川村渇真の「知性の泉」

事件の重要な点を整理して見せるべき


自殺に良い印象を与えないのもマスメディアの役割

 日本では、物事が思い通りに進まないとか、悪い状況に追い込まれると、自殺という方法を選ぶ人がいる。たいていは悪事がバレそうになったときだが、そうでない場合もある。その1つが、プロ野球球団オリックスの三輪田編成部長の自殺事件だ。
 人間が自らの命を絶つというのは、非常に大変な事件である。マスメディアも大きく取り上げ、何日も続けて報道している。しかし、その取り上げ方には大きな問題があり、早急に改善しなければならない。
 取り上げ方を論じる前に、自殺について簡単に述べておきたい。自殺は大事件だけに、関係者に大きな迷惑をかける。死んでいく本人は消え去るからいいかもしれないが、残った人は大変である。それだけに、自殺以外の選択枝をもっと考慮すべきだ。担当する役職や組織を辞めるとか、誰かに助けてもらうとか、死んだ気でやろうと思えば、もっと幅広い選択枝が考えられる。それをすべて試してからでも遅くはない。おそらくは、試している間に解決するか、解決しなくても死ぬような精神状態や状況からは抜けられるはずだ。
 もし自殺するにしても、残る人に迷惑がかからないように、きちんとした対処をしておきたい。関係する地位にいる状態で自殺するのではなく、その地位を辞めて時間が経過してからとか、迷惑が最小になるように考慮すべきだ。また、関係している事件が社会的な大問題なら、残る人の中に国民全体も含まれる。事件の真相が分かるように、証拠や証言を細かく残すべきだ。直接の関係者には迷惑がかかるが、国民全体では迷惑が最小になる。
 ともかく、自殺というのは最悪の選択である。日本では、死ねば突然と良い人になったり同情が集まり、その原因に関係する人を、本人が死なせたわけでもないのに責める傾向が強い。しかし、そんな伝統はなくしたほうがよい。自殺を選ぶ人や残った人が、もっとマトモな行為を選択するように、世間の人々を目覚めさせる必要がある。そうしなければ、自殺を減らすことは出来ない。その役割の一端は、マスメディアが背負っている。

加害と被害を整理して見せることが大切

 余計な話が長くなったが、ここから本題で、マスメディアの自殺事件の取り上げ方を考えてみよう。どんな事件でも同じだが、状況を整理して見せることが重要である。関係する人や組織を洗い出し、それぞれで加害と被害をまとめなければならない。なお、今回取り上げた自殺事件に関しては、ドラフト制度の善し悪しが大きく関わっている。しかし、それよりもマスメディアの取り上げ方のほうが重要なので、ドラフト制度に関しては触れないでおく。
 まず最初に、マスメディアが報道する意味を考えよう。マスメディアが事件を報道するのは、興味本位の欲求を満たすためではない。事件が起こった原因を探り、同様の事件が発生しないように社会に情報を提供する役割がある。また、事件の関係者が適切な対処をするように、情報を提供したりプレッシャーを与えるのも重要だ。
 以上のことを達成するためには、事件を的確に整理して読者に見せる必要がある。自殺事件の場合は、自殺した人を責めない傾向が非常に強く、状況をきちんと整理して見せないことが多い。しかし、そんな報道は最悪で、問題の本質を見失うことにつながりやすい。
 事件を整理してみせるためには、関係する人ごとに加害と被害を洗い出すのが一番だ。加害も被害も相手があるので、相手を明示する。また、加害と被害は表裏一体なので、加害にだけ相手を記述すればよい。今回の事件では次のようになる。

事件関係者の加害と被害を整理
関係者 加害 被害
三輪田部長 ・自分の家族へ:悲しみと不安
・オリックスへ:印象の低下
・新垣家族へ:悩ませる
・会社からの強い圧力
部長の家族 ・大切な家族を失う
・今後の生活不安
オリックス関係者 ・三輪田部長へ:仕事の圧力 ・同僚を失う
・企業の印象が悪くなる
新垣投手と家族 ・自殺に関係して悩む
・悪く言う人が出る

 このように整理してみるとハッキリするのは、この種の事件では“自殺が多くの加害を伴う”点だ。「死んだ人を悪く言うのはまずい」などと考えている状況ではない。そんな考え方は、状況の適切な把握を妨げるだけで、良い対処方法を生まない。
 表には記述していないが、加害や被害には程度の差がある。もっとも大きな被害者は新垣投手と家族で、一生忘れられないほどの精神的なダメージを受けただろう。深く分析するときは、被害の程度も十分に考慮する。
 表では人を中心にまとめたが、オリックスという組織としての加害と被害も考えなければならない。選手への交渉権は組織が持っており、そこに属する人は組織の構成員として行動する。そのため、三輪田部長を含む関係者の加害は、組織としての加害に等しい。また、事件への対処も組織として活動になるので、組織の責任として捉える必要がある。

