E-28購入控 第2章〜遭遇編

by TAZYさん


 青地に白い曲形ストライプのはいった運動靴がTのお気に入りだった。 
ハワイ旅行に行った叔父が、お土産として買って来てくれたものだった。 
この靴は学校でも自分だけが履いているものだと、(弟のお土産は靴では 無くディズニーの目覚まし時計だったので)密かに自慢を覚えても、いた。 
何しろガイコクの靴なのだ。 
いくら靴底に小さな文字で「Made in Japan」と記されていても本人は気付くことは 無かったし、 Tにとっては、学校で独りだけが履いているガイコクの靴だった。 

 或る日、同級生のU三が登校中に声を掛けて来た。 
「Tくん、ほらほら、」 
 U三が足元を指差した。 
「あ、」 
 Tは思わず声を発してしまった。 
ガイコクの靴が、しかも自分の履いているものよりも新しく綺麗な、青地に白い曲形 ストライプのはいった運動靴が、U三の足にも履かれていたのだ。 
「キノウ、おとうさんがガイコクのシゴトからカエってきて、おミヤゲがこのクツ だったんだよね〜、Tくんのとオナじだから、びっくりしたよ〜、ボクもTくんがハ いているのミてから、ずっとホしかったんだよね〜」 

 Tにとっては初めてに近いような大きなショックだった。 
自分の誇れるガイコクの靴が目の前にもうひとつ、存在しているのだ。 
もう、自分だけのガイコクの靴ではない、2番が出て来たら1番の価値はゆっくりと 失われて行くものだとTは思っていた。 
仮面ライダーだって、2号やV3達が新しく現れる度に、みんなは1号の活躍を忘れ ていったし、マジンガーだって、Zよりもグレートよりも、最近始まったグレンダイ ザーのことしかみんなは話題にしなくなっていたからだ。 
 Tは煙の様に足元から立ち昇って去っていく自分のガイコクの靴の誇りを見送りな がら、不思議な淋しさを感じていた。 

「U三さあ、ボクとイッショのクツで、ヤじゃない、なんだかさあ」 
「なんで?このクツ、カッコイいからスきだよ」 
「そう…、」 
「Tくんキラいなの?」 
「いや、」 
「このアオとさあ、シロのセンがカッコいいよね、ヒモもメダツしさあ」 
「あ、ムスビカタがチガう!!ね、U三、そのヒモのムスビカタ、オシえてくれ!」 
「え、あ、ホントだ、オシえてもいいけど、ボクもシらないんだけどなあ」 
「じゃ、ダレがムスんだんだ」 
「おかあさんだよ、ウチにイたらオしえてくれるんじゃない」 
「じゃあ、キョウさあガッコウがオわってからイってもいい?」 

 帰宅時間に成り、U三と一緒に家に向かいながら、TはU三の家庭のことを考え た。 
 U三の父親は住宅建設関係の会社を経営しており海外にも多く出掛けていると聞い たことがあったし、母親も水色のフォルクスワーゲンを乗りまわして買い物するよう な(当時としては)派手な生活スタイルをおくっている一家だという印象があった。 
 家に着くとU三は、まずガレージにTを案内した。 
「ビートルがあれば、おかあさんはいるってことだから」 
 とU三が言った。 
「え?ビートルって?」 
「おかあさんのクルマ」 
「ああ、ミズイロのボロクソワーゲンか」 
「Tくんボロクソワーゲンって、おかあさんのマエでイっちゃだめだよ」 
「あ、ワルグチだった、」 
 果たして、ビートルは出掛けていた。 
「ごめん、おかあさんいないや」 
「わあっ、U三、このクルマ、」 
「あ、これおとうさんの、」 
「なあ、ベームベーだろ、これ、このマーク、」 
「Tくんヨくワカったね、ベーン・ベーだよ」 
「ん?ベーン・ベー?ベームベーじゃないの?」 
「おとうさんは、ベーン・ベーってイってるよ」 
「そうか、ベーン・ベーか…なあ、サワっていい?」 
「いいよ、でも、どうせだったらさあ、ウンテンするところにスワったら、」 
「ホントか!!、さんきゅー」 

