平泉實記
平泉實記巻之五
目録
賴朝卿平泉歴覧附 賴義・義家賊徒誅戮（ちゅうりく）
達谷ヶ窟（たつこくがいわや）
附 田村麻呂夷賊追討
賴朝卿凱陣
鎌倉 院宣並降人配流
附 本吉冠者隆衡並城（じょうの）四郎長茂（ながもち）
介公法師和歌
大河二郎兼任叛逆
諸軍勢奥州下向
兼任合戦
東國平均
平泉實記巻之五
東奥 気仙 相原友直 著
附 賴義・義家賊徒誅戮
九月廿三日、賴朝卿ハ平泉に於て中尊寺・毛越寺・无量光院、其外堂塔伽藍を順體し給ふ、豊前介俊案内者として御供に候（こう）じ、實俊申て曰く、淸衡が継父ハ鎭守府将軍淸原武則が子荒川太郎武貞也、コレ東釜ノ説ナリ、一説ニ武則ヲ以テ淸衡カ養父トス、武貞卒去の後、淸衡は膽澤・和賀東釜ニ加賀ト云ハアヤマリ成ベシ、・江刺・稗抜・岩手・志和の六郡を傅領して、去る嘉保年中に東鑑ニ康保ト云ハアヤマリナリ、江刺郡豊田の館（たち）を岩井郡平泉に移して三十三年を經て卒去す、大治元年丙午七月十七日ニ卒スト云、コレ平泉古來ノ説也、しかるに睦奥・出羽の兩國に一萬餘の村あり、伽藍堂塔を建立し、佛餉（ぶつしょう）・燈油を寄附す、基衡ハ果福父にすぎ、兩國を管領する事、又三十三年也、保元二年丁丑三月十九日卒スト云リ、又夭亡（ようぼう）其子秀衡、父の譲を得て、絶たるを継き、廃（すたて）たるを興し、鎭守府将軍の宣旨をかうふりてより以來（このかた）、官録（かんろく）父祖にこえ、栄耀（えよう）子弟におよぶ、又三十年を過て卒す、文治三年丁未十月廿九日卒ス、以上三代九十九年の按スルニ、寛治六年ヨリ文治間造立する所の堂塔幾千萬といふ数をしらす候と言上す、
按ズルニ、淸衡奥羽ノ押領使トナリシ寛治六年壬申（みずのえさる）ヨリ、淸衡卒セシ七
十五代 崇徳院ノ大治元年丙午マデ三十五ヶ年也、又豊田館ヲ平泉ニウツシタルハ七十
三代 堀河院ノ嘉保元年甲戌（きのえいぬ）ナルベシ、此年ヨリ大治元年マテ三十三ヶ年
ナレハナリ、東鑑ニ云ル康保ハ、六十二代 村上天皇ノ年號ニシテ、元年甲子ハ大治元
年ヨリ百六十三ヶ年以前ナレバ傅寫ノ誤ナルコトウタカヒナシ、
○淸衡卒セシ大治元年ヨリ、基衡カ死セシ保元二年マテ三十二ヶ年ナリ、保元二年ヨ
リ秀衡カ没セシ文治三年迄三十一ヶ年也、又東釜ニ淸衡ガ在世三十年共イヘリ、
同廿七日にハ安倍賴時が衣川の遺蹟（ゆいせき）を歴覧し給ふ、郭土空しく残り、秋草鎖（とざ）す事数十丁、礎石いづくにかある、舊苔埋（うず）むこと百餘年、賴時カ謀反セシ永承六年ヨリ、文治五年マテ百三十九ヶ年ナリ、賴時國郡を掠領（かすめりょう）するの昔、此所に家屋をかまへ、男子ハ井殿（いどのの）盲目・厨川二郎貞任・鳥海（とりのうみの）三郎宗任・境講師官照・黒澤尻（くろさわじり）五郎正任・白鳥（しろとりの）八郎行任也、女子ハ有が一の前・中の一の前・一が一の前、以上八人の男女子の宅簷（たくのきは）をならべ、郎從等か屋（いえ）閨門（けいもん）、西は白河関を界として十餘日の行程也、東ハ外か濱に據る、又十餘日の行程たり、其中央に當りて関門を開き號（なず）けて衣の関といふ、宛（あたか）も函谷関（かんこくかん）のことし、左は高山に隣り、右ハ長途をかへりみる、南北同しく峯嶺をつらね、産業又海陸を兼たり、三十餘里の間、櫻樹をならべうゑ、四五月にいたるまで残雪消ることなし、よつて駒形峯と號す、麓に大河あり、南に流る、是則北上川也、衣川もまたこれより流下りて北上川に通ず、凡官照が小松館（しょうしょうかん）、貞任が後見成道琵琶の棚等の舊跡、かの青厳（せいがん）の間にあり、
人皇七十代
