-276-紹介した文章の解釈はどうでしたか。簡単ですか? 難しかったですか? いずれにしても、私とは関係ないフォーラムのルールにあれこれコメントするだけでは不毛すぎる。 ここで興味をもつべきは、「長さとは無関係に解釈が難解になってしまうのはなぜか」ということだ。 今までに例示した個々の文章は長文ではない。 短文で解釈が完結しているはずなのに、なお困難さを持っているというのは不思議である。
非常に根本的な問題は二つありそうだ。 未定義の用語の解釈の曖昧さの問題と、用語を定義することによる意味喪失の問題である。
ところが、この「常識」というのが難しい。
例えば、FMHPローカルルールの「6.」の1)の(1)に、次のような表現がみられる。
フォーラムローカルルール、ニフティ会員規約、及び国内法を遵守したうえで、
国外の法律は守らなくてもいいのか、という問題は今回は無視しよう。 問題は「フォーラムローカルルール」と「ニフティ会員規約」である。これらは何か?
「そんなの常識で分からんのか」といわれそうだ。 しかし「フォーラムローカルルール」の意味は定義されていない。 FMHPローカルルールに出現する類似の表現を数えると、次のようになる。
4回 | 当ローカルルール |
3回 | フォーラムローカルルール |
2回 | ローカルルール |
1回 | FMHPローカルルール |
これが同じものを指している、と解釈すればそれでオシマイである。 しかも、おそらくその解釈が正解だろう。 だが、同じものを指すのなら、全部「FMHPローカルルール」と書けばよいのだし、それが最も誤解を少なくする最善の方法であることは間違いない。だとすると、なぜわざわざ表現を変えているのか?
文芸作品では、同じ対象なのに異なる言葉を使って表わすことがよくある。 これはイメージを膨らませる効果を得るための手法だ。 しかし、規約に自由なイメージを膨らませてもらっては、多分、困る。 わざと曖昧な規約にしたいのなら話は別だが、約束事というのは、どちらかといえば「百人が読めば百人とも同じ解釈をすること」を期待したいのではないかと思う。
表現が異なれば、別の意味に解釈する余地が生じる。 いや、全く同じ表現であっても、文脈に応じて内容が変わることがある。 プログラミングの世界ではコンテキスト依存という。 これとは逆に、異なる表現が結果的に同じ意味・モノに対応することもある。これをエイリアスと呼ぶ。 エイリアスを使う理由の一つは、同じ実体を指しているにもかかわらず、あえて別のモノであるとして解釈させたいという目的がある場合。 もう一つよくあるのが、名前が長すぎるから短くしたい場合。別名を付けて短い名前で使えるようにする。 あだ名のようなものでしょうか。
ニフティサーブ会員規約は難解であると、以前評した。これと比較してみよう。 「規約」という表現を数えてみる。
8回 | 本規約 |
3回 | 利用規約 (但し、「パティオ利用規約」という意味で用いる。) |
2回 | 規約 (但し、1回は「規約違反」という表現になっている。あと1回は「会員規約」とはまったく別の規約を意味している。) |
1回 | 会員規約 (但し第1条の()内のみ。) |
このように、あれだけ難しい「ニフティサーブ会員規約」でさえ、文中で自分自身を意味する表現を「本規約」に統一していることが分かる。 実際、規約というのは大抵そういうものだ。 そうしておかないと、後で「ここはこのような解釈も可能だ」ということになって、いざという時に困るからだ。
規約中では、毎回正確な表現にすることで文章が長くなり、結果的に読みにくくなることがある。 これを避けるために、最初だけ正確に表記し、それと同時に「(以下何々と記述)」のように明示する方法がある。これもエイリアスだ。 例えば、ニフティサーブ会員規約の第1条で、
本規約はニフティ株式会社(以下ニフティといいます)が提供する…
とある。何も説明がないと「ニフティ」という表現の意味は曖昧である。 サービスそのものを意味するかもしれないし、会社の名前だろうか、と思う人もいるだろう。 しかし、ニフティサーブ会員規約の文中に限れば、この条文から後に「ニフティ」という表現が使われたら、それは「ニフティ株式会社」という意味であることが保証されるわけである。
ついでに、FMHPローカルルールに見られるもう一つの表現「ニフティ会員規約」。そんな規約はこの世に存在しない、と文句を言う人は滅多にいないと思う。 「ニフティサーブ会員規約」を意味していることは、殆ど明白なのだ。 しかし、それが「絶対」ではなく「殆ど」であることが、どうしても気になる。
しかも、この個所は「ニフティサーブ会員規約」と書くだけで「殆ど」を「絶対」にできるのである。「サーブ」というたった3文字を入れるだけだ。 なぜこのたった3文字を省略する必要があったのだろう。理由が分からない。 もし何か理由があるとしても、「ニフティサーブ会員規約(以下ニフティ会員規約といいます)」のように明記する手もあるのだ。
この内容は猛烈に当たり前だから、かえって怪しいという声もありそうだ。 何か裏の意味があるのじゃないか、と邪推されるのではないか? あるんだよん(*1)。 でもそれは今回は内緒ということで、今回の論点に注目すると「ニフティサーブ会員規約」と書いてあるのがミソである。 実はこれは昔は「NIFTY-Serve会員規約」という表現だった。 というのは、規約の名称がある時に変更になったのである。それに合わせた。ただそれだけ。
定義すること自体はいい。 曖昧な解釈を厳密化する効果もあるし、文意を明確にできる可能性もある。 ただし、定義した用語が文脈中に使われるとき、一般的な意味なら解釈できるのに、その定義通りに解釈したら意味不明になってしまう…としたら、どうだろうか?
