川村渇真の「知性の泉」

日本語に適した数値表現


読みやすさと分かりやすさを重視した表現に

 より説得力のある文章を作ろうとすると、きちんとしたデータを用いた説明が必須だ。表やグラフを使うことは当然だが、それらの解釈や評価を説明するために、文章中にも数値が登場する。
 文章は読むものなので、文章中の数値は、流れを妨げないように読みやすさを重視すべきだ。また、読んでいてスムーズに頭の中に入るためには、理解しやすさも同時に実現しなければならない。この2つの条件を満たしたものが、文章中の数値に適した表現ルールとなる。これを作るには、日本語における数値表現を十分に考慮することも大切だ。

億や万を漢字で、残りを算用数字で記述

 算用数字で数値を表すとき、3桁ごとのカンマを加えることが多い。これは、英語から来た悪い表現方法だ。英語で数値を読む場合、千(=thousand)や百万(=million)という3桁ごとの区切りになる。このことが基礎になって、3桁ごとにカンマを付けるようになった。ところが日本語は、万や億の文字によって4桁ごとで区切る読み方だ。その違いから、3桁ごとに区切ったのでは数値が読みづらい。もしカンマで区切るとしたら、4桁ごとにすべきだろう。
 しかし、カンマで区切る方法では、桁数が多い場合に読みやすくならない。もっと良い手がある。カンマの代わりに漢字を用いるのだ。4桁ごとのカンマは、「億」や「万」などの文字を置き換えたものといえる。それを元の漢字に戻してやることで、読みやすくなる。たとえば「42,9800円」と書く代わりに、「42万9800円」と書いたらどうだろう。明らかに後者のほうが読みやすい。
 同時に、数値の分かりやすさも向上する。「億」や「万」は桁の大きな区切りであり、それを境に数値を把握する。「42万9800円」であれば、「万」を境に「42」と「9800」の2つの数値に分けて頭の中に入る。他の数値と比較する際には、まず万より上の数値を比較して、それが同じなら下の数値を比較する。これは、桁の多い数値を分割して理解する方法でもある。それを手助けするのが、「億」や「万」での区切りだ。これらは日本語の数値の読み方と一致しているので、日本人にはスムーズに頭の中に入りやすい。
 数値の部分は、漢数字でなく算用数字が適している。漢数字を用いると全部が漢字になり、「四十二万九千八百円」といった具合に、「億」や「万」などの区切り文字が目立たないからだ。算用数字を用いるのは、桁区切りの「億」や「万」を目立たせるためでもある。算用数字も桁数が多いと読みづらいが、4桁ぐらいまでは素早く読めるので問題ない。

値でないものはすべて漢字で

 数値に似たものとして、「何十億円」や「数千個」といった「何」や「数」が付く表現がある。これは、具体的な値ではなく、大まかな値の桁数を示すものだ。数値でないため、前述の数値の表現方法は適さない。数値と言うより言葉なので、すべて漢字で表現するほうが、読みやすく分かりやすい。
 数値で表した表現と比べてみればハッキリする。たとえば「何100億円」と書いたとき、「100」の部分は、桁数である「百」の意味だけでなく、数値としての「100」も見えてしまう。何となく違和感を感じるのは、数値としての「100」が見えるからだ。本来の意味からすると桁数だけを言いたいので、「百」と表現する方が適している。
 もちろん「百」という文字も、「100」という意味で使うことがある。それが目立たないのは、「百」の前後が同じ漢字だからだ。「100」のときは、算用数字と漢字の区切りが目立ってしまい、「100」が単独で見えやすい。

有効桁数を明示したいなら単位部分を漢字表現

 読みやすさや分かりやすさを重視した数値表現に加え、正確さを重視した数値表現が必要なケースもある。実験や調査から計算したデータなどで、「12万人」と「12.0万人」では別な意味を表している。この種の数値を文章中に含めるとき、有効桁数も分かるように書かなければならない。
 有効桁数を伝える数値表現では、最後の桁が小数点以下になるのが望ましい。そのためには、単位の中に、「億」や「万」だけでなく「千」や「百」や「十」を加えて、桁を調整する。「123万個」を「1.23百万個」とするわけだ。ただし、「12.3十万個」とはしない。1桁目が「百万」の単位なので、「十万」の単位では分かりにくくなるからだ。数値部分の整数部を1桁にし、それに合わせた単位を漢字で表現するのが基本ルールとなる。
 もちろん例外もある。整数部を2桁以上することで、単位の中の「百」や「十」が消せる場合だ。「1.23十万個」よりも「12.3万個」のほうが分かりやすい。この例では、単位を「万個」にしても小数点以下の数値が残っているので、有効桁数がきちんと伝わる。似たケースだが、「1.23百万個」を「123万個」と表現することは、お勧めできない。小数点以下の数値が消え、有効桁数を意識した数値なのか、そうでない数値なのかが伝わらないからだ。単位から「百」を消せるのは、有効桁数が4桁以上の場合で、「1.234百万個」を「123.4万個」と変えられる。

読みやすさと正確さを両立させる並記方式

 有効桁数を意識した数値表現の欠点は、読みにくいことだ。文章中に用いるのだから、できるだけ読みやすい表現を用いたい。そのことは、分かりやすさにもつながる。だからと言って、読みやすい表現を採用し、正確さを犠牲にすることはできない。
 読みやすさと分かりやすさを確保しながら、正確な数値を伝える方法がある。両方の表現を一緒に用いるのだ。正確さを重視する文章なので、正確な数値表現を通常どおり用いる。その後に、読みやすい数値表現を補助的に加える意味で、括弧で囲んで続ける。具体的な例を見るとよくわかるだろう。「予想される参加者は1.80万人(1万8000人)です」とか、「含まれる原子の数は8.3千億個(8300億個)です」と表現すればよい。
 商品の売値などは1円の単位まで金額計算に用いるので、すべての桁が有効桁数に含まれる。この種の数値では、分かりやすい数値表現と正確な数値表現が一致するので、正確な数値表現は不要だ。有効桁数の数値表現を用いる際には、必要かどうかをよく考える。

読み方の持つ特性を分かち書きに変換

 以上のような数値表現ルールは、論理的に分析して求めたものだ。読みやすさを向上させる点では、日本語での数値の読み方を重視し、漢字と算用数字による分かち書きとして反映させている。読み方が数値の把握に大きく関係するため、読みやすく表現することは、理解のしやすさにも直結する。桁数の多い数値の把握では、分割することが効率的で、4桁の読みの区切りは偶然にも最適だった。
 最後にもう1つ。縦書きと横書きを比べた場合、横書きのほうが読みやすい。数値やアルファベットを含む文章は当然として、そうでない文章でもだ。人間の目は横に視野が広いことに加え、目自体も横方向に動きやすいからだ。読みやすさを重視するなら、できるだけ横書きで書くようにしたい。

(1996年1月27日)


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