後冷泉院の御宇永承六年の頃、奥州の夷賊阿部頼良、其子厨川二郎貞任・鳥海三郎宗任等と共に朝威を軽んじ、郡郷を押領し、賦税・貢物をかすめ取、其勢漸く強大にして、河堰（かわい）の城・衣川の柵、其外所々に柵をかまへ、其黨類をわかち居らしむるによつて、當國の太守藤原登任（のりとう）、出羽の國秋田介平繁成と共に力を合せ、奥羽両國の士卒を率ひ、頼良を誅伐せんと鬼功部（おにこうべ）・栗原において責戦ふといへとも、終に貞任に打負て、登任ハ竊（ひそか）に都に上り、繁成は本國にかへりける、都には公喞僉議ありて、源頼義朝臣を陸奥守とし、鎮守府将軍を兼しめ、軍勢を相添、彼等を追討せしむ、同年六月都を打立、大軍を引率し奥州に入給ヘバ、頼良は其武威をおそれ、自ら頼時と名を改め、國府（こくぶ）に来り頼義将軍に降参す、これによつて國中早く静まり、永承六年より天喜二年まで一任四ヶ年の間、國中穏なりける所に、當國の住人藤原説貞（ときさだ）が息女を貞任が後妻にせんと望けるに、是を許さゝるを恨にふくミ、説貞が息男権太郎光貞、同二郎元貞に狼籍の所行をなすによつて頼義将軍貞任を罪に行はんとす、頼時怒て貞任と共に衣川の柵に引籠て頼義に敵對す、去程に頼義軍勢一萬を集めて、衣川の柵に発向せらる、此時頼時が壻（むこ）亘理（わたり）権太夫経清ならひに伊具（いぐ）十郎永衡ハ頼時の勢にはせくハゝる、斯て衣川・栗坂に於て合戦止事なし、天喜五年九月、栗坂のさかひに頼時流矢に中りて死す、貞任等は、残黨を集めて川崎の柵に楯籠（たてこも）る、或ハ河堰（かわい）の柵ともいへり、十一月、頼義千百餘人を引て攻戦ふ、折節風雪はげしく、官軍兵粮盡て大に敗れて死する者数百人、頼義・義家、郎従加藤景道・大宅光任・清原貞廣・首藤範季（すとうのりすえ）・坂戸則明とわつかに七騎に打なされ、貞任大勢を以てとりかこむ、義家時に二十束（そく）ばかりの強弓精兵にて敵を射殺す事其多し、光任等一命を輕んしてふせぎたたかふ、敵労れて引退く、賴義父子まぬかれて國府に皈（歸）る、十二月、賴義出羽の國司源斎頼（なりより）等、其外諸國にふれて軍勢を招くといへとも、幣糧乏しきによつて來ろ者なし、此ゆえに貞任いよいよ逆威をふるひ、官物を押領す、康平五年の春、賴義陸奥の國司の任終るによつて、高階経重國司に任せられ、二月下旬奥州に下向すといへども、貞任が勢におそれ、其上國中兵ミな賴義にしたかふに依て、経重ハいくほどなく都にかへる、七月、羽州仙北の住人清原眞人（まひと、まつと）武則、一萬人の兵を引率して、栗原郡營（たむろ）が岡に於て賴義に戦對して加勢をなす、賴義の勢も郎從並に國中の味方はせ集りて三千騎におよべり、彼是一萬三千騎の軍勢を以て、八月出陣し、貞任が叔父僧官照るが籠りし小松の柵を攻破る、貞任が弟宗任來りて合戦す、賴義の郎從よくたたかひしかば、宗任破れて引退く、九月五日、貞任自ら八千餘人を引いて來る、賴義・武則相共に諸軍をはけまし合戦す、貞任戦ひ負て岩井川まて引退く、官軍つづいて責けれバ、貞任衣川の柵へ逃入る、同六日、賴義衣川の關をうちやぶる、貞任鳥海の柵へ歸る、同廿一日＋ナルヘシ、官軍鳥海の柵をせむ、貞任が兵所々に於て多く討れて、厨川（盛岡市）の柵に引こもる、同十四日、厨川へおしよせ、同十六日、終日終夜相戦て、奇手も城中も討るる者多し、亘理経淸ハ平太夫國妙（くにたえ）にいけとられ、賴義終に其首を斬せらる、同十七日、貞任城を出て自らふせぎたたかふ、官兵鉾をもつて是を突倒し、楯に載て賴義の前に至る、賴義其罪を責給ふに、痛手數多破りければ、言事aあたハずして、一面して死す、其歳四十歳、或ハ三十四歳ともいへり、其子千世童子（ちよどうじ）十三歳城を出て合戦す、賴義其勇を感じ、ゆるさんと仰けるを、武則すすめて殺さしむ、宗任ハ生捕となる、其外親族黨類あるひハ斬れ、或ハ降参したりける、斯て國中ことことく平均し、同六年正月、賴義の使者奥州を打ち立都上りて、貞任・重任・經淸が首を獻ず、賴義派ハ、同月奥州を發足有て、二月都に入給ふ、則除目を行はれ、武則が一族をもよほし大軍をおこそいて官軍に加はりたる旨、賴義上 奏し給ひ、從五以下に敍し、鎮守府将軍に任せられ、貞任が所帯をたまはり、奧六郡（おくろくぐん）の押領使（おうりょうし）となされける、
源義家将軍 賊徒誅戮
