PART 3 長期飼育リクガメ・お宅訪問記

静岡県小田原市在住 瀬戸香さん宅

瀬戸さん宅の長期飼育個体 ホルスフィールドリクガメのホーリーちゃん(♀、飼育28年)
甲長17.5cm、体重1050g
「ホーリー」を上部より見る。年期がうかがえる
屋外飼育スペース。囲いのスペースを見る。ここだけでも一頭の占有スペースとしては、かなり広い。


例年より気温も低く、菜種梅雨の合間にやっと太陽が顔をのぞかせた、そんな4月中旬のある日、我々は、ホルスフィールドリクガメを長く飼育されている瀬戸さんのお宅を訪問し、色々とお話を伺うことができた。瀬戸さん宅は、小田原の海のそばののどかな田園地帯の一画にあり、案内され門扉をくぐると、玄関や裏庭へと続く露地が奥へ伸びており、その突き当たりの2×5m程の囲いの中で、ホーリーちゃんは我々を迎えてくれた。一見して年季が感じられる風格ある甲羅をもった個体であった。


さて、早速、瀬戸さんに飼育当初の思い出話から伺った。
ホーリーちゃんは、28年前に神奈川のペットショップにて購入。当時まだ中学生だったので記憶が曖昧になっているが、ヌマガメと一緒になって、ぽつりとリクガメが一頭だけ売られていたそうだ。既に甲長で10cm弱はあったとのこと。
当然今ほど飼育情報もなく、「ミルクを浸したパンを与えるとよい」などといった情報もあったそうで、試しに与えてはみたがすぐに食べなくなってしまい、動物園などに問い合わせをし草食ということを知ったのだそうだ。


飼育当初は横浜に住んでいて、夏期は2階のベランダで飼育。ベランダ伝いにかなり広いトタンの平屋根(周囲は立ち上がりがあり落ちない構造になっている)へ出られるようになっていて、一日中よく動き回っていたそうだ。今思うと、運動だけはふんだんにしていたので、それが結果的にはよかったのかもしれないとのこと。
冬は、ライトなどの器具類もなかったので、60cmのガラス水槽にアンカを入れ、
毛布をかけ、その中で忍んだそうだ。餌も、レタスやキャベツがメインで、他には台所から出る野菜クズなどを与えていた程度だそうだ。多少栄養のバランスがよくなかったためか、甲羅に均等に成長していない部分が見られるとか。
10年程前に結婚し、現在の小田原に移ることになった際、はじめはホーリーちゃんは実家に置いていったそうだが、そのうち心配になり、やはり手元に連れてきたとのこと。それからは、上述の玄関先の露地と裏庭の囲いを中心に自由気ままな生活を満喫している。玄関先には、ホーリーちゃんが掘ったという深い穴があった。奥行き4、50cmはありそうだ。夏の夕方にはここに潜って寝る。夜間と雨天時には、屋内へ収容。夏バテはあまりしないそうだ。海風が吹いてくるという地理的な条件に加え、露地に樹木が多く植えられており日陰も多いことがプラスに働いているのだろう。
冬場は、90cm水槽にヒヨコ電球、フルスペクトル蛍光灯、フィルムヒーターを設置し、その中で過している。床材に赤玉土を使用。水槽は2階の部屋に置かれており、同じ部屋にホシガメやヒョウモンガメなども同居している関係上、温度はやや高めになっているが、ホルスのケージは低い位置に置き、25℃くらいに保っている。
餌に関しては、数年前からは小松菜、チンゲン菜、レタス、夏期には庭の野草という内容になっている。4年ほど前に初めて人工飼料を与えたら、大喜びしたそうだ。カルシウム剤もときどき与えている程度。「カルシウム剤も、人工飼料もずっと与えて来なかったので、つい与えるのを忘れてしまうんです。」と瀬戸さん。
餌は基本的には毎日。冬は少し食が落ちるので、週に1日抜く日もあるそうだ。
量は?との質問に「一日に小松菜、チンゲン菜、それぞれ2枚ずつくらい。」とのこと。正直、非常に少ないという印象を受けたが、過食になるのよりは、カメの健康にとってはよいのかもしれない(産卵期のメスなどの場合はまた別として)。飼育下では肥満しがちで、肩の肉がはみ出ているような個体もいるが、ホーリーちゃんの肩はむしろえぐれていたのも印象的だった。勿論、これだけではなく、水は与えれば飲むし、スイカが好物で、夏になるとスイカ欲しさに人の後を追いかけてくるのだそうだ。好き嫌いはなくて、なんでも食べるのが長所。ときどき公園などへ散歩に連れて行くと、クローバーを食べることの方にご執心してしまうそうだ。因みに、温浴は嫌がるのでしていないそうだ。

