川村渇真の「知性の泉」

選挙制度の検討例の解説


多くの対処方法は、論理的に考えて導き出せる

 本コーナーで紹介した思考の道具を実際に用い、選挙制度の検討を行ってみた。検討の様子が伝わるようにと、検討の工程に従って説明してある。この例をじっくり読めば、物事を検討する際に、どのような手順で進めればよいのかや、どんな点に注意すればよいのかなどが、大まかに理解できたと思う。
 今回の検討内容には、世の中で行われている選挙制度の検討では、登場しなかった対処方法も含まれている。もっとも代表的な事柄は、「当選議員の議決投票権を得票数にする方法」であろう。そうした対処方法を知って、読んだときにどのように感じただろうか。こうした対処方法を見付けるには、特別な内容を思い付く才能が必要で、普通の人には無理だと思った人がいるかもしれない。
 しかし、それは大きな誤解である。誰でもが導き出せるわけではないものの、検討手法を細かな部分まで習得すれば、現在よりも多くの人が導き出せるようになるのだ。けっして“思い付く”ものではなく、思考の道具を有効に利用しながら、論理的に考えて“導き出す”ものである。
 もちろん、ヒラメキがまったく不要というわけではない。極めて難しい部分に関しては、ヒラメキが絶対に必要となる。しかし、それ以外の多くの箇所については、様々な道具を利用しながら論理的に思考することで、かなり良い対処方法が導き出せる。ヒラメキが必要な箇所は、検討手法を習得していない人が外から見るよりは、ずっと少ないのだ。
 もう1つの特徴は、外から見ると大きなヒラメキの結果だと思う内容でも、実際には小さなヒラメキで対応できている場合が相当多い。検討内容を論理的に分析し、その中で難しい箇所を絞り込む。その箇所だけ何とかなれば、全体として解決できてしまう状況がよくある。難しい箇所を絞り込んだ分だけ、考えなければならない範囲が限定でき、必要なヒラメキが思い付きやすい。結果として、本人にとっては小さなヒラメキで済む。これに該当する部分が、難しい課題の検討では、かなりの数にのぼる。こうした小さなヒラメキが集まって、大きな問題を解決できるのだ。こうした過程を知らない人には、大きなヒラメキのように見えるが、実際には何個かの小さなヒラメキで済んでいる。
 本コーナーのテーマである思考技術に関しては、こうした点こそが極めて重要である。そのため、選挙制度の検討例について、利用した「思考のルール」(=道具)を紹介しながら、いくつかの点を補足しよう。すべての事柄について解説するのは大変なので、重要と思われる3つの事柄に限定した。

事柄(1):1票の格差の是正

 最大の問題点である「1票の格差の是正」を検討し始めたとき、真っ先に気になったのは、格差の有無を判断する基準である。「格差がある」とか「不平等」というとき、その基準が適切でないと、良い改善結果は得られない。
 そこでまず、「格差のない状態」を考えてみた。「投票における格差」なので、「投票権に格差がない」こと、つまり「投票権が平等」なことが求められる。では、「投票権」の価値とは何であろうか。
 このような目に見えない価値というか、抽象的な価値を明らかにする場合は、それが及ぼす影響を、最後まで追って調べる方法が有効だ。第1段階では、有権者の投票によって、当選する議員が決まる。次の段階では、その議員が議会で投票することにより、様々な法律や方針が決まる。さらに続けても良いが、この時点で一番重要なことが見えてきた。法律や方針が決まるという段階こそ、有権者に大きく関わる行動だからだ。
 有権者に関係する法律や方針が決まる場が分かったので、その決議での投票権こそが、有権者にとって平等でないと、本当の意味での平等とは言えない。つまり、当選議員の議決投票権が、議員選挙における有権者の投票権と比例すれば、平等が確立できたことになる。ここまでの検討で、「1票の格差の基準」が明らかにできた。
 基準が明確になれば、対処方法を求めるのは簡単だ。比例する中で一番単純なのは、等しい状態である。つまり、「有権者の投票権」と「当選議員の議決投票権」を等しくすればよい。続けて、それが可能かどうかを考える。当然、可能という答えが得られる。こうして対処方法が“導き出された”。
 あとは、副作用がないかどうか調べ、もし見付かったら改善方法を検討する。この場合も、対処方法の検討と同じように、含まれる要素を分解して考える。副作用と改善方法の具体的な内容は、選挙制度の検討に書いたので、ここでは省略しよう。
 ここまでの解説で分かるように、いくつかのルールを検討で用いた。「使用条件」も含めて整理すると、次のようになる。

