川村渇真の「知性の泉」

最終的な目標を最初に規定する


仕事の目標を3つの要素で規定する

 部門の長やチームのリーダーがまとまった仕事を管理するとき、最初にすべきなのは、対象となる仕事の最終的な目標を明確に規定すること。目標が具体的であるほど、部下は何をすればよいのか理解でき、誤った方向へ進まずに済む。間違った解釈で余計な作業をしないように、やるべきことを最初から示すわけだ。
 ここでの目標に含まれるのは、大きく分けて3つある。達成すべき内容の中身、設計書などの書類やサンプルといった作成物、仕事が終わる期日。可能な限り具体的でなければならないので、3つの要素とも明確に表現しなければならない。
 1番目の達成すべき内容では、対象となる仕事の中で特に重要な項目に関し、実現すべき条件や値を明示する。何かの製品を開発するなら、性能やコストなどが考えられる。性能であれば、どんな項目がどの程度になれば合格なのか、できる限り数値で示す。通常は、複数の項目を一緒に挙げることが多い。何かを販売する場合は、契約件数、販売総額、史上シェア、利益率などが含まれる。これらの値は、絶対的な数値で規定する代わりに、前年同期との比率で示すこともある。
 以上のような条件は、開発や販売が終了した段階で結果が明らかになる。しかし、もっと後で判明する条件を付けてもよい。具体的には、顧客満足度、クレーム発生率、現場での一定期間内の故障率などがある。
 達成すべき内容に含まれる項目では、どのようにして測定するかも一緒に規定し、後から都合の良い解釈ができにくくしておく。契約数のような項目でも、どんな条件が整ったら契約したと見なすのか、誰が判定しても同じ結果になるようにルールを定める。測定方法や評価方法を事前に公表するのは、公正な競争や適切な評価の実現に不可欠だからだ。
 対象となる仕事によっては、目標を簡単に定められない場合もある。その際には、目標を決めるための仕事を1つのプロジェクトとして扱い、そちらの目標を最初に定めればよい。やり方は、通常のプロジェクトと同じだ。
 2番目の設計書などの作成物は、この仕事で作成すべき全部を含む。また、何を作るかだけでなく、どんな形式で作るかも規定する。詳しい内容は、説明が長くなるので後に回そう。
 3番目の仕事が終わる期日は、作成すべき成果物を全部作り終える期日だ。中心となる試作品の現物が出来上がっただけではダメで、設計書や性能評価報告書も作成物に含まれていれば、それも含めて期日までに作らなければならない。基本的には、上記の作成物で規定した全部を仕上げる期日である。

品質などが確保できる成果物も含める

 3つの要素の中で、規定するのがもっとも大変なのは、仕事での作成物を決めること。通常は最終的に必要なものを単純に洗い出そうとするが、そんな考え方ではダメだ。仕事の品質を確保できるようにと、それに必要な作成物も一緒に含める。
 何かを設計する仕事なら、設計した内容をもとに試作して試験するだろう。試作品が予定した性能を満たしているか調べ、その結果を報告しなければならない。単に合格したという報告だけでなく、どの程度の性能で合格したのか、報告書として明らかにする。また、試験を担当した人、実施した日付や場所、試験方法なども必要だ。このような報告書も作成物に含め、品質を保てるようにする。
 試験結果以外でも、試作品自体(数個の場合もある)、レビューした結果、今後の課題など、その仕事にとって必要だと思える内容は作成物に含める。後から役立つようなものも当然入れるべきだ。たとえばシステム開発では、後からの改良時に利用するため、テストシステムやテストデータも対象とする。
 仕事によっては、作成物を一カ所に集めて提出できないこともある。設計書はコンピュータの中、試作品は実験室、テストで作成した物は倉庫といった具合に。このような仕事では、提出物の所在一覧を付けさせ、一緒に提出してもらう。コンピュータのファイルについては、マシンだけでなくディレクトリ位置も明記する。
 異なる視点として、管理面の資料を要求する場合もある。プロジェクト全体で作業状況を残したいなら、主要な作業だけを選び、一覧表形式で記述させる。レビューなども含め、どんな時期に何を行ったのかが分かる資料だ。不合格だったレビューも含め、作業ごとに実施日、担当者、参加者、結果の要約などを書く。これを見れば、仕事の全体像が大まかに理解できる。
 作成物の種類が多いほど、いろいろな情報が得られる。しかし、多い分だけ作成に手間がかかるので、本当に必要なものだけに絞るべきだ。今後の改善に役立つような資料として作ってほしい資料などは、最終的な期日の後で作らせればよい。それ専用の期日を別に設け、その日までに作ってもらう。
 以上のようなことを考えながら、本当に必要な作成物を決定する。途中の段階で作るものもあり、提出するものとして最初から明示しておけば、知らずに捨てることも防げるし、きちんと整理して保存するだろう。

