<アスカとレイ>
髪がのびてきた。
ので、駅の構内とかによくあるポッキリ1000円の床屋まで赴いてきた。
その安さゆえいつも混んでるその床屋だけど、今日の待ち客は全部で2名ほど。
まあこの店のいつもの混雑具合からすればかなり空いてる方なんじゃないかなって。
で、とりあえず椅子に腰を下ろし、耳にヘッドホンを付け、背もたれによりかかって前を向く。
いつも行ってる床屋の、いつもの待ち合い席から見える、いつも通りのお馴染みの光景。
…の筈が今日はちょっとばかり様子が違ってた。
こざっぱりとしてるけど金もってなさそうな学生風情か、営業回り途中のくたびれサラリーマン、
もしくはガテン系のムっサい兄ちゃんか、暇を持て余してそうな白髪じいちゃんぐらいしか来ない
店の筈が、今日その散髪席に座っていたのは、年頃20代くらいの今風の女の子。
へー、珍しいなーと思って眺めてたら、なんかその女の子、いちいちオーダーが細かいの。
「あ、そこは斜めっぽいめに」とか「前髪は切らなくていいです」とか「えーとそこは後ろに
流れてきちゃうんで、若干おさえめっぽく」とかね。正直、オーダーを寄こせと言われれば
「もみあげはデストロイ、サーチ&デストロイ」くらいしか頭に浮かんでこない僕からしてみれば
原宿辺りの美容院とかならともかく超低価格のここレベルでそこまで言えちゃうのって厚かましさ
を超えてちょっとしたカルチャーショック。大体が「っぽいめ」ってなんだ、「っぽいめ」て。
そんな彼女に対する理容師さんの態度はどうかってと「あ、じゃそこはラフに入れる感じで?」
とか「サイドどうします?多めにすきます?」とかなんとかもうノリノリなの。ブザーが鳴って
閉じる寸前の改札だろうがエレベーターだろうが強引に突破してきそうな顔相したおばさんの
ちょっと無理めな注文を「あ、ここ1000円なんで!」の一言でピシャリと完全封殺してた
以前の件と比べるとオイオイなんか随分態度ちがうんじゃないのって。無理や無茶はともかく
そんな細かいオーダーはありなんだ? だったら今日はこの僕も言わせてもらうよ、的な。
だから自分の番になった時、ピシッと言ってやったのね。
「あ、そこ垂直カットっぽいめ。かなり上めまで。うん、もみあげ部分」
「前髪〜〜………は、眉毛の上にかかるかかからないかくらいっぽく?」
「あ、バックは刈り上げ気味に。そこそこギリっぽいめまで。え、ラフでいいか? えと任せます」
えと、なんだろ、境界線から血が出てきそうなくらい、きっちり刈り上げられた。
「〜気味」とか「ギリめ」とか、全然そーゆうレベルじゃないの。ちょっと泣きそうになった。
「どうですか?」って出来上がりの感想を聞かれたんで、「えと、少し切りすぎめ?」って
半笑い顔で言ってみたら、愛想笑いとともに返ってきた返事が「あー、ラフめと言われてたんで」。
「お前の仕事っぷりが?」(爽涼とした笑顔で)
「1000円ですから!」(ぬけるような笑顔で)
といったようなやりとりがその後に続くことも特になく、僕は普通にありがとうを言い、
それに彼はどうもーと応えて、そして僕はその店を後にする。
エヴァ劇中における、綾波レイに対する赤木リツコ博士の評は「不器用」だった。
台風が通り過ぎた後の空はどこまでも透き通るように青く、
まだほんのりと湿り気混じりな空気が肌にまとわりつく感触は、どこかそれとなくけだる気で。
そして、かつて断然アスカ派だった僕の好みは、たぶん今なら綾波レイの方なんだろうなって。
なんとなく、そんなことを思ったんだ。