川村渇真の「知性の泉」

議論に関わる質問への回答


世の中では、議論に関する間違った内容が数多く流れている。そんな情報が、質の高い建設的な議論の実現を邪魔する。また、人々の議論能力を低めるような影響も及ぼしている。そんな間違った内容を理解できるように、代表的な質問と回答を紹介する。


議論に勝つ技術を習得すべきか?

【質問】議論の能力を高めるためのノウハウとして、議論に勝つための技術があります。これに関する本が何冊もあって、勉強している人もいます。私は質の高い議論方法を求めてますが、そんな人に負けないように、勝つための技術を私も勉強した方がいいのでしょうか。また、この技術を勉強することで、議論の能力が本当に高まるのでしょうか。実社会で損したくないので、どうしても知りたいのです。


【回答】以前から世間で話題になっている、議論に勝つための技術(ここでは暫定的に議論勝利技術と表現)に関してですね。質問の要点は「議論勝利技術を身に付けるべきか」と「議論勝利技術を習得すると、議論の能力が高まるか」の2つですから、両方とも回答します。

 まず最初に、議論勝利技術の中身を明らかにしましょう。この技術に含まれる代表的な方法は、回答の選択枝を限定した質問、質問に対して質問で返す、論点のすり替え、都合の良い具体例のみ提示、相手の欠点の極度な強調などです。他にもありますが、今回の回答には、これぐらいで十分でしょう。
 回答の選択枝を限定した質問というのは、回答方法をイエスかノーに限定したり、用意した選択肢の中から選ばせることで、自分に都合のよい回答を引き出す質問方法です。質問に対して質問で返すのは、相手の質問には回答せずに済ませ、新たな質問で相手を攻撃する方法です。論点のすり替えは、自分に都合の良い論点へと相手を導くための方法で、質問や反対意見を用います。他も同様で、相手に負けないために、あの手この手で対抗する方法なのです。
 こうした方法を用いて議論するとどうなるかは、本サイトで紹介している議論手法と比べれば、容易に判断できます。質の高い議論を実現するには、議論の目的と結論形式を明確化し、議論内容を整理しながら、適切な工程で進めます。議論勝利技術に含まれるのは、それを邪魔する行為ばかりです。その結果、議論の質は大きく低下します。本サイトでは、そのような行為をセコイ行為と呼んでいます。つまり、議論勝利技術の中身は、良い議論を邪魔するセコイ行為なのです。
 この行為を見たとき、何となく悪い印象を持つのは、心の中でセコイ行為だと感じるからなのでしょう。

 今度は、実社会に目を向けてみます。議論勝利技術を説明した単行本が、いくつも販売されています。議論に負けない能力を身に付けるとか、議論の能力を高めるとか、まるで良い能力のように説明して。
 結果として、それを信じて身に付ける人が増え続けています。こんな現状なので、何も知らないでいると、議論勝利技術を身に付けた人のカモになる可能性があります。本当はセコイ行為なのですが、そうした認識が世の中に広まってない状態では、カモになることは負けに等しいでしょう。そうなるのは、絶対に避けなければなりません。

 では、どうすればよいのでしょうか。まずは、議論勝利技術に含まれる方法を知ることです。その上で、適切な対処方法を用意しておきます。くれぐれも、議論勝利技術を自分で使わないでください。セコイ行為なのですから。
 ここで重要なのは、用意する対処方法の中身です。その中には、2つの要素が含まれます。議論勝利技術の方法がなぜセコイ行為なのか説明することと、良い議論を実現する能力である議論手法です。
 先に、議論手法を身に付けます。その基本部分は論理的思考方法と同じです。議論の目的と結論形式を明確化し、議論対象に適した議論工程(議論の道筋)を選択して、各工程ごとに作成物を作ります。このような形で議論を進めれば、議論内容が整理できて、セコイ行為が極めてやりにくくなります。
 議論手法の中身を知った後で、議論勝利技術の各方法を1つずつ取り上げ、議論手法と照らし合わせながら、なぜ悪いのかを明らかにします。どういう形で邪魔することになるか、説明できるようにするわけです。

 ここまで用意できたら、後は使う機会を待つだけです。相手が議論勝利技術を用いたとき、用意しておいた対処方法を使うのです。相手の用いた方法がセコイ行為であることを説明し、良い議論を実現するための方法も紹介します。その後、参加者に議論手法を教えながら、議論を導けばよいのです。
 このように行動すると、アナタは尊敬されるはずです。もちろん、議論の参加者がアホだったり意地の悪い人なら、尊敬されない可能性があります。そんな人は無視して、良い参加者だけ相手にしましょう。
 以上の方法が使えるようになると、議論勝利技術を使ってくる相手というのが、アナタのカモになるわけです。相手は、アナタをカモだと思って攻撃してくるでしょうが、カモになるのは相手の方なのです。これで立場は逆転し、アナタの方が圧倒的に有利になります。
 もう1つ大事な点があります。議論手法を用いると、質の高い議論が実現するため、悪い主張は悪いと判定されてしまいます。アナタが悪い内容を主張すれば、そのことを経験できるでしょう。
 議論手法を身に付けることは、論理的思考方法を身に付けることと等しいのです。そのため、本当に身に付けていれば、悪い内容を悪いと事前に判断できるので、悪い内容を主張するはずがありません。というわけなので、悪い内容の主張により負けることはないはずです。

 最後に、質問の回答を整理しましょう。1つ目の「議論勝利技術を身に付けるべきか」についての回答は、「身に付けなくてもいいですが、中身については、ひととおり理解しましょう」です。中身を知らなければ、対処方法を準備できませんから。
 2つ目の「議論勝利技術を習得すると、議論の能力が高まるか」の回答は、「議論の能力はほとんど高まりません。質の高い議論を邪魔するセコイ行為が身に付き、議論を邪魔する能力が高まります」です。議論の能力を高めるためには、議論勝利技術ではなく、本サイトで紹介している議論手法の習得が必要です。
 議論勝利技術を身に付けて、セコイ行為で攻撃してくる人が増えているようですから、議論勝利技術の中身を理解し、対処方法を事前に準備しておきましょう。そうすれば、相手が議論勝利技術で攻撃してきたとき、格好のカモとして余裕で扱えます。相手が議論勝利技術を使えば使うほど、アナタが有利になり、質の高い議論に導けるわけです。つまり、議論勝利技術の利用が、相手の大きな弱点になり、議論に勝つ技術が“議論に負ける技術”(より正確には、議論で恥をかき、セコイ人間だと思われてしまう技術)に変わるのです。
 以上を理解して準備ができると、相手が議論勝利技術を用いたとき、アナタは「しめしめ」と思えるはずです。相手を激しく攻撃するのではなく、少しだけ落ち込ませてください。そして、議論手法を身に付けるように相手を導きましょう。

(2003年2月7日)


下の飾り