相原友直小伝

平泉實記

平泉實記巻之二

　目録
 

　�ｮ朝卿奥州發向評定

　�ｮ朝卿出陣

　阿津賀志合戦

　大城戸合戦

　國衡最期

　根無藤（ねなしふじ）落城

　義盛・重忠争國衡首

　物見岡・高波々（たかはば）己下落城

平泉實記巻之二

東奥　気仙　相原友直　著

頼朝喞奥州発向評定

文治五年己酉（つちのとのとり）七月十七日、終日奥州発向の評定ありて、軍勢の手分を定めらる、先（まず）軍兵を三手にわくべし、東海道の大将軍ハ千葉介常胤・八田（やだ）右衛門尉知家おのおの一族ならひに常陸・下総両國の勢を引率して、宇多・行方（なめかた）を歴て、岩城・岩前を廻り、逢隈川（あぶくまがわ）の湊をわたりて敵陣にせめよすへし、一手（ひとて）ハ北陸道（ほくろくだう）也、大将軍ハ此企藤四郎能員（よしかず）・宇佐美平次實政、上野國高山・小林・太胡（たご）・左貫等の軍勢を相催し、越後國にさしかかり、出羽の國念珠が關に出て合戦を遂べし、一手ハ頼朝卿也、敵の大手に向ハんために中道より下向有へし、先陣ハ畠山次郎重忠たるべし、次に合戦の謀事、其誉あるの輩ハ無勢の間、定めて勲功をあらハしがたからんか、勢（せい）を付らるべきのよしを定めらる、依て武蔵・上野両國の中黨々等ハ加藤次景廉（かげかど）・葛西三郎清重等にしたがつて、合戦をなすへき也、其外東山（とうざん）の軍勢ハ御下向の路次に侍受、御供に候（こう）ずべきのよし、義盛・景時をもつて面々に仰含らる、次に鎌倉御留守の事、中宮大夫（だいぶ）入道三善康信に仰付らる、前隼人左三善康清・藤判官代邦道・佐々木二郎経高・大庭平太景能己下の輩、御所に候ずべしと仰付けられける、

頼朝喞出陣

文治五年七月十九日、頼朝喞出陣の時に臨て梶原影時言上しけるハ、城四郎長茂（ながもち）は無隻の勇士にて候、囚人（めいうど）たりといへども、此時召具せられん事何事か候べきと、「此間脱文アルベシ、」喜悦し囚人の身として私の旗をささん事其おそれあり、願ハくは御旗を賜はらんと望申けれバ、苦しからさるのよしおほせらる、時に長茂我旗を見バ逃亡して隠居たる郎従等来りしたかふべしと傍輩（ほうばい）にかたりける、

　
此長茂ハ鎮守府将軍平維茂（これもち）が後胤として、兄越後守資永が跡を継、平家に属するによつて鎌倉に召捕れ、影時に預おかる、其丈七尺、抜群の勇士也、かくて頼朝喞ハ七月十九日の己尅に鎌倉を出陣し給ふ、先陣畠山二郎重忠なり、先匹夫（ひつぷ）八十人を御前にたて、五十人ハ征矢（そや）三腰（みこし）を荷ハしむ、雨皮（あまかわ）を以てこれをつつむ、三十人に鋤鍬（すきくわ）を持せらる、次に印馬三疋、次に重忠也、同じく重忠が従軍五騎、長野三郎重清・大串小二郎重親・本田二郎近常・棒澤（はんざわ）六郎成清・柏原太郎等也、頼朝喞御馬の前には御弓袋さし・御旗さし・御甲箸等也、御供の人々にハ