出羽の住人鎮守府将軍從五以下淸原眞人（まつと）武則ハ貞任が所帯を領し、奧六郡の主となる、其子七人あり、嫡男荒川太郎武貞、其次ハ女子にて吉彦秀武（きびこひでたけ）に嫁す、二男斑目（まだらめ）四郎武忠、三男貝澤（かいざわ）三郎武道、四男灌太郎淸衡、東鑒ニ武貞ヲ淸衡カ継父トス、五男将軍三郎武衡、六男同四郎家衡也、此武衡・家衡と淸衡とハ異種同母の兄弟也、淸衡が父ハ、實は亘理灌太夫藤原經淸也、母ハ阿部賴時が女（むすめ）也けるが、前九年の戦ひに貞任に與（くみ）し討れける時、淸衡ハ二歳（七歳なるべし）にして母が懐中に居たりしを、武則彼母をむかへて妻とし、一説二妾ト云、淸衡をも我子として養育す、其後彼母が腹に二人の子を生り、武衡・家衡是也、さて又荒川太郎武貞ハ、父武則が遺跡をつぎ、其子眞（さね）衡か代に至りて、威勢父祖にこえたりけれバ、兩國の一族等も各被官（ひかん）の列につく、眞衡は國政正しく勤けれバ境内（けいだい）も穏也、しかるに眞衡嗣子なきによつて、海道小太郎成衡といふ者を養ひて子とし、多気（たけの）宗基が孫女を娶てかれに娶（めあわ）す、こゝに出羽の住人吉彦（きびこ）秀武ハ、武則が為に甥ながら、婿（むこ）なりけれバ、此度も家人の中に催され、婚禮の事を營けるに、眞衡彼に對し無禮の事あるによつて、秀武は軍を發して此恨を報ぜんと志し、本國に皈（歸）りけるが、使者を以て淸衡・家衡をも賴ければ、兩人やがて同心す、此兩人も父が遺跡をわかちて奥州に住けれとも、眞衡が從者のごとくなれは、兼々これを恨るが故也、されバ眞衡ハ秀武が企を聞て、大軍を催して彼を亡さんと出羽をさして發向す、淸衡・家衡ハ秀武にたのまれければ、眞衡が留守をうかがひ、彼館（かのたち）におしよする、武衡ハ其頃病によつて出合ず、眞衡ハ淸衡・家衡をふせかんと途中より取てかへす、此事淸衡等が方（かた）へ聞へけれバ、一戦にも及ハず引しりぞく、
源義家朝臣ハ、永保三年六月、睦奥の國府（こくぶ）に入給ふ、扨又眞衡ハ、淸衡等も引退きければ、重ねて出羽に発向せんと軍立しけるが、先國司の下向を饗應して後、軍勢を引卒し出羽の國へ打越ける、淸衡・家衡ハふたたび眞衡が留守をうかがひ彼館に責寄る、其頃義家の御家人（ごけにん）兵藤太正經・伴（ばんの）二郎助兼ハ當郡の検問を務居たりけるを、眞衡が妻女使者を以て加勢をたのミけれハ、兩人ハ領掌し、彼館に入、要害を固め、敵の寄るを待かけたり、淸衡・家衡ハ館を囲んで攻たたかひけるに、城兵勢ひ強くして、寄手打負進退を思慮する折ふし、正經・助兼使をもつて兩人に異見を加へけれハ、淸衡ハ是に同意して、則兵を引退く、家衡は肯（うけがわ）すして城兵と合戦し、打負て後退散す、其後正經・助兼ハ國府に帰り云云（しかじか）の事を義家に告ければ、義家是を聞、出羽の國へ使を立て、眞衡と秀武とを召れけれバ、兩人ハ承り、軍を止て國府に來る、義家の仰にしたがひ和睦をなす、又淸衡・武衡・家衡をも召れけるに、家衡は叛きて來らす、武衡は所労によつて此度の戦ひに出合されバ、淸衡と共に國府に來りて、おのおの和睦したりける、家衡ハ同心せずして、遂に出羽に打こえ、沼の棚に引籠る、義家は、寛治元年國司の任終るといへども、國民（こくみん）の望に依て再び任に就、同三年の春、出羽の國の名所古蹟を尋ねんとて、彼國に趣き給ひしが、家衡軍兵を備へ、國境に待掛たるよし聞えければ、即國府に帰り給ふ、武衡ハ其頃奥州に居たりしが、此事を聞よりも沼の棚へうちこえ、家衡に同心し、此所は要害の地にあらずとて、仙北金澤（せんぼくかねざわ）の棚に移りて楯こもる、義家ハ國府にありて、彼等を誅伐せんと軍勢をもよほさる、秀武・淸衡を始として國中・近國の軍兵を引卒し、同年六月、國府を出陣し、七月金澤に到著より、九月下旬にいたるまで合戦止時なく、寄手兵粮乏しく、十月、義家ハ諸軍勢一同に國府にかへりまたふ、
