リクガメの飼育環境と木材

(990215)

●樹木の構造
●細胞壁の化学
●木材の危険性
●飼育ケージの材料としての木材
●木材の利点

 このところ、しばしば床材や飼育ケージについての記事などを見かけることがあります。なになには使用してはいけないとか、危険であるというようなものです。それらの検証の意味も含めて、木材について考えてみます。

 床材にしても、飼育ケージにしても、材料として考える木材は、主として樹幹から得られます。樹木は樹皮(師部)と木材(木部)の間にある細胞分裂をする能力を持った形成層とよばれる薄い細胞の層によって肥大してゆきます。
 形成層は内側に木材の細胞を分裂して、外側には樹皮の細胞を分裂し、その継続により樹木は肥大していきます。

樹木の構造


幼木のときには、全てが辺材ですが、成長してゆくと樹幹の下部から上部に向かって、その中心部に円錐形の心材が形づくられ、その周辺を辺材が包むようになってきます。辺材の部分では、水分の通導と、養分の貯蔵が行われていますが、心材の部分では、生活細胞がなくなり、養分貯蔵をしていた柔細胞も活動を停止しますので、完全に死んだ部分といえます。この両者の間に、性質の上でも移行的な環状の部分があり、これを移行材と呼んでいます。
 たとえば、スギなどを例にとれば、赤い心材と淡色の辺材の間に白色の帯となっているので目にしたことがあると思います。

 
 なぜ、構造の話などからはじめたかと申しますと、この辺材から心材へと変化することによっておきる大きな変化の一つは、デンプンなどの細胞中に貯蔵されている物質が、変化して有色の物質になることで、しかも、その物質の成分あるいは色などが樹種による特徴を示すためです。
 つまり、材料としての樹種の特徴が現れてくるのは、主に心材で、辺材部分では、どれも同じような性質と考えて下さい。

 木材の細胞壁の構造などを知ると、針葉樹や広葉樹の物理的な性質の違いの理由がよく理解できますので、興味のある方は調べてみるとよろしいですが、ここでは、省略します。

細胞壁の化学

 木材細胞を構成する成分は、主成分副成分に大別できます。

主成分には、炭水化物であるセルロース、ヘミセルロース、芳香族化合物であるリグニンがあります。

副成分としては、炭化水素類、アルデヒド類、アルコール類、脂肪酸類などの脂肪族化合物、フェノール類、スチルベン類、フラボノイド類、クマリン類、タンニン類、キノン類、トロポロ類、リグナン類などの芳香族化合物、テルペン類、タンパク質、ペクチン、無機成分などがあります。

 木材中の主成分量は、樹種、樹齢などによらず、針葉樹、広葉樹でそれぞれほぼ一定の値を示しますが、副成分については樹種、樹齢、成育地、樹木個体中の部位などによって異なることが多いのです。
よって、木材の成分分析には、供試材の性質を代表するように試料を採取することが重要なのですが、我々木材を使用する立場としては、同じ木材でも、その部位などによっても、もともとの成育地の違いによっても、成分が異なるということを、認識しておく必要があります。
成分の分析には、Wise法、あるいはその変法が広く行われていますが、方法の解説は省略します。

これらの成分の中でリクガメの飼育に影響を及ぼす可能性の高いものは、主に副成分中の芳香族化合物テルペン類です。
特に、一般に耐久性が強いといわれている心材部においては、これは、含水率が辺材に比べて低いものが多く、腐朽菌が繁殖しにくいことが原因のひとつですが、樹種固有の心材物質が沈着または細胞壁内に浸潤していることが大きな理由です。耐久性を増加させる物質の化学成分にフェノール類やテルペン
類があり、抗菌性や抗蟻性などを示します。
樹種でいえば、ヒバ、ヒノキ、コウヤマキなどには、かなり殺菌性の高いフェノール性成分が含まれています。木材の耐久性としては、このおかげで、すぐれたものとなりますが、リクガメの飼育ケージの材料として考えると、健康面で問題となる可能性があります。フェノールは、有毒で皮膚をおかします。
また、殺菌消毒剤などとしても利用されます。
一般的には、針葉樹のほうが、生物への危険度は高いという判断はできますが、建材としては、耐久性が高いので、すぐれているとも言えます。
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木材の危険性

