バラク・オバマ大統領就任演説の構造を読む

バラク・オバマ「リメイク U.S.A」の思想


はじめに


09年1月20日にワシントンで行われたバラク・オバマ新大統領の就任演説をより深く理解するために、演説の構造を分解してみる。

結論から言えば、この演説の奥にはアメリカ精神(独立宣言の理念)が横たわっていて、就任演説の全体のコンセプトとしては”アメリカをアメリカ精神で「リメイク」(作り替える)する”というシンプルな意思のように受け取れた。思うにバラク・オバマという人物は、革新でも保守でもない気がする。彼は、20世紀初頭から21世紀の時代において、世界一のスーパーパワーとして、世界の政治・経済・文化を牽引してきたアメリカ合衆国が国家存亡の危機に瀕した時、アメリカ自身が、最悪の危機の中で見出した「希望の光」であり、アメリカ精神を体現するまったく新しいタイプのリーダーだと考えられる。

この時点で、国としてのアメリカは、独立宣言の精神である「すべての人間は平等につくられている。」という「DNA」を新たな地平に展開したことになる。何故なら、独立宣言の時点(1776年7月4日)では、アフリカ系アメリカ人やネーティブアメリカンには、選挙権を含め、自由と平等の権利は与えられていなかったからだ。

この就任演説全体を通して、多くの列席者が一番感動し涙を流した箇所があった。

なぜあらゆる人種と信仰の男性と女性、子供がこの広大な広場に集い、共に祝えるのか。そしてなぜ、60年足らず 前だったら地元のレストランで食事をさせてもらえなかったかもしれない父を持つ男が、(大統領就任の)神聖な宣誓のためにあなたたちの前に立つことができるのか・・・。

その答えは、アメリカの選挙民が、選挙という民主的プロセスを経て、バラク・オバマを大統領に選んだことに象徴されている。アメリカは、独立宣言の精神をより所にし、レイシズム(人種主義)の偏見を乗り越え、自らのリーダーに相応しい人物を選んだのである。

就任演説は、大統領選挙中に見られた派手な内容の演説と比べ、オバマの演説としてはすこぶる地味なものだった。だが、オバマが敬愛して止まないリンカーンやルーズベル トやケネディといった歴代名大統領に比肩しうる格調と内容を持った歴史的な就任演説として後世に伝えられるものとなるだろう。
(以下※は佐藤弘弥のコメント。演説の日本語訳は朝日新聞より引用)

◇ ◇ ◇

a 危機の最中にあるという現状認識
1第一の危機 テロネットワークと戦争状態にあること。
2第二の危機 金融危機。
3第三の危機「アメリカが不可避な衰退の流れにあるという負のイメージが全米中を覆っていること。

※以上の認識に立って、アメリカをリメイク(作り替える)する意思を鮮明にする。

b アメリカをリメイキクする手順=政策
1道路、橋を造り、配電線網、デジタル回線網を敷設。(従来型の公共投資)
2医療改革(医療の質と医療制度改革に着手)
3環境産業を育てる(オバマの政権の目玉「グリーンニューディール」=太陽、風、地熱発電でエネルギー革命を起こし、自動車も電気に変える。これによって300万人の新たな雇用の創出を図るという)
4教育制度改革(時代の要請に合った教育制度。大学改革)

c 機能する政府=リメイクをリードする
(至言)私たちが 今日問わなくてはならないことは、政府が大きすぎるか小さすぎるか、ではなく、それが機能するかどうかだ。

1社会的弱者と退職高齢者の生活の質を守る政府。
2支出の無駄を無くし、情報開示を徹底する。
3仕事に関しては政府は、説明責任がある。

それによってようやく、政府と国民との信頼関係を再建できる。

※ここは明らかにブッシュ政権の負の遺産を払拭して、国民と遊離した状況を立て直すと宣言したことになる。

d 市場の健全性を回復する
(至言)富を生みだし、自由を広めるという市場の力は、比類なきものだ。しかし、市場は注意深く見ていないと、制御不能になるおそれがある。また、富者を引き立てるだけでは、国は長く繁栄できない。

※ここから軍事力の行使の方向が示され、世界の秩序の維持にアメリカが今後とも自らの意思で関わることを言明。但し、「謙虚さと自制心」という言葉を使い、ブッシュ政権の置き土産であるイラクからの撤退とアフガンへの増派の意向を語る。

e 軍事力の行使について
(至言)国防について、私たちは、安全と理想の二者択一を拒絶する。米国の建国の父たちは、私たちが想像できないような危険に直面し、法の支配と人権を保障する憲章を起草した。これは、何世代もが血を流す犠牲を払って発展してきた。先人たちは、自らの力は慎重に使うことで増大し、自らの安全は、大義の正しさ、模範を示す力、謙虚さと自制心から生まれると知っていた。私たちはその遺産の継承者だ。

