E-28購入控 第1章〜黎明編

by TAZYさん


 5回目の夏に見えた入道雲と青空のコントラストは、Tの好奇心を煽っていた。 
 ブラウン管から流れる「ツンツン、ツノダ」のCMソングを口遊みながらTは、父親 にドライブをせがんだ。 
家族と仕事を真面目にこなし、これという目立った趣味の無い父親だったが、クルマ 、特にドライブとなると楽しそうにOKをだした。 
 母親と祖母と買い物に出掛けた弟に若干の気不味さを憶えながら、Tは父親の自動 車の待つ車庫の扉を片側だけ開いた。 
母達が乗って出掛けガランとした鈴木のフロンテSS360の駐車スペースの隣に父親の 日産ブルーバードが駐っていた。 
 父親はいつも「ブルーバードはスポーティーな自動車だ。自分は生涯ブルーバード に乗り続ける」とTに語っていた。 

「どこに行きたいんだ?」 
 父親はもう片方の扉を開きながらTに聞いた。 
「カワドウロがいい」 
 川沿いに真っ直ぐに伸びている県道がTのお気に入りだった。 
いつもは、母親の車のせいで直ぐには開かない助手席のドアを開けた。 
父親は毎回の儀式であるアクセル三回踏みを行って、キーを捻った。 
パララ・・・ブルンッツ、ドドド、キンキンキン・・・ブンブーッ 
父親の自動車は敷地から飛び出した。 
「シュッパツ、ご〜」 
 Tも毎回の儀式の呪文を唱え、開けた窓から小さくなる自宅を眺めた。 
自宅の背景は先程と変わらない、入道雲と青空の白と青のコントラストが広がってい た。 
 途中、水の入った田圃の中で、カブトエビやシュビビンを採っている友達を見付け 、名前を呼びながら手を振ったりした。 
Tにとっていつもと変わらない楽しいドライブが進行していた。 
 川道路とT達が呼んでいる県道に差し掛かる頃、父親がルームミラーを気にしてい 
るのに気が付いた。 

「おとうさん、なに?ケイサツのパトカー?」 
「いや、違うよ、さっきからずっと着いてくるクルマがいるんだけどな、気持ち悪くてな、見たこと無いクルマだな〜」 
 Tは、後ろから自動車が着いてくることが、気持ち悪いと言った父親の台詞が理解 出来なかった。 
 父親はシフトをダウンし、前を走る自動車を抜き去った。 
「ハヤい〜」 
 Tは嬉しくなって、大声で叫んだ。 
「あ、抜いて来やがった」 
 父親は後ろの自動車を意識していた。 
 その内、舗装された道路が終わりに近付いた。 
ブルーバードは境目の衝撃を和らげる為に、スピードを殺した。 
「あ、」 
と父親の声がした刹那、後ろにいた自動車がTの視界に乱入して来た。 
 先ず、金色のボディーの側面が見え、順番に後方が現れた。 
「ガイシャだったのか、」 
 父親は離れていく自動車のエンブレムを確認している様だった。 
「ガイシャって?」 
「外国の自動車だよ」 
「ええ!アメリカのジドウシャ?」 
「いや、どこの国かはワカラナイな、お父さん詳しい方じゃ無いからなあ、でも、大 丈夫か、あんなに飛ばして」 
「トばすってなに?」 
「あ、ほら、やっちゃった」 
「え?なに?」 

 父親が指さす前方に視線を向けたTの眼に未舗装のカーブで、コントロールを失い 、ガードレールならぬ川沿いに生えた樹にボディを任せた 外国の自動車があった。 
「うわ〜、ジコでしょ、ね、ジコでしょ、あれ、」 
 Tは初めて見るクラッシュに興奮していた。 
「馬鹿、そんなこと言っちゃ駄目だ!!あのガイシャの人、きっと困ってるぞ、怪我 大きくなけりゃいいけどな、」 
「ゴメンナサイ、」 
「お父さん、ちょっと見てくるから、このまま待ってるんだ」 

 父親は左側が潰れていそうなガイシャに近付いて行った。 
近付いて声を掛けると、父親と余り年齢の変わりのない男が助手席に渡り降りてきて 、頭を下げた。 

「大丈夫、じゃないみたいですね、血が・・・」 
「ええ、なんせ、運転席が左側なんで、直接ぶつかってしまって、」 
「病院まで、送りましょうか?」 
「スイマセン、御願いします」 
 額を押さえながらガイシャの男がTの待つブルーバードに近付いた。 
「おじさん、ダイジョウブ?」 
「はは、失敗しちゃったんだ」 
「おい、後ろの席に行きなさい」 
 Tはドアを開けず、シートの間をすり抜けて後部座席に移った。 
ブルーバードはガイシャの近くでUターンして、病院へと向かった。 
「こんな時に失礼ですが、あれだけ衝突して、車自体は殆ど無傷なんですね、日本車 だったら、ドアが反対側まで来るんじゃないかな〜」 
「え、ええ、でもドアの部品は修理しなくちゃいけないでしょうから・・・、困った ものです、なんせ、西ドイツの車なんで、高くつくんですよ、日にちも掛かるし、」 
 ガイシャの男は額から血を流しながら、でも、嬉しそうに答えた。 
「ドイツの車だったんですか?ポルシェですか?」 
「いえ、ベームベーという車なんですよ」 
「初めて見ました」 
 父親にも興味津々といった雰囲気があった。 
「おじさん、」 
「何だい、」 
「もういっかい、ガイシャのナマエをおしえてください」 
「ん、ああ、ベームベーって言うんだよ」 

 Tはガイシャの名前を覚えるために繰り返し言いながら、小さくなる車体を見つめ ていた。 
 雲と空のコントラストが変化を始め、川沿いの樹に寄り掛かった「BMW-2002」が暮 れ始めた陽を浴びて一層、金色に輝いている姿を、Tは置いてきた弟に話してやろうと思っていた。 

第1章・黎明編 了 


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