川村渇真の「知性の泉」

検討内容の全体像を把握できる一覧表


課題が複雑なら一覧表で検討内容を把握する

 検討する課題が複雑になるほど、質の高い思考が難しい。そうなる大きな原因の1つは、課題全体を的確に把握しにくくなることだ。
 課題が複雑だと、検討すべき点が数多く出てくる。その中には、非常に重要な項目もあるが、さほど重要でない項目も含まれる。重要な項目を軽視したり、逆に重要でない項目を重視したり、適切な検討結果が得られない。また、漏れている項目に気付かないときも同様だ。
 課題が非常に簡単な場合には、何の工夫をしなくても、重要度の誤認や項目の漏れが生じにくい。しかし、課題が少しでも複雑だと、検討すべき点が増え、全体を見渡して考えるのが格段に難しくなる。重要度というのは相対的なものなので、洗い出した他の項目と比べて決めなければならない。検討点が増えるほど、検討内容が上手に整理できていないと、重要度も適切に決められなくなる。漏れも同様で、検討内容の全体像を把握しできてないと、漏れた項目を発見できない。
 ありがちなのは、検討内容が複雑なのに、頭の中だけで考える場合だ。これだと全体が把握できないので、検討のミスが発生しやすい。最低でも、簡単なメモで整理する必要がある。しかし、そのメモも上手に作らないと、全体を的確に把握する効果は小さい。
 世の中を見渡すと、間違った判断を下している場合がかなり多い。検討内容全体を把握できていないのが大きな原因だ。全体を適切に把握することなんて、言われてみれば当たり前だが、多くの人はできていない。残念ながら現実には、強く意識するとともに、何度か訓練しなければできるようにならないようだ。他のことでも同様だが、言われてみれば当たり前のことでも、多くの人ができていないケースは意外に多い。
 よくあるのは、「〜の可能性もある」といった意見が出されると、どの程度の可能性かを十分に見極めず、その意見に引っ張られてしまう例だ。起こる可能性というのは、洗い出した事柄の相対的な比較で検討すべきもので、特定の事柄だけを考えても意味がない。たいていの課題では、可能性の高い事柄を優先すべきだからだ。こうした適切な検討ができないために、不適切な検討結果に決めてしまう。そんな例が非常に多い。検討内容の全体像を把握できていれば、そんな失敗は避けられるのに。
 検討内容の全体像を把握するとき、自由形式のメモよりも、上手に整理できる一覧表のほうが、把握の効果が大きい。一覧表を作るのは、検討している内容の全体像を、目に見える形で整理するためである。目に見える形で記録できれば、より冷静に検討でき、検討の質が確実に向上する。そうした一覧表は、何となく作るのではなく、キチンと設計することで得られる。では、その作り方を解説しよう。

縦軸には、検討対象の事柄を分類して並べる

 課題を整理する一覧表は、課題の種類によって項目は異なるが、作り方は共通だ。2次元の表なので、縦軸と横軸を決めれば一覧表が仕上がる。縦軸と横軸に含める項目の決め方が、作り方の主な内容となる。縦軸と横軸は異なる観点から作るので、まず縦軸の作り方から説明しよう。
 縦軸は、通常、検討で洗い出された事柄を並べる。発生した問題の原因を検討しているなら、考えられるすべての原因が縦軸の項目となる。トラブルの現象を調べているなら、見付かった個々の現象が縦軸の項目になる。つまり、縦軸に入れるのは、検討している内容そのものである。
 検討の全体像を把握するための一覧表なので、縦軸も見やすく整理しなければならない。洗い出した事柄は、何かの基準で分類し、それに沿って並べる。たいていは複数の分類基準が考えられ、事柄の内容に適した分類しやすいものを選ぶ。発生した問題における現象の一覧表なら、発生箇所、現象のタイプ、発見順などが挙げられる。原因の一覧表なら、原因の関係する箇所、原因のタイプがある。これらの中のタイプだけは、区別方法が複数存在することもあるので、どんな考え方で区別できるのか広く考え、もっとも適したタイプを見付ける。こうして考えた中から、縦軸の分類を1つ選ぶ。一覧表には分類の値も明示するので、縦軸は最低でも2列になり、分類が2段階なら3列になる。
 縦軸の項目の洗い出しで重要なのは、大切な項目を漏らさないことだ。事柄を単に並べただけでは、漏れている事柄を見付けるのは難しい。逆に、上手に分類して並べると、漏れを発見しやすい。分類や並び順を決める際には、漏れを発見しやすいものを優先する。
 実際には、考えられる全部の分類で洗い出しを見直してみると、漏れを発見する可能性が高まる。その意味で、採用しなかった分類でも、縦軸の部分だけ作ってみるのは、かなり有効な方法だ。つまり、横軸まで整った一覧表を1つだけ作り、それには最良の分類方法で縦軸を並べる。追加で、別な分類方法で並べた縦軸部分だけを、分類方法の数だけ作る。縦軸に並べる項目値は、どれもまったく同じで、並び順だけが異なる。もし分類に困る事柄が出たら、「その他」という分類値を用意して入れればよい。こうして整理すると、大切な事柄を漏らす可能性はかなり低減できる。
 当たり前のことになるが、漏れを防ぐためにもう1つ重要なのは、検討する対象に関する理解である。内容を詳しく知らないと、漏れなんて見付けられない。検討対象に関して調べたり勉強することが、漏れを防ぐ効果的な方法といえる。その点も、お忘れなく。

