ケータイ伝3(青島刑事に捧ぐ)
 

そう、いつもそうだ。
いつも唐突なンだ、その電話がかかってくるのは。

心の準備なンか、いつだって与えちゃくれない。
状況も事態も何もわからないままノートPCを小脇に抱えてボクらは飛び出していく。

ボクらがいなくなった後にようやく始まる”対策会議”という名のリスク・マネジメント。
回収の可能性はあるのか、あるとしたらどの程度の規模なのか、それにかかる金額は?
この時点で議論したとして、それが何か意味をなすのだろうか。
何万台回収でかかる金額がうン千万と言われたって、だからどうしろというのだ。
そういうのはヤクザ顔負けの資材と事務屋にでも任せておけばいい。
金額がどーたら、期限がどーたら、それはいいとしてもだ。
とにかく直接銃弾を喰らうのは、必ず最前線のボクらという事なンだ。

現場に着いた。担当と見られるおじさンの苦虫を噛み潰したような顔とさっそく御対面。
ヤバい、この手のタイプは危険だ。まだキレられた方が百倍マシだ。
冷静に重圧を与えてくる理知的なタイプ程、たまらなく嫌で怖いものはない。

そしてこういう時に限って原因が皆目わからない。
過去の事例、今までの改善点、自分の頭の中のデーターベースを引っ掻きまわしながら、
刻々と経過する時間に気付かないふりをする。

お願いだ、ボクの背中にぴったりとはりつかないでくれ。
せめて何か質問してくれ。いらだってるンだろ?あるンだろ?なンか聞くことや、しゃべる事がさ。
駄目だ、頭の中が全然まとまらない。いつも目をつぶれば、頭の中に立体的にうかびあがる
ステート・フローの流れも、 階層化されたキュー構造の実体のPtrも、もやもやとした霧でできて
いるがごとく、ぼンやりとしか見えない… 暗い、暗いよ。

重圧と緊張が限界まではりつめたその瞬間、けたたましく鳴り出すボクの携帯。
「はい、もしもし」
「ああ、どう?様子? こちらの会議でも考えたンだけどさァ〜」

5秒後、ギターの弦は音をたてて切れた。

「現象は会議室で起こってるンじゃない!現場で起こってンだ!!」



そう怒鳴れたらどんなに楽か。
もはやいつキレてもおかしくない激情という名のピアノ線をやさしくやさしく抑えつつ
できうる限り冷静なふりを装いながら、今の現状を事務的に説明する。
電話終了後、背後霊のようにはりついていたおじさンが一言。「少し休憩しますか?」
やがて場に流れるほっとしたような空気。穏やかな雰囲気はボクに冷静さを取り戻させる。
そして活気が戻ってくる現場。ソースの中のSourceがゆっくりと姿をあらわしはじめる。

評価?責任?仕事?生活?

失敗したらどうしようだとか、結果に対する周囲の評価を気にしたりとか、自分の責任だとか、
そういったすべての自分に対する誤魔化しや言い訳の先に根ざす本質的なもの。


そうさ、本当はどうだっていいことなのさ。
もっと… そう、もっとどうだっていい事なンだ。

分かってる、いつも分かってるンだ。
だけど、だけど、余計な言い訳や誤魔化しでできたこの霧は、いつもボクの眼をめくらにする。

そう、分かってるンだ…

いつだって、今だって。


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