 しかし、天然の自然木材をそのままで私たちが使用することは、まずないに等しいと言えます。山から伐採して、自分でそれを使用するという場合以外には、集成材、合板でなくても、乾燥、製材、防腐処理、防虫処理、塗装などが行われたものとなります。危険性ということになれば、様々に施される処理の影響の方が大きいのです。
 ただ、フェノールなどによる強い刺激臭などがある木材は、長期間の使用では、悪影響が出ることも考えられます。薬品処理がされる前の製材過程で製品として作られた 「おがくず」などは、心材の粉が多いため、刺激臭の強いものは床材などに使うのは避けるほうがよいでしょう。
これは、アレルギーの原因ともなります。
 一方、樹皮などのチップなどは、危険度という視点で見れば、心材よりは危険度は、はるかに低いと言えます。

 白木や天然木材に見える木材でも、製材工場で加工直後の生材に対して防かび、防腐剤が施されるので、危険性ということでは、天然の自然木の状態よりは危険になっています。

 あまり皆さんをおどかすつもりはないのですが、LD50値(50% lethal doseの略。50%致死量のことで、物質の急性毒性の強さの指標で、一定条件下で物質を一つの投与経路〔経口、皮下など)から1回投与したのち、一定期間内に動物の半数を死亡させる量を推計学的に算出したもの)で比較した、木材用防かび材の主要成分の表をあげておきましょう。現在では、これらの薬剤が使用されています。事実上目的の木材にどの薬品が使用されているのかを知るのは難しいでしょうが、こんな薬品が使われていることを理解しておくことに意味があります。
ここをクリックすると表が見れます
 リクガメでの資料などはもちろんありませんが、(r)ラット、(m)マウスの資料です。近年は、低毒性を重視する製剤化への過渡期にあります。国内産に比べて、輸出入材は、輸出入期間の防かびの期間を考慮して、かなりの長期間、効力が持続する防かび材を選択しているので、注意が必要です。

また、防蟻、防虫剤もかなり怖いものです。一般的には、針葉樹の木材に比べて、広葉樹木材は安全だといった認識がされているようですが、製材木材では、それはあてはまりません。南洋材、ナラ類、ケヤキ等の広葉樹などは、ヒラタキクイムシ類の食害を予防するための加圧注入による防虫処理が施されるのが一般的です。ホウ素化合物などが使用されています。ゴキブリ駆除のホウ酸ダンゴなどもこの一種です。
主な防虫剤の侵入経路の違いをあげておきます。

侵入経路による薬剤の分類


  分類         侵入経路         成分

 接触毒剤        表皮       クロルピリホス、ホキシム
                      ピリダフェンチオン、テトラ
                      クロルビンフォス、モノクロル
                      ナフタレン、プロポクスル
                      バッサ、アレスリンなど

 消化中毒剤       口器       ヒ素化合物、フッ素化合物
                      ホウ素化合物など

 呼吸毒剤        気門       臭化メチル、フッ化スルフリルなど


建材としての木材の場合には、虫に食われてはいけないので、これらの処理がしっかりしたものを良しとするわけですが、リクガメのケージを作る場合には、むしろ逆のものを良しとすることになります。
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飼育ケージの材料としての木材

 樹種が1種類の、たとえば杉板とか、ヒノキ板などでケージを作成するというのは、一般的ではありません。有害性の問題以前に価格と物量の問題でほとんどないでしょう。むしろここでは、ケージの作成で使用することの多い、合板について考察してみることにしましょう。
 合板は木材の伐採などによる環境破壊や地球の温暖化などの問題を考えれば、様々な材料としての木材のあり方としては正当なものといえます。その観点から言えば、合板は正しい知識のもとで、正しく使用すべき材料です。
 合板を生物の飼育ケージに使用すべきではないといった意見も聞かれますが、私はそうは考えません。地球環境を考えると使用できるならば、使用したい材料です。