武衡・家衡ハ同四年四月、金澤の棚を出て國府にせめよせ合戦しけるが、遂に打負出羽をさして逃帰る、義家ハ此時所労によつて御弟（おとと）新羅三郎義光並に御子河内判官義忠に軍兵を相副、同月刈田宮を打立しむ、五月、金澤の棚に著て晝夜をわかたず攻たたかふ、
爰に淸原眞衡ハ、去る寛治元年に病死し、其子海道小太郎成衡ハ、此陣中に在けるが、武衡・家衡に偽りて和睦をなし、彼等を討とらんと謀り城中に入けるが、事露顕して合戦におよび、主從七十餘人遂に討死したりけり、其後合戦度々にて、十月、寄手の陣中失火によつて義光・義忠諸軍を引て國府にかへる、
同五年九月、義家数萬騎を引卒して國府を打立、金澤に著給ひて、其日よりはじまり、十月に至りて城中兵粮乏して、武衡は義光に手（た）よりて降（こう）をこふ事しばしば也といへども、義家これをゆるさず、城中ハ兵粮盡て、十一月十四日夜城に火をかけ、其紛れに落にける、寄手ハ城中に乱入、城兵をことごとく打殺す、家衡は縣（あがたの）小二郎次任に討とらる、武衡ハからめとられ、大宅光房に仰せて首を斬せらる、其餘黨、宗徒（しゅうと）たる者四十八人ことごとく誅せられ、奥州平均（へいきん）したりける、同六年春、義家ハ都に上り、奥州の目代にハ藤原淸衡を残しおかる、眞衡は既に病死し、成衡は討死したりけれバ、淸衡ハ奥六郡の押領使と成、國政をとり行ひ、家族繁昌して、子尊其栄を極めける、
右二篇秀衡の家系に関（あずか）り、舊蹟の來由に係るが故に、大・略をあげてここに贅するものなり、
○「奥州後三年記」が淸原氏滅亡を寛治五年と誤る。正しくは元年なるべし、これに據って錯誤ならん。
附 田村麻呂 夷賊追討
賴朝卿は、高租賴義、曾租（そうそ）義家の兩将軍も奥州の合戦は多年を經て凱陣歸洛し給ふが故に、此度の征伐は事輕からすおもひ給へ、平家追討このかたの大軍を催し下向し給ふ所に、泰衡をはじめ、其黨類に至るまて輙（たやす）く誅戮し給ひ、其外おほくの降人（こうにん）・囚人（めしうど）を所々に於て放免し、のこる所の囚人三十人餘人を召具して、同月廿八日、平泉を進發したまふ、路次の間靑山あり、其名を尋給ふに、即達谷が窟これ也、是田村（麻呂脱）・利仁（としひと）等将軍 倫命を蒙り東夷征伐の時、賊主悪路王並に赤頭等塞（さい）をかまふるの岩室也、其岩洞の前途ハこゝにいたる（北を此に誤るならん）まで十餘日に本ノマ、して外が濱に隣る、坂上将軍此窟の前において九間四面の精舎を造立し、山城の國鞍馬寺を模（うつ）し、多聞天の像を安置し、西光寺と號す、水田を寄附し給ふ、寄文に曰く、
東限北上川、南限岩井川、西限寫（象）王岩屋、北限牛木長峯（うしぎなかねを）、者（ていれば） 東西三十餘里、南北二十餘里云云、
按スルニ、多聞天建立ノ延暦二十年辛巳ヨリ文治五年己酉マテ、オヨソ田村麻呂ハ後漢靈帝ノ曾孫阿智王 （あちおう）ノ後裔ナリ、
應神天皇ノ御字歸化來朝ス、從三位苅田麻呂ノ子ニシテ、正四位上犬養ノ孫ナリ、大納言正三位右大将ニ任ス、征東大将軍ト云リ、弘治「仁也、」二年辛卯五月丙辰粟田ノ別業ニ於テ薨（こう）ズ、時二歳五十四也、死後二從二位ヲ贈ラル、○從五位上鎮守府将軍藤原利仁ハ大織冠鎌
足公ノ後胤、鎮守府将軍藤原時長ノ子ナリ、
醍醐天皇ニ仕ヘタテマツリ、武蔵守・鎮守府将軍ニ任ゼラレ、東國・北國を守護ス、高丸トイフ悪黨、奥州達谷ガ窟ニタテコモル、利仁コレヲ討テ其窟ヲ攻ヤブル、其知謀勇力トモニ勝レタリ、其子孫北國ニ蔓（はこび）ル、齋藤・富樫・坂戸・後藤ナトミナ此人ノ後胤ナリ、按ズルニ、義經記ニハ赤頭四郎将軍ヲ討トイヘリ、○按スルニ、利仁ハ田村麻呂ヨリ八九十年以後ノ人也、
人皇五十代
桓武天皇延暦七年・八年の頃、奥州夷賊蜂起しけるによちて、紀古佐美・阿部墨縄（すみなわ）等をさし向られ、征伐すといへども、利を失ひ官軍敗北せしより、蝦夷の勢ひいよいよ強大にして、官府をさまたぐ、
