混沌の廃墟にて -214-

親指シフトはタッチタイプできないという妙な結論(1)

1994-03-04 (最終更新: 1996-04-13)

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 早とちりの反論メールが殺到するのを望まないので、先に補足させていただく。 私は親指シフトがタッチタイプできないとは絶対に思っていない。標題の妙な結 論は、いくつかの発言を客観的また論理的に解釈すればそうなるのであって、早 い話が私の意見ではない。だから「親指シフトはタッチタイピング可能だ」と反 論されても「私もそう思う」としか返答できないから、そこのところよろしく。
    *
 JISカナ配列はタッチタイプ可能か、という問題は 「混沌の廃墟にて-16-」でも過去 に提示した。結論は簡単で、可能に決まっている。私自身がJISカナ配列をタッチ タイプしていたのだから、間違いない。ところが、親指シフト支持者がよく用い る主張の一つに、「JISカナ配列はタッチタイプできない」というものがある。以 前紹介したFKBOARDで質問すれば、この不思議を解くことができるかもしれない。 と期待したのだが。

 FKBOARDの15番会議室は資料室となっている。おあつらえ向きに「JISカナはタ ッチタイプできない」と書いた資料がここにある。

 その中から2つ紹介する。まず発言003のJISキーボードの説明箇所。

 >  3JISキーボード
 >   ・四列の配置。アルファベットは26文字で三列の鍵盤配置(30位置)
 >      でよいが、かなは収容できないので、四列(数字の列にかなを割り振る
 >      )にして、しかも小指の外側にも割り振ってある。そのため英文タイプ
 >      ライタのようにはブラインドタッチができない。

  (FKBOARD MES(15)「参考資料(read only)」-003、
 「【親指】論文 親指の秘密/神田泰典」より)(*1)
 この表現には「英文タイプライタのようには」と修飾されている。このため意 味が瞹昧になっており、「英文タイプライタのようにはできないが、一応ブライ ンドタッチができる」と、「英文タイプライタはブラインドタッチができるが、 JISカナはできない。」の、2種類の微妙な解釈が可能である。従って、ここでは かなり否定的ではあるが、完全に否定しているとは断言できない、としておきた い。

 しかし、もう一つの例では極めて明瞭に「ブラインドタッチができない」と言 い切っている。

 >  ☆JISカナキーボードの問題点
 >   カナタイプライタでは、アルファベットよりも多いカナを工夫して、キー
 >    ボードにおさめている。この流れをくんでいるのが、JISで配列がきま
 >    っているキーボードである。しかし、カナを4列に配置せざるをえなかっ
 >    たので、ブラインドタッチができないという大きな欠点がある。(以下略)

  (FKBOARD MES(15)-011、「【親指】日本語ワープロの技術を考える(2)」より)
 同じ会議室の発言027番、「【親指】親指シフトキーボードご提案書(2)」でも、 JISキーボードのカナに関しては、
 >  特にブラインドタッチができないことは致命的
 と言い切っている。また、その理由については「4段配列のため、指がホームポ ジションから離れてしまい」と説明されている。この認識が正しくないことは、 既に「 混沌の廃墟にて-16- 」で述べているが、もう一度復習しておく。
    *
 全ての指をホームポジションに置いたままでは、ホームポジション以外のキー はタイプできない。当り前である。従って、ホームポジション以外のキーをタイ プする時には、全ての指ではなく、一部の指をホームポジションに置くのである。 具体的には、人指し指、中指でタイプする場合には、小指をホームポジションに 置いたままにする。薬指、小指でタイプする場合は、人指し指をホームポジショ ンに置いたままにする。

 指を一本だけ動かすのは難しい。実際に指を動かしてみればすぐ分かるように、 隣の指も同時にある程度動くからである。特に、小指や薬指を一本だけ動かすの は、よほど練習しないと無理である。従って、例えば小指でホームポジション以 外のキーをタイプする場合には、特に薬指を小指と一緒に動かすべきである。こ れを無視して薬指を固定すると、かえって疲労が激しくなるからだ。他の指も同 様に考えてよい。

