浅田真央の不調脱出の戦略とは何か

天才浅田真央不調期に入る
フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第2戦・ロシア杯(09年10月25日)を見ながら、フィギュアスケートの浅田真央選手(19)が本格的な不調期に入ったことを強く感じた。同時に安藤美姫のアスリートとしての熟成度を感じた。

これまで浅田選手には、天真爛漫な天才少女のイメージがあり、また成績も、順風満帆であった。特に前回のトリノオリンピックでは、年齢制限で出場できなかったが、もしも出場していれば、優勝もあり得たと言われてきた。

その後は、日本の安藤美姫(21)や韓国のキム・ヨナ(19)などのライバルとしのぎを削りながら、少女から女性への微妙な時期にあって、難しいと言われる成長期を無難に乗り越えるのではと思われてきた。

昨年度も、各地で開催される世界大会の上位者6人だけが参加するグランプリで優勝するなど、日本中の期待を背負いながら、十分期待に応えてきた。

しかし今春の世界選手権では、キム・ヨナに大差で敗れ、インタビューでは泣き出すなど、精神的なプレッシャーを感じている姿が、ありありと伺えた。

ジャンプに頼り切る浅田=かつて安藤が陥ったワナ
最大のライバルとなったキム・ヨナと比べると、浅田はジャンプに頼りすぎる傾向がある。キム・ヨナは、肉体改造を通じて、筋力(基礎体力)が増している。 ここから滑走スピードも増し、また大人の女性の演技ができる余裕も出ているようだ。ジャンプ偏重の浅田に対し、キム・ヨナは演技のトータルレベルを高める方向に戦略を絞っている。

この差が、現在、浅田とキム・ヨナの得点差として、先週(09年10月15日−18日)のパリ大会のスコアに表れている。この時のスコアは、キム・ヨナ「210.03」に対し、浅田は「173.99」だった。その差は、「36.04」ポイントという大差だ。客観的に、どの部分がキム・ヨナに負けているかは、分析すれば容易に判るはずだが、その根源にあるのは、キム・ヨナという素材を、天才浅田に勝たせるための戦略を練った韓国「キム・ヨナチーム」の戦略の勝利と言って良い。

その意味では、カナダの名選手「ブライアン・オーサー(1984と1988の二度のオリンピック連続して銀メダルを獲得)」という人物をコーチに据えたことも大きい。

浅田チームがまず行うべきことは、身長が伸びた浅田がトリプルアクセルをコンスタントに成功させる筋力が不足していることを受け入れ、そのための専属トレーニングコーチを付けるべきだ。その上で、その肉体に見合った音楽の選択と振り付けが必要だ。今の浅田の演技を見ていると、少女のあどけなさが幼い危うさとしか映らない。スケートのスピードもキム・ヨナや安藤に比べると不足している。

要するに16歳や17歳の時には、プラスに作用した妖精のような少女っぽい魅力は、今やマイナスのひ弱さにしか映らないことを、「浅田チーム」のリーダーは、冷厳に受け止めるべきである。

今度のオリンピックは来年2月12日から28日までカナダのバンクーバーで行われる。つまり4ヶ月ほどしかないのである。

この4ヶ月で、浅田の変身がどこまでできるかは分からないが、今の浅田の精神状況は、どうして良いか分からない情況にまで、追い詰められていると思う。それは今年春の世界選手権の時から来ていた。キム・ヨナの完璧な演技の前に、「自分はトリプルアクセルで対抗するしかない」と思い込むまでになっている。一週間前のパリ大会でも、ショートで、キムに大きく得点を離された浅田は、「フリーでは、トリプルアクセルを飛びたい」といの一番に語った。

キム・ヨナの戦略の秘密は筋力とトータル・スコアメイク
それに対しキム・ヨナは、三回転・三回転の連続ジャンプで、余裕をもって補い、高得点に結びつけている。今の彼女には、どうすれば浅田に勝てるのか、というイメージがしっかりできていて余裕がある。

要はキム・ヨナの戦略は、トータルで勝つというシンプルな戦略だ。考えてみれば、このやり方で勝ったのが、前回オリンピックで優勝した荒川静香の戦略だった。徹底的に高得点を上げられる演技を積み重ね、転倒するリスクを排除して、ついにオリンピックチャンピオンになった。

安藤美姫は荒川静香になれる!?
この時、精神的に追い込まれていたのは、当時18歳の安藤美姫であった。彼女は、プレッシャーによって、体重も増え、「四回転ジャンプ」にすがるだけのアスリートになっていた。でもロシア大会で見せた安藤美姫は、4年前とは別人となっているように見えた。

4年前に惨敗した時、もうスケートを止めようと、思った安藤だったが、荒川選手の金メダルを眼にして、私も「シーちゃん(荒川のこと)のようになりたい」と屈辱から立ち上がった安藤だった。しかしその後も安藤は、肩の脱臼など、さまざまな苦難を乗り越えて、2年前の世界選手権では優勝。今年世界選手権では、キム・ヨナ、浅田に続き、銅メダルを手にした。コーチも荒川に金メダルをもたらしたニコライ・モロゾフである。

ふたりの間を面白おかしく書くメディアがあるが、そんなことはどうでもよい。問題は、現在の安藤美姫の肉体が引き締まっていること。技のキレが安藤本来のものに戻りつつあるあること。4回転への未練を捨て去っているのか、殊更ジャンプのことをインタビューなどで言及しないことだ。彼女は、歩きながらのインタビューで、「シーちゃんと同じ色のメダルが欲しい」と微笑みながら、語った。本気だろう。マスコミが浅田一辺倒になっている時、安藤には、金メダルを取るチャンスが廻ってきたと思う。これからは、荒川のトリノオリンピックでの金メダルへのステップを想起し、コンスタントに高得点の取れる演技をトータルで創り上げて欲しいものだ。

浅田チームは戦略をもて
浅田には、まず心を鍛え上げねばならない。そのためにはメンタルトレーナーも必要だ。次にコーチだが、かつて、荒川も、コーチをタラソワからモロゾフにチェンジしたことがある。その時荒川は「モロゾフだと氷の上で一緒に滑って教えてくれる」と理由を説明したことがある。これもひとつのヒントかもしれない。

おそらく浅田真央選手にとっては、はじめての本格的な不調期だろう。しかしオリンピックの世界女王になるということは、この不調を乗り越えてこそ、その価値を持つものである。これまで世界の名スケーターたちが乗り越えてきたように、この試練を笑顔で乗り越えてもらいたい。

2009.10.26 佐藤弘弥

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