同十年正月、追討の為に百済王俊哲（くだらおうしゅんてつ）藤原眞鷲（まわし）を東山道につかはされ、軍士を催し兵具を檢せしめ、同七月、夷賊誅伐として、征夷大使にハ大伴弟（おとゝ）磨、副使にハ俊哲田村磨數萬の軍兵を引卒し、都を立て陸奧國多賀の國府に著陣有て後、五六カ年の間度々の合戦（に脱カ） および終に賊徒を平らげ、同十六年の冬三将歸洛ありておのおの勸賞を行ハる、就中田村麻呂武功抜群なりけれハ征夷大将軍に任せらる、
然るに同二十年の春、夷賊高丸および悪路王といふ者、奥州達谷が窟よりおこりて、三千餘人の賊徒を引卒し、駿河の國淸美が關まで責上る、國々より此旨を都に註進す、即ち田村麻呂に節刀（せつとう）をたまハりて進發せらる、高丸ハ田村麻呂の武威をおそれ、一戦にも及ハずして奥州に引退く、
田村麻呂ハ夷賊等におしつづき奥州にせめ入、神楽岡にて合戦し、遂に高丸を射ころし、悪路王を生捕て誅戮し、奥州ことことく平均す、
田村将軍ハ、岩井郡達谷が窟の前に、鞍馬寺を模して淸舎を建立し、多聞天を安置し、水田を寄附し、膽澤郡（いさわごおり）に八幡宮を建立し、鎮國の神社とし、凱陣歸京ありければ、御勸賞（ごけんしょう）として從（じゅ）三位になされける、同廿一年の春、田村麻呂を奥州に下し給ひ、膽澤郡に城を築かしむ、此時夷賊の張本（ちょうほん）大墓公（たものきみ（阿弓流為））・盤具公（いわぐのきみ（母禮））其黨類六百人を引具して降参したりければ、田村将軍ハ彼等を伴ひ上洛ありて此趣を 奏聞せらる、公卿僉議ありて、つひに河内の國杉山において斬せらる、
賴朝卿十月朔日に多賀の國府に著給ひ、此所において陸夫國郡卿庄園所務の事條々地頭等に仰含られ、一紙の張紙（はりがみ）を府廳に置（かけ）たまふ、其状に云く、
以庄號之威勢不可捍（押）不肖（當）之道理、於國中事任（者脱カ）秀衡・泰衡之先例、可致其沙汰者、
就中國の費（ついえ）をいたし、土民を虐（しいた）け煩すべからず、と再三仰ふくめらる、同月廿九日にハ下野國宇都宮に著給ふ、則宇都宮に奉幣し給ひ、一庄園を寄附せらる、樋爪俊衡が一族を當社の職掌（しょくじょう）とし給ふ、一説ニ河北冠者忠衡ナリトイフ、是去る七月廿五日御下向の節、御立願ありし御報賽（ほうさい）也といふ、偖（さて）又先達て奥州より御厩舎人（おんうまやとねり）平五新藤次をして萬壽君（まんじゅぎみ）今年八歳、後ニ賴家ト號ス、の御方へ陸奥の駒十疋を進せられける所に、去る十日に鎌倉に参著し若君に奉る、且賴朝卿還向の時日近々のよしを申上けれハ、則佐々木二郎經高を奉公として御所中を掃除せしむ、御臺（政子）所は鶴岡ならびに甘縄（あまなわ）の明神に御参詣ありて、御報賽の奉幣あり、御家人の面々は酒肴（しゅこう）を御前（ごぜん）にまうけおきて、御歸府を待たてまつる、同廿四日、賴朝卿は鎌倉に歸城し給ふ、營中に入て則因幡（大江）前司廣元を御前に召れ、御消息（みしょうそこ）を吉田中納言經房卿ならびに一條右衛門監能保卿の御方へつかハさる、其趣は、
追討奥州泰衡訖、召具彼黨類、今日廿四日令歸
鎌倉候也、云云、
雑色（ざつしき）某此書を帯し上京す、其後御家人の面々御前にまうけおきたる盃酒を獻じ、御歡の御酒宴とりとり也、扨又賴朝卿鎌倉御出陣の日より還向の今日に至るまで、毎日御羞膳（ごしうぜん）・盃酒・御湯殿おのおの三度さらに御懈怠の義（儀）なし、民庶の費をなさず上野・下野兩國の乃具（のうぐ）を運送せしめらる、又河野四郎通信土器（かわらけ）を持しめて、食事ごとに是を用ゆ、榛谷四郎重明（朝）乗馬を洗ふ事日々おこたらず、此三事此度の珍事のよし人口にあり、十一月八日には奥州に留置給ふ葛西淸重が方へ條々を仰つかはさる、其趣は、先國中に於て稼穡不熟（かしよくふじゅく）の患（愁）あるのうへ、大軍數十日の逗留によつて、庶民安堵しかたきのよし聞し召る、平泉の邊ことに秘計の沙汰をめぐらし窮民をすくハるへしと也、よつて磐井・膽澤・江刺の三郡へは、仙北（せんぼく）の方より農料をつ（遣）がハすべし、和賀・稗抜（貫）兩郡に分ハ秋田より種子を下し行ハるべしと也、當時深雪たるによつて、明旬三月中に施行せらるへし、此趣をかねて土民等に相觸べきもの也、次に故佐竹太郎義政が子息等と稱して泰衡に同意する者あり、合戦敗北の時逐電（ちくでん）し畢ぬ、路次の宿々を守り、からめ進ずべき也、次に泰衡が幼息（ようそく）の所在をしろしめされず、是を尋進ずべし、彼が名若公萬壽公と御同名たり、名をあらたむべきもの也、次に國中市を立ること御感あり、凡國中静謐の由聞しめされ神妙也、國中を警固すべしと仰下されける、