 では、人指し指だけをホームポジションに置いたままで、キーボードの一番上 に他の指が届かないという人はいるだろうか。私の知る限りでは、余程手が小さ い人でも十分に届く。小学生低学年の子供の手の大きさだと届かないかもしれな い、という感じである。

 pc98のキーボードの場合、Jのキーから¥のキーまでの距離が11cm弱である。じ ゃんけんのパーのように指を広げた時に、人指し指の先から小指の先までが、11cm 未満だと、このキーボードを使って、人指し指をホームポジションに置いたまま、 ¥のキーを押すことができない。ちなみに、私の場合は17cm程度まで届く。

 しかし、17cmも離れた所にキーがあると、実際まず平常心でタイプすることは できない。神業を必要とするキーボードでは困る。無理せず使える距離はどの位 か。私の経験ではJISキーボードの¥がぎりぎりの距離で、もう一つ離れたBSとな ると、ホームポジションから完全に手を離すことがある。個人的な経験だけを根 拠に想像すれば、大雑把に言って、限界まで手の指を開いた時の2/3程度の距離が、 とりあえず使える範囲だと思う。さらに、快適にタイプするためには、1/2程度の 距離内にキーが入っているのがよい。

 もう一つの重要なポイントは、タッチタイプを実行するには必ずしも常にホー ムポジションに手を置く必要はないということである。事実、機械式のタイプラ イターでは、1行毎に、キャリッジリターンという操作を行ったのだ。この時、右 手は、完全にキーボードから離れる。この操作の後タイプを続けるために、右手 をホームポジションに戻さなければならない。この時にキーボードを見て確認す るのは初心者である。少し慣れたら誰も見なくなる。なぜか。見ないでもホーム ポジションに手を置けるからだ。経験的に、左手が正しくホームポジションに置 いてあれば、右手がどこにあっても、ホームポジションに戻ることができるから、 左手と右手の位置関係を体が覚えるのだと考えられる。(練習すれば、テンキーの 付いたキーボードのテンキーも含めて、タッチタイプできる。)

 従って、万一、手がとても小さくて、ホームポジションから完全に手を離さな いと辺境のキーを押せない人がいたとしても、場合によってもタッチタイプが可 能…かと思ったのだが、よく考えてみれば完全に手が離れるとタッチしないわけ だから、そういう意味ではタッチタイプ不可能だが、…とにかく、キーを見ずに タイプすることが可能なのである。もちろん、これは効率や疲労の面からは望ま しくないことである。よく使うキーは近くにあった方がいい。

    *
 FKBOARDでは、以下の2点について質問した。元の文章はFKBOARD MES(2) 050 「JISキーボードの検証データ求む」にあるが(*1)、要約すると次のようになる。

  1. 親指シフトキーボードの検討資料に「JISキーボードは4段の配列なのでブラ インドタッチできない」とあるが、その科学的な根拠と、判断の元になった データまたは資料。

  2. 上の質問の回答を使って次の主張の間違いを指摘して欲しい。
    1. 私自身JISキーボードをタッチタイプしていた。
    2. JIS配列をタッチタイプしている人を他にも見た。
    3. 英文タイピストは数字を入力する時に一番上の段を見ずにタイプできるのだ から、JISカナ配列でも一番上の段をタッチタイプできるはずである。

 なお、私がこの質問に回答する立場だと、逃げるしかない。本人が「自分はで きる」というのを反証するのは殆ど無理である。仮に世界中でJIS仮名をタッチタ イプできるのがフィンローダ一人だけなら、「あんたは希な例外だ」とする手が ある。あるいは、殆どの人がJIS仮名をタッチタイプできない、というのなら、 その証拠を示せばよい。しかし、実際、JIS仮名をタッチタイプする人は私が知っ ているだけでも何人もいるのだ。そのような証拠が示せるとは思えない。ちなみ に「逃げられるなら、とりあえず逃げる」というのが、RPGをプレイする時の私の ポリシーである。(*2)

