川村渇真の「知性の泉」

浮遊思考記録−2002年06月


●2002年6月29日

大学卒業生と大学教官の品質保証

 東大の卒業式において、学長が「学士の品質保証期間はせいぜい3年、長くて5年。間違っても生涯を保証するものではない」と述べたことが話題となった。官僚として不祥事を起こす東大卒が多いので、こうした卒業生と東大との関わりを否定したいがために、今回のような内容を述べたのだろう。これと同じような意見を、発言と一緒に紹介している記事やサイトがいくつもある。
 この発言を聞いたとき、正直言って驚いた。あまりにもレベルの低い内容だからだ。また、この内容の意味するところを、発言者は深く考えてないな、とも思った。その辺の話を簡単に紹介しよう。

 論理的に思考できる人なら、「ある内容を肯定すると、それと同じ意味を持つ別な内容も同時に肯定することになること」を知っている。今回の発言なら、「東大が学士に教えているのは、せいぜい3年、長くて5年しか品質が保証できない内容が中心である。間違っても生涯を保証するような内容ではない」という意味も、同時に含まれている。高等教育機関である大学が、生涯ずっと役に立つような内容を教えないで構わないのだろうか。そんな教育内容で、高等教育機関と呼べるのだろうか。
 発言の意図は、前述のように「不祥事を起こした卒業生と東大とは関係ない」と強調したかっただけであろう。おそらく、上記のような同時に肯定する内容があるなんて、少しも考えなかったのではないだろうか。高等教育機関の長としては、お粗末な発言内容だ。ある程度以上の論理的思考能力がある人なら、恥ずかしくて絶対に言えない。
 もう1つ見逃せない点がある。「品質保証」という言葉を使うときは、品質の中身である「品質基準」が非常に大事で、それを規定しなければならない。品質保証というのは、「品質基準が満たされていることの保証」である。そのため、品質保証の話をする場合は、品質基準の内容を明らかにしなければならない。
 今回の発言の全内容を知らないので、ハッキリしたことは言えないが、上記の“同時に肯定する内容に気付かない点”から推測すると、品質基準なんて考えてもいないだろう。全体として、「東大の学長って、こんなにレベルが低いのか」と思ってしまった。

 品質保証の話が出たので、大学卒業者の品質を少し考えてみよう。品質基準を定める必要があるので、それを先に規定する。大学は高等教育機関なので、生涯で役立つ能力が相応しい。そこで、一般社会で良い活動ができる汎用的な能力としてみた。高いレベルではなく、基礎レベルで構わない。能力をもう少し具体的に挙げると、自分の考えを分かりやすく書くための作文技術、物事を適切に検討する手法の基礎、何かを適切に評価するための評価方法など、大事な能力が含まれる。
 この他にどんな能力があるか、細かく規定しても構わないが、今回の話題ではあまり意味がない。現実の卒業生は、今挙げた能力ですら、ほとんど身に付けないまま卒業しているからだ。東大はもちろん、他の大学も含めて。
 こんな結果になる最大の理由は、大学でも大学院でも上記の内容を教えていないからだ。作文技術だけは、一部の大学で教えているようだが、全体から見て例外に近い。さらに凄いのは、こうした能力を、教える側の教官も身に付けていない点だ。これでは、教えようと思っても教えられない。
 以上を考慮すると、品質保証の判定結果は「品質保証ゼロ年。まったく保証できない」となる。もちろん、多くの大学教官まで含めて。悲しい結果だが、本当のことだから仕方がない。こうした現実に早く気付き、教育内容を改善してもらいたい。今のままでは、真面目に勉強したい学生がかわいそうだ。
 では、実際の大学を卒業すると、何を得るのだろうか。主に、友人が作れることと、選んだ専門分野の知識であろう。知識の方は、使わないと忘れてしまうので、そのままだと減る一方である。大学卒の中身というのは(大学以外の学校の卒業でも似たようなものだが)、この程度の低いレベルだと認識しよう。世の中の優秀な人は、卒業後に社会で勉強して能力を高めている。その意味で、学歴なんて参考にしないことそこ、賢い選択だ。
 ちなみに、上記の作文技術や検討手法などを身に付けた場合、品質保証の判定結果はどうなるだろうか。それはズバリ、「病気や老化といった特別なことが発生しない限り、死ぬまで保証」だ。だからそこ、高等教育機関が教えるのに相応しい内容といえる。

 今回の大事な点は、「ある内容を肯定すると、それと同じ意味を持つ別な内容も同時に肯定することになること」である。もう1つ、「それと反対の意味を否定することになる場合もある」点も知っておこう。大事な場面で意見を述べる際には、このような2方向で自分の意見を冷静に検討してみて、情けない内容を言わないようにしたいものだ。


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