 合板は、ロータリー単板のみで構成された合板を普通合板と呼び、表側の表面単板の樹種によって、ラワン合板、シナ合板などと呼びます。
 すべての普通合板の95%がラワン合板で、輸入合板の97%は、インドネシアからのラワン合板ですので、その他の合板は、むしろ特殊なものと考えてよいでしょう。広葉樹が主な原木です。
 さて、普通合板の規格で定められた品質事項には接着の程度、防虫処理、ホルムアルデヒドの放散量、板面の品質、側面や木口面の仕上げ、反り、曲り、寸法などの項目があります。
 単板を接着して出来ている合板ですから、その接着の程度は重要で、4段階の水準が決められています。
3類、2類、1類、特類の4段階です。

3類 は、少々濡れてもすぐに剥がれることはない接着の程度
2類 は、通常の外気や湿潤露出に耐え、高度の耐水性を有するように接着したもの
   (ただし、常時湿潤している水回りや屋外では、半年程度で剥げる)
1類 は長期の外気、湿潤露出に耐え、完全耐水性を有するよう接着したもの
   (単身太平洋を初めて横断した「太平洋一人ぼっち」のヨットがまだ流通間もない
    1類合板で造られていたことで、有名になった)
特類 は、屋外、常時湿潤状態の場所で使用される構造用合板です。

様々な規格の中で、特に問題となるのは、この接着に使用されている接着剤によるホルムアルデヒドの放散量です。通常普通合板は、接着剤にアミノ系ホルムアルデヒド樹脂を用いたものが多いのです。
1類 には、メラミン・ユリア共縮合樹脂を
2類 には、ユリア樹脂、それにメラミン樹脂などを少量添加したもの
3類 には、ユリア樹脂を小麦粉などで増量したもの

が用いられ、それぞれホルマリンを含有しています。
 これらの合板用接着剤はすべてホルマリンの附加縮合反応によって樹脂化します。この時、未反応残留ホルムアルデヒドや縮合部から離脱するホルムアルデヒドが遊離します。
 この時の遊離ホルムアルデヒドがユリアやメラミンなどと反応せずに、いわゆる”遊離ホルマリン”として合板中に残ることになります。
 この合板中に閉じこめられた”遊離ホルマリン”は、合板がケージや住宅などの部材として使用された後、時間を追って徐々に放散します。
これがホルマリン臭となって、人々の生活環境を汚染するとして問題になります。
 その発生は高温、多湿の時に顕著である傾向にあります。もちろん私はリクガメたちにおいても同じく汚染の原因になるものと考えています。おそらくリクガメに限らずその環境内に生活するすべての生物にとって同じと思います。
 1965年に朝日新聞に掲載された一主婦からの投書に端を発した家庭内におけるホルマリン臭の問題は、合板業界にも積極的なその減少のための対応策を求め、業界も解決のため懸命に努力を行いました。ホルマリン臭を発生させない接着剤の開発、合板の製造方法の改良、ホルムアルデヒドの吸着剤の開発などが行われました。林野庁もこの問題を積極的に指導し、ホルムアルデヒド発生を軽減するために、JAS規格に基準を規定しました。

その規制値をクリアする普通合板を”低ホルムアルデヒド普通合板”として区分して、表示を行うことにしました。

表示と基準値は
[F1]・・・・平均値0.5mg/l以下
[F2]・・・・平均値 5mg/l以下
[F3]・・・・平均値10mg/l以下

[F1]:ほとんど人々の生活に悪影響を及ばさない(ベビー用品、食器棚、などホルムアルデヒドの影響があってはいけない個所に使用)
[F2]:ほとんど人体に影響しない程度(家具、室内内装などの人々の生活空間を囲む個所に使用)
[F3]:基準値を満足していれば、人体への影響はごくわずかで、臭気を感じる程度