　　武蔵守義信　　　　　　　　　　　　　　　　遠江守義定

　　三河守範頼　　　　　　　　　　　　　　　　信濃守遠光

　　相模守惟義　　　　　　　　　　　　　　　　駿河守廣綱

　　上総介義兼　　　　　　　　　　　　　　　　伊豆守義範

　　越後守義資　　　　　　　　　　　　　　　　豊後守季光

　　北條四郎時政　　　　　　　　　　　　　　　江間小四郎義時

　　北條五郎時連　　　　　　　　　　　　　　　式部大輔親能

　　新田蔵人義兼　　　　　　　　　　　　　　　浅利冠者遠義

　　武田兵衛尉有義　　　　　　　　　　　　　　伊澤五郎信光

　　賀箸（かつきの）二郎長清　　　　　　　　　同　太郎長綱

　　三浦介義澄　　　　　　　　　　　　　　　　三浦平六義村

　　佐原十郎義連　　　　　　　　　　　　　　　和田太郎義盛（よしつら）

　　和田三郎宗實　　　　　　　　　　　　　　　岡崎四郎義實

　　同　二郎惟平　　　　　　　　　　　　　　　土屋二郎義清

　　小山兵衛尉朝政　　　　　　　　　　　　　　長沼五郎宗政

　　結城七郎朝光　　　　　　　　　　　　　　　下河邊庄司行平

　　八田右衛門尉知家　　　　　　　　　　　　　同　太郎朝重

　　主計允（かずえのじょう）行政　　　　　　　民部丞盛時

　　豊田兵衛尉義幹　　　　　　　　　　　　　　大河戸太郎廣行

　　佐貫四郎廣綱　　　　　　　　　　　　　　　同　五郎

　　同　六郎廣義　　　　　　　　　　　　　　　佐野太郎基綱

　　工藤庄司景光　　　　　　　　　　　　　　　同　二郎行光

　　同　三郎裕光　　　　　　　　　　　　　　　狩野五郎親光

　　常陸二郎爲重　　　　　　　　　　　　　　　同　三郎資綱

　　加藤太光貞　　　　　　　　　　　　　　　　加藤次景廣

　　佐々木三郎盛綱　　　　　　　　　　　　　　同　五郎義清

　　曽我太郎祐信　　　　　　　　　　　　　　　橘次公業（きつじきんなり）

　　宇佐美三郎祐茂（すけもち）　　　　　　　　二宮太郎朝忠

　　天野右馬允保高　　　　　　　　　　　　　　同　六郎則影

　　伊東三郎　　　　　　　　　　　　　　　　　同　四郎成親

　　工藤佐衛門尉祐経　　　　　　　　　　　　　仁田四郎忠常

　　同　六郎忠時　　　　　　　　　　　　　　　熊谷小二郎直家

　　堀藤太　　　　　　　　　　　　　　　　　　堀藤次親家

　　伊澤左近将監家景　　　　　　　　　　　　　江（えの）右近二郎

　　岡部小二郎忠綱　　　　　　　　　　　　　　吉香（きつこうの）小二郎

　　中野小太郎助光　　　　　　　　　　　　　　同　五郎能成

　　渋川五郎兼保　　　　　　　　　　　　　　　春日小二郎貞親

　　藤澤二郎清近　　　　　　　　　　　　　　　飯富（おぶ）源太宗季

　　大見平次家秀　　　　　　　　　　　　　　　沼田太郎

　　糟屋藤太有季　　　　　　　　　　　　　　　本間右馬允義忠

　　海老名四郎義季　　　　　　　　　　　　　　所六郎朝光

　　横山權守時廣　　　　　　　　　　　　　　　三尾谷（みをのやの）十郎

　　平山左衛門尉季重　　　　　　　　　　　　　師岡（もろおか）兵衛尉重経

　　野三（のみ）刑部丞成綱　　　　　　　　　　中條藤次家長

　　岳邊（おかべの）六彌太忠澄　　　　　　　　山越右馬允有弘

　　庄三郎忠家　　　　　　　　　　　　　　　　四方田（よもだ）三郎弘長

　　浅見太郎實高　　　　　　　　　　　　　　　浅羽五郎行長

　　小代八郎行平　　　　　　　　　　　　　　　勅使河原三郎有直

　　成田七郎助綱　　　　　　　　　　　　　　　高鼻和（たかはなわの）太郎

　　鹽谷（えんや）太郎義光　　　　　　　　　　阿保（あほの）二郎實光

　　宮六�{仗國平　　　　　　　　　　　　　　　河勾（かははの）三郎政成

　　同　七郎政頼　　　　　　　　　　　　　　　中四郎是重

　　吉見二郎頼綱　　　　　　　　　　　　　　　南部二郎光

　　平賀三郎朝信　　　　　　　　　　　　　　　稲毛三郎重成

　　榛谷（はりや）四郎重朝　　　　　　　　　　藤九郎盛長

　　足立右馬允遠光　　　　　　　　　　　　　　土肥二郎實平

　　同　彌太郎遠平　　　　　　　　　　　　　　梶原平三景時

　　同源太左衛門尉景季　　　　　　　　　　　　同平一兵衛尉景高