「1票の格差の是正」の検討に用いたルール(=道具)
・判断基準が適切かどうか、最初に確かめる
  ・使用条件:「格差」や「不平等」が生じた場合
・対象が及ぼす影響を、最後の段階まで調べ、最重要段階に注目
  ・使用条件:検討対象の価値などが抽象的で、判定できないとき
・最終的な影響が最良になる対処方法を求める
  ・使用条件:最終的な影響が明らかで、何か対処方法が必要なとき

 解説したように、「1票の格差の是正」の検討では、物事を検討する際のルールが有効に役立っている。実際には、どのルールを適用すべきか選ぶ時点で少しのヒラメキは必要だが、今回は重要度の高いルールが多いため、ルールを重要度順に試していけば、この程度の検討結果を得ることは可能である。検討としては、難しくないレベルに属する。

事柄(2):死票の減少

 2番目に大きな問題である「死票の減少」の検討では、まず最初に、死票の定義を言葉で表現してみた。定義を明文化することで、死票の条件が明らかになるし、検討のヒントが見えるかも知れないからだ。こうした表現は、可能な限り簡単な方がよい。少し考えて「当選しなかった人への投票」を得た。
 死票を減らすためには、当選する人への投票を増やすしかない。しかし、当選する人を事前に予測して、その人へ強制的に投票させるわけにはいかない。もっと別な方法がないか、検討を続ける。
 ここまでで検討が止まってしまったので、対象となる行為の思考過程を細かく洗い出してみた。ここで対象となる行為とは、候補者の中から投票する人を選ぶ過程である。複数の候補者の中から1人を選ぶとき、それぞれを比べてみる。その結果、1番目に良い候補、2番目に良い候補という具合に、順位付けをするのではないか。そして、一番良い候補に投票する。投票者(有権者)の全員に該当するとは限らないが、こうした過程を経て候補者を選ぶ可能性が高い。
 もし1番目の候補者が落選した場合、気に入ってない人が当選するよりは、2番目に良いと思った候補者に当選してほしいはずだ。だとしたら、2番目や3番目の候補者を指名できて、その情報を当選者の決定に反映されられないのだろうか。これが大きなヒントになりそうだ。
 2番目や3番目の候補者指定を有効にできるためには、選挙制度もかなり関係する。そこで、選挙制度との関連を検討してみた。知事のように1人だけ選ぶ選挙では、2番目以降の候補者の指名は役に立ちそうにない(後で役立つと気付いたが、この課題を検討している初期の時点では気付かなかった)。当選者が複数いる場合は、かなり有効なようだ。1番目に指名した候補者が落選したとしても、2番目または3番目に指名した候補者の当選に役立つこともある。
 先に検討した「1票の格差の是正」では、得票数を「当選議員の議決投票権」にする対処方法を挙げた。これと一緒に用いれば、2番目以降の投票も議決投票権に反映される。死票になる場合とならない場合で、選挙結果に明らかな差が生じる。漠然と考えて予想したときよりも、意外に有効な対処方法だと分かってきた。
 この対処方法が実現可能かも、確かめておかなければならない。投票用紙の作り方や書き方は、それほど難しくないので問題ない。一番難しいのは、当選者を決定する方法。この部分の検討結果は、地方議会議員の選挙制度の検討に書いたとおりだ。かなり簡単な方法と、最良と考えられる方法の2つを選んである。その検討過程は長くなるので省略するが、最良と考えられる方法の方は少し難しかった。簡単に紹介すると、変更できる要素を全部洗いだし、各要素でどんな方式が考えられるか導きだし、その組み合わせの中から最良のものを選んだ。課題全体に用いている検討手法と同じ手順を、局部的に適用して求めた。
 この対処方法でも副作用を検討したが、選挙制度の検討に書いたので省略しよう。検討に用いたルールを挙げると以下のとおり。

