千代田区役所は何故醜悪なデザインとなったのか!?            −皇居周辺の景観を考える 2−

はじめに

まず3枚の写真を掲載するので、予断を入れず、この建物のデザインを見ていただきたい。



皇居の天守台から千代田区役所を見る
(佐藤弘弥 09年1月24日撮影)




竹橋付近から千代田区役所を見る




九段下の陸橋から九段会館越しに千代田区役所をみる

◇ ◇ ◇

1 千代田区役所のデザインが変だ!?

千代田区長選挙が終盤に差し掛かってきて、取材のために、千代田区役所周辺を歩きながら、千代田区役所のデザインがとても気になった。

何よりも不思議に思ったのは、九段合同庁舎と千代田区役所が一体になった建物とは言え、約100mある屋上に取って付けたように伸びる約50mの電波塔の異様さだ。特にこの地域は、皇居清水門と連なる地域だけに、全体のデザインなどには、特段の配慮がなされて当然のはずだ。

ところが、屋上からニョキッとばかりに真っ直ぐに伸びる姿は、鬼の額に生えた角のような醜悪さがある。そしてこの50mほどの角が、皇居周辺の重要な眺望点から、目立ってしまうのだ。

問題は、何故このような醜悪極まりない建物が、皇居の真ん前である清水門の前建ってしまったのかということである。

2 PFI事業って何だ?!

これを分析するためには、この建物が立つプロセスを見ていく必要がある。
以下は、本事業体がインターネットに公表しているデータからの引用(※注1)である。

○【事業名】「九段第3合同庁舎・千代田区役所本庁舎整備等事業」
○【事業内容】「PFI事業(BTO方式)による九段第3合同庁舎・
千代田区役所本庁舎の設計、監理、建設、維持管理・運営業務」
○【事業期間】「平成16年3月10日から平成33年3月31日まで(約18年間)」
○【入居機関】
九段第3合同庁舎
総務省関東総合通信局
財務省会計センター
厚生労働省関東信越厚生局
厚生労働省東京労働局
国土交通省関東地方整備局東京国道事務所
干代田区役所本庁舎
干代田区役所、干代田区立干代田図書館
干代田区男女共同参画センター、障害者福祉施設
○【事業の経緯及び予定】
2001年8月28日 都市再生プロジェクト第二次決定
2003年4月17日 実施方針の公表
 同年 7月7日 特定事業の選定・公表
同年 7月31日 入札公告
同年 8月25日 第一次審査資料の受付期限
同年 9月5日 第一次審査結果の通知
同年11月10日 入札書類及び第二次審査資料の提出
同年12月24日 開札及び落札者の決定
2004年 3月10日 事業契約の締結
同年 12月8日 工事着工
2007年 2月28日 施設引渡し日
2021年 3月31日 事業の終了

※注1
http://www.kudan-pfi.jp/summary01_main.html

さて、千代田区役所と私たちが思っている建物は、実は合同庁舎であって、千代田区役所は、このビルの一部の機能を、使用面積に応じて借りているに過ぎない。かつてこの敷地は、旧大蔵省(財務省)の4階建ての官舎だった。それが駐車場として整備され、それからわずか整備から2年ほどで、突如として、23階建ての合同庁舎を「PFI事業」で建てる計画が国土交通省(関東地方整備局)から発表されたものである。

この中に、「PFI事業」(※注2)という耳慣れない言葉がある。少しこれを簡単に説明する。

PFIは、1992年にイギリスで生まれた行財政改革の手法で、「Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)」の略。

一般にPFIの手法は、民間の資金・技術などを活用することによって、公の側のコスト削減と民においてはVFM(Value For Money:投資価値)を生み出すとされる。

わが国においては、1999年7月に、PFI法(「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」)が制定されたものである。官民共に「Win-Win」のやり方とも表されるが、その反面、このPFI法の問題点としては、第一に官民癒着の温床になりやすい、との指摘や第二に計画立案から施行までの「デュープロセス(due process of law:適正手続)」について、地域住民からかけ離れ、事業主体が選んだ審査員によって決定されてしまうとの指摘がある。   

