今年の紅白歌合戦のハイライトはなんと言っても、イギリスからやってきたスーザン・ボイル(48歳)という女性歌手 の歌声だった。?

09年の四月に、イギリスで開かれた歌手発掘のオーデ ション番組で歌う前には、47歳という年齢と、端麗とは言いがたい容姿のこともあって、審査員は引き気味の態度をしていた。ところが、彼女がマイクの前に 立って、「夢やぶれて(I dreamed a dreamed)」という人気ミュージカル「レ・ミゼラブル」の挿入歌を歌った瞬間、一瞬にして会場の空気が変わった。引き気味だった審査員は、身を乗り 出し、驚いた表情で、その歌声を聴いていた。?

このことが、ユーチューブ投稿され、たちまち世界中からアクセスが殺到した。それほどの出来栄えだった。まさに神が彼女の声に乗って、 歌いかけてくるような歌だった。

これまでイギリスは、この才能を埋もれさせていたことになる。現在の歌手は、確かにテレビ映りも重要な要素となり、サラ・ブライトマンのような歌もうまく 容姿も端麗であることが、常識化している。でも今回の紅白のスーザン・ボイルの歌を耳にした瞬間、それが間違った固定観念であることをつくづく思い知らさ れた。?

男性歌手でも、07年にポール・ポッツ(39歳)というクラシック系の歌手が、同じくオーデション番組で発掘され、遅い歌手デビューを して話題になった。この人物も、お世辞にもハンサムとは決して言いがたい容姿をしている。私たちは、とかく第一印象や見かけの良し悪しで、人を判断しがち であるが、これはやはり問題である。

?紅白のスーザン・ボイルの歌声には、真実、人の魂にダイレクトに訴えかけてくる力があった。心の奥深くに、彼女の歌の雫が染み渡っていく感覚がし た。

?彼女が歌った「夢やぶれて(I dreamed a dreamed)」という歌は、華やいだ若い日々が去り、夢がやぶれていく、という悲しい人生の歌だが、この歌は、多くの人の人生にありがちな若い頃の夢 や希望いっぱいだった人生が容易に行かぬ人生の難しさを象徴し、それが彼女自身の人生ともオーバーラップして、深い思いに、聴く者を誘うのである。

?歌詞の中に、次の下りがあった。
There was a time when love was blind 若い頃、恋に盲目な時があった
And the world was a song       その時、世界は一曲の歌のようだった
And the song was exciting       その歌はとてもエキサイティングだった
Then it all went wrong        いつかその恋は終わったけれど・・・

?スーザンの歌を聴きながら、歌詞と彼女の人生が重なって見えた。何か、名状し難いの思いが浮かんだ。人生の深い意味に触れた気にさせ られた。スーザン・ボイルの歌には、人生がある。人はどんなに年老いても、諦めなければ夢は叶う・・・。彼女の半生を思い、涙があふれた。

?これに近い感情は、黒沢明の名作「生きる」で癌に侵された名優志村喬演じる主人公が夜の公園で静かに歌う「♪命短し恋せよ乙女♪」と 歌うシーンで受けた印象に似ていた。

?翌日、私は元日から開いているレコード店に足を運び、スーザン・ボイルのデビューアルバム「SUSAN BOYLE 」を買いに行った。


2010.1.20 佐藤弘弥

思いつきエッセイ
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