附 本吉冠者高衡並城四郎長茂（ながもち）
京都よりハ此度泰衡をたやすく征伐せられしに依て、賴朝卿へ御感の院宣を下さる、且勧賞を行はるへきの旨、中納言經房奉行として院宣兩度におよぶといへとも、賴朝卿ハ是を辭し申されけり、扨また降人等（こうにんら）配流の官符を下さるべきよし、鎌倉よりも飛脚をもつて言上す、
相模國 高衡可預之由先日申上訖 師衡（もろひら）
經衡 隆衡相侍御諚召置候、
伊豆國 景衡
駿河國 兼衡
下野國 季衡當時預置人許候、不可依在所歟、
件輩不可依當時在所候歟、只被定下其國者随御諚可配遣候也、
飛脚は是を帯し、十二月六日に鎌倉を発し、同月十七日京都に上著す、則師中納言經房卿奏聞せられ、御沙汰ありて、十八日に降人配流の事宣下せらる、職事（しきじ）ハ藏人大輔（くらんどのたゆう）家實、上卿ハ別當隆房、弁ハ權右中弁棟範朝臣なり、
越後の國の住人城四郎平長茂ハ
土御門院建仁元年文治五年ヨリ十三年以後ナリ、正月、賴家将軍の時、鎌倉を亡さんと企つ、本吉冠者隆衡等これに興（くみ）し、京都に於て小山左衛門朝政が三條東洞院の宅を俄に取圍む、朝政ハ其日 朝覲の供奉なりけるか、留守にありける武士ども防戦ければ其場を引退き、仙洞に推参（すいさん）して關東追討の
宣旨をたまハるべしと 奏聞しけれども、
勅許なく、在番の武士 ひ來らん事をおそれ、長茂をハじめ同類ことごとく逐電す、
禁裡・仙洞にハたまさかの 行幸を妨げ奉るの間、彼が在所を尋求よと、京都畿内の後家人等に相觸らる、長茂は一族餘黨新津（にいづ）四郎以下（いげ）、吉野の奥に隠れ居たるを、吉野の大衆これを討取、長茂ならびに郎従四人が首級を京都におくる、其場をのかれてかくれ居たる餘類城小四郎資家（すけいえ）入道・同三郎資正・本吉冠者隆衝等所々において誅せらる、
同十二月廿八日、平泉の内无量光院の供僧助公といへる法師一人、囚人となり鎌倉に参著す、此法師泰衡が後を慕ひ、鎌倉に叛きたてまつらんと欲するの風聞あるによつて也、景時子細を推問する所に、彼僧答て曰く、師資相承（ししそうじょう）の間、清衡以來四代皈依して佛法の慧命をつき訖ぬ、こゝに去る、九月三日、泰衡誅戮をかうふるの後、同十三夜天くもり、名月明かならさりけれバ、
むかしにもならざる夜半のしるしにハこよひの月しくもりぬるかな
如斯詠じ候へぬ、此事更に當時を蔑（ないがしろ）にしたてまつるにあらず、俄に只折節の懐舊を催する所にて、さらに異心なく候と陣じ申ける、景時是を聞、頻にこれを褒美して、則委細を頼朝に言上しけれバ、頼朝はかへつてこれを感じ給ひ、厚免をがうふり、あまつさへ恩賞をくハへらる、
按ズルニ、一説ニ歌ニ首、
昔ニモアラテソ夜半ノウレハシク月サヘイドヽクモリカチナル
ウキ雲ヲ吹ハラフ空ノ秋風ヲ我モノニシテ月ヲ見マホシ
こゝに泰衡が家臣大河二郎兼任以下（いげ）の者とも、文治五年十二月の頃より叛逆を企つ、或ハ伊豫守義経と名乗て、出羽の國海邊（あまべ）の庄に出、またハ木曾義仲の嫡男旭冠者と號し、同國仙北郡に出各黨類をむすび、鎌倉に攻上らんとするの風聞あるによつて、同月下旬奥州より飛脚をもつて鎌倉に言上す、これによつて深雪の時たりといへとも軍勢をわかちつかハさるべきの御沙汰あり、小諸（こもろ）太郎光兼・佐々木三郎盛綱、越後・信濃等の御家人等に御書（ごしょ）をつかはさる、同廿四日、工藤小二郎行光・由利中八惟平・宮六傔仗國平防戦の用意の為に奥州に発向す、建久元年正月、兼任ハ嫡子鶴太郎・二男畿内二郎並に七