　　同三郎兵衛景茂（かげもち）　　　　　　　　同刑部丞朝景

　　同　兵衛尉定景　　　　　　　　　　　　　　波多野五郎義景

　　同　余三實方　　　　　　　　　　　　　　　阿曾沼二郎廣綱

　　小野寺太郎道綱　　　　　　　　　　　　　　中山四郎重政

　　同　五郎為重　　　　　　　　　　　　　　　澁谷二郎高重

　　同　四郎時國　　　　　　　　　　　　　　　大伴左近将監能直

　　河野四郎通信　　　　　　　　　　　　　　　豊嶋權守�C光

　　葛西三郎�C重　　　　　　　　　　　　　　　同　十郎重元

　　江戸太郎重長　　　　　　　　　　　　　　　同　二郎親重

　　同　四郎重通　　　　　　　　　　　　　　　同　七郎重宗

　　山内三郎經俊　　　　　　　　　　　　　　　大井二郎實春

　　宇都宮左衛門尉朝綱　　　　　　　　　　　　同二郎業綱

　　一品房（いっぽんぼう）昌寛　　　　　　　　常陸房昌明

　　尾藤太（おのとうだ）知平　　　　　　　　　金子小太郎高範

此人々を始として、鎌倉出の御勢ハ都合一千騎也、さてまた奥州にハ此事先達（さきだつ）てきこえければ、泰衡ハ伊達郡厚賀志山厚賀志館、今伊達大條村（おおえだむら）ニアリ、阿武隈川ニチカシ、に城壁を築き、要害を固め、國見峠に厚賀志山の中間に俄に口五丈に堀を堀切、國見峠、今藤田・貝田ノ間、街道ヨリ北ニアタル、山ノ八分ヨリ二重ノカラホリアリ、逢隈川ヲコエテ南方ノ高山霊山マテホリ、厚樫（あつかし）ハ此堀ノ東ニ在、逢隈川に流をせきいれ棚（しがらみ）とし、異母兄の西城戸太郎國衡を大将となし、金剛別當秀綱、同其子十三歳なる下須房（かすぼ）太郎秀方等に二萬餘騎の軍兵を相添、およそ山三里が間に充満す、また刈田にも城郭をかまへたり、名取川・廣瀬川にハ大綱の棚をひき、泰衡ハ平泉を出張し國分原鞭館に陣す、又栗原・三迫・黒岩口・一野邊にハ若九郎太夫餘平六己下の郎從等を大将として数千騎の有志をさしおき、また出羽の國をバ同じく郎從田川太郎行文・秋田（あいた）三郎致文（ともぶん）を大将として軍兵を相添ふせがしむ、去程に�ｮ朝卿ハ鎌倉を出給ひ、今日七日を經て、同月廿五日、下野の國古多橋（こたはし）の驛に著たまふ、先宇都宮に奉幣ありて立願し給ふ、此度泰衡を平らげ、本意を達するにおいては、生捕一人神職にたてまつるべしとて、上箭（うわや）をぬきて神殿に奉納し給ふ、神拝ことをはりて後、御旅館に入給ふ、小山下野大掾（だいじょう）政光入道駄餉（だしょう）を獻（けん）ず、時に紺の直垂（ひたたれ）上下を著したる武士御前にあり、政光、御前にさふらふ者ハ何者にて候と問たてまつる、�ｮ朝聞給ひ、本朝无雙（ぶそう）の勇士熊谷（くまがい）小次郎直家也とのたまひける、政光かさねて、何事にて直家は本朝无雙の號候や、と問奉りければ、平氏追討の間、一の谷をはじめ、其外戦場において、父子相共に一命を軽んし、忠義を盡す事度々におよぶか故也と仰ける、政光頗る笑て曰く、君の御爲に一命を軽んずるハ勇士の常也、争が直家父子に限らんや、但し直家がこときの輩ハ附從ふ郎從なきによつて、直に勲功をはけまし其名を学るか、政光こときは只郎從等をつかハして忠を抽んづる所也、所詮これより以後ハ自ら合戦をとげ、本朝无雙の仰をこうむるへき也、と子息小山兵衛尉朝政・同五郎宗政・同七郎朝光、猶子（ゆうし）宇都宮彌三郎�ｮ綱等に下知るをなしければ、�ｮ朝は聞たまひ、すこぶる興にいり給ふ、廿六日、宇都宮を立給ふ、佐竹四郎隆義常陸の國より参著す、佐竹か旗無紋の白旗也、�ｮ朝これをとがめ給ひ、御旗と同しきの間、是を上に付へし、とて月を出す御扇を賜りけれバ、佐竹は是を拝領し、則ち旗の紋に付にける、廿八日、新度戸（にいとべ）の驛に著給ふ、既に奥州にちかづくの間、軍勢をしろしめさんがために、御家人等にほせて面々の手勢を記さしめ、おのおの其著到を進ず、しかるに長茂（ながもち）が郎等二百餘人なりけれバ、�ｮ朝は是をおどろき給ふ、景時申すやう、長茂にあひしたかふ輩もとより数百人也といへとも、囚人たるの時、悉く以て分散仕候、今度御共に候ずるのよしを聞てはせ集まり候が、就中此邊ハ本國の近隣にて候とぞ申ける、廿九日にハ白河の關をこえたまふ、關の明神に奉幣し給ふて後、梶原源太左エ門尉景季を御前に召れ、當時（ときいま）ハ初秋也、能因法師が古風（こふう）思ひいたさざるや、と宣ひければ、馬をひかへて一首を詠ず、

