混沌の廃墟にて -16-

try ブラインドタイプ

1988-10-19 (最終更新: 1996-03-15)

[↑一覧] [新着] [ホームページ]


2つの仕様があってどちらかを選択しなければならない場合に、決定的な理由 がみつかればそれでよし、さもなくばいずれか少しでもよさそうな仕様を選べば 少しでも期待できるだろう。いずれがよいか全くわからない時には、両方試して みて検証する余裕があればもう少し納得力のある結果が得られるかもしれない。

だいぶ前になるが、仮名漢字変換を行なうのが画面の最下行を使って行なう専 用行変換がよいか、それともエディタの内部でそのまま表示する入力行変換がよ いか議論になった。

私が最初に主張したのは入力行の方である。なぜなら、文章を入力中には文章 が表示されている位置にひとまず視線が集まる。ところが漢字に変換するたびに 視線を画面の一番下へ移動させると、目の疲労が増加すると思われるし、同時に、 能率的にも視線移動の時間が必要になるため不利ではないかと考えたのだ。

しかし、強行に専用行の方がいいと主張する人がいて結局決裂したので、それ ならばと一週間専用行変換で頑張り、どの程度能率に差が出るか検証してみよう と思い立ったのである。理論とは、はかないものであるから。

さて、結果は驚いたことに、殆ど変わらなかった。となると、慣れの問題なの だろうか…? 視線が余計に移動すると思ったのが軽率で、実際専用行で変換し てみると視線は変換を行なっている行に集中し、全然移動しないのだ。これでは あまり差が出ない。もちろん、私の場合こうだったが他の人もそうであることは 保証の限りではない。

もう一つ驚いたのは、最近その「専用行がいい」と主張していた人のコンソー ルをのぞき見すると、なんと入力行で変換していて、「やっぱり入力行がいいね ぇ」と言っているのである。

    *
日本ソフトバンクから、「ワープロ考現学」という本が出ている。この本によ ると、JISキーボードは使いにくいという主張のようである。私もこれには同感、 しかも反論の余地もなさそうだ。ところで、p.145 の最後の方に次のように書い てある。
ただ、ひらがなキーの場合は、ブラインドタッチで打とうとすると、一番上 の一列は打てないですよ。キーの場所が分かっていても、打ち間違いがあり ますから、やっぱり一番上の列は見てますね。まあ、だいたいは打てるんで すよね。でも、本当の意味でのブラインドにはならないですね。
私はJISキーボードでカナ入力している時に一番上の列なんて全然見ない。見 ながらタイプするのがどのような意味であろうが「ブラインドでない」という点 については賛成である。ひょっとすると、たまたまこの方がブラインドで入力で きないだけの話なのではないか、と考えこんでしまった。そして私はたまたまブ ラインドで入力できるのだろうか。

私が実践している以上、一番上の列が入力しにくいのは大いに同感するが、ブ ラインドタッチで入力できない訳がない。とりあえずブラインドタイピングにつ いて少し説明しよう。

ブラインドタッチで重要なのは、何もしない時にも特定のキーの上に指を置い ておくことである。この位置をホームポジション、キーをホームキーと呼ぶ。 QWERTY 配列では、左手の小指、人指し指、右手の人指し指、小指の順にa、f、 j、;、に置けば残りの指は勝手に割り当てられたキーの上に来るはず。DVORAK な らa、u、h、sである。

タイプライターの最初の練習はホームキーに慣れることである。Snoopy がタイ プライターを打っているシーンで、よく asdfjkl; asdfjkl; .. という文字列が 出てくるのは(擬音が「タイプタイプタイプ…」というのは良かった!)、ホー ムキーを順番にタイプするとこうなるのである。

何かキーをタイプする場面を考えてみよう。人指し指または中指でタイプする キーならば、その手の小指をホームポジションに軽く触れておく。薬指か小指で タイプするキーならば、人指し指をホームホジションから離さない。こうすれば、 タイプするキーを特定する精度が向上し、しかもタイプ直後にタイプ前の指の状 態に簡単に復帰できるから、キーを見ることなしに常に指を一定の位置に保持す ることができる。

さて、一番上の一列が打てないというのはなぜか? ホームキーに指を置いた ままでタイプできないほど遠いのだろうか? そこで観察してみたが、JISカナ 配列でおそらく一番遠くにあるキーは「ー」である。これをタイプする時には 「ま」の上に人指し指を置いて小指で「ー」を押すのが正攻法だ。では、この2 つのキーはどれ位離れているのだろうか?

これが非常に気になるので、会社で使っているキーボードをこっそり計測して みた。キートップの中心から中心までの距離が約 108 mm である。家のキーボー ドは情けないことに物差しが見当たらないので計れなかったが、感触では会社の ものよりは少し小さいような気がする。では、人指し指と小指をおもいっきり広 げるとどれ位あるか。私の手で約 180 mm あった。十分届くはずである。

では、一番上の一列が打てないというのは、どのような状況なのか想像してみ よう。キーの間隔が 180 mm 以上ある…というのは想像ではなく妄想である。 そんなキーボードはショーの展示用でもなければあるわけがない。手が小さいと いうことは考えられる。しかし、私の手の半分の大きさということがあるだろう か。子供でもない限り、個人差はあっても、手の大きさが倍違うということはあ りそうな気がしない。

