川村渇真の「知性の泉」

選挙制度検討のまとめ:現状の検討方法の問題点


検討手法を用いれば、良い検討結果が得られやすい

 選挙制度の検討過程を見せながら、制度の設計例を紹介した。マスメディアを通じて知らされてきた選挙制度の検討内容とは、かなり違うと感じたのではないだろうか。
 確かな記憶ではないが、小選挙区制の導入を検討しているとき、何種類かの選挙制度が紹介されていた。うろ覚えによると、比例区の「併用制」とか「並立制」という言葉の付いた制度だったと思う。多くても4種類ぐらいの選挙制度が取り上げられていた。しかし、どの制度も、検討している範囲が非常に狭く、ここで紹介した設計例に近いものが1つも含まれていなかった。
 こうした結果になるのは、物事の検討方法を知らないことが大きな原因である。紹介した設計例のように、検討手法を用いて検討を進めれば、質の高い検討結果が得られる。検討手法を利用することで、途中の過程まで明らかにでき、論理的でないダメ意見が入り込みにくい。また、検討内容の全体像を把握しながら検討が進められる。
 検討結果として紹介した選挙制度だが、「設計例」と表現しているように、あくまで1つの例でしかない。前提条件や目的が変われば、同じ検討手法を用いたとしても、異なる検討結果が得られる。どんな検討結果であっても、検討が正しく進められていれば、検討結果の質を高く維持できる。その点が、検討手法を用いる最大の利点だ。
 今回の設計例では、「民意の反映」をもっとも重視して検討を進めた。そのため、多くの人が参加してマトモに検討した結果が出たとき、それと比べて大きな違いは生じないと予想する。目的が同じなら、検討者によって差が出ない検討結果が得られる点も、検討手法の特徴だからだ。ただし、もっと凄い対処方法を思い付いた場合は例外で、今回の設計例よりも優れた検討結果が得られる。

ダメ検討を防ぐには、検討手法の採用が一番

 現状のようにダメな検討結果しか得られないのは、検討手法を知らないだけだろうか。そうではなく、もう1つ大きな原因がある。それは、良い制度を採用しようと本気で思っていないことだ。自分または所属組織(政党や省庁など)に有利な制度を採用させようと、都合の良い制度だけを主張する。主張の説明の中には、論理的な検討などほとんど含まれていない。こうした人が多くいるため、質の高い制度が選ばれる可能性がどんどん低下する。
 最悪なのは、こうしたダメ意見が通ってしまう点にある。議論や検討の質が相当に低いため、ダメな意見がほとんど指摘されずに、まかり通ってしまう。こんな状況だと、決定権を持っている側が圧倒的に有利で、そちらが主張する制度が採用されやすい。今の日本では、このようにして様々な制度や対処方法が決まるため、ダメな制度や政策であっても採用されてしまう。
 こうした状況を見て、何かがおかしいと感じる人もいるだろう。しかし、どうすれば改善できるのか分からないので、改善されない状態が延々と続く。残念だが、これが現在の状態だ。マトモな話が通じない状況を、意外に多くの人が目にしているのではないだろうか。
 この種のダメ検討を防止するのにも、検討手法が大きな力を発揮する。まず、検討手法を用いて導き出した検討結果を、検討経過も含めて公表する。また、相手からダメな制度を提案された場合でも、検討手法による検討内容に組み込んで評価し、その結果を公表すればよい。ダメな検討内容なら、どんな点が悪いのか、本当に効果があるのか、明確に見えてしまうからだ。
 こうした検討結果を公表したら、相手は黙っていないだろう。いろいろな形で反論してくるはずだ。その際にも、出された反論を検討手法の中に組み込み、総合的に評価した結果を公表すればよい。検討手法を用いた対処方法の評価では、反論の欠点を明確に見せてしまうため、ダメ反論を出した側の印象が悪くなりやすい。こうした対処を繰り返すと、ダメ反論を何度も繰り返す側の信頼度がどんどん低下し、最終的には反論できなくなってしまう。つまり、検討手法は、ダメな意見への対抗手段として非常に有効なわけだ。
 以上のように、検討手法を本格的に採用すれば、“良い解決方法が導き出せる”だけでなく、“出された中から最良の解決方法が選べる”ように変わる。この点は非常に重要で、選挙制度の改良だけでなく、すべての課題に対して有効に働く。マトモな検討を目指すなら、検討手法を積極的に利用すべきである。