 Tはドキドキしてドアを開けた。 
 昔、Tの父親のブルーバードを追い抜いてクラッシュした2002以来、BMWとは縁が無かった。 
風吹裕也はBMWには乗ってくれなかったし、マシンハヤブサの架空のレースでもクラッシュする自動車としてしかBMWは登場しなかった。 
スーパーカー消しゴムでもスーパーカー・カードでもBMWの人気はすこぶる悪かったし、サーキットの狼のプラモデルでも、いつも売れ残っているのはBMWとフォー ドのレーシングカーだった。 
TからBMWをカッコ良いと思う感情が蒸発していきそうな状況が続いていたのだった。 
 しかし、本物は違っていた。 
濃く深いブルーのボディをした目の前にあるBMWは、とても格好良く見えた。 
いつも乗りこむ父親の車と同じ側のドアを開けた。 
何とも言えない、強い匂いが溢れてきた。 
Tは、黒に統一された車内を眺めながら、ゆっくりと腰を落とした。 
初めて座る左ハンドルの運転席、深く座るとステアリングに手が届かなかった。 
「ハンドルにもマークがあるんだなあ〜、ガイシャは凄いなあ〜」 
 Tは、声に出して感動を再確認し、いつまでもステアリングを握っていた。 
 大人になって自分が車を持つとしたら、ベーン・ベーを買えるのだろうか、外国の 車だし、スーパーカーショーでもランボルギーニやフェラーリとかと一緒に並んでい たしと、あれこれ考えていた。 
U三の声がTを現実に引き戻した。 

「Tくん、イマ、ばあやさんからキいてきたんだけど、おかあさん、キョウはカえっ 
てこないんだって」 
「え?おばちゃん、どうかしたの?」 
「ううん、シゴトじゃないかな〜、たまにあるよ」 
「へえ〜、おばちゃんもハタラいてるんだ」 
「どうする、ヒモ?」 
「ん、いいや、ベーン・ベーにノせてもらったし、」 
「Tくん、ベーン・ベーすきなの?」 
「ちょっとね、」 
 Tは、昔出遭ったBMWの話をU三に聞かせた。 
「それ、ニーマルマルニー↓じゃないのかな〜」 
「ニーマルマルニー↓って、ナマエ?」 
「だとオモうよ、シャシンがおとうさんのモってるホンにノってたとオもうから、コ ンドミせてあげるよ」 
「じゃあ、これはナンていうナマエなんだ?」 
「これは、サンイチハチアイ」 
「なんだ、スウジがナマエなの?」 
「そう、みたいだよ」 
「じゃあ、ニーマルマルニー↑もスウジなのか」 
「うん、」 
「カウンタックとかさあ、ベルリネッタボクサーとかさあ、ないの?そういうの?」 
「さあ〜、シらない、コンド、おとうさんにキいてみるよ」 
なあ、・・・エンジンかけてもいい?」 
「え、それは、ダメ、オコられるよ」 
「そっか、」 
「コンドさあ、おとうさんがいるトキにきてさ、ノせてもらいなよ、おとうさんに 
イっとくから」 
「ホント、ヤクソクだぞ、」 
「ん、でもみんなにイわないでね、」 
「おっけー」 

 夕方5時を知らせる町内のサイレンが鳴り、Tは帰宅した。 
ガイコクの靴の誇りなどは、もうすっかり、消えていた。 
そして、父親の帰宅を待ってU三の家のBMWの話をした。 
父親は嫌な顔をすることは無く、じっくり話を聞いてくれた。 
一緒に聞いていた弟は、Tに負けじと学校で聞いてきた「ランボルギーニから新しく でるスーパーカー ランボルギーニ・オロエッタ」というデマ話を一生懸命に話して 聞かせた。 
 翌日Tは、U三に父親に聞いてくれたかどうかを尋ねたが、父親も母親も昨夜は帰 宅しなかったとの返事だった。 
「ちゃんとキいとくから、ダイジョウブだよ」 
 とU三は笑って答えた。 