この庭を独占している。岩あり、木陰ありでのびのびと生活している。写真奥の人物の移っているあたりに、お気に入りの深さ40センチ程の穴がある。


取材当日も、ずっと露地に咲いている野草や地衣類、地面に散ったフジの花びらまで啄ばんでいた。花は好きで、夏には床に落ちたハイビスカスの花を喜ぶそうだ。
長期飼育の秘訣は?との質問には、「特別に何かをしたつもりはない。たまたま生命力の強い個体だったのかもしれない。」と控えめなコメント。「ただ、狭い所を嫌がるので、いつも広い場所で存分に運動をさせていたのが良かったのかな、と思う。日光浴もよくしていたし、食べ物の好き嫌いが全くないのも健康の秘訣かもしれない。食事量が控えめなのもよかったのかもしれない。」
今まで、特に病気や事故もなく、至って健康体。去年一度、冬にお腹が冷えて消化不良を起こしたことがあるくらい。前に一度だけ脱走事件を起こしたことがあるそうだが、付近を歩いているところをご近所の方が見つけて、届けてくれたそうだ。
カメは瀬戸さんにとってどんな存在ですか?との質問には、「昔からとにかく動物が好きで、色々なものを飼ってきたが、亀に対する愛情も、犬(現在3頭の大型猟犬と暮らしている)に対する愛情も、馬(乗馬も趣味のひとつ)に対する愛情も、みんな同じ。元気にしていれば嬉しく思うし、病気になればいち早く病院へ駆け込むのもみんな同じ。亀は近所に獣医さんがいなくて、横浜の鈴木動物病院まで連れていっているが、そういう専門の獣医さんの確保も大切。」と結んだ。



最後に

国内における長寿のリクガメを探してレポートしてみたが、どうも飼育年数としては30年ぐらいというのが、現在のところ確かな記録と言えそうだ。個体の推定年齢ということになれば、80歳程度という回答もいただいたが、残念ながら国内での飼育の確実な記録としてではない。
また、リクガメ達にとって日本での生活は、まったくの異国での生活である。さらに、動物園においても、園内における超人気者という存在ではなかったこともうかがえる。さらに30年前には、ほとんど飼育方法も不明に近かったようだ。
しかしながら、そんな国内の飼育事情のなかにあっても、すでに30年に渡って飼育されているリクガメ達が存在しているという事実は、心強いものがある。飼育に携わってこられた皆さんの研究と努力のたまものであろう。
先輩諸氏の貴重な体験やアドバイスをふまえて、すべてのリクガメ飼育者は、現在の日本にいるリクガメすべてが、より長寿の道を歩んで行けるために、何をしていったらよいのかをあらためて考えてみることも大切であろう。
最初に紹介した170歳のガラパゴスゾウガメのHarriet(ハリエット)の現在の飼育担当者である、Australia ZooのJoy Nielsen氏にコメントをいただいた。Harrietは2001年6月の13日に新しい飼育スペースに移ったとのことである。ちなみにその新居は、特別に設計されたもので、気候条件がコントロールできる寝床としての洞穴(cave)と広い屋外の遊び場があるそうだ。これはAustralia Zooの中でも五つ星の宿舎とのこと。また、とっても大切な家族の一員であり、みんなが彼女を愛しているということだ。
国内での長期飼育においてもHarrietを目指したいものである。様々なテクニックもさることながら、やはり深い愛情がもっとも大切な要素であろう。
最後に、貴重な資料を公開していただいた、各動物園の皆さまと、作田 仁さん、瀬戸 香さんに深く感謝致します。


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