横軸には、洗い出した事柄の検討点を含める

 横軸に含める項目は、縦軸に並べた事柄に関する検討点である。個々の事柄にどんな特徴があるのか、明確に分かるような項目を選ぶ。どんな項目が適しているかは、事柄によって大きく異なるので、一覧表を作成するたびに項目を考えなければならない。
 発生している現象の一覧表で考えてみよう。個々の現象の特徴をハッキリさせるのが目的なので、発生場所、被害の大きさ、波及範囲、対処の緊急度などが考えられる。現象の影響に関わる項目も含めることが大切だ。また、管理している部署や担当者が分かった方がよいので、担当部署または担当者という管理項目も追加する。
 横軸の項目を決めるための他の視点は、縦軸に並べた事柄の違いを明確にできるかどうかだ。最初に考えた横軸の項目だけでは違いが明確になりそうもないなら、違いがハッキリする項目がないか探してみる。特に必要となるのは、洗い出した対処方法を評価するような一覧表だ。対処方法の評価結果が見分けにくい場合に、何か項目がないか考えてみる。そんな観点で見付かった項目があれば、それも加えたほうがよい。
 一覧表の中身を充実させようとすると、横軸の項目数がどうしても増えてしまう。項目が多いほど一覧表の横幅が長くなり、見やすさが低下する。最大の作成目的は検討内容全体の把握なので、見やすさの低下だけは避けたい。そこで、一覧表のデータ部分の記述を工夫する。可能な限り略語や記号を用いて、横幅を狭くする。たとえば、重要度の記述なら「☆◎○△×」といった記号で表現するといった具合にだ。略語や記号なら、最低限の幅しか必要ない。
 略語や記号を多用すると、細かな内容は記述できない。そもそも、全体を把握するための一覧表なので、細かな説明は含めないのが原則。その代わり、縦軸の個々の事柄ごとに、詳しい内容を説明を別に用意する。それがあれば、一覧表に無理して説明を詰め込もうと考えないだろう。一覧表は、全体の把握に利用するものだ。

一覧表で大切なのは縦軸と横軸の項目

 ここまで説明したような内容で一覧表を作ると、全体としては以下のような形式になる(できるだけ分かりやすくするために項目数を減らし、内容を理解するための文字列を入れてある)。

事柄分類事柄名事柄説明 検討点1検討点2検討点3検討点4前表の関連
分類値1事柄11説明11 値11-1値11-2値11-3値11-4事柄X2
事柄12説明12 値12-1値12-2値12-3値12-4事柄Y2,Z2
事柄13説明13 値13-1値13-2値13-3値13-4事柄Y1
分類値2事柄21説明21 値21-1値21-2値21-3値21-4事柄Z1,Y3
事柄22説明22 値22-1値22-2値22-3値22-4事柄X1,X2
分類値3事柄31説明31 値31-1値31-2値31-3値31-4事柄Y3
事柄32説明32 値32-1値32-2値32-3値32-4事柄X1

 見て分かるように、形式は非常に単純。もっとも大切なのは縦軸と横軸に入れる項目で、その良し悪しが検討の質に直結する。両軸の項目の選択こそが重要なのだ。また、別な分類で事柄を並べ替えただけの小型一覧表は、次のようになる。

