川村渇真の「知性の泉」

自分の考えをまとめて言える道具が得られる


自分の考えを言える機会は非常に少ない

 職場での会議でも仲間との雑談でも、いろいろな内容の話をする。しかし、よく知っている人を相手にしてでさえ、本当に言いたいことを言える機会は非常に少ない。
 ここで取り上げる“言いたいこと”というのは、感情や好き嫌いなどの意見ではない。もっと質の高い仕事をする方法だとか、開発や販売の組織や体制を改良するとか、製品の基本構造を良くするといった、前向きで志の高い意見を指す。
 この種の言いたいことは、より高いレベルを日頃から目指している人なら、たいていは持っている。通常は年齢や地位に関係ないので、ベテランから新人まで幅広くいる。ただし、もっとも多い層は、中堅と呼ばれる30歳代だと推測する。バリバリと働いた経験もあり、仕事を深く理解した時期でもあるからだ。そんな人の中で、新しい手法を幅広く勉強したり、自分の改良アイデアを思い付いた人が、言いたいことをどんどんと増やしていく。時間の経過とともに、話したい内容が膨らむわけだ。また、実際の経験や深い知識を基にしているため、言いたい内容の質も高まる。
 しかし、職場の同僚や上司にでさえ、そのような話をする機会はほとんどない。一般的な状況で多く話すのは、世間話だったり、職場や上司への愚痴だったり、さらっと受け流せる内容がほとんどを占める。もし重いテーマを話そうとしても、最初の入り口を話し出した段階で別な話題に移りがちで、続けて話すのは難しい。話したい内容が濃いほど話すのに時間がかかり、ゆっくりと聞く気がない人に全部を伝えるのは、まず無理だ。
 話すのが無理だとしたら、提案書という形の書類で提出する手もある。職場で何かを改善するなら、上司に提出するだろう。しかし、そんな提案書を真剣に取り合う人は非常に少ない。たいていは嫌がられ、ひどい人だと嫌味を言う。提案したほうが失望するのが普通だ。
 実は、紙の書類を配布する方法は、この種の提案には適さない。残念なことに、提案内容を理解できる人は、一部の人だけに限られている。数が少ないだけに、適切な人に渡るかどうかが重要となる。理解できるかは地位の上下には関係ないので、より上の上司に出す方法も使えない。全員に配布する手もあるが、対象が多いと費用と手間がかかる。組織内でなく社会に広く伝えたい場合は、ほとんど不可能に近い。

ウェブページが状況を大きく変えた

 紙の書類では無理だった状況も、インターネット技術が普及することで大きく変わった。意見を述べる点だけを見るなら、ウェブページが一番重要な役割を果たし始めている。
 インターネット技術を利用している組織では、社内でも同じように使える基盤を整えている。従業員がウェブページを自由に作れたり、メーリングリストで宣伝したりできる。このような道具のおかげで、まとまった意見を一気に伝える手段が得られた。この効果は非常に大きい。多くの人が見ることで、数は少ないものの賛同する人が現れ、一緒に推進することが可能だ。電子メールで質問を受け、分かりにくい部分を詳しく説明したりもできる。
 社会に向けて意見を述べるときも、同じ効果が得られる。ただし、ウェブページの数が多いので、本当に良いページがあったとしても、その存在を知らせるのが大変だ。少しでも知ってもらうためには、検索サイトに登録するとか、関連するメジャーなメーリングリストで宣伝するなどの方法がある。もし内容が充実していれば、読む人が増えるだろう。ウェブページが広く知られるほど、実質的な発言力を増す。
 社内で意見を公表するときは、組織ならではの問題も発生する。多くの人が読めるので、その意見を気に入らない人から攻撃される場合だ。とくに上層部から目を付けられると、呼び出して注意されたり、人事権を使って嫌がらせを受けたりする。最悪の場合は、左遷や退職も考えられる。組織というのは閉じた世界なので、権限を持っている人の思い通りにできるケースが多い。組織内で広く意見を表明するときは、そんな状況も覚悟する必要がある。
 表明した意見で意地悪されるのが、すべて悪いとは限らない。ものは考えようだ。レベルが高くて的を射た内容だったのに、それを上層部が認めないとしたら、ダメな組織と評価してよい。マトモな組織に移る良い機会と捉えよう。その意味で、的を射た意見の表明は、組織のレベルを判断するフィルターの役割も持つ。こんなことが簡単にできるのも、インターネット技術のおかげだ。

時間をかけて中身を充実させる

 言いたいことを表明する場合に重要なのは、何といっても内容の質。それが良くないと、いくら宣伝してもダメだ。誰もが発言する道具を持ったことで、より中身が重要視される。
 もし中途半端な状態で発言すれば、書いた本人に対する信頼が低下する。そうなると、後から良い内容に直しても、信用される可能性は低い。広く意見を表明するときは、じっくりと時間をかけ、内容の質を高めなければならない。論理的な考察はもちろん、その時点での技術レベルや現場の状況を正確に把握し、地に着いた実現可能な内容に仕上げることが大切だ。皆から注目されたいと思って強気で発言するのは、信頼を失うだけで逆効果となる。
 もちろん例外もある。将来を長く見据えて改善するような提案では、かなり前段階から何度も言い続けないと、理解する人が増えない。最初は概論から始まり、だんだんと詳しい内容を加えていく方法がよい。当然のことだが、発言する内容は、本当に的を射ている必要がある。この種の提案では、論理的な分析が必須で、その部分も説明しなければならない。
 ウェブページでも紙の書類でも、質の高い意見を書くのには、非常に時間がかかる。いろいろと調べなければならないし、問題点を正確に把握するとか、自分の考えを整理する必要もある。思い付いてから書き終わるまでに、最低でも数ヶ月の期間を要することが多い。じっくりと本腰を入れて書いたほうがよいだろう。
 時間がかかるのは悪いことだけではない。前に書いた内容を参照しながら書くことが多いので、内容を再評価する時間も十分に取れ、質を高めるのに役立つ。表明する内容が重要なほど、時間をかけて広い角度から評価すべきだ。
 もし自信が相当あるなら、全体の構成だけを先に決めて、段階的に公表する方法もある。これは意外に難しく、物事を体系化したりシステムを設計する能力が必要だ。そんな経験がない人は止めたほうがよい。

言いたいことのまとめは自分の財産作り

 公表するために作成した内容は、自分にとって一生の財産となる。コンピュータやネットワークの技術が進歩して、ウェブページという形が変わったとしても、書いた中身だけは何度も使える。自分の財産を充実させるために、少しずつでも時間を割き、いろいろと書き加えるとよいだろう。自分の興味ある分野に絞り、楽しみながら書き続けるのがコツだ。量が増えてきたら、上手に体系化して読みやすく整理することも忘れずに。
 説得力のある内容を書き続けていると、それが新しい仕事につながる可能性は高い。会社の倒産という困った状態で役立つ財産にもなり得る。単なる職務経歴書では分からない部分が、ウェブページを読んでもらうことで伝えられるからだ。また、ウェブページがきっかけで価値のある友人も見付かる。このように自分の財産を増やしていると思えば、長く続けられるだろう。

(1998年11月5日)


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