無理矢理にでも探すためだ。部分だけを簡単に引用できるので、こうした行為が多発してしまう。発言する本人は必死なだけに、止めさせるのは難しい。現実の対処としては、発言内容と議長がチェックし、曲解が見付かったら指摘して、発言し直させるしかない。
 参加者のメンツが、適切な発言をできなくすることも意外に多い。世の中には、間違いを絶対に認めない人がいる。そうした人は、間違いを指摘されたときに、訂正せずに済む方法を取る。怒り出すとか、相手の別な欠点を執拗に追求するとか、対象の議論から遠ざける行為に走る。最悪の場合は、会議室全体がケンカのようになり、感情的な言い合いに終始する。相手を呼び捨てにしたり、「何も〜とは言ってないぞ」などといった感情的な発言を目にしたことがあるだろう。これこそ議論がまったくできない最悪の状態で、なかなか復帰できない。また、後々まで尾を引いてしまう。
 醜い争いになった場合、時間に余裕がある人のほうが有利な点も、電子会議室の特徴だ。時間があるほど発言回数を増やせるので、内容の質に関係なく、どんどんと発言をし続ける。顔合わせ会議なら大きな声で発言して目立たせるが、それと同じような手段である。電子会議室では大きな声を使えないので、発言の多さで目立たせようとするわけだ。レベルの低い発言内容が増えるほど、質の高い議論がやりにくくなる。
 以上のような行為が簡単にできるのは、全体像が見えにくかったり、議長がいなかったりすることに大きく関係する。議長が適切にコントロールできていれば、この種の問題は起こりにくい。そんな場合のほうが少ないので、結果として電子会議室では、重箱の隅をつつくような言い合いに陥ってしまう。

電子メールのやり取りにも同じ特徴がある

 複数の人が参加する電子会議室と同じ特徴は、二人でメール交換しながら行う議論にも当てはまる。相手の発言の揚げ足を取るとか、相手の意見の一部にだけ反応するとか、問題の全体を見ようしない発言をしやすい。
 このようなメールのやり取りを第三者的に見ると、議論とはとうてい呼べず、単なる言い合いでしかない。「ああ言えばこう言う式の言い合い」と表現すれば感じが伝わるだろう。きちんとした議論方法を知らない人が多いので、どうしても言い合いに陥ってしまう。
 具体的な発言内容としては、「〜も意味がある」、「〜も考えられる」、「〜になったら大変だ」など、一部の条件だけを強調して全体を見ないものが多い。他にも、「本質的には〜」、「〜にも意味がある」など、事実では説得できないと分かって抽象的な話に移す人もいる。共通するのは、全体での総合的な評価から外れるような方向で発言する点だ。
 二人だけのやり取りなので、客観的な評価を入れにくく、発言内容を改善するのは非常に難しい。マトモな議論方法を知っている側にとっては、時間の無駄としか感じない。しかし、そうでない相手側は、真面目に議論していると思っている。それだけに、説得するのに苦労するわけだ。もし議論方法を教えようとしても、物事の評価方法も一緒に教えなければならないので、全体ではかなりの時間がかかる。また、相手にもメンツがあるため、最後のほうは意地でも認めない姿勢になりやすい。以上のことを考慮すると、もっとも現実的で賢明な選択は、言い合いを途中で止めることだ。残念ながら、それ以外に良い対処方法はない。
 時間が余っているので何とか相手を教育したい人のために、頑張ればできる対処方法を紹介しておこう。相手が発言するたびに、その内容の位置付けを整理し、議論の全体像を送る方法だ。つまり、顔合わせ議論でホワイトボードに書いている内容を、毎回送るのである。こうすると、全体像を必ず見ることになり、一部だけを取り上げるのが難しくなる。相手が少しはマトモならば通用する方法だ。ただし、毎回整理するのは時間がかかるし、上手に整理する能力も必要なので、誰もができる方法ではない。絶対に使いたいなら、まず議論方法を本格的に勉強してみよう。

議論の質を重視するなら必要な対処を

 以上のように、電子会議室では、質の高い議論を実現しにくい。世の中の多くの会議室で、議論の的が絞りきれないままダラダラした言い合い、感情的でケンカのような発言、自分にとって都合良く解釈した反論などを目にしているはずだ。
 それでも電子会議室を利用する際には、ここで説明した欠点を理解しなければならない。議長を用意するとともに、参加者に議論方法の基礎を教えることも大切だ。また、議論を邪魔する行為に対処するルールも規定し、参加者に知らせておく。こうした対処をすれば、議論の質を少しは向上できるだろう。ただし、顔合わせ会議の成功した状態にまで引き上げるのは、非常に大変だと理解しておきたい。
 それと、議長さえ用意すれば大丈夫だと思うのは、大きな間違いだ。任命された人が議長をやれる能力がないと、議論を成功させるのは難しい。たとえば、曲解で引用した発言が出たとき、発言者に悪い点を指摘し、発言内容を訂正させなければならない。また、議論内容の全体像を整理して、参加者に定期的に見せることも大切だ。さらには、適切な検討手法を選び、それに沿って議論を進める必要もある。このような議長の仕事を全般的にできないと、議長は務まらない。
 ネットワークの普及により、いろいろな場所で電子会議室を開くようになった。しかし、質の高い議論がしにくい欠点を理解している人は、まだまだ少ないようだ。これから先も、電子会議室の数は爆発的に増えるだろう。それだけに、欠点を正しく理解し、必要な対処を実施することが求められる。議論の質を問う限りは。

(1999年11月23日)


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