その翌日、U三は学校を休んだ。 
給食のパンは、先生が家に持って行くとみんなに聞かせた。 
その翌日も、U三は学校を休んだ。 
Tは、友人達とU三の家に、給食のパンを家に持って行く係に立候補したが、やはり 先生が直接、家に持って行くとみんなに伝えた。 
Tはもう一度BMWを観たい気持ちもあって、U三の家を一人で訪ねてみた。 
 U三の家の周辺に異変があることは、100メーター離れた場所からでも確認出来 た。 
大きく掲げられていたハズの「S田ハウジング」の看板が消えていたのだ。 
しかも、あまり一般的ではない大人達が道沿いに屯していた。 
Tが判断が付かず立ち尽くしていると、後ろから声がした。 

「やあ、ボク、確か、S田さんちのUちゃんのお友達でしょ」 
「え?」 
 振り返ると100メーター前方にいる大人達と同じニオイのする男が、いきなり肩 
を掴んだ。 
Tに物凄い恐怖感が一気に襲ってきた。 
「Uちゃんのお友達でしょ?」 
「…はい」 
 違うと言うつもりが怖さに負けて、正直者に成っていた。 
「じゃあ、ちょっとこっちに、おいでよ、おじさんと話そうよ」 
 掴んだ手に軽く力を加えて、男はTを仲間の方に連れて行った。 
普通では無い雰囲気を持った男達の間を抜けさせられながら、Tは「殺される」と 思っていた。 
U三の家から電化製品や家具が次々と運び出されていた。 
「なあ、ボクよ、名前は?」 
「…、」 
「はは、解ってるじゃないか、そう、自分の名前、言っちゃ駄目だよな、おじさん達 が怖いからだろ、だったら、正直に言うんだ、いいね、嘘ついたら、」 
「…、」 
「ボクも、みんなと会えなくなるよ、」 
 Tは泣きそうになった、実際、ちょっと涙がコボレたかもしれなかった。 
「なあ、ボクよ、Uちゃん、本当に学校に来てないのか?」 
「…はい、」 
「そうか、じゃあさ、Uちゃんから何か連絡があっただろ、」 
「…いいえ、」 
「ほんとか?」 
「…はい、」 

 Tが確認のために顔を上げると、男の肩越しにガレージが見えた。 
濃い深いブルーのボディーが薄暗い空間に残っていた。 
男がTの視線に気が付き、先を追った。 
「は、ベンベーか、ボクよ、ベンベー知ってるのか?」 
 Tがこれまで耳にした中で、最も汚い響きでBMWは「ベンベー」と発音された。 
「…、」 
 Tは、無言をもって抵抗しようとした、「ベンベー」という発音が許せない様に思えたからだ。 
しかし、男の拳骨によってあっという間に、抵抗は無力と化した。 
Tは小突かれた頭を手で押さえた。 
父親のそれとは違い、憎しみの増す、強烈に痛い拳骨だった。 
「なあ、ボクよ、子供がそんな顔すんじゃないよ、あ〜」 
 その時、別の男が駆け寄り、U三の家族の居所が解ったというような話をした。 
「よし、もう、帰れ、」 
 男はTの背中を押した。 
そして数人に合図をして残るように命令し、他の男達と一緒に足早に敷地を出ると、 
黒い国産車でどこかへ去っていった。 

 Tは、ガレージの318にもう一度触っておきたかった。 
しかし、残った男の一人に急かされて叶わず、U三の家を後にした。 
それに前後して、近所の大人が連れ込まれるTを偶然目撃、警察に通報し、U三の家 だったところの周辺は騒がしいことに成っていたと、後日、母親から聞かされた。 
そして、この出来事を隠していたことを母から随分と怒られてしまった。 
 Tはその後、U三と合うことは出来ず、U三家族の消息を耳にすることも無かっ た。 
ただ、水色のフォルクスワーゲン・ビートルとラピスブルーのBMW 318i E-21を 見掛けると、 青いガイコクの靴を履いたU三を思い出すのだった。 
 

第2章・遭遇編 了 


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