「死票の減少」の検討に用いたルール(=道具)
・問題の主要素の定義を言葉で表現する
  ・使用条件:解決方法などが思い浮かばないとき
  ・目的:検討のヒントや方向性を得るために
・対象となる行為の思考や作業の過程を細かく洗い出してみる
  ・使用条件:解決方法などが思い浮かばないとき
  ・目的:検討のヒントや方向性を得るために
・より多くの思考や好みに対応する形で、仕組みやルールを考える
  ・使用条件:仕組みやルールをより良く改善するとき
・変更可能な要素を洗い出し、順番に見ながら解決方法などを考える
  ・補足:要素をさらに細かく分解して、順番に見ながら考える
  ・使用条件:対象の解決方法や改善点を求めるとき

 検討の最初の段階では、道筋がまったく見えなかった。しかし、定義を言葉で表現したり、対象行為の思考過程を細かく考えるという、基本的なルールを利用することで、何とか突破口を見付けられた。一部で小さなヒラメキは必要だったが、複数の候補者を指名するという対処方法を思い付くレベルだと、あまり難しくはない。
 一番難しかったのは、当選者を決める方法の検討で、1つの独立した課題を検討するほどの労力を使った。こちら方では、ヒラメキというよりも、数多くのケースを上手に分類したり、論理的な抜けがないように整理するというような、網羅的に検討する能力が一番役立った。これは、(思考の中心的道具といえる)内容把握一覧表を使いこなす能力であり、使い慣れるにしたがって高まる。

事柄(3):様々な価値観で投票できない

 今回の選挙制度の検討の中で、論理的な思考方法だけでは導き出しにくい、つまりヒラメキが一番必要だったのが「様々な価値観で投票できない」という項目の“発見”だ。この検討過程も簡単に紹介してみよう。
 衆議院議員の選挙制度の検討では、現状の制度の評価から始めて、代表的な問題点を洗い出した。最初に洗い出した項目の中に「様々な価値観で投票できない」は含まれていない。項目をざっと見て、何か重要な点が欠けていることだけは、何となくだが気付いていた。理由はハッキリしている。現状の制度が検討の基礎として、問題点を洗い出したからだ。この辺の検討過程は、選挙制度の検討に少し書いた。
 こうなると、もっと根本的に検討し直すしかない。そんなときは、対象となる行為の目的から考えてみる。衆議院議員を選出する選挙なので、どんな考え方で選ぶかが重要である。それが明らかになれば、抜けている重要な問題点も見付かるだろう。
 選ぶ際の考え方だが、これだけ価値観が広くなって、立場も違うとなると、全員が同じとか近いはずがない。まったく異なる様々な価値観が考えられる。たとえば、衆議院は国家の議会なので、特定の地域の利益を優先してはダメだという意見がある。しかし、地元の利益を優先するのが民意なら、そうした考え方で選ぶのも間違っているとは言えない。どちらの立場(民意)も尊重されるべきで、そうした立場で投票できないこと自体が、大きな問題点といえる。大事な点が、ようやく見えてきたようだ。
 もっと深く考えると、世の中の問題を解決してくれる候補者を選びたいはずだ。どんな問題を優先するかは、投票者(有権者)によって異なる。女性の立場を向上させたいとか、農業の将来をもっと良くしたいとか、いろいろあるだろう。最近では世代間の対立が大きな問題として取り上げられているので、若い世代の利益を優先するとか、熟年世代の利益を優先するとか、世代ごとの代表者を選びたい投票者もいるだろう。
 こうして様々な主張を挙げているとキリがない。今後も、新しい立場や価値観が登場するはずだ。そうした変化にも対応できる対処方法を選ばないと、また時代に合わなくなって、変更が必要な事態に陥る。こうした流れの中で、変わらないものは何だろうか。または、影響を受けない方法はないのだろうか。どんな価値観を持つ人でも投票できる方法があれば、価値観がどんなに変わっても対応できそうだ。そうすると、欠けていた問題点というのは「様々な価値観での投票できない」ことであろう。
 先に挙げた様々な立場での投票のうち、現在可能なのは、地元の利益を優先することだけだ。もう1つ可能なことを挙げると、政党を優先しての投票だが、当選する議員の順番は選べない。この2つ以外の価値観では、まったく投票できない状態になっている。
 以上のような流れで、「様々な価値観で投票できない」という非常に重要な問題点を見付けた。発見の過程で使ったルールは以下のとおりだ。