千餘騎の軍兵を相具し、鎌倉に攻上がらんと直に首途（かどいで）して、其道ハ河北秋田の城を歴て大關山をこえ、陸奥の國多賀の國府に出んとこゝさし、秋田・大方より志加の渡を打過る所に、氷俄に消て五千餘人たちまち水中に溺死す、こゝに兼任は使者を以て由利中八惟平が方へ申おくりて曰く、古文の間、報六親若大婦怨敵之者尋常事也、未有討主人敵之例、兼任獨為始其例、所趣鎌倉也と、惟平ハ是を聞、兼任を討んか為に小鹿島の大社山毛之左田（やまけのさた）の邊にはせ向ひ、兼任と相戦ふ事両時に及て、惟平終に兼任に討取れぬ、兼任ハそれより鎌倉にハ向はす、千福・山本の方に趣き、津軽に至りて重て宇佐美平治實政等と合戦し、實政及ひ雑色澤安等を殺戮す、此騒動によつて、奥州在國の御家人の面々飛脚を以て事のよしを鎌倉に言上す、
兼任が弟に二藤次忠季といふ者あり、去年泰衡征伐の時囚人（めしうど）の中に有けるか、物儀（もつぎ）にそむかざるによつて、御家人にめしつかハれ鎌倉に有けるが、今度賴朝仰付らるゝ事ありて、奥州に下向しけるが、途中において兄兼任が叛逆の事を聞、則取てかへし、正月七日鎌倉に歸りて、兼任に同意せさるの旨を言上しけれハ、賴朝は御感ありて、早々奥州にはせ向ひ兼任を追討すべきの仰をぞ蒙りける、且亦忠季が兄新田三郎入道も兼任に背き鎌倉に参上す、賴朝は彼等が言上によつて、ハじめて奥州の騒動を聞し召驚き給ひ、軍勢を發向せしむべき御沙汰有、民部丞平盛時・主計充（かぞえのじょう）藤原（二階堂）行政等を執筆として、相模の國より西方の御家人等に奥州征伐の用意をなし、鎌倉に参上すへし旨、召文を下されける、同八日、軍兵をわ（分）かちつ（遣）かハさる、海道の大将軍ハ千葉介常胤、山道ハ此企藤四郎能員（よしかず）也、此外近國の御家人結城七郎朝光以下奥州に所領あるの輩、一族等を同道し急ぎ下向すべきよし仰下さる、同十三日に上野・信濃等の御家人等に相らる、次に上總介義兼追討使として發向す、また千葉介常胤（たねまさ）一方の大将軍をうけたまハる、常胤言上まうしけるハ、葛西三郎淸重ハことなる勇士にて候、先年上上總國合戦の時相共に合戦を遂候、此度も又某と一同に戦場に向ひ申べき旨を仰含られん事を希（こいねが）ひたてまつり候と申上けれバ、淸重ハ當時奥州の總奉行として彼地に居るの間、則言上にまかせ胤正に相伴ひ合戦すべきの旨、御書を以て仰下さる、其外大友佐近将監能直等を始として、奥州に所領これある輩ハ大略を以て首途（かどいで）す、同十五日、千葉小太郎成胤今度奥州合戦に軍忠を抽（ぬきんず）るの旨言上あるによつて、ことに御感ありて御書を下さる、先登（さきがけ）に進まず、身をつゝしむべきのよしを載らる、同十八日、奥州の守護葛西三郎淸重方より去る六日の飛脚鎌倉に到著す、兼任御家人等と箭合（やあわせ））の戦ひに、御方の軍士の中、宇佐見平次實政・大見平次家秀・石岡三郎友景・由利中八惟平等兼任に討取（ら脱）るゝの旨を言上す、同廿二日、小諸太郎光兼は、老體の上病痾（びょうあ）身をまとふといへどもこと（殊）なる勇士たり、去年奥州合戦の時軍功あるによつて、其節具足せし軍卒を召具し、此度も下向すへしと仰付らる、同廿四日、去年合戦の後、泰衡が郎從の囚人等赦免せられ、私宅に安堵せしむるの族、ならびに金剛別當秀綱が郎從以下ことごとく是を追放すべきの旨、奥州居住の御家人等におほせつかはさる、
