川村渇真の「知性の泉」

利用者に直結したネットワーク機能の研究が必要


既存の研究は下層技術が中心

 ネットワーク技術の最近の進歩は、コンピュータ技術と同様に、めざましいものがある。モデムなどの接続技術に加え、インターネット関連のデータ通信技術も急速に普及している。また、新しい規格が登場したり、既存の規格が拡張されたりしている。
 実用レベルの話ではなく、研究レベルでも続々と新技術が登場している。より高速なデータ通信技術、動画などを大幅に圧縮する技術、様々な方法でアクセス可能なサーバー技術、欲しい情報を絞り込める検索技術などだ。
 以上の多くに共通するのは、利用者からは遠くに位置づけられる基本技術が中心となっていることだ。狭い意味でのネットワーク技術と呼べる。それとは逆に、利用者に直結した応用技術も研究しなければならない。現在登場している多くのネットワーク技術は、利用者に近い技術よりも基礎側にあるので、ネットワークの下層技術とも表現できる。
 研究が下層技術に集中する最大の原因は、ネットワーク技術がまだまだ初期段階でしかないためだ。どんな分野でも発展の初期には、数多くの基本的な技術を開発する必要がある。次に考えられる理由として、下層技術のほうは、考察する範囲が狭くて済むことが挙げられる。上層技術になると、ネットワークやコンピュータの技術のほかに、人間のコミュニケーションや組織や社会の特性なども理解しなければならない。この条件を満たすのは意外に大変で、下層技術が大きく発達した段階にならないと、研究者の人数は増えない。それまでの間は、重要性に気付いた少数の人が研究するしかなさそうだ。

上層技術はコミュニケーションの質を向上させる

 利用者に近い上層技術は、ネットワークを“社会基盤として最大限に利用する”ために必要となる。各人のコンピュータがネットワークで接続しただけでは、質の高いコミュニケーションを実現できない。また、問題解決に深く利用するのも難しい。そこを改善するのが、ネットワーク上層技術の役割だ。利用者に直接役立つ機能を提供し、より難しい用途にも使える。代表的な分野を少し紹介しよう。
 複数の人が参加できる対話機能として、電子会議がある。現在のレベルでは、参加者が自由に書き込むだけで、発言内容を整理したり、議論を上手にコントロールする機能はない。上層技術が加わった電子会議では、論理的な議論を支援し、発言内容を整理する機能も持つ。発言を垂れ流すのではなく、発言内容をもとにして、議論の流れや要約を生成する。また、議論が混乱しないように、議長の役割を補佐する機能も備える。
 ネットワーク上で仲間を見付ける機能も重要だ。同じ価値観や趣味を持つといった条件を指定すれば、満たす人を候補として自動的に選んで提供する。その際、参加者のプライバシーを保護する機能が働き、対話を決断する最終段階までは、お互いの情報が守られる。結果として、今よりも安心して気の合う仲間を見付け出せる。
 これら以外にも、電子図書館の情報提供機能や検索機能、意見を細かく反映できる投票機能、分かりやすく情報を表現するための支援機能、求人や求職のための自動プレゼンテーション機能、役所の健全な運営に役立つ情報公開機能などが対象となる。すべてに共通するのは、利用者のニーズや使い勝手を重視して、今よりも格段に便利な機能に仕上げる点だ。

上層技術から下層技術を導く研究アプローチ

 ネットワークの上層技術を求めるためには、コンピュータとネットワークの特性を理解し、幅広く利用した状態を考える必要がある。同時に、ネットワーク社会で発生する問題を推測し、対処方法も加えなければならない。
 上層技術の研究アプローチは、次のようになる。まず前提として、コンピュータとネットワークの長所と短所を理解している必要がある。夢物語を想像するわけではないので、どのような機能なら実現可能か判断できることは必須だ。それを理解したうえで、ネットワークを利用した社会の問題点や特徴を考察し、社会基盤となるようなネットワーク機能を求める。続けて、それを実現するために必要な上層技術を考え、最後には、上層技術の実現に必要な下層技術を導く。下層技術から先に考えるのではなく、情報化社会に必要な機能から考える点が大切である。
 以上のような考えは、情報中心システム(「思考支援コンピュータを創る」を参照)を研究している中で浮かび上がってきた。既存のネットワーク技術は「技術中心ネットワーク」であり、次の世代には、より利用者に直結した機能を持つ「情報中心ネットワーク」が必要となる。それを求めるのが、このコーナーの中心的な目的だ。

(1997年12月24日)


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