　　秋風に草木の露をはらハせて君かこゆれハ關守もなし

頼朝は聞給ひ、すこふる興にいりたまふ、

阿津賀志合戦

頼朝卿は文治五年八月七日、陸奥國伊達郡厚賀志山の邊、國見驛に著給ふ、其夜内々老軍等と評議有て、明暁（みょうぎょう）敵の先陣厚賀志の城郭を攻こころむへしと仰ある、夜半に及て雷雨霹靂（ひきれき）しきりにして陣中におちたりけれバ、上下恐怖の思をなす、夜中に重忠相具せしむる所の用意の鋤鍬（すきくわ）をもたせる八十人の匹夫（ひつぷ）等をして、ひそかに土石をはこバせ、敵の俄にほりきたる大堀をふさがせける、明日の合戦に人馬のかけひき自由ならしめんが為也ける、さて又小山七郎朝光近習たるによつて、其夜頼朝卿の御寝所の邊にふしたりけるが、父政光入道が先日宇都宮にて教訓せしを意にかけ、ひそかにしのび出て、兄朝政が郎等を相具し、先登（さきがけ）をこころざし、厚橿山（あつかしやま）の邊に詰掛たり、又畠山二郎重忠・加藤次景廉・工藤小二郎行光・同三郎祐光等も頼朝の命（おおせ）をかうふり、敵を攻こころミむが為に、八日の卯の尅に敵陣間ぢかくおしよせて箭合（やあわせ）をはじむ、敵方にも金剛當秀綱敷千騎を下知して、先達て厚賀志山の前に陣して待かけける小山・畠山をはじめ諸軍一同に攻寄ければ、秀綱も諸卒に下知し、ふせぎたたかふといへども、要害とたのミたる大堀ハ夜の間に塞がれ、其うへ大軍雲霞のごとくおそひかさなりたることなれバ、秀綱が軍兵等もこれをふせぐに術（てだて）なく、巳の刻におよびてことごとく攻破られ、右往左往に逃走り、國衡が堅めたる大城戸に馳加はる、また泰衡が郎徒佐藤庄司基治ハ、叔父川邊太郎高経・伊賀良目（いがらめ）七郎高重等を相具し、石那坂（いしなざか）の上に陣して、隍（ほり）をほり、逢隈川の水をせき入しがらみをひき、石弓をはり、寄来る敵を待かける、爰に常陸入道念西が子息常陸冠者為宗・同二郎為重・同三郎資綱・同知ろう為家等、密に甲冑を相具し、株（くひせ）の中よりだて軍澤原の邊にすゝミいで、先登して矢石（しせき）をはなつ、基治等死をあらそひいとミたゝかふ、為重・助綱・為家等疵（きず）をかうむる、しかれとも冠者為宗勇気を勵まし、一命を忘れ、責戦ひけるほどに、庄司基治を生捕、其外宗徒（むねと）の兵十八人が首を為宗兄弟これを得て、厚賀志山の上経が岡に梟（かけ）たりける、