としています。リクガメは人と比べて、容積や嗅覚から考えてもより敏感であるとして、許容量も人よりも少ないとしてとらえるならば、ケージ作成にあたっては、合板の表示基準値[F1]を使用すべきでしょう。また、表示基準値[F1]の合板であればリクガメの飼育ケージに使って問題ないと考えられます。

しかし、ホルムアルデヒドに対する人の反応=ホルマリン過敏症は、個体差が大きく、全く平気な人もいるので、リクガメにおいてもかなりの個体差はあるでしょう。
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木材の利点

怖そうなことを並べましたが、ではケージとしてガラスの水槽を利用するのが、リクガメにとってベターなのか?というとむしろ逆です。
●リクガメにおける環境問題考(マイナスイオンの効果)(981010)
も参照していただきたいと思いますが、木材は、抜群の湿度コントロールと保温の威力があります。
絶対湿度は、気温が高くなれば低くなり、気温が低くなれば高くなります。また、年間の月平均湿度の動きは、一日の動きとは違って、夏は高く、冬は低い。東京では、8月は75%、1月は53%程度です。このように湿度は1日周期で、また年間を通して変化しています。しかし、木箱の中では、湿度が略一定に保たれることは昔から知られています。

 理由は、東京を例にとれば、8月、1月の平均気温26.7度、4.7度を考慮し、木箱の平均含水率を求めると、8月が約14%、1月が約10%で、平均約12%です。木箱が気密で含水率変化がなければ、含水率12%を保つので、気温の変化に対して湿度は64%から67%を変化するだけです。木箱の気密性が完全でなくても、含水率が2%も変化するほどの湿度の出入りはないのが一般で、湿度の変動幅は大きくなりません。

 材料学的に樹種の湿気伝動率をみると、広葉樹は針葉樹に比べて、湿気伝動率が半分程です。ですから、合板(主としてラワンなどの広葉樹が主)の木箱の孵卵器などを作成した場合には、抜群の湿度キープが可能になります。

 ちなみに、ふつう使われている状態のスギの柱1本にどれぐらいの水分が含まれているかと申しますと、ビールビン3本分の水分が含まれています。そして木は、いつでもこの水分を吐き出したり、吸い込んだりしている訳です。つまり、湿度が低い時には、空気中に水分を放出し、逆の場合には、水分を吸収し、室内の湿度をたえず安定に保ってくれる訳です。

 このように考察してみると、木材によるリクガメの飼育環境の構築には、多くのメリットがあることと、注意すべき項目が分かってきます。
床材などの利用としての木材を考えれば、
 ●辺材の製品を選定する
 ●広葉樹の製品を選定する
 ●おがくずはさける
 ●防虫処理、防かび処理などの施されたものはむしろ危険

また、飼育ケージなどの作成においては、低ホルムアルデヒド普通合板の中の表示基準値[F1]の合板を使用して、リクガメにとってもホルムアルデヒドの低減を考慮し、かつ地球環境の破壊に対しての考慮も行う

などのことを心がけるべきだということが見えてくると思います。

いまさらそんなことが分かったって、すでに、ちょっとホルマリン臭がするような合板で飼育ケージを造ってしまったのだけれど何か手はないかという方のために
ベークアウトを紹介しておきます。一定時間室内温度を高め、ホルムアルデヒドなどの放散を促進した後、換気を繰り返し、有害物質を排除することをベークアウトといいます。高温、多湿の環境を作り、換気をするを繰り返します。具体的には、ストーブなどで室温を40度程度に高めます。湿度も加湿器などで、蒸気を出して、70%以上の状態を数時間キープします。 その後、窓を開放して扇風機などを利用してよく換気します。
これを適度に繰返します。ベークアウトは、シックハウス症候群の見られる住宅などにもよく施されるかなり有効な木材の治療方法です。

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