事柄分類事柄名
分類値A事柄22
事柄13
分類値B事柄32
事柄11
事柄21
分類値C事柄12
事柄31

 事柄名より後ろの項目は含まず、分類と事柄名だけを並べてある。分類内の事柄名の並び順は、採用した分類の観点で決め、正式な一覧表の順番を意識する必要はない。

検討の各工程で別々の一覧表を作る

 以上のような内容把握一覧表は、1つの課題で1つだけ作成するわけではない。たいていの課題では、複数の一覧表を作る。
 課題の種類が問題解決の場合で説明しよう。通常の問題解決では、現象の整理、原因の分析、対処方法の洗い出しと評価、対処方法の組み合わせと評価、といった流れになる。これらは検討の作業工程であり、内容把握一覧表もそれに沿って作成する。現象の整理で1つ、原因の分析で1つ、対処方法で1つ、対処方法の組み合わせで1つ、という具合にだ。検討課題がより複雑なら、作業工程も増加するので、内容把握一覧表の数も比例して増える。
 各工程で作成する一覧表は、縦軸と横軸が異なる。現象を整理するための一覧表なら、縦軸は分類された個々の現象で、横軸が現象を把握したい内容になる。具体的な横軸の項目としては、前述のように、発生場所、被害の大きさ、波及範囲、担当部署または担当者、対処の緊急度などが考えられる。これらの項目は、発生した問題の種類によって変わるはずだ。
 同様に他の一覧表も、縦軸と横軸を決めながら作っていく。どの一覧表も、その工程で取り扱う内容の全体像を把握するために作成するので、その目的に添った項目を選ばなければならない。縦軸よりも横軸の方が重要で、適切な項目を選ぶほど、検討の質が向上する。縦軸では、大切な事柄が漏れないことに気を付ける。
 最初以外の工程では、前の工程で作成した内容把握一覧表が出発点になる。それをもとに工程内の検討を開始し、その工程で必要な一覧表を作る。こうして出来上がった複数の一覧表は、隣り合った工程間の整合性を検査する道具にも使える。現象の一覧表から原因の一覧表を作ったなら、原因と現象の内容が矛盾してないかを調べる。また、どの原因にも結びつかない現象が残っていないか確認すれば、原因の漏れも発見できる。こうした検査にも利用すると、検討の質が向上する。悪い点は早目に見付かった方がよいので、各工程の作業内容に検査も含めるべきだ。
 内容把握一覧表の関連を、後で見直すこともあるだろう。その際に、関連を最初から考え直すのは無駄な労力である。そうならないように、前工程の一覧表との関連も、横軸の項目に含めておく。原因の一覧表なら、関連する現象という項目を用意して、前工程の一覧表の縦軸に書かれている項目値を記述すればよい。関連が1対1とは限らないので、1つの原因に複数の現象が書かれたり、1つの現象が複数の原因に書かれたりもする。
 検討内容の報告書には、作成した一覧表を全部含める。一覧表間の関連まで記述しておくと、第三者が検討結果をレビューするのも容易になり、質の高い報告書に仕上がる。

使い慣れると総合的に検討する視点が身に付く

 以上のような内容把握一覧表は、検討の質を向上させるのに欠かせない。検討過程での頭の中を整理する道具だからだ。ただし、使いこなせるようになるためには、段階的な練習が必要となる。
 最初のうちは、小さな検討課題で試してみるとよい。縦軸の事柄数も少ないし、横軸の検討点の項目数も多くないので、あまり苦労せずに作れるだろう。そうして慣れていったら、だんだんと難しい課題で利用していく。
 こうして何度か作るうちに、苦労せずに一覧表が作れるようになる。そうなったら、一覧表を作ることが、課題を検討することと等価になる。縦軸と横軸の項目を決める行為は、検討における重要な作業そのものだからだ。つまり、内容を検討する作業を、縦軸と横軸の項目決める作業に置き換えたことに等しい。置き換えによる付加価値は、検討内容の全体が把握できるのに加え、それを一覧表の形で記録できる点にある。
 内容把握一覧表を使い慣れてくると、課題が簡単な場合には、実際に一覧表を作らなくても、全体を把握しながら思考できる能力が身に付く。最大の利点は、どんな課題でも総合的に検討する癖が付くことである。繰り返しになるが、検討の質が低くなる最大の理由は、課題の全体を見ずに、一部の特徴だけを見て判断することだ。総合的に検討する癖が身に付くと、検討における最大の失敗要因を排除したことになり、検討の質が低下する可能性をかなり減らせる。
 そうなるためにも、内容把握一覧表の目的である「課題全体を的確に把握しながら検討する」点を強く強く強く意識しなければならない。一覧表を作るたびに、一番重要な点を見付け出そうと努力する。具体的には、もっとも被害の大きい現象は何か、もっとも大きな原因は何か、もっとも有効な対処は何か、効果がもっとも大きいのはどんな組み合わせの対処かなど、検討の各工程で重要な要素を見極める。こうした意識で一覧表を作れば、検討の質は確実に向上できる。

(2000年12月29日)


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