同（八月）九日の夜軍評定ありて、明日ハ未明に厚賀志山をこえ合戦すべきに極れり、しかるに其夜三浦平六義村・葛西三郎清重・工藤小二郎行光・同三郎祐光・狩野五郎親光・藤澤二郎清近・河村千鶴丸生年十三歳・已上七騎厚賀志山をこえ先登にすゝまむと志し、密に畠山重忠か陣の前をしのびやかに通りける、是天曙（よあけ）の後大将と一所に嶮岨（けんそ）をしのがんこと然るべからず、と各密談をなし、夜中にハ出ける也、時に重忠が家子榛澤（はんざわ）六郎成清、此事をうかがひしり、重忠に申けるは、只今三浦・葛西をはじめ六七騎御陣の前を忍びやかに過行候、察する所先登を心掛候べし、今度の御合戦に主君先陣の御免を蒙り給ふこと、抜群の眉目には候はずや、しかるに他人の為に是を奪ハる々事無念の至極にて候、早く彼先途を遮るべきか、しからずは事の由を�ｮ朝卿へ言上有て、彼人々の濫吹（らんすい）くを停止（ちょうじ）し早く此山をこえ給ひて、先陣の君命を空しくなし給ふべからす、とぞ申ける、重忠は是を聞、其事しかるべからず、たとへ他人の力を以て敵を退くるといふとも、我己に先陣の命（おおせ）をかうむるの上ハ、我向ハさる以前に合戦する者も皆重忠が一身の勲功たるべし、且先登をここさす輩を妨けんこと、本意をうしなはせて、我一人忠賞を願ふに似たり、只しらざる體をなし、彼輩の望を達せしむべし、とて敢て成�Cか諫にしたがハす、去程に彼七騎のともがらはよもすから嶺々をこえ、終に敵陣に打上り、城戸口ちかくせめつけて、面々の姓名をぞ名乗ける、國衡か方にも待まうけたることなれば、泰衡が郎從下部に伴藤八といへる奥六郡第一の強力者（ごうりきもの）一陣にすすミ出、其外の強兵等も我おとらじと相戦ふ、其間（そのひま）をうかがひ工藤小二郎行光ハ先登に「コノ邊脱文アルヘシ、」

狩野五郎親光は討死す、伴藤八ハ行光を目かけ馬を驅よせ轡（くつばみ）をならべ相たたかひ、暫く勝負を決せざる所に、藤八運や盡たりけん、行光に打負終に首をとられけり、行光彼首を馬につけ、木戸をさして登る所に、勇士馬をはなれて取合居たり、行光馬をひきかへし、何者そ、と尋れバ、藤澤�C近敵をうちとらむとする也とこたふ、行光馬より飛でおり、�C近に力を合せ彼敵を誅してのち、両人の者どもハ暫く息をつき居たり、�C近ハ只今の強力を感するのあまり、行光が息男を我壻にせんと麁忽（そこつ）の契約をなしたりける、其外�C重・千鶴丸も敵数人討取ぬ、先陣城戸口に責近付ば、後陣も同じく押寄たり、�ｮ朝卿ハ十日の卯の尅に厚賀志山をこえ給ふ、かくて敵味方入乱れ干戈をまじへ矢石（しせき）を放て相戦ふ、就中、畠山二郎重忠・小山兵衛尉朝政・同七郎朝光・和田太郎義盛・下河邊庄司行平・三浦介義澄・佐原十郎義連（よしつら）・加藤二景廉・藤澤二郎�C近・成廣等、勇気を振ひ、身命をかへりミずせめたたかふ、呼號（こごう）の聲天を響かし、戦争の音地を動かす、されども國衡二萬騎の軍勢を下知し、入代々々防ぎ戦ひける程に、たやすく破るべきとも見えさる所に、去る（さんぬ）夜小山七郎朝光ならびに宇都宮佐エ門朝經が郎從に紀權守・波賀二郎・大友等以下七人、安藤二を山の案内者として面々の甲冑を引馬に負せ、蜜々に御陣所をしのび出、伊達郡藤田の宿より會津の方土湯（つちゆ）の嵩（だけ）・鳥取越（とつとりごえ）等をこえて、國衡が後陣の山なる大城戸の上によぢ登り、鯨波（ときのこえ）を上て矢を放ちけれバ、すはや搦手よりも敵襲ひ来るぞといふ程こそあれ、陣中一同に騒立、隊伍（たいご）をミだして我先にと逃ハしる、國衡をハじめ宗徒（むねと）の者（もの）とも、謀（はかりごと）をめぐらすに便を失ひ、防戦ふにちからなく我も我もと落行ける、折しも秋の事なれハ、朝霧ふかく立ちこめ、蒼苔（そうたい）露なめらかに常葉樹（ときはき）の蔭くらして敵味方をわかちかね、多くの士卒を洩（もら）しける、おちゆく大勢（たいぜい）の其中に若者一騎黒駁額白（くろぶちひたいじろ）の髦（たてがみ）に乗り踏止りたる、其威風あたりを拂てミえにける、工藤小二郎行光是を見て討取んとはせよする所に、行光が郎從藤五男（とうごおのこ）主人を遮（さえぎ）り隔てて彼武者と取合たり、藤五敵の顔を見れば少年也、されとも其心剛にして力量抜群なる事、弱少の者に似ず、相争ことややひさし、其姓名を問ともこたへず、大勢おちゆく其中に一人ふミ止ること子細あるべき者也と、遂にこれを誅しける、これ金剛別當が子息下須房（かすぼの）太郎秀方にてぞ有ける、行年十三歳とぞ聞へし、又金剛別當秀綱も小山七郎朝光と相戦ひ、朝光に討れける、ここに大友左近将監能直ハ、頼朝の左右をはなれざる他にことなる近侍にて、其夜も上臥（うわぶし）して御寝所の邊に有けるが、蜜にしのび出て、宮六�{杖（けんじょう）國平と共に厚加志山を越て敵陣に攻寄、西城戸が近親の郎從佐藤三郎秀員を父子討取ぬ、此國平は長井の齋藤別當實盛が外甥（おい）也、實盛平家に属し討死するの後、囚人となり上總權介廣常に召預けらる、壽永二年の冬、頼朝喞廣常を誅せられてのち、大友式部大輔親能に預らる、しかるに武勇の譽あるによつて、子細を頼朝へ言上し、此度子息能直に附たりける、親能兼日國平に申やう、能直此度はじめて戦場におもむくの間、汝扶助を加ふべしとたのミけるによつて、昨夜國平御寝所の邊に推参（すいさん）し、能直を招き出して伴ひ、かく高名をとげにける、さてまた大城戸より落行たる歩武者（かちむしゃ）ども、國分原鞭館（こくぶんはらむちだて）に走りかへりて、厚賀志・大城戸敗軍の次第一々に告けれバ、泰衡これを聞、おとろきあはてて玉造郡高波々（たかはば）の城をさして引退き、彼城にこもりけり、