※この部分は、微妙な言い回しが伺える。それは退くブッシュ前大統領への配慮だろう。ブッシュ政権のイラク侵攻をその当初から批判してきたオバマは、防衛政策でも、いきなり軍事力を行使するのではなく、外交力によって、国際関係を調整しながら、硬軟織り交ぜて、慎重に行うことを目指している。この考えの背景には、オバマ政権で駐日大使に内定と報道されている国際政治学者のジョセフ・ナイ(1937− )の「ソフト・パワー」の思想がインプットされていると推測される。ナイは知日派で、オバマの外交ブレーンと言われる人物だが、その人物を、駐日大使として赴任させることを考えても、日本との同盟関係を重要視しているオバマ政権のスタンスが読み取れる。

f イラクとアフガニスタン問題
イラクをその国民の手に委ねる過程を開始し、アフガニスタンの平和構築を始める。

g 核兵器の削減
古くからの友好国とかつての敵対国とともに、核の脅威を減らす。

h 地球温暖化防止への積極的に取り組む

i テロリストへのメッセージ
自分たちの目的を進めるためにテロを引き起こし、罪のない人々を虐殺しようとする者に対し、私たちは言おう。いま私たちの精神は一層強固であり、くじけることはない。先に倒れるのは君たちだ。私たちは君たちを打ち負かす。

j イスラム世界へのメッセージ
イスラム世界に対して、私たちは、共通の利益と相互の尊敬に基づき、新たな道を模索する。紛争の種をまき、自分の社会の問題を西洋のせいにする国々の指導者に対しては、国民は、破壊するものではなく、築き上げるものであなたたちを判断することを知るべきだと言いたい。

※この項は、特にアメリカ批判と核開発を続けるイラン政府を意識してのものか。

k 抑圧国家の指導者へのメッセージ
腐敗と謀略、反対者の抑圧によって権力にしがみついている者たちは、歴史の誤った側にいることに気づくべきだ。そして、握りしめたそのこぶしを開くのなら、私たちが手をさしのべることを知るべきだ。

※北朝鮮、ミャンマー、ルワンダなどを意識した言葉か。

l 貧しい国の人々へのメッセージ
(至言)貧しい国の人々に対しては、農場を豊かにし、清潔な水が流れるようにし、飢えた体と心をいやすためにあなた方とともに働くことを約束する。

※この部分は、新約聖書の山上の垂訓を意識して起草された感じを受ける。

m 先進諸国へのメッセージ
米国同様に比較的豊かな国には、私たちはもはや国外の苦難に無関心でいることは許されないし、また影響を考えずに世界の資源を消費することも許されない。世界が変わったのだから、それに伴って私たちも変わらなければならない。

※先進国には一層の国際貢献を求める。地球環境を維持し、地球温暖化を阻止するため石化エネルギーからの転換。資源の浪費を避ける環境政策へ移行を鮮明に。

リメイクの思想

※リメイクの精神(思想)とは何か。それは米国民(人民=ピープル)みずからが主体となって、アメリカの独立宣言の精神をより所にし「奉仕の精神」をもって行う政治行為。「市民の政府」という言い回しも可能か。

n 奉仕の精神とは
(至言)いまこの瞬間にもはるかな砂漠や山々をパトロールしている勇敢な米軍人たちのことを思い起こす。私たちが彼らに敬意を表するのは、彼らが私たちの自由の守護者だからというだけでなく、彼らが奉仕の精神の体現者、つまり自分自身より大切なものに意味を見いだそうとしているからだ。そして今、一つの時代が形作られようとしている今、私たちすべてが抱かなければならないのがこの精神だ。

o 新たな責任の時代
(至言)今私たちに求められているのは、新たな責任の時代だ。それは、一人ひとりの米国人が、私たち自身や我が国、世界に対する責務があると認識することだ。その責務は嫌々ではなく、むしろ困難な任務にすべてをなげうつことほど心を満たし、私たち米国人を特徴づけるものはないという確信のもとに、喜んで引き受けるべきものだ。 これが市民であることの代償と約束である。

※この演説でオバマが、より所にしている思考は、アメリカ建国以来の精神。つまり独立宣言そのものだ。

◇ ◇ ◇
結 び

オバマ新大統領は、この演説の中で、1776年の建国以来度々危機に見舞われたアメリカが、その度に独立宣言の精神を楯として、立ち上がってきた先人たちの労苦を讃える。と同時に、今度は、私たちの世代が、今こそ国民精神を鼓舞し、自由と平等のために、自己犠牲をもいとわずに奉仕の精神をもってアメリカを「リメイク」しようという。

またそれは私たちの世代の「新たな責任」でもあると述べた。オバマが大統領として成功するか否かは、誰も分からない。しかし彼の役割は、アメリカの運命を握っているというだけではなく、全人類の命運をも左右するものというべきだ。

本来であれば、大統領とメディアの「ハネムーン期間」と呼ばれる100日間のモラトリアムがあると言われるが、むしろこの100日間で何ができるか、このスタートダッシュで、すべてが決まるような気がする・・・。佐藤弘弥記(09.1.22)


2009.1.25 佐藤弘弥

義経伝説
思いつきエッセイ