では、なぜ一番上のキーに届かないのか? 私の想像はこうである。(先にこ とわっておくが、これは勝手に想像しただけであり、真実は本人だけが知ってい る…)つまり、その人は指を開かずに一番上の列をタイプしようとしたのである。 どうです、当たってそうでしょ? でも本当かなぁ…。

もう一つ想像できるのは、人さし指だけでなく、中指と薬指をホームポジショ ンに置いたままで「ー」を押そうとしている、ということだ。これなら指が届か ないかもしれない。しかし、中指や薬指をホームポジションに置いておく必要は まるでないのである。指を一本だけ動かすのは、隣の指と一緒に動かすよりも疲 れるものである。その点からも、あまり良いタイプの仕方とは言えないのではな いか。

    *
くどいが、私はこの文章を入力している今、一番上のキーをタイプする時も全 くキーを見ていない。ブラインドタイプだから当たり前である。「ー」のキーは 結構よく使う(また、よく間違う)。「ー」をタイプする時にホームキーから指 が離れないか、よく観察してみたわけではないが、「あまり」離れないと思う。 「あまり」とはどういう意味かと言うと、実はブラインドタイプする時に少しく らいホームキーから指が離れても、たいしたことはないのである。

電動式のキーボードが普及する以前は機械式のタイプライターが主流だった。 私の使っていたのはオリベッティーのタイプライターである。オリベッティーの タイプライターは性能はもちろん、デザインが秀逸である。タイプライターも文 房具の一種に違いないので、デザインにはウルサくありたいものだ。

手動タイプライターを使ったことのない人がいたら、一度使ってみましょう。 タイプライターはどうやって次の行の先頭へ印字位置を進めるか。手でレバーを 操作してプラテンを左いっぱいまで移動するのである。ここで注意して観察する と、先に改行の動作を行なってから行の先頭へ移動することがわかる。すなわち、 タイプライターの復改処理は LF + CR なのである。CR + LF でダメなのは、機械 的な構造を知っていれば明らかだが、説明は省略する。

もちろんタイプライターでもブラインドタイプができる、というよりは元祖で ある。では、タイプライターで改行する時に何が起きるのか。手でレバーを操作 してみなさい…ホームポジションどころではない、手が完全にキーから離れるか ら。じゃあタイプライターでどうやってブラインドタイプできるのかというと、 慣れるとレバーを操作した直後にスッとホームキーの上に指を置けるようになる のだ。しかも、こんなのはアッという間に慣れる。 タイピストはみんなそうしている。

これは結構不思議? しかし、手品にはタネがあるものだ。

(ちなみに、最近のパソコンのキーボードには、ホームキーの一部に触って区 別できるようなマークが付いているものが多い。例えば、PC98 シリーズなら f、jのキーは他のキーよりも少し窪みが深い。PC-286U のキーには、小さ な突起が付いている。この突起が PC-286U などではf、jにあるが、MAC II だとd、k上に付いている。これで混乱するだろうと予想した。そして議論 の末実験してみたのだが、結局ほとんど混乱しないことがわかった。)
さて、タネというのはおそらくこうだ。右手で何か行なっている時にも、 左手をホームキーに置いておく。すると右手がスッとホームポジション へ戻ってくるのである。左手を動かしたい時は右手をホームキーに置いておけば よろしい。つまり、左右の手の間隔を感覚として覚えてしまうのだ。これは意外 なことに簡単なのである。

ちなみにピアノを弾く友人がいるので目隠しして弾けるかと尋ねてみたら、勿 論できるという答えが返ってきた。なぜ見ないでキーの位置がわかるのか尋ねて みると、やはり両手を離すと駄目で、片方の手がどこかのキーに触っていれば相 対的に他のキーの位置がわかるのだそうである。

    *
話がそれたが、一番上の段を見ないでタイプするのは確かに難しい。しかし、 ブラインドタッチが不可能なわけではない。一番上の段をブラインドで打てない 人は、単に練習が足りないのだと思う(また、多くの人にとって練習する必要も ないだろう)。それが証拠に、タイプライターはもともと4段あって、一番上の キーには数字と記号が割り当てられているのだが、欧米人はちゃんと数字も記号 も(ブラインドでタイプできる人は)ブラインドタッチしているではないか…と 考えてみればごく自明のことである。

補足

文中の「ブラインドタッチ」は、目視しないでキーのどこかに触れることにより タイプ可能な状態にすること、「ブラインドタイプ」は、その状態でタイプする こと、「ブラインドで」は「キーを見ないで」という意味で使っている。その後、 「ブラインドタッチ」という英語はないのではないか(和製英語)という指摘があ り、英語としてはtouch typingという表現が普通という結論になった。

但し、一部の会員は、「ブラインド」は差別用語だという趣旨の批判を行った。 この批判には同種の表現に「めくら打ち」というものがあることが影響した可能 性もあるが、ブラインドという表現の扱い自体には全く妥協の余地はないと考え る。すなわち、「ブラインド」が差別用語だという考え方そのものが明らかに差 別的発想であり、使うなという方がおかしい。

また、キーボードの入力方式として、「タッチタイプ」と表現する場合には、全 く別の方式を意味することがあることにも注意が必要である。


    COMPUTING AT CHAOS RUINS -16-
    1988-10-19, NIFTY-Serve FPROG mes(?)-284
    FPROG SYSOP / SDI00344   フィンローダ
    (C) Phinloda 1988,1996