[MySelf]


9月1日

<インド・1>

しいて言うなら「記憶」。

それも記憶の井戸の底に深く埋もれてもはやおぼろげになってしまった大昔のそれでなく、
その色彩及び記憶の中の姿形がある程度鮮明な、それでいてはるか遠い昔の記憶。
例えば、中学に入りたての時分、あてがわれていた自分の部屋。洋服ダンスの上の棚に
ところ狭しと積み上げられた漫画の山、ベッドの下にだらしなくうち捨てられた雑誌の束。
ベッドの脇にそれとなく置かれた壊れかけのラジカセや、学習机の三段目に嫌というほど
放り込まれたスーパーカー消しゴムの数々、そして本棚の中に不規則に、それでいてびっくり
するほど大量に詰め込まれた本や小説やカセットテープ。もう少し下の世代なら床や机の上に
無造作に投げ出されたファミコンのカートリッジ。

それら数多のガラクタを手にいれた過程、あんなにまで夢中になって集めた理由、そこ
から得られた嬉しさや楽しさ。それら一つ一つのガラクタに詰まったそれぞれの思い出を
頭の中でゆっくりと反芻し、自分自身を作り上げてきたもののルーツを再確認し、そして
何時の間にか捨てられ、あるいは忘れ去られていったそれらへの、感傷という名の想い出を
じっくりと噛みしめてから、その意識を主観から客観へと、既に自分がいないであろう筈の
はるか先の未来へとシフトさせていく。

そのとき心に感じる痛み、深々と突き刺さってから徐々に重く、そして鈍く、のしかかって
くるような痛み。あ〜これが「無」かと。いずれ死んじゃうんだなーって。見てきたもの・
集めたもの・体験してきたこと、すべてが無駄になっちゃうんだなーって。なのになんで
こんなことやってたんだろー?って。


インド人とまともに付きあおうと思ったら、間違いなくそのくらいの悟りがいる。
時間ぴったしに会議室行ったら、だっれもいないし。いくら待っても来ないんで電話したら、
「ア、イクイク」。でもって現行スケジュールで間に合うのか聞いたら「モンダイナーイ」。
締め切り間際で再確認したら「アトイッシュウカンアレバデキルヨー?」カーっときてたら
「オコッテモ、カイケツシナイヨー?」。そのくせ、ワリカンの時の計算スピードは異常に
速いときている。

「ハイ、ヒトリ3314エンネ。ワカルー?」

このやろー 

「ア、マチガッタ。アト3エン、クレヨ」

えー


9月5日

<うん、またなんだ>

また、やらかした。
まさに直後。まだ透明度の高い水面がうっすら茶色く染まりかけてる矢先。
便座を立ってクルリと振り向いた途端、手の平をスルリと抜けてあのすり鉢状の
スロープをものの見事にすべり落ち、ケータイ、イン・ザ・ミソスープ。
我が体内で熟成された有機化合物の断片がユラユラと、あたかも熱帯魚のごとく浮遊
する中を深く静かに沈降し、洋式便器海溝約10センチメートルの最深部にゆっくり
と着底していくのを見て、小さく「うわ」叫んだ。 更には慌てて取ろうとしたその
タイミングを見計らったがごとく、水がオートでジャー って流れ出したのを見て、
今度は大声で「うわー」叫んだ。

「うわー、人糞のツイスターや〜」
彦摩呂ナレーションを脳裏に響かせつつ、カミーユばりの酸素欠乏ツラで口をパクパク…
させてる場合じゃなかった。なに着実に吸水口へと導かれていってんだよ。どんな仲間と
巡りあって、なにピサロを倒しに行くつもりなんだよ。マジ顔面から血の気がひいた。
次の瞬間、便器の中で渦巻くうんこ鳴門海峡の中へガバと右手を突っ込んで、ケータイを
水中から強引に引き上げることに見事成功。だが安心するのはまだ早い、むしろここから
が勝負なのだ。まず大急ぎでバッテリーをはずして即座に電源をオフり、それ以上の回路
ショートを防ぐ。次に小型扇風機のフロント部にケータイを完全固定して、内部に浸透して
しまった水分をひたすら飛ばすことに注力。この状態のまま一時間ほど放置し、頃合を見て
再起動させてみることにした。

が、この待ち時間が思いのほかキツい。
ケータイを水没させてしまった経験のある方々なら、私のこの気持ち、お分かりになるん
ではなかろうか。アドレス帳は無事なのか、写真データは無事なのか、もし駄目だとしたら
修理費はいくらかかるのか、そもそもデータって壊れてたら修復不可なんじゃないだろうか。
友人家族一同に電話番号とメアドを再度伝える面倒さに加え、あの忌わしき洗濯機混入事件
により機種変を余儀なくされてからまだ2ヶ月たっていないという事実も含めて、動くのか
それとも駄目なのか、もう不安で心配でいてもたってもいられないのである。
例えるならアニメイトで買えば特典がつくにもかかわらず、そこに行き着くまでの道すがら、
店頭で見かけてしまったそれをつい購入してしまうようなものだ、分かるだろ!?