例えば、FMHPローカルルールの1.の2)に書かれている「FMHP」の定義を紹介しよう。
メンバーズホームページフォーラム。ウェブ上のサービス提供を含む総称。
ウェブ上のサービスって何? えーと、あなたもしかして、インターウェイからアクセスしてますか? それじゃあ分からない。 というか、ニフティサーブって全部ウェブ上のサービスのように見えるかもしれないが、実はそうでもない利用方法もあるのだ。びっくりしました? いや本当の話。 それはさておき、もう一つ、定義を紹介する。
SUBSYS及びSYSOP を含む、フォーラムの運営業務に携わる会員の総称。
これは1.の4)の、「運営スタッフ」の定義だ。
実は「運営スタッフ」という言葉は他のフォーラムでもしばしば見られるのだが、フォーラムによって「スタッフ」の範囲がかなり曖昧なのだ。 SYSOPとSUB-SYSOPだけを呼ぶ所もあるし、会議室のリーダーを含むこともあるし、SYSOPやSUB-SYSOPを含まない場合もある。ややこしいのである。
とりあえず、FMHPローカルルールにおいては「FMHP」と「運営スタッフ」という表現の意味が紹介した通りに定義されている、ということを理解していただきたい。
ポイントは、これらの用語を定義通りに解釈しなければならない、という所にある。世間一般に使われている意味は、もしかすると違うかもしれない。 しかし、FMHPローカルルール内では、そこからひとまず離れなければならない。 一般的な意味で解釈して構わないのなら、わざわざ定義した意味がないからだ。 もちろん、これらの定義は、一般的な意味から自然に連想できる範囲内の定義になっている。 だから、この定義だけで大混乱することはないはずだ。
FMHP会員がFMHP内に掲載している発言、ソフトウェアなどの著作物。
なお、
運営業務の一環として運営スタッフ等がライブラリに転載した場合には、そのライブラリ転載ログも含みます。
(FMHPローカルルール 1. 8) より引用)
このように「運営スタッフ」という言葉が出てくるのだ。 ちなみに、ここで定義されている「会員著作物」は、ここで定義されているだけで、その後どこにも一度も出てこない。 実はなぜ定義したのかと質問されたのだが、そんなことは私は知らない。もしかしてこの原稿のために定義してくださったのでは? それはさておき、この定義でちょっと感心したことがある。 「運営スタッフ等」という表現である。 この「等」がないと、話がさらにややこしくなるおそれがあるからだ。これは美味い表現である。
さて、では「FMHP」はどうか? 約30回出てくる。 その中には「FMHP会員」のように熟語のような使い方をした表現もあるが、候補を絞るという意味で、今回は単独で出てくる表現に注目してみよう。 例えばFMHPローカルルール8.の1)には、次のような文章がある。
フォーラムローカルルールの「 5. 禁止事項」のいずかに該当する行為を行った会員に対しては、FMHPは所定の警告を与えます。
(後略)
「フォーラムローカルルール」が未定義ということは前述した。 このように、文脈で判断すれば「FMHPローカルルール」そのものだと解釈してまず間違いないし、ここではこれ以外の意味に解釈しようがない。
では、ここに出現した「FMHP」というのは何だ? これは未定義語ではない。 「メンバーズホームページフォーラム。ウェブ上のサービス提供を含む総称。 」のことである。そう定義したのだから、当然そのように解釈しなければならない。
何かあった時にSYSOPが警告する、というのなら分かりやすい。 運営スタッフが警告するというのも、まだわかる。 しかし、8.の1)というルールは、「SYSOP」でもなく「運営スタッフ」でもなく、「FMHP」、すなわち、メンバーズホームページフォーラムが、所定の警告を与えるという規定になっている。 運営スタッフが警告するのなら「運営スタッフ」となっているはずだから、少なくとも、警告を与えるのが「運営スタッフ」ではないことは確実だが…。
それってどういうこと?