個々の作成物がきちんと作れるように規定する

 作成物が洗い出せたら、それぞれがどんな内容なのか、部下に分かる形で示さなければならない。個々の作成物に関し、できる限り詳しく規定するわけだ。
 作成物が書類の場合、正式な名称、内容の構成、書き方、全体の大まかな量、紙かファイルかなどを決定する。書く際の手間を減らす意味から、書式を定めたほうがよい。記述方法を説明した書類を作るとともに、記述したサンプルをいくつか用意して、書くときの参考にしてもらう。
 試験報告などでは、試験方法などを細かく説明すると大変だ。このような内容は、部門として最初から規定しておき、その資料を参照する形にする。このように手間を最小限で済ませる工夫は、日頃から準備しておきたい。報告のための資料作りは、中心となる仕事ではない。たとえば試験の作業なら、試験の質や効率を高めることが重要であり、報告書の作成は簡単に済ませられたほうがよい。記入用紙やサンプルを用意したりして、少しでも手間を減らすことが大切だ。
 書類以外の作成物は、それぞれに合った条件を示す。たとえば試作品なら、どんな形で作るのか、どの程度までの完成度を求めるのか、何個作るのか、できるだけ具体的に規定する。同じものを数個作るのでなく、何種類かを1つずつ作るなら、それぞれの中身を詳しく説明しなければならない。
 形のある物体を作る場合には、似たようなものを区別する意味で、個々に識別番号を付けたほうがよい。同じものを一緒に数個作ったときも、それぞれに重複しない識別番号を付けて、個別に管理できるようにする。こうしておくと、後で試験したり使ったとき、どれが問題を起こしたのか区別して記録できる。このような点も、作成物の条件として加えておく。
 作成物で注意すべき条件も、必要なら含める。たとえば、プログラムのソースコードなら、デバッグ用のコードはコメントしてオフするとか、正式なバージョン番号に置き換えるとか、実験用のソースコードはディレクトリ内から削除するとか、余計なゴミが残らないように指示する。こういった配慮を忘れる人もいるので、できるだけ明記しておきたい。
 どの内容でも、読んだ人が正しく理解できるように書くことが大切である。規格書のように正確に書こうと意識しながら、できるだけ普通の言葉を用いる。量が多いと読むのが大変なので、短くまとめるようにも心掛ける。

目標の内容を書類にまとめて公表する

 以上のように定めた内容は、書類の形で整理してから公表なければならない。具体的には、次のような構成となる。達成すべき内容の中身は、1ページにまとめる。細かな条件などは別ページに書き、補足として加える。設計書などの作成物と仕事が終わる期日は、作成物の一覧として1ページにまとめる。その上で、個々の作成物の内容は別々のページで説明し、必要なページ数だけ加える。こうして、全体が1つの書類になる。

最初に示す目標の内容を書いた書類の構成
・仕事の概略(目的や範囲など)
・達成すべき内容の一覧
  ・上記の補足(必要な量だけ)
・作成物の一覧と最終期日
  ・上記の詳しい内容(作成物ごとにページ分け)

 書類の内容が途中で変わる場合もあるので、バージョン番号と更新日を付けたほうがよい。複数の書類があるとき、改訂した書類も一緒のフォルダに入れれば、番号が一番大きいのが最新だと分かる。
 この書類は、仕事が開始したら最初に作成する。できるだけ急いで作り、完成したらすぐ関係者に公表する。作成にかかる時間だが、何もない状態からだと少し大変だろう。しかし、2回目以降ではコピーして一部を修正するだけなので、達成すべき内容の中身さえ決まってしまえば、数時間で作れる。ただし、前の内容をそのまま真似るのではなく、この書き方で本当に良いのか、常に考え直すことを忘れてはならない。
 目標となる内容や作成物が決まったら、その実現に必要な要素を洗い出し、具体的な作業内容や日程を明らかにする段階へと移る。これは次の工程になる。

目標の中身を適切に設定することが一番重要

 仕事の目標を最初に規定し、関係者全員に公表すると、後からコロコロとは変更しづらくなる。何度も変えると、信頼が失われるからだ。その意味で、責任者である管理者にとってプレッシャーとなる。
 しかし、責任ある仕事をする場合、このようなプレッシャーは必要だ。部下に対してプレッシャーを与える立場なので、それ以上のプレッシャーを受けるのが、責任者の宿命である。それから逃げていては、良い成果を達成できない。
 やむを得ない事情により、最初の目標を変更しなければならないこともあるだろう。競合製品が予想外の高性能で発表されたような状況だ。そんなときは、新たな目標を定め、個々の作業内容も見直すしかない。やむを得ない事情とは言うものの、見通しが甘かった面もある。目標の途中での変更は、どんな理由であっても、責任者としての信頼感が失われやすい。
 ここでは、目標のまとめ方を中心に述べたが、より重要なのは目標の中身である。それが適切に設定できなければ、部下の能力を最大限に生かせないし、仕事の成果も高められない。ところが、目標の設定は、該当分野の状況、所属組織の立場、部下の能力構成などに大きく関係し、一般論として説明するのは難しい(機会があれば、この辺の話もまとめてみたい)。ともあれ、目標のまとめ方が分かれば、目標の中身の作成に集中できるし、その内容を部下へ上手に伝えられる。
 目標を明確に規定することは、プロジェクトの始動を整えることに等しい。きちんとした道筋を部下に示し、力強く引っ張っていくのが優秀な管理者である。そのためには、最初の目標提示をきちんと行うことが大切だ。

(2000年5月21日)


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