千代田区長選挙 争点として「皇居周辺の景観」が浮上


馬場先門から和田倉門越しにパレスホテルを見る。この1月20日で、
ホテルは閉鎖され、高さ100m級のホテルに生まれ変わる計画がある・・・。

(08年12月佐藤弘弥撮影)


1 千代田区長選と皇居の景観

最近俄に皇居周辺の景観論議が沸騰しつつある。日本の顔とも言える皇居は、天皇の御所という聖域でありながら、その周辺地域には、ビジネス街の丸の内や国会議事堂のある永田町に隣接している。

この日本の政治経済の中心を包摂する地域は千代田区と呼ばれる。そんな千代田区の区長選挙が2月1日(公示1月25日)に迫ってきた。

09年1月13日(火)、現千代田区議会議員(二期目)の下田武夫氏(71)は、千代田区役所において、「皇居周辺の景観と環境を守る千代田区政に!」など三つの公約を訴えて、区長選に立候補(無所属 民主党推薦予定)することを表明した。

対立候補は、現職の石川雅己氏(68)と見られている。石川氏は、都の千代田区企画室課長、東京都福祉局長を歴任し、都職員を退職後、平成13年に区長に就任し二期目の人物だ。

今回の区長選の争点は、後期高齢者や子育て支援の問題などもあるが、何と言っても、皇居周辺地域の開発をこれまで通り効率優先で行うのか、それとも日本の政治経済の中心地のまさに中心に存在する宮城の緑と環境をかけがえのないものとして、これを最大限に生かす”まちづくり”を選択するかが問われている。

これまで千代田区には「千代田型地区計画」なる制度があり、これによって、容積率の上乗せや道路斜線制限などを緩和し、開発優先の考え方がまかり通ってきた。しかし世界的に都市の景観や住環境が重視される時代となり、千代田型地区計画は、時代遅れの遺物であり、日本の顔と言われるような皇居周辺の都市の計画立案などできるはずはない。事態はもっと急迫しているのだ。



宮内庁が大手門の目の前に高層ホテルが建つことで異例の申し入れを行っている


2 パレスホテル問題と宮内庁

例えば、待ったなしで、取り壊し寸前に入っている東京駅前の旧中央郵便局がある。解体後は、近くにある丸ビルや新丸ビルと同じく、200m級の高層ビルに建て替えられる計画が、進められている。大手町の合同庁舎跡地には、180m級の高層ビル計画が、本年4月に着工される予定だ。また内堀通りを挟んで大手門の前にあるパレスホテルは、この1月20日にも、営業を停止して、100m級の高層ビル化する計画が進んでいる。この計画は、昨年4月、千代田区の審議会で明らかにされたものだ。

この三つの計画に対し、昨年7月区議会は、「東京中央郵便局建造物保存を求める要望」、「皇居周辺の景観保全」に関し「特別措置を国に求める」意見書などをを全会一致で提出されている。

この動きに呼応するように、皇居を管理する宮内庁は、高層化するホテルの200mほど西北に宮内庁病院などがあることから、ホテル側に対し、特段の「配慮」を求める異例の「申し入れ」を行った。



東京駅前の旧中央郵便局は林立する高層ビルに囲まれ、
自らも200m級の高層ビル化になってしまうのか?
高層ビル化した丸ビルの窓より撮影。


3 東京都の「新景観計画」案を読む

東京都も、皇居周辺地域の開発に新たな規制のルールを導入する方向に大きく舵を切り始めた。

昨年12月24日、東京都は、皇居周辺の景観を保護するための原案をまとめ東京都景観審議会に提出した。この中に「皇居周辺の景観形成方針」(5原則)がある。
1.歴史・文化を生かし首都の風格を際立たせる
2.皇居の緑や水辺と調和した眺望景観を保全する
3.国の中枢を形創る
4,優れたデザインで首都の顔づくりに貢献する
5.場所ごとの街並みの連続性、一体性を充実させる

この5原則(美の基準)をもって、高層ビル計画などをついては、事業者に事前協議書を提出させて、デザインや色などを基準に基づいてチェックし、原則に合わない計画については、改善あるいは変更の命令を下せるというものだ。

特に千代田区の抱える大手町、丸の内、有楽町、霞ヶ関、九段下、千鳥ヶ淵の内堀地域をA区域(外堀地域はB地域)として景観形成の基準を設定するなど厳格なものとなっている。また各地域ごとに、先の5原則で現状評価を試み、今後の景観形成の方途を明示している。

具体的に例えば皇居外苑(大手町・丸の内・有楽町)では、日比谷通りにおいて、高さが「歴史的な31mの軒線の連続性確保」という文言を使用し、低層部と高層部を分けて道路側から見た眺望の統一感を重視する姿勢を打ち出している。また皇居周辺「地区全体のスカイラインのまとまりや調和に配慮する」などとしている。さらに皇居の特徴である「濠、緑、石垣等から形成される特色ある眺望景観を保全するため、眺望点からの見え方に配慮する」と謳っている。



清水門から見ると新しい千代田区役所の高さもデザインもいささか景観的にフライング気味だ。


4 ”日本の顔”に相応しい景観の形成に区民の声を

今回の都の新景観計画案に対し、千代田区のある区議会議員からは、「千代田区でも、この10年ほど景観条例(平成12年4月施行)をもって事前審査を行ってきた歴史がある。都は千代田区の研鑽と経験の上に今回のプランを発表したが、千代田区が、景観行政団体になるのを先延ばししたようなもの」との声も聞こえてきた。

しかし今のところ、全体としては、及第点の付けられる素案という見方も多い。特に東京都が、皇居周辺の景観に「日本の顔」として特段の配慮をする都市計画を発表した意義は大きい。

とかく日本の都市計画は、フランスの地理学者オギュスタン・ベルグ(1942ー )が「風土の日本」(ちくま学芸文庫 1992年刊 317頁)で指摘したように「明治以降・・・都市環境の快適さよりも生産設備の充実を総体的に優先させてきた」経緯がある。しかし今回のプランでは、「皇居」という特別な「場所性」を踏まえ、5つの美の基準を揚げ「高さ」はもちろんその「デザイン」や「色彩」まで規制を加え、首都として品格のある景観の形成を計る方向を示したことは大いに評価できる。

ただ、一点、この東京都の「新景観計画」で曖昧な部分は、都と区の役割分担(権限の範囲をどうするか)と計画決定の適正な手続きの問題であろう。特に「計画決定の適正な手続き」を制度化すること(いわゆるデュープロセス)は、大事な問題だ。

都が公開した今回の資料を見ると「事前協議」のフローチャートは確かに存在する。そして、事業者が、事前協議書提出の後、景観審議会が5原則に基づいて評価を行う仕組みになっている。しかし区や地元住民の声が反映される仕組みが明示されていない。これは計画決定プロセスにおける重大な制度的欠陥と言わなければならない。それは結局、千代田区に生活する区民の声をどのように景観形成に反映させるかという民主主義の深化の問題と深く関わっていることなのである。

それでも今回、千代田区長選挙を通じ、地元住民が選挙の争点として浮上した「皇居周辺の景観の形成」に深く関わることになることは大きな進歩だ。都の「新景観計画」は成否はここからが正念場と言える。住民や識者の意見(パブリックコメント)などを十分精査し、特に民主的な適正手続き(デュープロセス)の手法などは直ちに盛り込むことにより、千代田区民(都民)自らが、誇りをもって歴史や風土を活かした皇居周辺の景観形成に関わる日が訪れる日を期待したい。
(佐藤弘弥記)

2009.1.27 佐藤弘弥

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