    *
 ところが、この質問に対するコメントが凄かった。

 問題のコメントは、FKBOARD MES(2) 054の、神田泰典氏によるご発言である。 キーボードに関係ある内容を検討する前に、極めて危険だと感じた箇所があった ので、それについて書かせていただく。

 >  JIS キーボードとタッチタインピング (ブラインドタッチという言葉は現在
 >  では差別語ということで使っていませんが)の関連についてのご質問ですが
    (FKBOARD MES(2) 054、PDG00555  神田 泰典、「Re: JISキーボードの検証
     データ求む」より)
 私にはブラインドタッチが差別語だという主張は極めて差別的であるように思 える。一体、「ブラインドタッチ」という表現のどこに差別的意図があるのだろ うか?

 一部でブラインドタッチという言葉が差別的だという根拠のない言葉狩りを行 っている人達がいることは知っている。92年頃、fjでもこの問題で議論が錯綜し ていた。この時はブラインドという言葉の語感云々と書いた人がいたため、余計 に話が混乱した後、結局自然消滅に近い感じで終結している。

 ブラインドという表現の語感が良くないなどというのは、あからさまな「盲人 に対する差別」に他ならないと、私は思うのだ。

 さて、しかし、表現は自由だと言いたい人もいよう。その点は最大限に譲歩し なければならない。ブラインドタッチという表現が差別語だと考える人がいるか もしれない。私はそのような考え方もあると認める。しかし、同様に私が「ブラ インドタッチという表現が差別語だという主張は、盲人に対して差別的である」 と考えるのも認めていただかないと不公平である。反論があれば歓迎する。

    *
 あるアニメで「めくらまし」という表現がカットされた、という噂を聞いた。

 私はアニメマニアではないため:-) (*3) 真偽は確認していないが、本当だと するとただごとではない。少なくとも、「めくらまし」は目を眩ますから 「目・眩まし」なのであって、「盲」を「ます」のではないことは明らかである。 「避妊」を何 かと聞き間違えてTV局に抗議の電話をかけた人がいるそうである。冗談じゃない。 表現がどうなっているかではなく、内容として差別的な意図があるかどうかが問 題だ、というのが差別表現を考える上での大前提ではないのか。このような人達 は、逆に差別を助長するための行動をしているとしか思えない。目が見えないこ とに対する表現を社会から抹消して、その結果、盲人の存在を無視する社会を作 ろうとしているのではないか。極めて恐ろしいことである。

 「めくらまし」が駄目なら、「初めくらいは礼儀正しくしなさい」とか「きら めくライトの光の中」もそのうち駄目になるだろう。神経衰弱(トランプのゲーム である、この表現は差別語か?)で、あのカードが何だったか考えている間に「さ っさとめくらないと先にやるぞ」などと言おうものなら「おまえは差別主義者か」 と袋叩きに合うだろう。

 そういう極端な世界になる前に、筒井康隆氏が昨年大きな石を投げてくれたの であるが、果たして世間が真意を掴みとったかどうか。ただし、個人的には、も し「世の中に差別語なるものが撲滅すればよいのであって、実際の差別はどんど んやればいい」という人の方が多いのなら、それはそれで仕方ないと思う。民主 主義とは所詮多数の政治で、盛者必勝の世界なのだから。

(つづく)


補足

この回は、コメントが相次いだ。他の方々の反応に興味のある方は、FPROGのデー タライブラリに当時の発言が収められているが、恐縮ながらまだうまく分類でき ていないかもしれない。

(*1) 1996年4月現在、当時の会議室はまだ残っている。

(*2) 最近これを言うと、「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ…」 と反論されるので、何のことかと思ったらそういうことか。テレビを殆ど見ない 生活なので知らなかった。

(*3) 最初のボーナスでLDプレーヤーもないのに「うる星やつら」のLD(50枚組)を 買ったという噂。


    COMPUTING AT CHAOS RUINS -214-
    1994-03-04, NIFTY-Serve FPROG mes(6)-194
    FPROG SYSOP / SDI00344   フィンローダ
    (C) Phinloda 1994, 1996