國衡最期

八月八日にハ厚賀志山を攻破られ、同十日にハ大城戸を攻落さるゝといへとも、後にハ援の軍兵なく、前よりハ大軍襲ひ來りけるほとに、大将國衡も東の方をさしておちけるが、出羽の方へと横切て出羽道にかゝり、大關山コレ奥羽ノサカヒ有耶无耶（うやむや）ノ關ナリ、无耶ノ觀音アリ、千手寺トイフ、笹谷峠ト云、柴田郡金森村ノウチ也、一説ニ有耶ノ關ハ此所ニ非ズトイフ、を越んと走り行、頼朝は諸軍ニ下知して逃る敵を競ひ追、ここに和田小太郎義盛ハ、扈従（こじゅう）の軍士の中に有けるか、先陣にはせ抜、又重忠が陣中も駈通り、暮れに及て柴田郡大高宮今柴田郡金ヶ瀬ニアリ、白鳥明神ナリ、日本武尊ヲマツル、の邊に至りければ、緋威の甲を著、黒馬に乗たる武者一騎、彼宮の前路右手の田の畔（くろ）を馳通る、義盛ハよき大将と見てけれハ、追駈なから聲をかけ、和田小太郎義盛なるぞ、かへし合せよや、とよバゝりけり、彼武者ハ是をきき轡（くつばみ）を引かへし、西城戸太郎國衡と名乗てたがひに弓手（ゆんで）に相逢たり、國衡ハ十四束（そく）の矢をさしはさミ、いまだ弓をひかさるに、義盛十三束の矢をはなつ、あやまたず國衡が甲（よろい）の射向（いむけ）の袖を射徹（いとお）して膊（かいな）に中（あた）りけれハ、國衡ハ疵（きず）をいたミてひしき退く、義盛はことなる大将軍を射たりと思慮を廻らし、二の矢をかまへ相ひらく、時に重忠大軍を卒ひ來り、門客（もんかく）大串二郎重親國衡を目かけて馳向ふ、國衡ハ義盛が二の矢をおそれ、重忠が大軍にさへぎられ、道路をさしおきて田の中を馳ぬけんとす、國衡が乗たる馬ハ高館黒（たかだちくろ）と名付、其長九寸（たけくき）にして、奥州第一の駿馬也、大肥満の國衡常にこれに乗て、毎日三ヶ度つゝ平泉の高山にはせ登るといへとも、汗をも出さゞるほとの名馬也、けれども今朝よりの労（つかれ）といひ、其上深田に打入たることなれば、頻に鞭打といへとも陸（くが）にあがる事あたはず、進退度を失ひ居たる所を、大串等是に利を得て遂に首をとりたりける、

