混沌の廃墟にて -275-

読ませる文章 (2)

1999-06-01 (最終更新: 1999-06-22)

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Netscape Communicatorを使ったことがありますか。 いや、今既に使っている、という方もいらっしゃるのではないか。そういう方に問いたい。 使用許諾契約はご存知ですよね。 じゃあ、Communicatorのベンチマークは事前に文書の承認が必要なことはご存知ですよね? 何、知らない? 「3.限定」の(5)に書いてあるじゃないか。ところで「限定」って何? 英文の契約を見れば…えーと、

「RESTRICTIONS」のことか。それって普通、「制限事項」とか言わないか? でもNetscapeの場合は「限定」と表現するようだ。別に構わない。 それよりも内容が重要なのだから、とりあえずこだわらないことにする。(*1)

冗談はヌキにして、ご存知ない方が多かったのではないだろうか? Netscape Communicatorをインストールする時に、当然、使用許諾条件が表示され、これに合意するかどうか、確認を求めて来る。 この条件文、最初が英語で300行強あるのだが、その後に日本語訳があったりするのだ(日本語版、4.6の場合)。 ちなみに、インストールしてから「場所」の所に、

about:licence

と入力すれば、同じものが表示される。ただし、今度は日本語が先だ。 一体どうなっているのだ?


さて、FMHPローカルルールの話題に戻る。 200行を超える長さの内容があることは先に述べた通りだ。 Netscape Communicatorの使用許諾条件の場合、日本語訳の部分だけでも300行以上あるわけで、しかもかなり表現が難解である。 それに比べると、200行という長さが本当に長いかどうか、意見が分かれるかもしれない。 ただ、200行を読むだけならともかく、熟慮し、全て納得した上で行動することを期待しているのだろうか。この疑問の答えは明快である。 そんなことはないはずだ。なぜなら、ルールの内容が極めて難解なのである。 いま表現が難解だと評したNetscape Communicatorの使用許諾条件どころではない、さらに上を行く難解さなのである。

特に、用語が難しすぎることが、いきなり問題になりそうである。 FMHPローカルルールの「 1.」は、用語の定義に割り当てられている。 この定義の内容が、既に難しい。

例として、同ルールにおける「フォーラム著作物」の定義を解釈してみよう。 「フォーラム著作物」という表現は世間には通じない言葉である。 言いかえれば、何か辞書や事典を見ても「フォーラム著作物」という表現の意味はどこにも書かれていない。FMHPのルールの中で、特別に定義した用語なのである。 こういう用語はきちんと定義しないと意味がわからなくなるから、その内容は重要な意味を持つはずだ。では、紹介しよう。フォーラム著作物の定義は次の通りである。

FMHP運営業務の一環で作成した著作物の総称。

会議室名、ライブラリ名の他、編集著作権を構成するものについては編集著作物となります。ただし編集著作物については原著作物には及びません。

(FMHPローカルルールより引用)

この引用は1999-05-15時点の内容を参考にしている。 もしかすると現時点では変更されているかもしれないが、その場合はご容赦いただきたい。

特に2つめの文が猛烈に難解だと思う。かなりの前提知識を必要にするはずだ。 安易に読むと間違えるのではないか。この文から考えてみよう。

まず「編集著作権を構成するもの」って何だろうか? つまり、「会議室名」「ライブラリ名」というのは「編集著作権を構成するもの」に含まれているのだろうか?

質問を変えよう。「会議室名」「ライブラリ名」は編集著作物となるのか? ならないのか?

話題が外れるが、会議室名やライブラリ名は著作物なのか、という問題がある。 著作物のタイトルは著作権法では「題号」と呼んでいるのだが、一般には、次のような解釈が行われている。

題号には通常、著作権は成立せず、他人の著作物の題号を自己の著作物に借用しても、著作権侵害とはならないものといいうる。

(半田正夫・紋谷暢男 編、著作権のノウハウ、有斐閣、ISBN4-641-18113-6 第1章 総論、8 著作物の題号の保護)

また、著作権法第二十条には、次のような表現がある。

著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、

(著作権法第二十条)

この条文を見ると、著作物と題号を別のものとして扱っていることがわかる。 実際、同名の小説や音楽は結構ある。 しかし、それが著作権法違反として訴えられたことはないはずだ。書名は著作権としては保護できないからである。 しかし、著作物の題号を勝手に変更すると同一性保持権の侵害となるし、ヒットした作品のタイトルを真似して類似の作品を作ると、不正競争防止法にひっかかるかもしれない。 ヒットした曲のタイトルに便乗して間違えて買う人を期待したりするのは、やはりまずいのである。 ちなみに、著作物の題号を登録商標にできるか、という問題に関してはは両論あるらしい。

では、会議室名というのは、題号に該当するのだろうか? もしそうだとすると、会議室名を単独では著作物と考えるのは難しいことになる。

では、「編集著作権を構成する“もの”」というのは、一体何を指しているのか? そのためには、編集著作権とは何かを理解する必要がある。 著作権法第十二条は、次のように規定している。

