川村渇真の「知性の泉」

ERP:全社的な業務改革を支援する強力なツール


組織全体で仕組みを変革するツール

 ERP(Enterprise Resource Planning)は、組織全体の基幹業務を実現するためのパッケージソフトである。財務会計、購買、生産管理、販売、在庫管理といったホワイトカラーの仕事に関係する部分を、まとめて面倒みる。ユーザーごとの組織や仕事に合わせ、細かくカスタマイズして導入するタイプのパッケージだ。これまでバラバラに開発された業務システムと違い、システム間のデータ交換や有効利用も容易で、無駄な変換作業などに悩む必要はない。実際のソフトとしては、独SAP社のSAPや米オラクル社のアプリケーションなどが有名である。
 ERPを導入する背景には、組織全体のリエンジニアリングがある。コンピュータやネットワークを全面的に活用すると、今までの組織を大きく変えて、より競争力のある姿に生まれ変われる。伝票処理といった定型作業はどんどんと自動化して、もっと創造的な作業に力を注ぐ。組織の区分けや構成も大幅に変わり、部署の消滅も起こる。中間管理職も減り、無駄な手続きが大幅に削減され、意思決定の速度が向上する。このような組織変革は、コンピュータとネットワークを最大限に活用することが前提となって設計される。
 ERPを押し進めると、グループウェアの機能も上手に融合させる必要がある。そのためERPパッケージでは、グループウェアの機能を取り込みつつある。逆にグループウェアのパッケージも、ERPの機能を取り込む方向に進んでいる。
 ERPパッケージで実現する業務機能と同じシステムは、自主開発でも可能だろう。しかし、開発コストと開発期間を考えたら、ERPパッケージを導入するほうが圧倒的に得だ。もはや、無駄な開発に費用と時間を投入している時代ではない。

日本企業には一番難しい改革

 以上のような内容なので、典型的な日本企業にとって、ERPは、導入がもっとも難しい種類の技術である。なぜなら、既存の組織特性や仕事の仕方が、ERPの目的と正反対だからだ。
 ERPパッケージは、どのような組織や業務方法でも受け付けるわけではない。欧米流の合理的な組織や作業方法が基礎となっている。ある程度のカスタマイズは可能だが、カスタマイズが多いほどバグが出るし、後のメンテナンス負荷が増えて、ERPパッケージを導入したメリットは薄れる。また、日本的な仕事の仕方を継続したのでは、迅速な意思決定や合理的な作業など実現できない。つまり、ERPの本来の目的であるリエンジニアリングを放棄することに等しい。このような状況は、よく考えないでERPパッケージを導入する組織に多くみられる。
 日本企業の経営者は、コンピュータに関わることを意識的に避けてきた。長所と短所を含めた本当の特徴を理解せず、何でも専門家に任せている。それでは、コンピュータを生かした戦略など立てるのは難しい。プログラミングを理解しろとは言わないが、コンピュータによって仕事がどのように変わるのかぐらいは理解すべきだ。とくに、システム化による可能性と短所は十分に理解しておきたい。
 ネットワークを利用した意思決定やコミュニケーションの方法も、深く知らなければならない。単に知るだけではなく、電子メールぐらいは普通に使え、末端の社員と日常的にメール交換するのは当然だ。電子メールやパソコンは高級なツールではなく、現代においては文房具レベルであり、使えないことは文字を読めないのに等しい。電子メールを使えないなんて、現代の経営者としては失格である。
 日本の大企業の役員会は、ほとんど議論をしないことで有名だ。事前の根回しが中心で、役員会は決定事項の公表会でしかない。役員の地位も、ポストを与えるのが主な役割であり、人数が多すぎて議論するのは難しい。
 こんな姿の企業に、合理的で迅速な意思決定の組織を作れるであろうか。ハッキリ言ってしまえば、無理である。

日本ではパッケージの導入だけが多い

 日本においても、大企業を中心にERPパッケージの導入は進んでいる。では、一緒にリエンジニアリングを実施しているのだろうか。それを判断するために、リエンジニアリングを実施したかの基準を規定する必要がある。というわけで、代表的な評価項目を挙げてみよう。
 最初の評価項目は、組織を変えたかどうかだ。ERPを活用したリエンジニアリングでは、今までの組織を大きく変えることが多い。組織全体での現実的で具体的な目標を掲げ、それに最適な組織に変える必要がある。それをしてないなら、ERPパッケージを導入しただけの可能性が高い。
 2番目の評価項目は、導入前と比べて、仕事をこなす人数が大きく減ったかどうかだ。ERPパッケージを活用することで、ホワイトカラーの生産性は大きく向上する。変革の内容が良ければ、今までの半分以下の人数で同じ量の仕事がこなせる。少なくとも3割のアップは実現できなければならない。人数が変わらないなら、こなす仕事が大きく増えているはずだ。また、余った時間を創造的な仕事に割り当てる場合は、それが目に見える必要がある。
 3番目の評価項は、意思決定の方法だ。今までどおりに、電話や小会合での根回しが中心なら、迅速な意思決定は難しい。また、マトモな提案が却下される可能性も高い。電子会議室や顔合わせ会議がきちんと運営され、合理的な意思決定をしているかどうかは、現代的な組織では必須である。これらを実現するためには、グループウェアのツールを利用しなければならない。
 4番目の評価項目は、役員全員に電子メールが出せるかどうかだ。役立つ提案は、年齢や経験年数に関係なく生み出される。それを受け取る基礎として、役員全員が電子メールを使い、そのアドレスが公開されていなければならない。また、社内の電子会議室へ役員がたまには書き込んでいるかも、評価項目の1つとして加えてもよい。
 以上、比較的判断しやすい項目だけを挙げてみた。ERPパッケージを導入した企業を見付けたら、これらの評価項目を当てはめてみたらよいだろう。典型的な日本企業では、以上の1項目でさえ満たすのが難しいはずだ。今までの仕事のやり方と大きく違うことに加え、それを変えるときの抵抗が非常に大きいからだ。結果として、ERPパッケージを“導入しただけ”になりやすい。

企業風土を根本的に変える必要あり

 ERPのような技術は、合理的で論理的な思考が基礎にある。組織内の意思決定などが適切に行われ、成果がマトモに評価されて、本来の効果を発揮する。良いアイデアを出したら、その人の地位に関係なく採用されなければならない。また、担当する仕事が重要なほど責任が重く、失敗したときにはきちんと責任を取り、成功したら見合うだけの報酬を得る必要もある。
 本格的なリエンジニアリングの実施は、組織や作業方法を変えるだけにとどまらない。人材の活用や採用方法、給与体系や業績評価の方法まで、現代的なものに変える必要がある。それは、企業風土を変えることに等しい。旧態依然とした年齢序列(年功序列が年齢序列に変わった現代社会を参照)を守っていたのでは、絶対に達成できない。
 ERPが成功するかどうかは、ERPパッケージの使い方にあるのではない。リエンジニアリングをきちんと実施したかどうかで決まる。そのためには、トップマネジメントの強力なリーダーシップが必須であり、日本企業が持つ特徴の悪い面を大きく切り捨てなければならない。

(1998年2月12日)


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