川村渇真の「知性の泉」

分かりやすい地図の作り方


 初めての場所へ向かうとき、紹介した地図が分かりにくいと、迷ってしまい苦労する。スムーズにたどり着けるかどうかは、地図の出来具合でほとんど決まる。分かりやすい地図は、特殊な才能で作るのではなく、論理的なルールに従うことで誰もが作れるものだ。ここでは、そのルールを紹介しよう。


見る人が迷わない工夫を盛り込む

 分かりやすい地図を作るためには、次の2点が基本となる。
  1、正しい道を進んでいるとの安心感が持てるように作る
  2、間違ったことが発見できるように作る
最初の項目は、目的地へ向かっている途中の段階で、「正しい道を進んでいる」と確認できるように作ることを意味する。いわば正攻法の考え方といえる。2番目の項目は、間違った道を選んだとき、間違っていることに気が付きやすく作るという意味だ。この点は、めったに考慮されないが、実は重要な点である。以上の2点を満たすために必要な、より具体的にブレークダウンした内容が、分かりやすい地図を作るためのルールとなる。
 次の地図がサンプルで、これを見ながら代表的なルールを説明する。一部のルールには、該当個所を赤で示した地図を加えた。

完成した地図

1、目的地を上にして描く

 地図の一般ルールとして、北を上に描くと習っただろう。しかし、使いやすさを求めるなら、このルールは適切でない。もっとも良いのは、「出発地点を下側に、目的地を上側に」描くことだ。たとえば、駅の出口から目的地までを描く場合、駅の出口を下に、目的地を上にする。この逆だと、出発地点から歩き始めるとき、地図を逆さまに見なければならず、文字が読みづらい。人間は前に歩くので、手に持った地図を見るとき、進行方向は地図の奥側と一致する。だから、目的地を上に描いたほうが、より自然に理解できて使いやすい。もし、どうしても北を明示したければ、方位記号を一緒に描けばよい。

2、できるだけ正確な形や角度で描く

 地図を描く場合、どんな道路でも水平か垂直に合わせる人がいる。しかし、これが混乱のもととなる場合も意外と多い。中途半端な角度の道は、できるだけ実際の角度に合わせて描くことが大切だ。とはいっても、実際の道を歩いているだけでは、正確な角度は分からない。だから、その場所の正確な地図(市販の地図など)を見て描くようにする。全体を回転させながら、水平と垂直の道が一番多い向きを探すと、描きやすい方向が見つかる。
 同様に、描いた道路の太さにもメリハリをつけたい。太い道路は太く描き、細い道路は細く描くのだ。パソコンのソフトを用いる場合は、ここのサンプルのように、道路を黒い線にしたほうが描きやすい。

3、目的地を目立たせる

 目的の場所が地図上でどこにあるのかは、真っ先に伝えるべき情報だ。そのためには、目的の場所を目立つように作らなければならない。その建物だけ太い線で描いたり、中を塗りつぶしたり、大きな矢印で指し示したりする。また、「目的地」や会社名や「○○宅」などの言葉を入れて、目的の場所であることを明示する。多くの建物や名前を加えた状態でも、一番目立つことが大切だ。

4、出発地点で進行方向を間違わないように

 最初の出発地点で進行方向を間違えることが、迷うケースの中でもっとも悪い。これを防ぐためには、駅の出口を出たときの目印となる建物を描く。また、駅の出口番号や「○○方面」の出口などの情報も加える。もっと親切に描くなら、複数の出口からの道順を加える方法もあるが、地図を見ながら進むことが前提であれば、基本的には1つの出口で十分だ。
 駅の中では、階段や通路を何度も曲がるので、出口まで達したときには、線路との位置関係が分からなくなる。そのため、線路の方向との関係で場所を示されても、まったく役に立たない。このことを理解していない人が意外と多い。このような理由から、出口付近の目印は必須である。

出発点を明示した地図

5、分岐点には必ず目印を加える

 途中に何カ所かの分岐点がある場合は、どの分岐点で曲がるかを示す目印を加える。この点に関しては、言われなくても多くの人が守っているだろう。

分岐点で目印を加えた地図

6、分岐点の間にも目印を加える

 分岐点の間の距離が長いケースでは、正しい道を進んでいるときでも「曲がるべき場所を通り過ぎたのではないか」という不安が生じる。これを解消するためには、分岐点の間にも目印を加える方法が一番だ。途中の目印を確認できれば、「正しい道を進んでいるな」と安心しながら前に進める。
 目印を描く地図上の位置だが、分岐点からの実際の距離の比率に合わせると、見る人がより迷いにくい。このような点にも注意して描きたい。