編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によつて創作性を有するものは、著作物として保護する。

2 前項の規定は、同項の編集物の部分を構成する著作物の著作者の権利に影響を及ぼさない。

  (著作権法第十二条)

一般に編集著作物とは、著作権法のこの条文によって定められている著作物のことである。 つまり「素材の選択又は配列に対して創作性を有する」ような著作物だ。 そして、これに関して保護される権利のことを編集著作権と呼んでいるのである。

編集著作権において重要なのは、あくまで素材の選択や配列に対する権利に過ぎないということだ。 素材そのものが著作物である場合は、その素材としての著作物に対する権利を持っている人がいるかもしれないが、その権利には影響を及ぼさないのである。

ただ、ここで、素材が著作物である必要はない、ということは重要である。


以上の予備知識を頭に入れて、もう一度FMHPローカルルールを読んで欲しい。 再度引用しておく。

会議室名、ライブラリ名の他、編集著作権を構成するものについては編集著作物となります。

ここでは、会議室名、ライブラリ名、(その他の)編集著作権を構成するもの、の3つの素材が列挙されている。 会議室名とライブラリ名は、著作物となり得るかどうか分からないが、それは編集著作物の成立には影響を与えないのでどちらでも構わない。 「編集著作権を構成するもの」というのは、その他の素材を指しているのだろう。では、編集著作物となるのは一体何だろうか? 既にお分かりと思うが、個々の素材が編集著作物となるわけではない。 つまり、編集著作権というのは、それを「構成するもの」に対する権利ではなく、それを構成するものを「選択又は配列」したことに対する権利なのだから、結論としては、このルールは、

会議室名、ライブラリ名の他、編集著作権を構成するものについては、(それら素材に対する選択又は配列としての編集成果としての全体が)編集著作物となります。

のように()内を補ってやらないと、法律と矛盾してしまうのである。 つまり、このルールは、()内を補うことを読者に期待した文章であると考えざるを得ないのだ。

これは超難解な文章だと言っても差し支えないのではないか。

しかも、さらにこの文章には、より高度な難問が控えている。 ()内を補うような解釈をするならば、結局、ここで述べていることは、

・編集著作権を構成する素材を編集した成果は編集著作物である。

ということに過ぎない。そんなことはルールで定めなくても自明なのだ。 また、ルールで定めようが定めまいが、著作権法における編集著作物に該当しないモノは、世間では編集著作物ではないのである。 そんなものをルールで編集著作物と定めたら大変なことになる。

では、一体このルールは何を示すことが目的なのだろうか?

この回答を保留し、さらに続く文を考えてみよう。


もう一度引用する。

ただし編集著作物については原著作物には及びません。

これは一体何を意味するのだろうか?

法律家ではなく、法律の解釈を専門としないありふれた人達、例えば私もそうなのだが、が「編集著作物については原著作物には及びません」という文を素直に解釈すれば、やはり、

・原著作物の方が編集著作物よりも優れている。

という意味しかないだろう。何が優れているのかは、まさに謎なのだが。 しかし、著作権法第十二条の2に、

2 前項の規定は、同項の編集物の部分を構成する著作物の著作者の権利に影響を及ぼさない。

とあることを知っていれば、また、この文脈では、何か著作権に関連したことが言いたかったのではないか、とか勝手に想像することで、いまや全く別の解釈も思い浮かびつつある。 つまり、

・編集著作権は、編集著作物の部分を構成する原著作物の著作者の権利には影響を及ぼさない。

と空想してみるというのはどうだろうか。 「及ぼす」と「及ぶ」は極めて似ているにもかかわらず、何となく別の言葉というか意味が違うような気もするわけだが、そこはこだわらないことにして、もし仮にこの空想がFMHPローカルルールの表現したかった内容と同じだというのなら、はっきり言ってそのルールの日本語はヘンだろう。

フォーラムの電子会議というのは、基本的に、文字の表現だけでコミュニケーションを成立させようという場なのである。 もちろん、画像データが中心のフォーラムも、音楽データやプログラムがメインのフォーラムもある。 とはいえ、単にデータを置いておけばよいという時代は終わった。 いまやWWWという絶好の場所があるのだ。 そうなると、やはり関心が高まっているのはコミュニケーションの場としてのフォーラムではないだろうか。

いくら何でも、コミュニケーションを円滑に進行させるということが極めて重要な役目であるべきはずの「フォーラムのスタッフ」に、平均以上の日本語の知識がないわけがないだろう。 ということは、この空想が「表現したかった内容」と同じだということは、あり得ないのだとと思う。

それに、この空想。 結局、著作権法に書いてあることと全く同じで、わざわざここに書く意味がないのだ。だから、やっぱり怪しい。 何か別にいいたいことがあるのではないだろうか?

となると、さて、何がいいたいのか?

たった1つの条文を理解するだけでも、これだけ難解なのだ。 しかもまだ理解できていないじゃないか。(*2)

(つづく)


(注)

(*1) ここではこだわっていないが、使用条件のこのような文脈で「限定」と言われても意味が分からないと思う。

(*2) 何か雛型があって、それを修正したら、意味不明の条文になってしまった、という説もある。


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