ダメ反論を指摘し続けることが重要

 検討手法を用いた検討結果を公表しても、レベルの低い反論は次々と出てくるだろう。そうしたダメ反論の欠点を指摘し続けることも、マトモな検討へ導くためには重要である。ダメ反論の悪い点を知らせ続けることで、その影響を最小限に押さえられるからだ。
 実際に出される意見には、ダメ反論だけでなく、良い異論も含まれる。どんな意見が来ても、検討手法を利用することで、良し悪しの判断が適切にできる。その意味でも、検討手法の利用は非常に大切である。
 検討手法に組み込むためには、どんな意見でも、どの部分がどのように間違っているのか、あるいはどう変えたらより良くなるのか、指摘する形に直す。これにより、検討手法のどの工程に組み込めばよいのか、明確に分かる。間違っている箇所の指摘であれば、指摘が正しいかどうかを評価して、結論を出せばよい。対処方法の改良案であれば、改良後の対処方法を候補に加えて、同じ評価基準で比べればよい。もし良い対処方法なら、それが選ばれるはずだ。  こうした形で検討結果を公表すると、反論として指摘した意見が正しいかどうか、多くの人にハッキリと見える。おかげで、特定の人だけに有利な意見や、無茶な意見などが採用されなくなる。検討の質を確保する意味では、そうなって当然であり、検討手法が効果的に働いている証拠でもある。このように、反論を採用したり却下しながら、検討の質を高めていく。当然ながら、ダメ反論の欠点は明確に示され、採用されることはない。
 ダメ反論への欠点の指摘は、ウェブページに公表すると効果が大きい。似たようなダメ反論が次々と出てくるので、毎回指摘していると大変だ。そんな無駄を省くためにも、ウェブページを積極的に利用する。ダメ反論への指摘は、かなり詳しく書いてウェブページで公表する。また、ダメ反論を分類して探しやすくしておくと、似たような反論が登場したときに、指摘する必要がなくなる。似たダメ意見の指摘内容は同じになるので、同類と判断したダメ反論と同じ場所に、似たようなダメ反論として掲載すれば済む。こうして整理してみせれば、レベルの低いダメ反論を出しづらくなるので、抑止する効果も発揮する。
 ダメ反論は、誰が言ったのか明確に記録しておこう。そして、ダメ反論の数が増えた時点で、発言者ごとの集計も公表する。「こんなダメ反論ばかり言っていて、マトモに検討する能力があるのですか?」などと。ダメ反論ばかり言い続ける人に対しては、黙らせる効果が非常に大きく、マトモな検討への邪魔を大幅に低減できる。
 以上のように、検討手法を幅広く利用すれば、検討の質を確実に向上できる。そして、社会の様々な課題に検討手法を採用すると、一部の人が困る状態を作る。役に立たないものを建造するような公共事業を推進したり、社会の効率を低下させながらも既得権を維持し続けているような人たちが、今までのように好き勝手に行動できなくなるからだ。こんな行為は社会にとって重大な問題なので、それを取り除くことは、社会の進歩にとって必須といえる。

マスメディアと学校教育に期待したいが……

 マトモに検討できない現状を改善する目的で、もっとも力を発揮できるのがマスメディアだ。この種のメディアに属する人々が検討手法を身に付ければ、出された数多くの意見を集め、検討手法を適用しながら整理できる。そうすれば、集まった意見の中から、もっとも良い検討結果が得られる方向へと導ける。
 こうした検討結果は、検討過程まで含めて公表する。マスメディアは、もっとも強力な公表手段を持っているので、公表後の影響力は非常に大きい。マトモな検討へと、大きく導けるはずだし、こんな行動こそ、マスメディアに求められているものである。
 しかし、日本のマスメディアの現状を見る限り、そうした行動は期待できない。仕方がないので、対象となる課題に興味を持つ一般市民が、検討手法を用いて検討結果を導き出すしかない。インターネット上で公表し、ダメな検討を指摘し続ければ、ある程度の影響力を持つだろう。
 ちなみに米国では、マスメディアがある程度まで機能しているため、検討手法を用いなくても、そこそこの検討結果が得られている。しかし、米国でも検討手法を用いれば、もっと良い検討結果を得られる可能性が高まり、ダメな検討結果を現状よりも減らせる。その意味で検討手法は、どの国でも有効な道具といえる。
 社会が進歩するためには、1人でも多くの人が、検討手法を身に付ける必要がある。その役割は、学校教育が担っている。しかし、こちらもレベルが低く、作文技術すら教えていないのが現状で、改善される見込みは非常に少ない。残念だが、今のところは、個人個人が自分で勉強して習得するしかない。
 マスメディアや教育に関わる人の中に、マトモな話が通じる人も少しはいるだろう。該当する人は、検討手法をぜひ習得してもらいたい。そして、検討手法を用いて得られた検討結果で記事を書いたり、検討手法を生徒に教えたりしてほしい。そうした努力によって、検討手法を身に付ける人が増え、マトモな意見が通じる社会へと近づくからだ。
 こうした努力の成果が出るまでは、一般市民の一部が検討手法を身に付け、検討結果を広く公表するしかないだろう。幸いなことに、インターネットという強力な道具があるため、以前よりは意見が広まりやすい。検討過程まで含めて公表すれば、レベルの低い検討を少しは改善できるだろう。

(2001年8月28日)


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