マツイ・ホームラン打者としての覚醒 WシリーズMVP獲得の快挙


マツイの在籍するヤンキースがワールドシリーズを四勝二敗でポストシーズンを制覇した。マツイが入って今年09年は七年目だが、ヤンキースの優勝は9年ぶりの快挙だ。第七戦でマツイは先制の2点をたたき出すホームランを含む4打数3安打、6打点。ワールドシリーズ全6戦では13打数8安打ホームラン3本、打点8の大活躍で、試合途中、スタンドから「MVPコール」が巻きおこった。文句なしのシリーズのMVPを獲得だった。

日本を代表するホームランバッター松井秀喜は、03年、名門ジャイヤンツからやはり大リーグを代表する名門「ニューヨークヤンキース」の一員となり、ヒデキ・マツイとなった。それから苦節7年。ついにマツイは念願の「ワールドシリーズ優勝」を手にして、合わせてシリーズMVPを獲得したことになる。

かつてのマツイは連続出場を当たり前にこなす鉄人マツイだった。それが06年、外野フライを捕ろうとして、左手首を骨折してから以降、マツイの苦難は長く続いた。

今年のマツイは、昨年秋のヒザの手術の影響もあって、守備機会が一度もなく、DHでの器用やピンチヒッターでの器用が多かった。開幕当初は、四番A・ロッドの故障欠場もあり、名門ヤンキースの四番打者に指名されたが、厳しいヤンキースファンやメディアを納得させる活躍ができたのは、シーズン後半になってからのことだ。

シーズン後半のマツイの活躍は、素晴らしかった。その中で特筆すべきは、それまでのマツイの大リーグでのイメージを一変させるものがあった。それはホームランバッターとしての役割を果たしきったことだ。おそらくDHの性格上、ホームランを打つことが至上命令になっていたことから来ていることは明確だ。マツイはそれまで、「私はアメリカでは中距離バッター」と自らで言うように、自己をホームランを打つ打者ではなくヒットを打って走者を返す打者と認識していた嫌いがある。

大リーガーマツイを見る時の私のジレンマは、マツイ何故ホームランを狙わないのか、ということだった。マツイは日本に居たときから、その人柄を悪く言う人間が居ないほどの人格者であった。謙虚さもある。しかしその謙虚さこそが、もしかしたら大リーガーマツイの「ホームランバッターとしての覚醒」を遅らせた要因だったかもしれない。

そんなマツイは、DHやピンチヒッターでのジラルディ監督の起用にも、嫌な表情ひとつ見せず、与えられた役割をこなした。しかもその役目は、多くの機会で長打できればホームランを打つことを義務付けられていたと考えられる。まあ、考え方によっては、それができなければ、ヤンキースは即刻トレードに出すような腹づもりもあったと思われる。事実、シーズン途中で、ヤンキース首脳陣は、「マツイがどんな目覚ましい活躍をしても、来シーズンヤンキースのユニホームを着ることはない」というようなぶしつけなコメントを出したものだ。それでもやはり、マツイ自身は怒りもせずに、与えられたDHの役割を淡々とこなした。

そしてその我慢が、シーズン後半のホームランバッターとしての活躍となり、今回のワールドシリーズMVPの獲得と結び付いたのである。今年のWシリーズの活躍で、苦節七年目の松井秀喜が、世界のヒデキ・マツイになった気がする。そこにはマツイという打者が追い詰められた窮地の中で「覚醒」したことによって起こした自らの選手としてのイメージ「のコペルニクス的転回」がある。つまりマツイは、大リーガーとして、「中距離ヒッターのマツイ」ではなく、「ホームランバッターヤンキースマツイ」となったのだ。そう今年後半からWシリーズのようなマツイが見たかった。そしてマツイはそれだけの潜在力をもった選手だ。

MVPのインタビューで来年もヤンキースでプレイするつもりかを聞かれたマツイは、やはり人格者のマツイに戻り、「ボクはニューヨークを愛している。ファンを愛している。ヤンキースを愛している。チームメイトを愛している」と語った。球場には、両親が息子の晴れ姿を見ている姿があった。親孝行なマツイのことだ。きっと自身でチケットを購入したものだろう。来期の覚醒したマツイの活躍を期待したい。

2009.11.10 佐藤弘弥

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