というのがFPROGORGで実際にあった質問なのだが、こんなの私が回答できるわけがないだろ。
発言しないだって? ネットの醍醐味は、双方向のコミュニケーションではなかったのか。そりゃそうだ。でも、悲観することはない、大丈夫。 なぜなら、ニフティサーブ会員に要求されているのは、ローカルルールを「理解する」ことではない。ローカルルールを「遵守する」なのだ。 つまり、理解できなくても、守ることができれば十分に結果オーライなのである。 経験的に、大抵の長文ルールはこれで何とかなるものだ。
結局、要求されているのは、高度な読解力ではなくて、高度な常識力である。 でも落とし穴には注意してくださいよ。
ニフティサーブのフォーラムを見てもらえば分かると思うが、ここ数年、「フォーラム会員」という概念は既に風化しつつある。 昔は、フォーラムを最初に見る時に、入会案内の表示が出て来て、入会を希望するというメニュー選択を行い、管理者の承認を待って、それから参加できる、というシステムがあったのだ。 実は現にまだあるのだが、現時点では、これらの処理を省略して設定にしたフォーラムが多数になった。FPROGもそうである。 ニフティサーブの会員なら、最初にアクセスした時に、いきなり会議室に読み書きできるのである。 だから、入会とか退会という概念は、システムの処理上は残存するとしても、ニフティサーブ会員からは過去の風景の一つになりつつあるのだ。
FMHPローカルルールをほんのちょっとだけ紹介してみた。 あの分量はどう考えても、参加者全員が全文を実際に読むことを想定しているとは思えないし、読んで理解することを期待しているかというと、もうそれは絶対にあり得ないと言っていいと思う。 絶対というのは言いすぎかもしれないが、100人に読んでもらって1人未満とか、そういう数のような気がする。
つまり、それを全部読んで、しかも記憶して、その上でフォーラムで行動してくれ、という所まで要求しているのだとすると、それは即ち殆どの人に「参加しないでくれ」と言っていることに他ならない。 フォーラムはそれでは成り立たないのだから、その解釈はおかしいことになる。 ということは、やっぱりあれは、他の多くの約款や規約と同様、何か問題が発生した時に、運営側が有利な立場になることを目的として作られたものであり、参加者が熟読することは想定していないのだと思う。
インターネットが家庭に標準的な情報経路となる時代、それは双方向のコミュニケーションをもっと信頼ある形で成就する世界であるべきではないか。 難解長文の規約を与え、どうせ読めないが、使いたいから読んで承諾したことにする、というのはコミュニケーションとは言えない。 相手が読んで納得したり反発する所からコミュニケーションは産まれる。
インターネットの参加者は多様な慣習に染まった状態で全世界と接触するのだ。 当然、規約やルールは必要になる。 それは、読んで理解してもらえる内容であるべきだと思うし、ルールを与える側も、それを意識した工夫が必要なのではないか。 とはいえ、以前FPROGで話題になった時に、ローカルルールをクロスワードパズルにして、解けた人だけ参加できるようにする、というのはちょっとノリすぎかもしれないが。とにかく、もう一歩、何か工夫が欲しいと思う。
で、そろそろこの回は終わらせていただくのだが、さて、これだけ長く書いたのだから、ここまで読んでいる人もいないだろ。多分。
(BGM: Grateful Days - Dragon Ash)
(注)
(*1) 含みとしては、ニフティサーブ会員規約に違反しないことならば、何をやっても構わない、という意味がある。 ニフティサーブ会員規約は猛烈に厳しい内容だから、何か問題があった時に、これに違反していないという状況は滅多にないのだ。
COMPUTING AT CHAOS RUINS -276- 1999-06-09 NIFTY SERVE FPROGORG mes(6)-270 FPROG SYSOP / SDI00344 フィンローダ (C) Phinloda 1999