※注2
http://www8.cao.go.jp/pfi/pfi_process.html


3 PFI事業は住民参加の隠れみの

具体的に、千代田区役所(九段第3合同庁舎)が完成するまでのプロセスを順を追って見てみよう。

1.2001年4月、小泉内閣による「緊急経済対策」が発表される。

2.同年8月「都市再生プロジェクト」の一環として、PFI事業による九段第3庁舎建設が発表される。

3.2002年11月、千代田区(石川まさみ区長)が事業参加を表明。

4.2003年7月、民間事業者の募集開始。
評価のために、「九段第3合同庁舎・千代田区役所本庁舎整備等事業有識者等委員
会」を設置される。

5.2003年9月 第一次審査。
伊藤忠商事グループ、大林組グループ、鹿島グループ、清水建設グループ、新日本製鐵・NTTデータグループ、三井物産グループ、三菱地所グループの7グループに絞られる。

6.2003年12月、第二次審査。
「九段第3合同庁舎・千代田区本庁舎整備等事業有識者等委員会」(委員長 光多長温 鳥取大学教育地域科学部教授 計9名で構成)の審査により、「事業体制」、「収益計画」や皇居周辺地区であるとの「景観への配慮」、「21世紀にふさわしい先導的な公共建築」という評価基準を盛り込んだスコアリング審査によって、現千代田区役所のデザインを提案した清水建設グループが、221億円の入札価格で総合評価1位を勝ち取り、落札したものだ。

7.2004年12月に工事着工。

8.2007年2月28日施設引渡し。

以上、完成までのプロセスをつぶさに見て分かることは、一見、「民活公共事業」という触れ込みで、議論がオープンにされているような印象があるが、実はその逆で、民主的決定プロセス(デュープロセス)が見られないことだ。

千代田区民から見れば、この計画と決定は、小泉政権の号令で始められ、以前旧大蔵省の官舎が駐車場になり、そしていつの間にか、新しいビルが建って、気がついたら、そこに千代田区役所が入っていたということになった。ここには、デザインの良し悪しから、それがわが町にふさわしいものか、どうかなど、考える間がないようなスピードで行われたものである。少なくても、もしも千代田区が、この合同庁舎建築に参加したもので、区議会も住民も、デザインを評価し、意見を発するなどのプロセスがないのが、いかにPFI事業の特徴とは言え、これはおかしい。

うがった見方と言う向きもあるかもしれないが、ここには新しい住民参加型のまちづくりで、決定までのプロセスが遅れることをショートカットするカラクリがあるような気がしてならない。もっと言えば、地域に合ったデザインなどよりは、経済合理性が優先され、施行までのプロセスから合法的に住民(市民)を排除する仕組みが内在している。事実、この千代田区役所の入居するビル建設においても、清水建設が決定されるまでのプロセスをみれば、有識者による委員会が強い権限をもって、各建設グループの提案書をスコアリング評価し、221億円で建設を認めたものである。

4 結論 皇居周辺にふさわしいデザイン

ここに地元住民の考え方が反映される仕組みは一切ない。もちろん有識者委員会の中に、区役所の助役が入っていたようだが、オブザーバーのような役割だったのではあるまいか。少なくても、民主的な手続きを取るのであれば、この委員会の中に、まちづくり運動などを展開している市民団体などが入るべきだ。

そうしない理由は、このPFI事業そのものが、景観への配慮などを重視する文化的な側面よりは、結局VFM(投資価値)を追求する性格が強いということを物語っていると言えないだろうか。

結局、こうして皇居周辺の景観を保全しなければいけない千代田区役所そのもが、皇居周辺のいたるところの眺望点から見ても醜悪としか言えないようなデザインの建築物になってしまったということである。

千代田区役所の醜悪なデザインが象徴しているものは、今現在、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)を中心に盛んに行われている都市開発が、非常に危うい性格の開発であることの証左である。現状では、地域住民ばかりではなく、皇居周辺を管理する宮内庁までもが、計画段階から排除される構図が出来上がってしまっている。

日本の顔とも言うべき特別な都市空間が、本当にこのような経済合理性最優先の開発思想で行われて良いはずはない。千代田区役所は、ひとつの始まりに過ぎない可能性がある。既に大手町の新合同庁舎は、ほとんど完成の状況にある。これは皇居という特別な公共性、場所性を備えた場所にとって、大変な悲劇である。

千代田区役所のデザインの奇妙さから発想した今回のささやかな拙稿が、今後続々と続いている皇居周辺の開発計画に一石を投じるものになることを心より願いたい。(佐藤弘弥 09年1月30日記)

資料 千代田区役所とその周辺の景観(ウエッブ・アルバム)
http://picasaweb.google.co.jp/hiroya2007/TlswcI#


2009.1.30 佐藤弘弥

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