幅広く検討して対処方法を選ぶべき

 このような事件が起こったとき、もっとも考慮すべきのは、同様の事件を起こさないように防ぐことだ。関係者の対処方法も、その点を重視して決めなければならない。また、迷惑をかけた相手に対しては、それ相応の償いをすべきである。さらには、関係ない人による余計な迷惑を起こさない対処も大切だ。
 以上を整理して考えると、対処方法を決める際に考慮すべき主な点として、以下の3つが挙げられる。

事件の対処方法を決める際の考慮点
1:将来の自殺を防止する
   ・自殺は多くの人(とくに選手)に迷惑をかけると理解させる
   ・自殺しても逆効果でしかない前例を作る
2:迷惑をかけたら償う
   ・迷惑をかけたほうが、それ相応の償いをする
   ・一番の被害者にとって、最良の対処をしてあげる
   ・精神的な重荷を少しでも減らすような対処を
3:アホな行為をさせない
   ・一番の被害者に心ない電話をかけるといった行為を防ぐ

 この中の3番は、この種の事件で必ず起こる。誰かが死ぬと、死んだほうが加害者であるにもかかわらず、死ぬ原因(という考えもこじつけであるが)となった相手に文句を言う人が現れる。このような行動を起こす人は、物事を深く考えずに感情だけで動きがちで、さらなる迷惑をかけているのに気付かない。マスメディアがきちんと分析した結果を報道して、理解させるのが一番の対処方法だ。とにかく、意識を変えてもらうしかない。きちんと報道すれば、こんな行為をするのが恥ずかしい世の中に変わり、やる人はいなくなるだろう。

加害者はレベルの高い対処を

 残りの1番と2番は、加害者である組織の対処に関係する。もちろん、対処すべき最大の相手は、一番の被害者(この事件では新垣投手)であり、それがもっとも重要だ。実際にやれる対処方法として、以下の3つを挙げてみた。

今回の事件で実行可能な対処方法
1、入団交渉を継続する
2、入団交渉を断念する
3、交渉権をダイエーに譲る

3番目の対処方法を見て、驚く人がいるかも知れない。しかし、精神的に大きな迷惑をかけたのに償うなら、相手の願いをかなえることこそ、もっとも有効な対処方法である。
 続けて、挙げた対処方法を評価して比べる。評価基準として重視すべき点は、迷惑をかけた相手に償う度合いと、企業の印象を改善することの2つだ。評価をまとめると以下のようになる。

対処方法ごとの評価
対処方法 評価:新垣家族へ償い 評価:企業の印象
交渉を継続 ×:さらなる迷惑の可能性大 ×:迷惑かけた反省なし
交渉を断念 △:追加迷惑も償いもなし △:迷惑の反省が少し見える
交渉権を譲渡 ○:迷惑への良い償い ○:良い償いで印象が向上

見て分かるように、償い度合いと企業印象は比例する。比べた結果、もっとも良い対処方法は交渉権の譲渡である。
 交渉権を譲る場合、リーグかどこかの許可が必要になるだろう。関係する機関は、事態の重大さを理解し、速やかに許可を与えなければならない。もし許可が下りないときは、同じことを達成ように試みるべきだ。自分の球団にとりあえず入団してもらい、すぐに金銭トレードに出せばよい(これを禁止する規則があるとダメだが)。その場合、トレードの金額は低くして、実質的にタダと同じにする。受け取ったお金は、自殺で残された家族への見舞金にすればよい。また、金銭トレードという変則的な入団方法になるため、契約金などが通常の入団と比べて不利にならないように、トレード先と入念に打ち合わせる必要もある。ここまでやれば、迷惑の償いとしては十分だ。起こった事件は取り消せないので、その後の対処が重要である。世間に「やるねぇ」と言わせるような対処をすることこそ、本当のマネジメントといえる。
 このような対処方法が当たり前になれば、前述の「対処方法を決める際の考慮点」も達成できる。自殺は加害であり、残された仲間が償いを求められると認識されれば、そう簡単に自殺することができない。真面目な人ほど自殺する傾向が強いので、もっと別な方法を選ぶように変わる。結果として、自殺の防止につながるはずだ。また、迷惑をかけられた人も、希望がかなうことで精神的な負担を少しは減らせる。
 これとは逆に、誰かの自殺によって入団に追い込むと、自殺を助長することになる。こんな選択だけは、絶対にしてはならない。もっと世の中全体のことを考慮し、関係者は最良の対処方法を選ぶことが大切だ。
 このような対処方法が世の中に理解されるためには、事件のきちんとした分析結果を知ってもらうことが大前提だ。その役割は、今のところマスメディアが背負っている。マスメディアがやってくれない場合は、対処方法を実行する企業が自分で公表するしかない。

 以上の考察から分かるように、マスメディアの報道内容が改善されれば、世の中は良い方向に向かい、同様の事件が起こりにくくなる。最大の改善すべき点は、事件の重要部分を見極め、それを上手に整理して見せることだ。非常に残念だが、物事を総合的かつ論理的に捉えられる人材が極度に不足しているようなので、そうなる日は相当に遠そうだ。

(1998年12月2日)


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