キース・ジャレットの新CDを聴く
Paris/London (Testament) Paris/London (Testament)
価格:¥ 3,202(税込)
発売日:2009-10-06

 キース・ジャレットの新作「Testament」を聴く。

昨年2008年11月と12月に、パリとロンドンで行ったソロ・インプロヴィゼーションをCD化したものだが、どうもしっくりと来ない。「Testament」は日本語にすれば「遺書(あるいは遺言)」である。それが頭に引っかかるからかもしれない。

どこかで聴いたようなフレーズが随所に表れ、新鮮味に欠けるのである。かつてこの言葉は、ジャズ評論家故油井正一氏が、キースの即興演奏に対して懸念として言っていたものだ。しかし時には、そんなこともあったが、キースはソロを安易に引き受けないことで、そのワナから何とか逃れてきたように思う。しかしこの作品は、如何ともし難い。どのように考えても、この品質をもって、これをキースの作品として、三枚組み(洋盤)のCDとして、ECMレコードの名プロデューサーマンフレート・アイヒャーが、発売する意図が、分からない。

確かにキース・ジャレットも、今年で64歳になる。難病(慢性疲労症候群)なども克服してきた。私は若き日の才能ほとばしる姿を常に新鮮な驚きをもって眺めてきた。「ソロ・コンサート(1973)」、「ケルン・コンサート(1975)そして金字塔である「サンベア・コンサート(1976)」を目の当たりにしてきたのだ。それだけに、キースの感性のマンネリ化を老いとして受け止めなければならないのは、ファンとしては、辛いものがある。老いの影が見え余りに痛々しい感じさえする。

キースは、早熟の天才である。このタイプの人物は、巨匠型のタイプの人物と違って、晩年には辛く見えることがある。それはクラシックのグレン・グールドでも同じだった。

敢えて、言わせてもらえば、私は今後のキースが、もうひとつ殻を破るためには、己の天才型をまるっきり捨て去って、墨絵のような静謐な音の追求が必要ではないかと考えてしまった。

キースの音楽には、これまでも十分に内省的な側面もあったが、あれでは足りない。人生の奥の奥の深淵をも感じさせるような音楽、かつてロシアの神秘思想家グルジェフ(1866−1949)の音楽を CD化(Sacred Hymns of G. I. Gurdjieff :1980)したこともあったが、あれでも足りない。あの音楽には、苦しみがあった。私は音に苦を感じるキースではなく、音によって、人生で出会った喜びや感動の音を紡ぎ出すキースの「音楽」が聴きたいのだ。この新作には明らかに、グルジェフの音楽に再接近するキースの「魂のつぶやき」が聞こえてくるような気がするのだ。

もしもキース自身が、自らの老いと死への接近というものを強く意識した上で、この新作を発表したのであれば、やはりキースは、最後にもうひとつ殻を破って、自らの魂の外宇宙に首を突き出すべきだ。今はまだ、老け込む歳でも神秘主義に逃げる歳でもない。もうひとつ己の殻を突き破って、外宇宙に飛び出ること。それこそが、この世に、キース・ジャレットという天才を送り出した音楽の神様とキースとの「Testament(誓約)」ではないのか・・・。


2009.10.22 佐藤弘弥

義経伝説

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