根無藤没落（ねなしふじぼつらく）

偖（さて）又葛田根無藤 頼義公貞任征伐ノトキ、藤ノ鞭ヲ銀杏樹ノモトニ捨タマフ、其藤枝葉ヲ生シ、ソノ木ニマキツキタル故ニ根ナシ藤ト云トイヘリ、に城郭をかまへ、泰衡が郎従金（こんの）十郎・勾藤（こうとう）八・赤田二郎等を大将として、軍勢を相添固めたる所に、三浦・安藤四郎・飯富（おぶ）源太已下の諸卒馳向て攻たゝかふ、城兵も勢ひつよく、さらに雌伏の気なくして容易く破るべしともミえざりける、根無藤と四方の坂との中間を追つ放れつ進退七ヶ度におよぶまでいどミ戦ひけれとも終に金十郎討れけれバ、残兵ことごとく敗北し、勾藤八・赤田二郎ならびに士兵三十人生捕れ、遂に落城したりける、此所の合戦に勝利を得たるハ三浦安藤四郎が兵略也、

義盛・重忠争国衡之首

同十一日にハ頼朝卿舟迫（ふなはざま）の宿に逗留し給ふ、此所において畠山重忠、西城戸太郎国衡が首を持参し御前にささぐ、頼朝是っを見給ひ甚重忠を賞美し給ふ所に、和田義盛ミ出て申けるは、國衡ハ義盛が矢に中りて一命を亡し候、重忠が功にハこれなしと申す、重忠是をきゝ、あざわらつて申候、義盛か口状髣髴（ほうふつ）といひつべし、貴方國衡を誅する支証何の所に有や、重忠首を得て持参するのうへは何疑ひやあらん、と云、義盛が曰く、首持参の事ハ我是をあらそハす、但し國衡が甲をバ定めて剥取おかれ候べし、召出し実否を決せらるべし、其故ハ大高宮の前の田の中において、義盛と國衡とたかひに弓手に相逢て、義盛が射る所の矢國衡に中（あた）る、其矢の穴定めて甲の射向の袖二三枚の程にこれあらんか、甲の毛ハ紅也、馬は黒毛也といふ、則かの甲を御前に召出され見給ふに、義盛がいふ所にたがハず、紅威（くれないおどし）の甲の射向の袖三枚目後の方にとりよりて、射徹す所の穴あり、殆鑿（のみ）をもつてとほすがごとし、時に�ｮ朝、重忠ハ國衡に對し矢をはなたさるか、と問給ふ、重忠、はなち候ハずと申す、其後是非の御諚なく暫く有て仰けるハ、此矢のあと他人の矢に異るの間、重忠が矢にあらずんバ義盛が矢の條勿論也、およそ義盛が申す事ハ始終符合して敢て一矢なし、但し重忠ハ其性稟清潔にして偽なきをもつて本意とする也、今度の義に於ても奸曲（かんぎょく）をもつて言上するにあらざるか、國衡を討の時節、郎從等を先として重忠ハあとにありて、先達て義盛が矢に中ることをしらす、只大串かの首を持來て重忠にあたふるが故に、討得たるよしを存るなるへし、物儀にそむかざるかとぞ仰ける、これによつて國衡をハ義盛が討得たるにぞ究りける、

同十二日、�ｮ朝仰けるは、一昨日合戦のとき河村千鶴丸と名乗、若年にして敵陣に入、矢を放つこと度々におよぶ、何者の子そ、と御尋ある、山城權守秀高が四男にて、生年十三歳と言上す、其武勇を賞美し給ひ、御前に於て首服を加へ、河村四郎秀�Cと號す、加冠ハ加々見二郎長�Cなり、此千鶴丸ハ、兄河村三郎義秀過にし治承四年石橋山合戦の時、大庭三郎景親に興したる科によつて牢籠（ろうろう）するのノち、千鶴丸母は京極局とて�ｮ朝の宦女なりけるが、その名をかくし、休所のかたハらにきて育長けるが、此たひ御供に候じ武勇を顯ハし、佳運をぞひらきける、�ｮ朝ハ今日船迫の驛を打出給ひ、晩景に宮城郡多賀の國府に著給ふ、按スルニ、盛衰記ニ、�ｮ朝奥入シタマヒケルトキ、名取川ニテ「われひとりけふのいくさになとり川」ト詠ジタマヒケレバ、梶原「きミもろともにかちわたりせん」、ト付タリトイヘリ、又東海道の大将軍千葉介常胤・八田（やだ）右エ門尉知家ハ、千葉太郎胤正・同二郎師常・同三郎胤盛・同四郎胤信・同五郎胤通・同六郎太夫胤�ｮ・同小太郎成胤・同平次常秀・八田太郎朝重・多気太郎・鹿嶋六郎・眞壁六郎等を相具し、逢隈川の湊を渡り、多賀の國府において�ｮ朝の御陣に参會（さんかい）す、同十三日にハ國府に逗留し給ひ、諸軍をして休息せしめたまひける、