結局、5分と待てなかった。祈るようにスイッチを入れる。そしてケータイは二度と動かなかった。
「動け、ケー・タイ…! どうした?何故動かん!?」とわめきちらしつつ、カミーユにZごと
正中線ブチ抜かれたシロッコのごとき幽鬼ツラして、その場にしばし呆然と佇む羽目になった。



AUショップに着くまでの道すがら、あの限りなく透明に近いブラウンのみなもを揺らす
喫水線に思い馳せつつ、やっぱ便所は和式に限るよなーって。そう、しみじみ思ったよ。


9月6日

<ケータイ修理、インド・2>

修理しているあいだの期間、AUショップが代替機を貸してくれることになった。
そのこと自体は非常に嬉しいのだけれど、代替機だけにこれが外見・機能ともに全然
イケてない。まあメール・ウェブ・カメラ、ほぼ全ての要素においてほんの申し訳程度
の機能しかついていないのだからそれも当然か。

で、憮然としたツラしながらそれ使っていたら、周囲がこう言うわけ。
 「あ、ケータイ、機種変したんだ?」
事情を説明するどころか息をするのも面倒くさいぐらい意気消沈してたんで、適当に
うんうん頷いてたら、みんな口々にこう言うの。
 「前のに比べてシンプルになったっスね」
 「機能がやたらゴテゴテついてるのより、こういう方がいいかもー」
ん、そっか? ん、そう言われてみれば、なんか悪くない気もしてきたわ。
したら、後ろをたまたま通りがかった例のインド人も会話に参加してきたわけ。

「ケータイ、カエタンダー」

うんうん。

「エート、ダサクナッタネ」

インド人、正直だねー


9月12日

<ケータイなおった、インド・3>

部品交換前の中味、こんなんなってたそうです。



うーん、端子部分が腐ってやがる。

ケータイを水に落としても、電源すぐ切って丹念に乾燥させれば治る可能性がある、
なんて良く言いますけど、あれ絶対、都市伝説だと思いますね。
だって、たった5秒、水に漬かっただけでコレモンだもの。
それとも、やっぱアレか。水がウンコ水だったのがいけなかったのかなあ?

ついでに、くだんのインド人には至極あっさり「フルイノ、クレヨ」と言われました。
どこまであるがまま生きてるんだと思った。俺はお前になりたいよ。


9月20日

<異文化交流、インド・4>

先日、業務用耐熱試験機の中にコンビニ弁当を投入するというアバンギャルド極まる行為
をなんなく実践して周囲の度胆をぬき、その内部で添えつけのソース袋を木っ端微塵にする
という反社畜的所業を至極あっさりやってのけ、この私をして心胆寒からしめるという超弩級
の異業を成し遂げたくだんのインド人、そう、奴がこのたび「ゲド戦記」を見てきたらしく、
なにかにつけやたらと「イイヨイイヨ」を連呼するので、知り合ってからまったくといって
いいほど進展していない日印友好の改善という意味あいも含めて、すこし彼と映画カルチャー
について語らってみることにした。

「で、なにがよかった?」
「ウゴキガキレイ」
「なるほど。他には?」
「イノチヲタイセツニシナイヤツナンカダイキライダ、トカ」
「いいセリフだよねー」
「インド、キタラ、タブンソンナコトイワナクナルヨ」
「あー 命大切にしてなさそうだもんねー」
「ハッコツシタイ、ゴロゴロ」
「そいや死んだ人をガンジス河に流すって本当?」
「ホントウ。オレノジイチャンモソウ」
「そのまんま流したの?」
「ソンナワケネーダロ」

日印友好どころか、殺伐としていくばかりである。いかんいかん、話題を切り替えよう。

「そいや、インドの映画って、やたらと踊るよね」
「リユウ、アル。インド、エッチナコトニハ、トテモキビシイ」
「うんうん」
「ダカラ、エッチナコト、ウツセナイ。ソレデ、オドリデ、アラワスノ」
「あー、じゃ、キスとかセックスのシーンは、みんな踊りでごまかすんだ?」
「ゴカマス、ジャナクテ、オドッテ、キモチツタエル」
「へー、そうなんだ?」
「ダカラ、インドジン、オドルノダイスキ」
「へー、インドじゃ踊るのは当たり前なんだ?」
「ソウ。イツデモドコデモ、オドルヨ。タノシイヨ」
「じゃ、ハシャ(仮名)も踊るの大好きなんだ?」


一拍おいて「バカニスンナー」と返ってきた。本当にインド人は侮れない。


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