分岐点の中間にも目印を加えた地図

7、間違った経路にも目印を加える

 目印を見逃すなどの理由で、間違った方向に進むこともある。大切なのは、間違っていることに気付かせることだ。そのために、正しい経路以外にも目印を加える。とくに多い間違いは、曲がるべき箇所で曲がらずに真っ直ぐ進むケースなので、その部分へ重点的に目印を付ける。各経路ごとに2つ以上の目印を加えると、より気付きやすい。
 間違った経路上の目印は、間違いを知ることに加えて、自分の居場所を正確に把握する効果も生む。現在どこにいるのかを理解できれば、正しい道へ戻ることも容易だ。

間違った経路にも目印を加えた地図

8、目印には、昼でも夜でも目立つものを選ぶ

 目印としての最大の条件は、目立つことである。遠くからも見えるなら、なお良い。ただし、目立つビルであっても、名前が分からなければ意味がない。目立つビルよりは、目立つ看板のほうが適している。また、看板に記述してある内容などにより、具体的な固有名詞が分かることも必要だ。地図上でも、できるだけ固有名詞を加えるようにする。ただ「居酒屋」と書くのではなく、「居酒屋『のんべえ』」と書くことで、正しい道を進んでいることがハッキリする。
 地図を用いるのが昼とは限らない。夜の場合には、ネオンなどの看板や、夜でも開いている店などでないと、目印としての役割を果たせない。目印の選択では、夜間の目立ちやすさも考慮する。
 地図上で目印を描くときは、四角の相対的な大きさや縦横の比率をできるだけ本物に合わせる。大きな建物は大きく、小さな建物は小さく描くことで、間違いを最小限に抑えられる。

9、正しい経路を目立たせる

 以上のように親切に作っていくと、地図全体がごちゃごちゃして、正しい経路が見えにくい感じが出てくる。つまり、親切に作れば作るほど、正しい経路が目立たなくなる傾向があるわけだ。
 この点を改善するため、正しい経路を間違い経路より目立たせる。やり方としては、正しい経路を強調する方法と、間違い経路を弱く見せる方法の2種類がある。ここでは、どの要素も黒く描いているため、間違い経路をグレーに変えて、目立たなくする方法を使ってみた。なお、駅や線路も正しい経路に含まれるため、黒のまま描いている。
 このサンプルはモノクロでなので、道路や目印を薄く描く方法で目立たせているが、別な方法を用いても構わない。もしカラーで描くのなら、道路の上に赤い太線を描く方法も良いだろう。また、正しい経路だけカラーにして、間違った経路をグレーで描く手もある。誰もが簡単に分かるという基準で、一番良い方法を選べばよい。

正しい経路を目立たせた地図

10、その他の注意事項

 他の注意すべき点もいくつか紹介しておこう。まず、正確な住所も明記することが重要だ。利用する人が地図で調べられるし、地元の人に道を尋ねるときには正確な番地が役立つ。また、ある程度以上の距離がある場合は、駅からかかる時間も明記したい。さらには、有名な駅から最寄りの駅までにかかる時間も加える。たとえば、歩きの出発地点が山田駅なら「新宿駅→山田駅(快速で15分、各停で25分)」と付けるだけで、目的地までの必要な時間を計算でき、出発時刻を決めやすい。必要時間は、だいたいの目安でも十分に役立つ。
 これ以外にも細かい注意点はあるが、ここまで守れば、かなり親切で使いやすい地図が出来上がる。実際のルールとしては、特殊なケースを除いて、これで十分だろう。
 ここのサンプルはモノクロだが、色を用いれば、さらに分かりやすく作れる。しかし、カラーにしたからといって、格段に分かりやすさが向上するわけでもない。印刷コストなどの理由から、モノクロのほうを多用すると考えて、モノクロのルールだけに絞った。

使う側の視点で評価することから、ルールは生まれる

 地図を分かりやすく作っておけば、それを利用する多くの人が迷わずに済み、利用者が多いほどトータルでは大きな時間の節約になる。地図は少し複雑になるが、得られるメリットのほうが大きい。
 以上のように、分かりやすい地図の作り方は、論理的なルールの集まりとして表現できる。これらのルールを求めるときに考えたのは「地図を使うときに何に迷うか」という点だ。この視点こそ、他の情報表現を用いるときにも通じる点であり、説明技術の重要な部分でもある。その情報を用いる側の視点に立つことで、いろいろな表現方法の欠点も見えてくるし、それを解消するための論理的なルールも導き出せる。分かりやすい表現は、自分で作ったものへの厳しい評価から生まれるといえるだろう。

(1995年6月29日:作成、2002年6月26日:9番項目を追加)


下の飾り