物見岡・高波々以下落城

同十四日に國府（こくぶ）を進發し給ふ、泰衡玉造郡に陣すともいひ、又國府中山の上物見岡に陣すともいひ、其説區々（まちまち）也といへとも、玉造に楯籠るの説しかるべしとて、頼朝卿を始め諸軍勢、多賀の國府より黒川郡へかゝり、玉造へ向ハれける、又物見をもたつねられんがために、コヤマ兵衛尉朝政・同五郎宗政・同七郎朝光。下河辺庄司行平等に仰付られ、彼所に向ハしむ、各彼岡に攻寄とりかこむ所に大将軍ハ已に逐電して其居所にハ幕ばかりを残しおき、郎従等四五十人其内に残り止りて、ふせぎたゝかふといへとも、墓々（はかはか）しきこともなく、ことに朝政・行平などが武勇に敵すへきにあらされば、或ハ梟首せられ、或ハ生とられてことごとく亡びけり、時に朝政ハ大道より行て、路次において頼朝の御勢に参会すべしと云、行平ハ玉造郡の合戦ハ次の事なるへし、早く此所をおひまいるべしとて、打立けれバ、朝政も相共に玉造をさして急ぎける、こゝに平家の囚人筑前房良心ハ物見の岡に於て泰衡が郎従等を討取けるが、其功に依て後に御免をかうふりぬ、此法師は平忠盛四代の孫、筑前守時房か男なりけるが、内府（だいふ）宗盛誅戮せらるゝの後、藤九郎盛長にめし預らるゝの所に、僧たりといへとも武芸に達せし者なれハとて、盛長此度相伴ひけるが、果して手柄を顕（あらわ）しぬ、

同二十日の卯の剋に頼朝ハ玉造に至り、泰衡がこもりたる高波ゞ（たかはば）の城を責囲ミ給ふ所に、泰衡ハ大群おそひ来るよしを聞て、此所にもたまりかね、先達て城を出て奥の方（かた）へとにけてゆく、残り止る郎従等は一戦にも及ハず、手を束ねて降参す、此上ハ葛岡郡に出て平泉におもむくへしとて、先陣の軍士三浦十郎義連・和田太郎義盛・小山小四郎朝政・畠山二郎重忠・和田三郎宗実・其外武蔵國の党々の方へ、二十日の戌の刻に檄文（げきぶん）をおくらる、其趣ハ、先陣の面々敵を追、津久毛橋（つくもはし）の辺に至るの時ハ、凶徒等其所を避ん、平泉にいたらバ、泰衡城をかまへ勢を屯（たむろ）して相侍んか、然るにおいてハ御方（みかた）僅一二千騎の小勢を以て攻寄べからず、二万騎の軍兵を待合せ、競ひ至りて敗北の敵をバ討亡すべき也、敵一人たりとも討もらさゞるやうに心かくべし、面々此御書を拝見し、此旨趣を得て計略を、めくらすべしと也、同廿一日、暴風大雨也といへとも、頼朝は泰衡がにぐるをおひ、磐井郡平泉へと向かはせ給ふ、その道路栗原・三迫（さんのはざま）其外所々において、泰衡が郎従等要害を構へ、鏃（やじり）をミかき防戦ふといへども、大軍に責かこまれ、一々不残落城しつ、宗徒の者にハ、若二郎ハ三浦介義澄に誅せられ、若藤九郎大夫は所六郎に誅せらる、此外にも郎従あまた討亡し、生捕三十余人也、頼朝は松山路をへて津久毛橋に至り給ふ、梶原平次景隆一首の歌を詠ず、

　　みちのくの勢はみかたにつくもはし

　　　　　わたしてかけん泰衡がくび

頼朝にたてまつりければ、祝言のよし感じさせ給ひける、

平泉實記巻之二終

義経伝説ホームへ

相原友直小伝

このページのトップへ

最終更新日　1999.9.27 Hsato