二月五日、鎌倉より雑色眞近（さねちか）・常淸・利定等を奥州にさし下さる、これ三方において合戦すへきによつて、其檢見（けんみ）の為也ける、同六日、奥州よりの鎌倉に参著して申て曰く、某（それがし）去月廿三日に奥州發足仕候處、其日まてハ下著の軍士なく、兼任が逆賊群参して蜂のことく起り候と言上す、則鎌倉より雑色里長に計略を仰含られ、彼使者に相添られ奥州にさし下さる、且方々の軍勢共のうち、鹽竈以下の神領に入て狼藉をなすべからざるの旨仰つかはさる、偖亦其頃奥州にハ在國の御家人、此度下向の軍兵等兼任誅伐の為に方々に群集す、同十一日、おのおの平泉を馳過、泉田に於て賊徒の在所（ありか）を尋問の處に、兼任一萬騎を引て既に平泉に出るよし聞えれば、諸軍勢泉田を打立、ゆきむかふ輩にハ、足利上總（義兼）前司（ぜんじ）・小山五郎宗政・同七郎朝光・葛西三郎淸重・關四郎（俊平）・小野寺太郎道綱・中條義勝法橋・同子息藤次以下、雲霞のことく昏黒（こんこく）におよぶといへとも、一の迫（はざま）を過る事あたはず、途中の民居に止宿（しじゅく）す、此間に兼任早く過畢ぬ、依て今日千葉新介胤正等馳加ハり、襲ひ至りて栗原一の迫に於て兼任か勢に相曾ていどミたゝかふ、兼任が軍兵打負て分散し、逃走るの間、追懸るの所に、兼任五百餘騎を卒し、平泉衣川を前にあてゝ陣をはり、栗原にさし向ひ衣川をこえて合戦す、兼任が軍兵たゝかひ負て、北上川をわたりて落ち行ける、其内かへし合する者をハことごとく討取、次第に跡を追かくる、兼任は外が濱と糠部（ぬかのぶ）との間有多宇未井之梯（たうまいのかけはし）山に城郭をかまへ籠城するのよし風聞あるによつて、上總前司義兼等楢其所にはせ向ふ、兼任一旦防戦ふといへとも、終に敗北し、其身ハ逐電（ちくでん）してあとをくらます、郎從等は或ハ梟首せられ、或ハ帰降す、則千葉新介胤正・葛西三郎淸重・堀藤次親家等、合戦の次第を飛脚をもつて鎌倉に言上す、賊徒の宗徒（むねと）たる輩大抵敗北し、兼任ハ逐電す、其間能直・國平等兵略を盡せり、又鎌倉よりも凶徒等敗北すといへとも、賊主兼任が存亡、未詳の間、御家人等左右（そう）なく凱陣すべからさるの旨を仰つかはさる、
大河二郎兼任は軍勢ハことごとく誅戮せられて後、濁進退にせまり、華山・千福・山本等をへて亀山をこえ、三月十日栗原村に出る、兼任錦の脛巾（はばき）を著し、金作（こがねづくり）の太刀をはくによつて、樵夫等是を怪しみ、数十人にて取圍、斧を以て打殺し、此旨を千葉新介胤正に告つによつて、其首を實検する所に、うたかひもなき兼任なりけれバ、即飛脚を以て兼任を誅し、其外生捕数十人有之旨を鎌倉に言上す、同月十五日、伊澤左近将監家景陸奥の國の留守職たるべきのよしを定めらる、彼國に住し、民庶の愁訴をきき鎌倉み申達すべき旨を仰付られ、葛西淸重と共に奥州の總奉行として、兩人政務をつかさとり庶民を撫育す、九月九日、大友左近将監能直、陸奥の國より使者を以て陸奥・出羽兩國の輩の忠否、ならひに兼任が黨類の所領の事を鎌倉に注進す、依之民部丞平盛時を奉行として、彼賞罰の條々沙汰を歴られ、事書を能直に下され、國家静謐にして貴賤萬誠（ばんぜい）をぞ唱へける、
平泉實記巻之五大尾
○實暦三年に開板された版本に依って翻刻した。本書には、寛延四年（寶暦元年）の友直の自序の他
に、門人橋本好孺の序および橋本の朋友なる京の儒者那波魯堂（興藏）の序文を巻頭に載せるが、
これは著者友直に「相談モゼズ序文ヲ載タリ、其分吟味ヲモ不遂」「予ガ気ニ合ザル」ものであるこ
とを、後出の「平泉雑記」和漢三才圓會之説のところで、友直は敢えて述べている。意を汲んで、
ここには橋本・那波の序文は収めない。
○版本には、殆どの漢字に振仮名を付してあるが、かえって煩瑣に過ぎ、かつ読み方の適切でないも
のも少くないので、適宜若干を残して削除した。なお、振仮名・返點ともに妥当でないものは校者
の判断で修正した箇所もある。
○本書に引用されている「吾妻鏡」等の記事については、原據に対校註記しておいた。
○著者の相原友直は、元禄十六年、気仙郡高田村の醫師専庵（友常）の長男として生まれた。仙臺に
出て、大島三設に醫を、佐久間洞巌（義和）について經史・儒学を修め、すすんで京に古醫方後藤
艮山の門を叩き、儒醫香川修庵に師事した。帰郷後、醫業の傍ら遊歴を好み舊蹟を踏査し、平泉三
部作の他、「松島巡覧記」等の著述がある。天明二年、磐井郡篠谷（赤荻笹谷）に歿す、
平泉實記巻之五終
最終更新日 1999.10.18 Hsato