「様々な価値観で投票できない」の発見に用いたルール(=道具)
・課題となる行為や対象物の根本的な目的を明らかにする
  ・使用条件:どう検討したらよいか不明なとき
・より多くの思考や好みに対応する形で、仕組みやルールを考える
  ・使用条件:仕組みやルールをより良く改善するとき
・状況が変化しても影響を受けない事柄を見付ける
  ・使用条件:変化が予想でき、事前に対応する必要があるとき
  ・目的:より広く対応できる対処方法などを見付けるため

 この部分の検討に関しては、後から説明するとスムーズに進んだようだが、最初のうちは思考停止に近い状態が続いた。問題点を洗い出した時点で、重要な点が欠けていることだけは分かったが、それが何なのか不明だった。根本的な目的を明らかにする部分で一番時間がかかり、「価値観の違い」に気付くまで数時間を要した。「根本的な目的を明らかにする」というルールは、あまりにも抽象的なので、課題によってはヒラメキが必要になる。そのため、目的から問題点へつながる部分でヒラメキを得られるかどうかが、成功の鍵となる。それでも、何もなしで検討するよりは、ルールを利用した方がはるかに良い結果が得られやすい。
 こうした抽象度の高いルールは、もう少し改善する余地がある。より具体的なサブルールに分解するとか、具体的な利用例を数多く用意して参考にしてもらうとか、利用効果を高める工夫を追加しなければならない。

検討手法を習得すれば、かなり良い成果を得られやすい

 かなり簡単になったが、選挙制度の検討で鍵となる箇所の検討過程を紹介してみた。読んで分かるように、どの事柄を検討する過程でも、数個のルールを用いている。そのおかげで、変な道へそれずに検討が進められたし、検討で得られた結果も良くなった。
 思考の過程に関して深く理解していない人ほど、素晴らしい思考結果は大きなヒラメキで得られると信じがちである。しかし実際には、検討対象を細かく分解しながら、論理的な分析や理解を深めて、必要な箇所だけにヒラメキを求める。分析や理解が深いほど、必要なヒラメキの大きさは小さくて済む。そういった検討過程が少しは見えただろう。
 一番重要なのは、論理的な検討手法を習得することだ。それによって、課題を総合的に考えることができ、どこが重要なのかも理解できる。また、大事な点を漏らす可能性もかなり減る。こうした効果は、課題が難しいほど有効に働く。検討手法の中には、細かなルールがいくつも含まれる。ここで紹介したルールも、その一部だ。それらを多く理解するほど、様々なケースでより適切な対処方法が得られ、検討の質も向上できる。
 検討手法以外にも、検討に役立つ技術がある。その中でもっとも重要なのが、物事を適切に評価するための評価技術だ。他に、分析技術、検査技術、体系化技術、作業設計技術などがある。こうした技術を多く習得しているほど、検討結果の質も高まる。検討手法から始めて、評価技術などを順番に身に付けるとよい。当然ながら、作文技術のような基礎的なものは、それより前に習得しておかなければならない。
 ヒラメキに関しても、ただ単に考えているだけでは良い内容が得られない。少しでも良いヒラメキを得るための工夫は可能で、ヒラメキにつながりやすいトリガーを与える方法として実現する(こちらの方は、検討手法を説明し終わったら紹介する予定)。
 世の中には、検討手法の基礎すら知らないのに、「思考方法を教えるのは困難」とか「考えることは教えられない」などと言う人が意外に多くいる。このような間違った認識にだまされてはいけない。もし信じたら、自分が損するだけだ。
 そんな誤認を信じず、検討手法の習得に時間や労力を使おう。説明を読んでもすぐには使えるようにならないので、何度も試してみて、だんだんと上手に使えるようになるしかない。回数が増えるにしたがって、少しずつ上手に使えるようになるだろう。

(2001年6月27日)


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